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邪神さんと冒険者さんのコボルド退治14


フラウが村のご婦人達と作った料理はお世辞抜きに美味しかった。

他の少女達にも好評で、皆でフラウの料理を褒めると、

幼い少女は顔を真っ赤にして照れてしまう。

ひとしきり食べて笑って、暫く料理を楽しんだ後、

フィルは汗を流しに風呂に行く事にした。



風呂を終えてさっぱりして食堂に戻ってきても

少女達はまだ喋り足りないとばかりに

フラウに今日の出来事を話して聞かせていた。


「それでね、扉を開けたらすぐに弓を構えてて!」

「私とリラで前に出て、矢を盾で受け止めたんです!」

「サリアの矢が戦士コボルドの腕に刺さって、それで――」

「えへへ、なかなかの腕前でしょ?」


バードのサリアが語る武勇譚にフラウは時に喜び時に驚き、

相槌を打ちながらころころと表情を変える。

フラウにとっては姉のような彼女たちが危険な目に遭っていることは心配だが、

一方でその重要性も理解しており誇らしくもあった。

とはいえやはり心配の方が勝っており、

その表情からは無事に帰ってきた喜びが滲んでいた。


「おや、ずいぶん楽しそうだね」

ゆっくりと汗を流し、湯船に浸かりさっぱり疲れも洗い流して食堂に戻ったフィルは、

楽しそうにお喋りをする少女達に思わず声をかけた。

「フィルさん! ほらほら、今ちょうど、私の活躍の話をしてたんですよ!」

どうやら最後の戦闘だったようで、サリアが援護した場面だったらしい。

「はは、バードの援護は確かに有難かったね」

笑いながら席につき、まだ皿に残っている山鳥のローストを一口。

フィル達の為に村の猟師が捕ってくれたというそれは、

噛むたびに肉汁と香草の香りが広がる。思わず小さく頷き、ワインを傾けた。



やがて場所を応接間へ。

今は初夏で暖炉の火こそないが、ランプの灯りの下で

深い色のソファと肘掛け椅子に身を沈め、

それぞれが温かいお茶や果実水を手にくつろぐ。


「ふぅ……ようやく落ち着きましたね」

トリスが湯気の立つカップを手に、安堵の息を漏らす。

「なんか、戦いの時の緊張がやっと抜けてきた感じ」

リラはソファにだらんと背を預け、足を組み替える。

「でもさ、あの戦士コボルド……動きが速かったよね。あれ、普通にやったら危なかったんじゃない?」

「確かに。正面から一対一だったら、私もちょっと怪しかったかもしれません」

アンジュは真面目な顔で応じ、サリアは「だからこそ皆で協力するのですよー」と胸を張る。


「そういえば、アンジュの剣、凄かったね。全然切れ味落ちなかったよ?」

戦闘の余韻を思い出したのか、興味津々といった風にアンジュのロングソードを眺めるリラ。

やはりファイターだけあって、強力な武器が気になるのだろう。

「ええ、私もちょっとびっくりです。切れ味というか、切った時の威力も凄かったですし」

羨ましそうに尋ねるリラに、

アンジュは自身のロングソードを少しだけ鞘から抜いてその刀身を眺める。

「拭いてもないのに全然血糊が付いてないんだよね」

リラが指摘するように、アンジュの剣には血糊の跡が見られず

傷一つ無い錬金術銀の美しい刀身がランプの朱い光を反射している。


「やっぱりこれもエンチャントの効果なんですか?」

フィルに確認をとるアンジュにフィルはそうだねと肯定する。

「ホーリィほどじゃないけど、光輝――まあ“神聖ダメージ”に近いエンチャントを載せたからね。脂が乗らないのは副次的な効果だろう」

「ふむふむ、なるほどー」

なんだかリラやサリアみたいな返事をしながら頷くアンジュ。

神殿付のパラディンが人前でそんな返事をしたら

先輩聖騎士に怒られてしまうのではと、おじさんなフィルは少し心配になってしまうが、

それはきっとリラ達と打ち解けた証拠であり、

些細な口調なんかを揶揄するのはそれこそ野暮というものだろう。


「あ、あと、切れ味も使い易さも普通の剣と比べて大分使い易いですよね?」

