邪神さんと冒険者さんのコボルド退治9
コボルドの大群に勝利し、部屋で小休憩をする一行。
暫くすると「反省会」は終わり「これからの事」に話題は移っていた。
「やっぱり剣、どうにかしたいなぁ……」
いまだ抜き身のまま地面に放置されている自分のロングソードを恨めし気に眺めるリラ。
とりあえずその辺のコボルドから奪ったボロ布で血を拭き取ってはみたものの、
いまだ刀身の脂は拭いきれておらず、このままでは大した切れ味は期待できない。
とはいえ、あれだけの数のコボルドを相手に切ったり突いたりしても
刀身が曲がる事もなく刃こぼれする事もなかったのだから、
品質はともかく、しっかり造られた品であるのは確かな様である。
「ちゃんと研いであげなさいよ? 今は代わりの武器も無いだからね?」
「まぁそうなんだけどさ……むぅ……泣き言言ってもしょうがないか……」
少女達の中で一番の年長者であるトリスに諭されどうやら諦めがついたようで、
リラは自分のバックパックから手入れ用のボロ布と砥石を取り出すと
刀身についた血糊を拭き取り、刃に砥石を当てていく。
簡易ではあるが、これで暫くは使い物になるだろう。
リラがしょぼんと剣のメンテナンスをしている間も、
少女達の話題はリラの武器についてであった。
「とはいえ、確かにリラの武器は何とかしないと駄目よね」
「リラに限らず、他の子も予備の武器は欲しいですよねー」
やっぱり問題よね指を頬に当て考えるトリスにサリア。
なんだか一緒に暮らしている所為か、
お互いの癖が似てきた様な気がするのだが、気のせいなのだろうか?
そんな二人にしょんぼりしながらのリラがここぞとばかりに要望を重ねる。
「できれば、魔法の武器がいいなぁ……」
横で聞いていたフィルは、それはちょっと贅沢じゃない?と思わないでもないが、
彼女達ももう何度かの戦闘を経験して、そろそろ胸張って冒険者と名乗っても良い頃である。
冒険者であるなら運さえ良ければ、駆け出しでも魔法の武器の一本も手に入れたっておかしくはない。
それこそ今回の冒険で手に入れる事ができるかもしれない。
……性能はともかくとして、だが。
「んー……一応、魔法のダガーがありますけど……やっぱダメですよね?」
(そういや性能はともかくして既に手には入れていたんだっけ)
「あれはどっちかというと武器と言うより道具だからね。戦闘で使うのはちょっとなぁ……」
(うんうん、まぁ駆け出しで手に入る武器なんて、そんなものだよなぁ。でもあれでも結構マシな方だけどね)
駆け出しが相手出来るような敵が貯め込んでいる戦利品なんてたかが知れている。
魔法の武器とはいえ不人気な武器種だったり、
剣が見つかってもあまり役に立たないエンチャントであったりと、
何にせよ、この世の中はなかなかに甘くないのである。
「ここの戦利品に魔法の武器があるといいね」
「そうなんだけどコボルドってショートスピアばかりだったし、ちょっと期待薄かなぁ?」
「あ、そういえばボスっぽいコボルドの武器は剣でしたよ? ね? アニタ」
「うん。あんまりよく見えなかったけど、たぶんロングソードだったと思う」
「え? そうなの? 全然気が付かなった。あとで確認してみよ」
後衛を務めていたサリアとアニタの証言にリラの顔に期待が広がる。
どうやら前衛の彼女は目の前の敵で精一杯で
敵の後列に控えていた大柄なコボルドの存在こそ認識していたものの、
それがどんな装備をしていたかまでは確認する余裕が無かったらしい。
絶えず数匹のコボルドがリラ達を殺そうと襲い掛かってきて
パーティを守るためそれを必死に敵を捌いていたのだから仕方の無い事であろう。
「魔法のロングソードだといいなぁ。あ、バスタードソードとかもいいかなー?」
「どうですかね? さすがに魔法の武器の可能性は低いと思いますけど」
それから「どうなんでしょ?」とサリアがフィルの方を向いて尋ねてきた。
「うーん、どうだろう。僕が相手した方のはそれなりの剣には見えたけど、あまり魔法の武器って感じじゃ無かったな」
魔法の武器だからと言って全てが皆ピカピカと光っている訳ではないが
それでも普通の武器と比べて妙に傷が少なかったり小綺麗だったりと
魔法の武器には一種独特の雰囲気があった。
もちろんじっくり確認した訳ではない、軽く見た感じの印象ではあったが、
少なくとも光ったりといった分かりやすい特徴は見られなかった。
こちらが攻撃をした時も特に反応は無かったし、
あの様子だとたとえエンチャントされていたとしても、大した効果は期待できない様に思えた。
「そっかぁ……でも、予備の武器ぐらいにはなりますよね?」
「そうだね。僕が倒した方も剣を使う前に倒したから、回収しておくと良いと思うよ?」
「やたっ」
