表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
263/279

邪神さんと冒険者さんのコボルド退治3

「……あそこの様だね」

緩やかなカーブを超えた視線の先……離れた場所に何かが見えてフィルがつぶやいた。

近づくにつれ、それが街道の両端に放棄された、幾つもの荷馬車だという事が分かった。


「うわぁ……あんなに一杯……かなりの数ですね。にしても、捨て置かれたままなんですね……」

隣を歩くリラも遠くにあるのが荷馬車だと気付いて苦々し気につぶやく。

リラが言う様に、襲撃現場の周囲にはかなりの数の荷馬車が放棄されていた。

荷馬車は荒野を伸びる街道の左右に放棄されており

それらのうち多くは横倒しに倒されていた。


「……なんか殆ど横倒しにされますね?」

「ああする事で簡単に回収されないようにしているんだろう。あれの物陰に隠れて奇襲をしたり、遮蔽として矢避けにも出来るからね」

リラの疑問の答えるフィル。

おそらくはコボルド達の仕業なのだろう。

廃棄された荷馬車が捨て置かれているのは、絶妙に街道筋からは少し離れた場所であり、

あの裏に潜めば奇襲の時に身を隠す絶好の場所となるし

街道を通る荷馬車から放たれる矢弾を避ける為の遮蔽としても丁度良い。


「あー、なるほど……」

「周囲や物陰に警戒して単独行動は避けるんだよ。今ここにコボルドの本隊が居る可能性は低いけど、見張りが残ってる可能性はあるからね」

「うぇ……気をつけます。皆も気を付けてね」

背負っていたコンポジット・ロングボウを取り構えながら話すフィルにリラは頷き

後ろの少女達に合図を送りながら自分も武器を構える。


今回、遠隔武器を持たないアンジュとトリス以外は

全員手にクロスボウやショートボウを手にしている。

遭遇戦というのは大抵の場合、互いが少し離れた所から戦闘が始まるので、

その際に先手を打つ事の出来る遠隔武器は都合が良い、という訳なのだが、

昨日その話をしていた時にアンジュは自分が弓を持っていない事を非常に悔やんでいたものである。

まぁ、そういう足りない思いを実感して

徐々に装備を充実していく事こそ駆け出しの醍醐味とも言える。

なのでここは敢えてフィルから武器を貸し出したりはせず、

トリスと共に不便を味わって貰おう、という配慮なのである。


「うーん……この辺りの足跡は、時間の経った物ばかりみたいね……」

ヘビーシールドとメイスで武装し、周囲の様子を注意深く確認して、

得られた情報をパーティの仲間に伝えるトリス。

クレリックのトリスはパーティの中で最も判断力が高く、

生存技能が他の娘達と比べて高いため、

このパーティではもっぱら周辺の探索などの「生存技能」を任されている。


生存技能は荒野で生き延びる為の技能とよく世間では説明される事が多いが、

なにも文明から離れ荒れ地を行軍する時にだけ活用される訳では無く

足跡を識別して標的が何時頃ここに居て、どこに向かったのか等、

痕跡を調査したり辿ったりするのにも活用される。


「物音はしないし、辺りに怪しい所もなさそう……かな?」

「そうですね……私も……んん~……何も見つかりませんね」

そして知力が高いウィザードのアニタと、

クラス特徴として多くの技能を習得できるバードのサリアがこのパーティでの「捜索技能」担当となる。

今は周囲に怪しい物……要するに罠や、誰か潜んでないかを調べている。

とはいえ、トリスもサリアもアニタも、三人ともこれらの技能は習い始めたばかりで

フィルが一通りのコツを教えたとはいえ、

まだまだ付け焼刃なその動きには、不慣れ故のぎこちなさが抜けていない。

あの様子だとこの場で何らかを発見できる可能性は五分以下といった所だろう。


「近い場所だけじゃなく遠くや上なんかも気を付けるんだよ」

そう言いながら、フィルは弓に矢をつがえると、自分達から離れた場所にある茂みに矢を放ち、

一射目の着弾を確認もせずに、二射、三射と続けた。

一射目が吸い込まれるように藪の中に突き刺さると藪の中が騒がしくなり