「ああ、最も基礎的なものだけど強化のエンチャントをしてるからね。切れ味や使いやすさ、耐久力が向上しているから普通の剣とは大分違うはずだよ」

「なるほどー」

「やっぱいいなぁ……魔法の剣。メンテナンスも要らないって便利だよねー」

フィルの説明に素直に感心するアンジュに、それを羨ましがるリラ。

「まぁ、魔法の剣といってもメンテは必要だからね。程度はあれどそれは変わらないよ?」

羨ましそうに呟くリラをフィルは苦笑交じりに窘める。


確かに大抵の魔法の剣は通常のそれと比べて丈夫で

多少の事で切れ味が落ちる事は無いが、

それでも使い続ければ切れ味が鈍っていくし、

血塗れになれば持ち主が綺麗にしなければならないのが普通である。

過度な期待はしない方が良いとフィルは忠告するが、

リラの心はまだ見ぬ新武器の事で一杯の様である。

まぁ、リラの気持ちも分からないでもない。

非実体の敵やエンチャントされた武器でなければ倒せない敵など、

冒険では魔法の武器が無くては生き残れないという場面は多い。

駆け出し冒険者達が一刻も早く魔法の武器を手に入れようとするのはその為でもあり、

フィル達のパーティでも似たような経験をしたものである。


「それはそうなんですけど……、あ、そういえば今日の戦利品にロングソードが何本かありましたよね?」

「うん。あったね」

「倉庫のはみんな普通の武器でしたけど、戦士コボルドの剣とか、見るからにそれっぽかったじゃないですか?」

「ああ、確かにあの剣はそれっぽかったね。というか魔法の剣だろうね」

「やたっ!」

フィルの言葉に思わず手を叩いて喜ぶリラ。

撤収前の戦利品を集める時、バッグにしまう時にちらりと見ただけだが、

件のロングソードには確かに魔力を纏っているのが見えた。

細かい性能は確認していなかったが、まず間違いなく魔法の剣だろう。


(とはいえ、この程度の敵から手に入る魔法の武器なんて、たかが知れているのだけどなあ)

口には出さないが、纏っている魔力はさほど強くは無かった。

伝説級の武器なんて事はまず無く、

場合によっては一般的な強化のエンチャントに届かない性能の可能性もある。

あまり期待しすぎるのも可哀想かも、とフィルが思っていると、

サリアが笑って茶々を入れてきた。

「それなら、ロングソードだけ先に鑑定してもらったらどうです? 剣はほぼリラが使う事になるでしょうし」

「え、いいの?」

「いいのではないかしら? 報告を待つまでも無いし、それにリラ待ちきれないでしょう?」

サリアに続いてトリスも鑑定に賛成する。

長年姉としてリラを見ていて、彼女の性格を良く分かっているのだろう。


「……ふむ、まぁ、それもそうか」

サリアと、トリスの言葉にふむと頷くフィル。

「他の皆もそれでいいかい?」

「うん」「私も賛成です」

アニタとアンジュも賛成してくれて、後はリラだけである。

「え、ええっと」

リラは戸惑っているのか、全員が賛成したというのに当人は歯切れの悪い返事であった。


「うん? どうしたんだい?」

「……いやぁ、すぐ分かるのも良いけど、ちょっと急すぎかなって……」

「あなた……鑑定結果が良くなかったらいやだな、とか考えていない?」

あははと照れ笑いを浮かべながら説明するリラに、トリスがズバリと突っ込みを入れた。

トリスの突っ込みに「うぐっ」と言葉を詰まらせるリラ。

……流石は長年リラの姉をしているだけある。


「そんなこと。それこそ結果は早く知った方がいいんじゃない?」

「そうですよ。良いのが手に入れば儲けもの。手に入らなかったらお金を貯めてフィルさんに作ってもらえばいいんです」

「……たしかにそうだね」

アニタとサリアの説明に納得し頷くリラ。

……気軽にエンチャントをさせようとするのはどうかと思うのだけど……


そっちの方が確実だしねと、リラとサリア、ついでにトリスとアニタとアンジュとフラウまで、

皆で納得しあっている所を見ると、さすがに口を挟むのは憚られた。

まぁ、以前にも一応約束した事ではあるし、ちゃんとお金を貯めて依頼するというのであれば

フィルとしては断るつもりはない。とはいえ、なんだか釈然としないものである。

(まぁ……いいか)