「ボスっぽいのだけじゃなくて、ちゃんと他のコボルドの戦利品も回収しないとだめよ?」
俄然やる気を出したリラを、追加でトリスが窘める。
確かに他のコボルドの死体を漁ることも大切である。
なにせ討伐依頼というのは報酬自体は決して高いものではなく、
こうして現地で得られる戦利品こそが冒険者の収入に直結するからだ。
「それはわかってるけど……あれだけの数、大変そうだよね?」
トリスの言葉に、通路の惨状を思い出して再び顔を曇らせるリラ。
落ち込んだり、元気になったり、また落ち込んだりと忙しい娘である。
リラがげんなりするのももっともな事で、
今フィル達が休憩をしている部屋の扉の向こうには
先程の戦闘で出来た五十体近くのコボルドの死体が放置されていた。
扉を閉めているおかげでこの部屋まで死臭が届いて来る事はないが、
あの扉の向こうは血や臓物といった死臭が充満する空間となっており
このまま放置すればいずれは腐敗し、更に大変な惨状となるのは間違いない。
そんな場所での死体漁りを想像してリラの顔が重くなるもの無理のない事であった。
「死体の山を作ったのは自分達とはいえ、気が滅入りますよね……」
サリアの言葉に他の娘達を見てみれば
リラだけでなく少女達全員が似たような表情になっている。
まぁ、仕方のないと言えば仕方のない事であるが、
冒険者を二十年近く続けているフィルから言わせてもらえば
倒したばかりの新鮮な死体を漁るなんてまだまだマシな方である。
それよりもっと酷い場所……言葉にするのも憚られるような、
そんな所でアイテムを漁った事も一度や二度ではない。
……たとえどんな糞みたいな場所でもディテクトマジックに反応があったのなら、
捜索せずにはいられないというのが冒険者の悲しい習性なのだ。
「大丈夫ですよ。皆でやればすぐに終わりますって。一通り漁ったらさっき手に入れた油で燃やしちゃいましょう。それで万事解決です」
アンジュの言葉にそうだねとリラが乾いた笑みを浮かべて頷く。
頷いた後で何かが気になったようで、リラがフィルの方へと顔を向けた。
「……そういえば倒した証拠ってどうするんです? コボルドって耳が無いみたいだったけど」
一般に討伐依頼で討伐の証拠として提出する物として
討伐対象の耳が用いられる事が多い。
中型の生物だと数が多くても大した荷物にはならず、
革袋なんかに入れて提出する事もできる。
だがコボルドのような爬虫類型(コボルドはドラゴン型と抗議するだろうが)の場合、
耳に相当する部位が頭と一体化している場合も多く、
その時には指とか角とか、種族が判別できるような部位を提出するのだが、
大抵の指や角は切り取るのに若干面倒なのが難点であった。
「そうだね、コボルドなら小指とか……あとは尻尾の先とかかな?」
「尻尾かぁ……」
「小指でもいいけど、尻尾だと斧とかで雑に切れて楽なんだよ」
指と比べると若干大きいのが玉に瑕だが、尻尾はとにかく切るのが楽なのが良い。
斧を持った切り役一人に、他の皆が死体を集めてひたすら斧で切り分けていくのだ。
集めた死体は荷物を漁り、その後は焼いて処分してそれで全てお終いである。
「あー、なるほど。じゃあそれで行きましょうか。みんなもいい?」
確認をとるリラに少女達全員が頷く。
楽な事は良い事である。あと問題があるとすると……
「あとは、斧をどこで調達するかですね」
そう言ってちらりとフィルの方を見たサリアだが、
今日はいつもの様に「斧ください」は言わなかった。
「とりあえず、さっきの厨房に肉切包丁とか薪を割る斧とかあったかもしれませんから、そこを見てみましょうか?」
「そうだね。あとはまだ他の部屋も探索してないから、一通り探索してみるのもいいかも?」
サリアとアニタの提案に少女達がそうだねと頷く。
どうやら自分達でどうにかしようと考えているようだ。
娘達の自立になんだか寂しいような嬉しいような。
フィルがそんな事をつらつらと考えている間に次の指針が決まった所で、
一行は小休憩を終えて次の行動に移ることにした。
小休憩を終えた一行は
先程戦闘したのとは別の扉から探索を再開した。
再びフィルが先頭に立ち斥候役となり、
その後ろをファイターのリラが続き
ライトの魔法が掛けられた盾を掲げて道を照らす。
洞窟内は先程の喧騒から一転、しんと静まり返っていた。
先程の戦闘で全てのコボルドを討伐できたのか、
あるいは生き残りがどこかに息を潜めて隠れているのか……
おそらくは後者であろうが、いずれにせよ、
今の所、周辺に生き物の気配は感じられない。
戦闘直後で大勢のコボルドが通った直後だからか、
洞窟の地面には多数のコボルドの真新しい足跡が残っていた。
おそらくこの足跡を辿って行けばコボルドの住処に行けるのだろうが、
まずは手前の扉から順に、虱潰しに探索を開始した。