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邪神さんと生贄さん 2

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「本当に! 誠に! 申し訳ございませんでした!」

村長を名乗る初老の男は平謝りしながら何度も詫びを繰り返す。

ここは屋敷の玄関からすぐ右手にある部屋、

以前は来客の待合室などに利用されていたのだろう

調度品は持ち去られていたものの、

暖炉が備え付けられた部屋には高価そうなテーブルとソファ、椅子が置かれており

居間としても居心地の良さそうな部屋だった。


先ほどから繰り返される謝罪を流し聞きながら、

魔法使いはソファーに横たえた少女を見やる。



大慌てで勢いよく玄関を開けた瞬間、彼の目に入った物は、

その勢いに驚き、大慌てで広場から元来た道へ走り出す男達と、

それより手前、広場の真ん中で今にも殺されそうな少女と、

その少女に首をかけている初老の男だった。


この屋敷は火竜の巣穴を他人に使わせない意図も込めて

巣穴の入り口を塞ぐようにして転移されていた。

屋敷の前、というよりも巣穴の前は、

元々林の中に埋もれた平坦な土地だったのだが、

そこを以前住んでいたオーク達が薪にでも使うためか

周囲の伐採を徹底的に行ったせいで、かなり広い広場が出来ており

屋敷を転移した後でさえも、家の前にはまだかなりの空間が広がっていた。


その広場の真ん中で、少女が首を締め上げられていた。

白い服に少女の背中まで届く淡く金色の髪がやけに印象的だった。


魔法使いは急いで男の元まで駆け込むと、顔面を殴り、即座に少女を奪い引き離す。

手加減しての一撃とはいえ、実戦を潜り抜けたその拳は男を軽々と吹き飛ばす。

一瞬の出来事に、何が起きたのか分からず

呆然と尻もちをつく男を一瞥すると、腕の中の少女を見やる。

幸いなことに、少女にはまだ息はあり、気を失っているだけのようだった。

青年は男から事情を聴くため、ぐったりして動かない少女と抱きかかえ、

怯えて尻もちをついたまま硬直している男をうながし家の中へと入れた。


そうして今、少女をソファに横たえ、男を椅子に座らせたあと

これまでの経緯を聞き出しているところだった。

「せっかくドラゴンから助けていただいたのですが、今年は日照りで作物が枯れそうでして、このままでは夏を越すことすらできない有様です。このままじゃ確実に全員野垂れ死んでしまいます。それで、神様にどうか雨を降らせて頂ければと……」

男は居間の椅子に座りながら、これまでの経緯を説明する。


神……。その響きと男の祈りのような懇願を聞くたびに

先日の欲求が奥底から湧き上がってくるのを感じ、破壊衝動を必死で抑える。

冷静さを保つよう必死になりながら、一つの疑問が浮かぶ。

何故この男は自分が神だと知っているのだろう。


「なんで私が神だと思ったのですか? 見ての通り私はただの人間です。貴方が言うような神なんかじゃない」

「はぁ……それは、昨日、村に占い師だという女がやってきまして、ドラゴンの住処跡に邪悪な破壊の神が居を構えたと言いまして、それで、邪神は周囲を祟り不幸を生むが、生贄を捧げ、崇めればきっと祝福をもらえるだろうと」

どうやら、この男は僧侶でもなんでもなく

さらに言えば相手が本物の神だと確信して凶行に及んだ訳でもないらしい。

それでここまでするというのは、それはそれで、問題だとは思うが……

「いや、さすがにそれは……確かめもせずにそれはちょっと」

魔法使いの苦言に、男は、さらに言いづらそうに言葉を続ける。

「私どもも、初めは信じていなかったのですが、念のためにと今朝この場所を見に行った村の者が、この屋敷を見つけまして……」

これ以上不幸が広がる前にと、急いで生贄を捧げに来たと男は続けた。


(そりゃ……昨日まで何もなかったところに豪邸が突然建てば、騒ぎにもなるだろうが……)

怒鳴りたい気持ちを必死で抑えつつ、努めて冷静を装い青年は返す。

気になる事は幾つかあった。

占い師について、

その占い師が自分を神と言い当てたことについて、

だが、とりあえずそれらは無視することにする。


「すみませんが、私は神ではなくただの魔法使いです。それに、ドラゴン……火竜を倒したのも私ではなく父によるものです」

そう伝えると村長の表情は落胆で一層重いものとなった。

「そうでしたか……それなら、あなた様は雨を降らせる魔法は可能ですか?」

「申し訳ありませんが、まだそこまで修めていません。それに、もし使えたとしても魔法を依頼される場合、料金を請求することになります。それは大丈夫なのでしょうか」


一般に、魔法使いに魔法を依頼する場合、

術者の力量と、その呪文の難易度に応じて料金が課せられる。

それは僧侶、魔法使い、ドルイドの全てにおいてであり、

さらに言えば雨を降らせる『コントロール・ウェザー』の魔法については、

それなりに高レベルの魔法であり、最低でも一回につき金貨九百枚程度が必要となる。


「それは……正直なところ非常に厳しいです。この村はこれまでずっと奪われ続けました……。逃げようとした村人は、必ず捕らえられ、さらにむごい仕打ち受けておりました。おかげで私達は、ただ身を削られるまま、あらゆるものを奪われた状態なのです」