パーティのリーダーであるリラが元気を取り戻したのなら良い事なのだろう。


「わかった。じゃあリラも納得した事だし、剣の鑑定をしてしまおうか」

そう言いながらフィルはバッグ・オヴ・ホールディングの中から

件の戦士コボルドが使っていたロングソードを取り出して見せた。


ロングソードは明らかに魔力を帯びていたが、その力はあまり強い物ではなかった。

それこそアンジュの持つ錬金術銀製ロングソードと比べてもかなり弱いものであった。

「ふむ……」

フィルは軽く鑑定を行い剣に魔法の特性がある事を確認すると、

今度は呪文学の技能をもとに詳細に鑑定を始めた。

刀身のルーンや帯びている魔力の形質、組み込まれた術式を一通り確認するフィル。

「……ふむ」

「ど、どうだったのかな?」

一通り鑑定を行い刀身を鞘に戻すフィルにリラが不安そうに尋ねる。

「うん……これは強化はされて無くて、ヴァンピック・リジェネレーションがかかっていた」

「へ? ヴァ……えっと、なに?」

聞きなれない言葉に目を点にして小首をかしげるリラ。

まぁ、そういう反応になるのも無理はない。


「ヴァンピック・リジェネレーション。要は切った相手の生気を吸い取り、持ち主の体力に還元する効果だよ」

「なるほどー」

目が点のまま「便利そー」と喜ぶリラ。が、しばらくすると、

「ってそれって魔剣じゃない!」

慌てて突っ込みを入れるリラ。休憩中だというのに大忙しである。


「まぁ、効果は魔剣っぽいけどね。この効果自体は珍しいけどそこまで邪悪という物じゃないよ。……善とは言えないけど」

まぁまぁと宥めながらエンチャントの効果を説明するフィル。

実際、よくある魔剣、邪剣に見られる機能ではあるが、

激しい戦闘を見越して制作された武器の中には、継戦能力の向上を見込んで付与される事もある効果であった。

「他に強化とかされて無い所を見るに、この剣もそうした目的で量産された剣の一振りなんじゃないかな」

「な、なるほど……?」

「まぁ、このエンチャントが珍しいというのは確かだね。大当たりとは言えないけど、はずれとまでは行かないかな」

「なんだか微妙?」

フィルから剣を手渡され、改めて鞘から引き抜き、その刀身を確認するリラ。

「そんな邪悪な剣には見えないけどなぁ……普通の剣だよね?」

「まぁ……デザインはいたって普通ね」

「そうですねー。私も普通のちょっと造りが良い剣? ぐらいにしか見えないですね」

「フィルさんの言っていた量産品というのがぴったりくるかも」

「そうですね。私もそう思います。よろしければディテクト・イーヴルを試してみます?」

「あ、おねがい!」

アンジュの申し出に、即座にお願いするリラ。やっぱり魔剣は嫌なのだろう。

「はい。では」

そんなリラにアンジュはにっこり微笑むと、剣に向けて精神を集中させる。

同名の呪文があるが、パラディンの場合、それを回数無制限で使う事が出来る。便利なものである。

たっぷり二十秒ほど精神を集中してアンジュはようやく目を開いた。

「やはりこの剣に悪の気配は感じられませんね」

「そうなんだ……でもなぁ……うーん」

悪の容疑は晴れたのだが、それでも微妙に納得できない様子のリラである。

その理由はなんとなく分からないでもない。


「あのけんのまほうはダメなんです?」

むむむ、と難しい顔で剣を見つめるリラの様子に、フラウが隣に座るフィルを見上げて訊ねた。

「リラはあの剣の魔法がダメというより、本来魔法の剣にあるべき効果がない事を気にしてるんじゃないかな?」

「なのです?」

返事をしては見たものの、全然理解出来ていない様子のフラウに、フィルは微笑んでからその頭を優しく撫でた。