「キャン」とか「ガウガウ」といった犬に似た鳴き声が周囲に響き渡る。

だがそれも二射、三射が藪に刺さると「キャン」という短い悲鳴の様な鳴き声を最後に静かになった。


「え……あそこに隠れてたんですか?」

「ああ。あの藪の裏からこっちを見張っていた。丁度この辺りを見渡せる場所なのだろうね」

ここからならどちらの街からやってくる来る馬車もよく見えそうだ。

世間話をするかのように事も無げに説明するフィルに、

尋ねたサリアの方が「うわぁ」とフィルを奇獣を見たような目で見上げる。

折角説明したのにその顔は無いだろうに……。


「あんなの、よく分かりますねぇ……全然分かりませんでしたよ?」

「何度か茂みが揺れていたし、金属が光を反射してたからね。あれは寧ろコボルドの中でも姿を隠すのが下手な方だったと思うよ?」

「ええ……? 全然気づかなったですよ?」

フィルの説明にまだ納得がいかないと、むぅと少しむくれ顔になるサリア。

パーティの捜索担当からしたら、

これぐらいは必要と技能の差を見せつけられた感じなのだろう。

まぁ、傍からはフィルが容易に見つけ出した様に見えるかもしれないが、

実際の所はコボルドはその小柄な体格と生来の狡猾さ故に隠密が得意な種族であり、

見つけるのには結構コツが必要だったりする。

とはいえ冒険者を四、五年も続けていれば、

コボルドの隠れる傾向や場所なんてものは凡そ読めてくるものである。



「はは……こういうのが「経験」って奴なんじゃないかな」

口を尖らせるサリアを宥めながら、

フィルは依然周囲にも注意を払いつつ藪の方へと向かった。

藪の裏に回って様子を見ると、

小さな爬虫類の人型生物の死体が三体、

頭や体に矢を突き立てて倒れていた。

赤色の鱗の生えた肌と、小さな牙がびっしり生えた鼻づらと、長い尻尾を持つ、ごく普通の、典型的なコボルドであった。

コボルド達は鎧こそ粗末な革鎧だったが、

手にしているのは彼らが持つには似合わない

しっかりとした造りのライト・クロスボウであった。

おそらく襲った商人達の自衛用の武器か、商品を奪ったのだろう。

そしてクロスボウにはボルトがしっかり装填され、

今すぐにでも発射できる状態となっていた。


「やはりコボルドだったね」

「三体ですか…結構いましたね。ずっと私達を見張っていたんですかね?」

リラの問いかけに「そうだろうね」と答えるフィル。

「街からの軍隊なんかがやってきたら、本隊に知らせに行っていたのだろうね」

コボルドという種族は自身が小さく弱い事を自覚している。

だからそういった慎重な面があるのだと説明するフィル。

「いずれにしても全部倒せてよかったよ。一匹でも生きて巣に戻られたら大変だからね」

「そう言えば三射撃ってましたね。何匹いるかよく分かりましたね?」

実際の所はあと二射、撃てる余裕があるのだが、

それが出来るようになったのは例のアレに憑りつかれてからである。

そんな常人から外れた技能を周囲に見せるのは流石に憚られるので

かつてのフィルと同じ三射としたのだが、

それでもリラ達と比べたら熟練者の連続攻撃に映るのだろう。


「ああ、実際に何匹いるのか分からなかったからね。だからとりあえずで撃てられるだけ撃った」

「言ってくれれば、皆で撃ったのに」

「ああごめん。以前のパーティだとこういう不意打ちを掛けようとする相手には何も言わずに攻撃をしていたんだよ。その癖でつい、ね?」

咎めるリラにさして悪びれもせずにそう言いながら、

コボルド達の死体をまさぐり使えそうな物が無いか物色を始めるフィル。


敵に待ち伏せをされている場合、

そのままでは不意打ちをされてしまい、大変危険である。

また、例え隠れている相手を見つける事が出来たとしても

こちらに相手の待ち伏せに気付いたような怪しい素振りが少しでも見えると、

敵は不意打ちを諦め即座に攻撃に切り替えられてしまう。

もしこの時、此方がまだ気付いていないと相手が思っているうちに、