払えない理由もおおよその検討がつく。

だからと言え、相手の依頼を対価無しで行う訳にはいかなかった。


おそらくここで無料で受けてしまえば、

次に問題が起きた際もまた同じように無料で要求される事の繰り返しとなるだろう。

まして、もしこの話が隣村などに伝われば、

周辺からも無料で働くよう要請が来る可能性がある。


一度美味しい思いを味わってしまうと、

人はそれが当たり前と思ってしまう。

そして次が渋い時、

自分を棚に上げ相手を努力不足と非難するのだ。


かつて何度か目の当たりにしてきた光景を思い出し、

魔法使いは慎重に言葉を進める。

この村長がどれだけの人間か推し量れない以上、

ここは未熟な魔法使いとして場をしのがせてもらう。

そんなことを考えていると、

ソファーのほうから物音が聞こえた。

どうやら少女が少し身じろぎをしたようだった。


「あの娘はフラウ・ネフセンと申します」

村長も少女の様子に気が付いたのだろう、少女の話題に切り替えた。

「……それで、図々しいお願いではあるのですが、あの娘を引き取っては頂けませんでしょうか?」

一瞬、魔法使いの動きが止まる。このジジイ何言ってんだ?と。

「ちょっと待ってください! 初対面の、しかも、あからさまに怪しい魔法使いに言う言葉じゃない!」

慌てて言うが、村長も引き下がらない。


「この娘の家族はもう限界なのです。先の生贄では上の姉が出たのですが、貴方の御父上のおかげで無事に戻ってきました。ですが、今度はそのおかげで元々少ない食料がさらに危なくなってしまい……、今回も下の娘を生贄にすることで村の食料を融通するという約束でなのです……」

「言っていることがめちゃくちゃですよ! もう火竜もいないんです! だめなら他の街に買い出しに」

「その金も、何も、もう彼らには残っていないのですよ……どちらにせよ街に行ったところで娘を売って金に換えることになるでしょう」

後ろの少女が身をすくめたような気がした、

さっきまでのんびり昼ご飯を食べようとしていたはずなのに、今では空気が嫌に重たい。

男の顔には、お前が断ればこの娘が不幸になるぞという表情がありありと書かれている。


「わかりました……それなら、私の家の食料庫にいくらかの食料があります。こちらをお売りしますから、これを村で利用してください」

「ですが……村にはもうお金は……」

まだ金について言ってくる老人に、もう一度殴りたくなるが、ぐっと堪える。

「……あの娘を買い取った代金としてください。」

娘……フラウのほうを少し見やる。少女はまだ起きた様子を見せない。

この子は自分が売られたと知ったら深く傷つくだろう……。

この後のことを考えると、さらに気が重くなった。



一旦、屋敷の食料庫にある小麦や大麦などの食料の大部分を家の外に運び出し、

後で皆で取りに来るという村長と別れ屋敷に戻った魔法使いは、

再び居間に戻り、フラウの様子を見やった。


少女はソファーに座ってうつむいていた。

その顔色は、先ほど殺されかけたばかりだからだろうか、こころなしか青ざめていた。


慣れない相手にどうしたものか少し考えたが、

心を決めると、彼女の前に片膝をつき、

少女が怖がらないように努めて優しく声をかける。


「……やぁ、ええと、さっきの話は聞いていたかな」

「はい……」

「すまない……うまくなんとか出来ればよかったのだけど」

「い、いえっ、私達こそ突然……」


あはは、と気丈に笑う少女に少し驚き、改めて見やる。

十歳ぐらいだろうか、まだ幼いのもあるが、

食べ物が少ないのか、ずいぶん華奢に見える。

身にまとっている見慣れない白い服は火竜の生贄の衣装なのだろうか、

巣穴で見た娘達が着ていたものと同じ服だった。

元々は大きいサイズで無理に仕立て直したのか、

前に見た娘達のそれと比べて、ずいぶんゆったりした印象に見えたが。


「この服装は、もしかして生贄のための服装なのかな?」

「は、はい。本当はもう少しお姉さんが着る服なんですけど、神様に差し出すからって…」

だぼっとした袖を少し持ち上げて照れ笑いをする少女。

その腕もだいぶ細いものだった。

「そっか、ああ、そうだ、名前を言っていなかったね。僕の名前はフィル、フィル・シグレスという。よろしくね。」

「私はフラウ……フラウ・ネフセンです」

若くなったついでに、自分のふるまいも若くしてみよう……知り合いがいるわけでもないし。

そんな事を考えつつ努めて優しく接するフィル。

暫くの会話でフラウもだいぶ落ち着いたようだった。

と、少女のおなかの辺りからくぅという音が聞こえた。


「良ければご飯を一緒に食べないか。いろいろあってお預けになっていたけど、僕もおなかが減っていてね、ちょうどさっき麦粥を作ったんだ」

丁度よい助け船とばかりに少女を食事に誘う。

ここでずっと話しているよりは、きっと気も晴れるだろう。

顔を赤くしてうつむくフラウを連れてフィルは厨房に向かった。



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