「ああ、あの剣は比較的珍しいエンチャントはされているけど、普通ならまずは強化とか追加ダメージとかのエンチャントがされるんだ」

「なるほどー、それらが全然ないんですね!」

「そうそう。その通り」

「確かに戦い続けられるようにはなるかもだけど、威力や使いやすさが並みの剣じゃ強い敵相手に不安なのよね」

フィルとフラウの会話にリラが参加してきた。

どうやらフィルの想像していた通りだったらしい。

「ふむ、それなら、それこそフィルさんにお金を払ってエンチャントしてもらったらいいんじゃないですか?」

そんなフィルとフラウとリラの会話にサリアが参加してきた。

あまり余計な知恵をリラに与えないで欲しい。

「あ、なるほど」

「強化とか炎の追加ダメージとかエンチャントしてもらえば、便利で強い剣の出来上がりですよ」

「あー、それいいね!」

サリアの甘言にすっかり乗せられたリラが、期待に満ちた目でこちらを振り向く。

ついでに話を一緒に聞いていたフラウも期待に満ちた目でこちらを見つめていて、

これは断れないと悟ったフィルが苦笑いを浮かべながらため息を吐いた。


「わかったよ。でも明日は色々忙しいから明後日以降になるけどいいかい?」

「はいっ。お願いします!」

「よかったですね! これでパーティの戦力も一気に上がりますよ! 魔剣持ちですよ!」

「ちょ、サリア! 魔剣じゃないって! 魔法の剣!」

「ふふふ、良かったわね。戦士の念願だものね」

「うんうん。でも今後リラの「魔法の剣ほしー」が聞けなくなっちゃうのは寂しいかも?」

「アニタ! 私そんなに言ってないよ!?」

「ふふっ。でもこれで前衛が二人とも魔法の武器になればかなりの戦力アップですね」

「リラおねーさん。すごいです!」

リラの剣の話題で盛り上がる少女達。

フィルはそんなやり取りを静かに見守りながら、湯気の立つカップを口に運んだ。

ランプの火がゆらゆらと揺れ、少女たちの笑顔を柔らかく照らす。

戦場では見せない、年相応の表情。

――明日も大変だろうが、だからこそ、この時間を大切にしよう、とフィルは心の中で思った。



暖炉の火が柔らかく部屋を照らす中、全員が落ち着いたところで、リラが真面目な顔を上げた。

「じゃあ……明日の予定の話、しよっか」


「まずは洞窟に戻って、食料庫の犠牲者やコボルドの遺体をまとめて埋葬、もしくは焼却ですね」

トリスが静かに続ける。

その声色には、さきほど食料庫の惨状を目にしたときの重みが残っていた。


「燃やすってことは……完全に処理するってことだよね?」

サリアが少しだけ言いよどむと、フィルが頷く。

「うん。埋葬は時間がかかるし、山中だと野獣に荒らされる恐れもある。焼却が一番安全で確実だ」


「じゃあ、午前中は洞窟で処理作業をして……そのあとは街に行って、冒険者の店で報告と報酬の受け取り、かな」

リラがみんなを見渡す。

「報告が済んだら、奪われた武器や戦利品を仕分けして……必要なものは装備品として残して、それ以外は売却ですね」

フィルが説明すると、サリアが「じゃあ、明日は宝探しみたいですね!」と少しはしゃいだ声を上げる。

「でも仕分けは報告のあとにしよ。報告の時に確認もあるだろうから」

リラの言葉に他の四人が「「「「はーい」」」」」と声を揃える。


ふと、リラがフラウの方を向く。

「そうだ、明日はフラウちゃんとシルも一緒に街に行こうよ」

「えっ、わたしも行っていいんです?」

「うん。だってね、明日一人でこの家で寝るの、きっと寂しいでしょ?」

「……はいです。ちょっと寂しいです」


一応明日も、朝から村のご婦人方がやってくると思うが、

日中はともかく、夕刻以降は一人と一匹で家に取り残される事になってしまう。