逆に此方から攻撃を仕掛ける事が出来れば不意打ちに近い感じになり、こちらの生存率が大きく上がる。

という訳で以前のパーティではああいった待ち伏せを見つけた際は、

見つけた者は相手に気付かれる前に速やかに攻撃を開始し、

それを見た他の者達も特に指示が無くても追従して攻撃を行っていたのだった。


まぁ、リッチやドラゴンといった六秒手をこまねいていたら全滅かもいう訳でもない

ただのコボルド相手にそこまでする必要が有るのか? と言われるかもしれないが、

駆け出し冒険者だと、コボルドと言えど不意打ちを受ければ死者どころか全滅の可能性だってあるのだ。

そんな訳で、このパーティでも潜む敵を見つけた際の対応について

一度よく話し合った方が良いのかもしれない。


それはさておき、話を戻すと

巣に逃げられて仲間にフィル達の事を報告されるとかなり都合が悪い。

なにせコボルドの巣と言えば罠だらけなのが常である。

そんな場所に立て籠もられて総出で迎え撃つ準備を整えられてしまっては、

討伐の難易度が大幅に上がってしまうであろう事は想像に難くない。


「生きて巣に戻られたら事だからね」

「巣まで道案内させたりとか罠の場所を聞き出したりとか……できるんじゃないです?」

サリアの質問にどう答えたものかと「うーん」と悩むフィル。

けれどもこの際だから伝えた方が良いだろう。

「……まぁ、これだけの数だし、別に捕虜が居なくても足跡を辿れば巣を見つけるのは簡単だろうからね……あとは」

「あとは?」

「巣まで案内させた後、使い道が無くなったコボルドの処遇に困らなくて済む」

「あ……」

少し冷たい言い方になってしまったが、その説明でサリアや少女達は察したようだった。


「コボルドを自由にしても碌な事にはならないというのは分かるだろう? かといって案内させたり情報を聞き出す時に命の保証をしたりするだろう?」

尋ねるフィルにサリアの顔がむぅと渋いものになる。

「確かに、コボルドからしたら自分が助かるからこそ仲間を裏切るのですから……」

そうですねと頷くトリス。サリアはというと、頭では理解しているのだろうが

心はまだ納得出来ていない様子である。

「騙して殺すよりは、此処で殺した方が有情……という事ですか?」

それで良いのかと言わんばかりにフィルに尋ねてくるが、

フィルはその問いかけに「そうだよ」と断言する。

「これが違う依頼なら対応は違ったろうけど、今回は討伐依頼だからね」

「それは……そうですね。討伐が目的ですし……見逃す事は出来ない、ですよね……」

まだ完全ではないが、それでも一応フィルの言葉に納得してくれたようである。

この辺り、善の属性だと悩ましい所ではあるのだろう。

とはいえ、だ。

「まあね。辺りのこの惨状を見れば、放置という選択は無いと思うよ」


フィルの言葉に改めて周りの惨状を見渡す少女達。

辺りにある大量の荷馬車は荒らされ、中の荷物は根こそぎ奪われている。

犠牲者の死体は無いが、所何処に大きな血の跡が幾つも見られ、

犠牲者たちが碌な末路では無かったであろう事は想像に難くない。

そんな悪事を繰り返しているコボルド達である。

たとえ数匹でも生かして野に放てばいずれ数を増やし、

再びこの様な問題を起こす事だろう。

いや、ここで根絶やしにしても他所から流れて来たりして、

問題はいずれはまた起きるのであろうが……

それでも平和な期間が少しでも長く続くに越した事は無いはずである。



「とりあえず、もう少し周囲を調査してみよう。今ので最後だとは思うけど念の為、単独行動は避ける様にね」

フィルの指示で改めて周辺の様子を確認する一行。

結果、荷馬車や周辺からは特に新しい情報や目ぼしいアイテムは見つからなかった。

荷馬車に積まれていたはずの荷物は見事なまでに根こそぎ奪われ

周辺に残されているのは荷馬車や木箱や樽の残骸、後はゴミばかりといった有様で

一通りの確認を終えた一行は、足跡を辿りコボルドの巣を目指すのであった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