邪神さんと冒険者さんのコボルド退治8
「これで良し」
足元に転がるコボルド達。こちら側のコボルドは全て切り殺され、
通路には分断された体の残骸があちらこちらに転がり、
その中には大柄なコボルドの姿もあった。
……通常個体より大柄といっても所詮はコボルド。
ざっと戦った感想は相手の脅威度は三といった所で、
脅威度四分の一が脅威度三になった所でヤングドラゴンにすら及ばない。
一方でフィルはアダルト・レッド・ドラゴンを単身で殺す実力。
その結果がこの転がるコボルド達の死体という訳である。
とはいえ、フィルには余裕の相手だとしても、リラ達も同じという訳にはいかない。
相手の脅威度は三と言ったが、
今のリラ達の技量は脅威度一、もしくは二の相手が適正であり、
それはリラ達が戦うにはかなりの強敵という意味である。
(あっちのも同じだとすると手を貸した方良いか?)
幸い、リラ達の殲滅速度はフィルほどではないので
大柄なコボルドがリラ達に接敵するにはまだ少し時間があった。
とはいえ大柄コボルドは他のコボルド達を無理やり押しのけ前進していて
既に通路の半分ほどまでに到達しており、時間の余裕はそう多くは無い。
今もサリアとアニタが近づいてくる大柄コボルドに向けて矢を放ち、
その内の何本かは命中している様だったが
残念ながら敵を倒すには至っていなかった。
(一手だけ、手を貸すか)
余計なお世話だとは重々承知だが
とはいえこのまま放置してリラ達に接敵するのは危険だった。
ここは少しだけ手を出させてもらおうとフィルが呪文を唱えると
金色の微塵が雲となって大柄のコボルドの周りを纏わり付く。
金色の微塵の雲は大柄のコボルドのみに留まらず、隣と後ろを続くコボルドを巻き込み、
キラキラ光る粉がその身に張り付き、その姿がリラ達の持つ照明の灯りに反射して
キラキラと光るコボルドとして他と比べて一層目立つ存在になった。
グリッターダスト、この呪文はキラキラと光る微塵を相手に付けるという呪文である。
たったそれだけの呪文なのだが、この微塵はクリーチャーの目に付けば盲目状態にし、
また不可視のモノの輪郭を目に見えるようにするのに有用であった。
一応範囲呪文なのだが、効果範囲が十フィートに拡散と狭い為
通常は敵一体が対象になる呪文だが、今回の様に密集している場合はおまけも付いて、
第二段階の呪文の中では結構お得な呪文だとフィルは思っている。
「シャギャー!!??」
自身の異変に気付き、立ち止まり目を擦るコボルド達。
この微塵に痛みは無いが、戦闘中で視覚が奪われるのは致命的だった。
歩みを止め必死に目を擦り視界を取り戻そうとするが
キラキラと光る微塵は目に張り付いて依然として視界を遮ったままだ。
呪文を受けたコボルド達の反応というと
諦めて視界を奪われたまま前に進もうとして仲間の死骸に躓き転ぶ者、
とにかく視界を確保しようと動かずひたすら目を擦る者と様々だった。
大柄なコボルドは後者の方で
他のコボルドの様に後ろからやってくる大量のコボルド達に圧されても
転倒したりしないのは流石だが、
とはいえ動けないのでは案山子と同義であり、
最前線では不用心であり致命的であると言えた。
「今のうちサリア!アニタ!」
大柄コボルドの異変に気付いたリラが後衛の二人に指示を飛ばす。
この機を逃がさずサリアとアニタの矢が飛び、
そのどちらもが大型コボルドの頭や胸といった致命部位に命中する。
先程から矢を受けて負傷していた大柄コボルドにとってはそれが致命傷となり、
そのまま前屈みに倒れ込み、他のコボルド同様、
後ろから来るコボルド達の波に飲まれ、彼らに踏みつけらえる存在になった。
(ふむ、こっちはもう大丈夫そうだ)
今の所見える範囲には強敵は居ない。
それにもし追加の敵の中にボスがいたとしても
アニタもトリスもサリアもアンジュもまだ呪文は使っておらず
ポーションも残してあってリソースは十分ある。
少しばかりの時間ならフィルがここから外れても大丈夫だろう。
(……いや、少しといわず、完全に任せても大丈夫か)
あの娘達ならきっと大丈夫だろう。
一仕事を終えたフィルは自身の持ち場を離れ、ひとつ前の部屋へと戻った。
ひとつ前の部屋はコボルド達が外界からの侵入者を迎え撃つ為に準備したキルゾーンであり、
本来はここが主戦場となるはずだったのだが、
今回この部屋は使われず、代わりに通路が戦場となったので、
一応、地面に真新しいコボルドの足跡が大量にあったりするが、
部屋自体は先程フィル達が通った時から大した変化は見られなかった。
(さて、あそこを塞いでおくか)
部屋には出入り口となる扉が四つあり、
その内の二つは既に使っている「出入り口の扉」と「リラ達が戦っている通路に続く扉」だ。
残る二つは「出入り口から見て正面にある櫓の上に直接出られる扉」と
「もう一つの通路に続く扉」である。