「でしょ? だったら、みんなで一緒に行こうよ。街も見られるし、宿屋でお泊まりもできるんだから」

「わぁ……行きたいです!」

フラウはパッと笑顔になり、椅子の上でぴょこんと跳ねた。

「わたし、お手伝いもできるです! 小さいふくろなら持てます!」

「ふふ、それは助かるなぁ。じゃあ決まりだね」

フィルが優しく頷くと、フラウは誇らしげに胸を張った。


「じゃあ明日は、早めに出発して午前中に洞窟の作業を終わらせて、お昼までには街に着こうか」

「「「「「はーい!」」」」」

「街に行く前に、装備の最終チェックもしなきゃね」

アンジュが段取りを考え、サリアは「じゃあ私も仕分け手伝いますー」と元気よく手を挙げた。


ランプの灯りが静かに揺れる中で、打ち合わせは穏やかに進んでいく。

戦闘の緊張感はもうなく、あるのは明日を見据える確かな意志と、仲間との安心感だった。


やがて話は終わり、紅茶や温かいハーブティーを飲みながら、それぞれがゆったりと椅子に身を沈める。

フラウはフィルの隣でカップを両手で抱え、

「明日、街で何を見ようかなです」と小さな声で楽しそうに呟いた。

外は静かな夜。

明日の行動が決まり、全員の顔には落ち着いた笑みが浮かんでいた。



夜も大分更けてきた頃、お互いまだまだ話したそうではあったが

眠気には勝てず各々自然に自室に引き上げていく。

フィルもランプを手に、半分夢の中でまどろんでいるシルを抱きかかえたフラウと一緒に自分の部屋へ入った。


ベッドの端には、ふわりとした毛布と温かそうな掛け布団が敷かれており。

フラウが枕のすぐそばにシルを置いてやると、シルは周囲の臭いを少し嗅いでから

今日の寝床とばかりに枕の横でその身を丸くした。

「えへへ、シルちゃんはここがいいみたいです」

「ははは、特等席だね」

「はいですっ。フィルさんもこっちです」

フラウに誘われるまま二人並んでベッドに入ると、ベッドがわずかに沈み、柔らかな弾みが伝わってくる。

「……今日は、おかえりなさいって言えて嬉しかったです」

布団を胸まで引き寄せながら、フラウが小さな声で言った。

「うん。俺も、玄関で迎えてもらえるのは嬉しかったよ」

「それに、みんなが“美味しい”って言ってくれたのも、とっても嬉しかったです」

「今日の食事は本当に美味しかった。あれだけ動いたあとに、あんな温かい料理が出てくると、心まで満たされる」

フィルはそう言って、フラウの髪をそっと撫でた。

くすぐったそうに目を細め、フラウは小さく笑う。


「でも……やっぱり、みなさんのお手伝いもしてみたいです」

「その気持ちは大事だね。でも、こうして家を守ってくれるのも立派なお手伝いだよ。安心して帰ってこられる場所があるのは、何より大事だからね」

「……はいです」


少しの間、二人は並んで毛布の中で静かに息をついた。

外からは風の音がわずかに聞こえ、暖かな室内との対比が心地よい。


「フィルさん……」

「ん?」

「……わたし、ここに来てから、ずっと楽しいです。みんな優しいです」

「それは……いいことだね。みんなも、フラウがいてくれて嬉しいと思ってるよ」

フィルの声は柔らかく、焚き火のぬくもりのようだった。


やがてフラウは瞼を重くして、眠たげに「おやすみです……」と呟く。

「おやすみ、フラウ」

返事の代わりに、小さな寝息が聞こえてきた。


フィルは一瞬だけその寝顔を見つめ、ランプの火をそっと消した。

暗闇の中で、温かな気配と規則正しい寝息が、ゆっくりと夜を満たしていった。


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