このままだと、この二つの扉から出入り口を抜けてコボルドが外に逃げ出してしまう恐れがあった。
多少のコボルドが逃げ出したとしても任務の成否に影響が無いとは言え、
後の事を考えれば取り逃すコボルドは少ないに越した事は無い。
という訳で、コボルドが外に逃げ出してしまわないよう、
ここで足止めをする必要があるのだが、あまり大掛かりな事をするのもあれなので
とりあえずここは「出入り口の扉」に「アーケイン・ロック」の魔法をかけて簡単には開かない様にする。
アーケイン・ロックは扉、箱、あるいは門1つを魔法によって施錠する呪文だ。
鍵に対して呪文を掛ければ開錠の難易度が大幅に増加し、
鍵の無い扉や物体の場合は、それを破壊するか、
ディスペル・マジックないしノックの呪文を成功させるしかない。
この規模の群れだと呪文を使えるコボルドが居る可能性も無くは無いが
その可能性は限りなく低いと言えるだろう。
(これでよしと)
扉を魔法で施錠し、満足気に一息吐くフィル。
これでどんな経路でこの部屋に辿り着いても、簡単に外に逃げられない。
まぁ、リラ達が撤退しようとした時も逃げ道が無くなってしまうのだが、
先程の戦闘を見ればそれはたぶん大丈夫だろう。
(さて、あの娘達の様子を見に行くか)
あの娘達ならきっと大丈夫と実力を信頼する思いと、
とはいえ何事にも万が一があるという僅かな不安。
そんな思いを抱きながら、フィルは彼女達が戦闘している通路へと戻っていった。
(無事、終わったようだな)
どうやら戦闘は彼女達の勝利の様で
通路では丁度最後の一体をアンジュが切り伏せている所だった。
「ふぅ……やりました、ね……」
最後の一体が倒れ、戦いが終わった途端、
前衛の三人は緊張の糸が切れたのか、へたりと地面に座り込んでしまった。
最後の力で血溜まりではない場所を選び座り込み、
地面に剣と盾を放り出し懸命に疲労を回復させようと脱力する三人。
ここで新たな敵に襲い掛かられたらかなり危険なのだが……まぁ、仕方ない。
リラ達の眼前の通路は大量のコボルドの死体で埋めつくされ、
コボルドの体内から出た血や臓物、
糞尿などの臭気で通路内は惨々たる有様だった。
(流石にここでこのまま休ませておくのはいただけないか)
リラ達を見れば、前衛の三人は先程から変わらず脱力しきっていて、
もはや腕を動かすのも大変そうである。
実際に戦闘していたのは五分にも満たない時間だったが、
彼女達にとっては何時間にも感じた事だろう。
それだけに命のやり取りというのは神経が磨り減るものなのだ。
それが駆け出しであれば尚の事である。
ここまでは火事場の何とやらで文字通り体力の限界まで動いていたのだろう。
三人の周りでは後衛をしていたサリアとアニタが
三人にタオルを渡したり水袋を渡したり、
どこか体に怪我をしたりして無いかと体や鎧のあちこちを確認したりと
三人の世話を甲斐甲斐しくしている。
「ここは休むにはあまりいい環境じゃない。一旦ひとつ前の部屋に戻って休憩にしよう」
「わかりました」
「ですね。そうしましょう」
フィルの提案に頷くサリアとアニタ。
サリアとアニタの二人で肩を貸して一人ずつ運び出し、
その間にフィルが三人の武器や盾を集めて運ぶ。
フィルがお姫様抱っこで一人ずつ運んだ方が早いし
少女達への負担も軽いのは確かなのだが、
いくら若返ったとはいえ若い娘に気安く触れるのは、
中年男にはなかなか難しいものがあるのだった。
「皆、よく頑張ったね」
全員が部屋に運ばれ扉を閉じて臭気を遮り
ひと段落してフィルが少女達に声を掛けると、
少女達はようやくといった感じでフィルの方を見上げる。
どの娘も疲労の色が濃かったが、負傷は無く五体無事で、それが何よりの良い事であった。
「えへへ、何とか、しのげました」
「でも、フィルさんは一人で同じぐらいの数を倒しちゃったんですよね……これが実力の差かぁ……」
「剣も、やっぱりいいのが欲しいなぁ……。途中から全然切れなくなっちゃって」
「さすがに魔法の剣は高い……から、予備の武器を持ち歩くの?」
「うーん、それはそれで……荷物を増やしたくは無いんだよね……」
「じゃあ予備じゃなくて攻撃の幅を広げる意味で殴打武器も一緒に持ち歩くとか、どうでしょう?」
「うーん、前向きだけど……やっぱ重くなるのは……変わらないんだよねぇ」
「やっぱり、一度に多くの敵と戦うのがダメなんだと思うな」
「それはあるよね……とはいえ、気を付けてても……なっちゃう時はなちゃうから……」
脱力して息切れしたまま、戦闘の反省会を始める娘達。
(まったく、皆真面目だなぁ)
そんな娘達に今はとにかく休めば良いのにとフィルは苦笑する。
今は反省するより生き残った事を喜び互いの健闘を称え合う時だろう。
「なんにせよ、皆、本当によく頑張ったね。今はとにかく休むと良いよ」
再度のフィルの言葉に少女達は力は無くともはっきりと頷いて見せた。