邪神さんと村娘さんのんびりした一日7
「まったく……えらい目にあったよ」
「えへへ、おつかれさまでしたです。はいっ」
「ありがとう」
ようやく少女達相手の訓練から解放され、ぼやくフィルに
フラウが水の入ったコップを差し出してくれた。
フィルはありがたくコップを受け取りそれを喉に流し込む。
良く冷えた水はたちまち喉の渇きを癒し、疲れた体に良く染みわたる。
「ふぅ……一息つけた」
「フィルさんとってもすごかったです! みなさんのこうげき、ぜんぶよけちゃってましたね!」
「まぁ、経験の差かな? あの子達よりはこういう事には慣れているからね。それに装備だって冒険用じゃないとはいえ、この位の事に対応できる物を装備してるし」
今のフィルが着ているのは普段使いにしているローブで前線で戦うには心許ない代物であったが、
とはいえ低めながらも強化のエンチャントが施された物だし、
ブーツやベルトなんかは冒険者の頃から使い続けている
反発や回避のエンチャントが付呪がされた一線級の品であった。
それにローブという事は逆に言うと鎧のように敏捷の制限が無いという事でもあり
今のフィルの敏捷を活用して、攻防一体強化の特技を使い相手の攻撃を捌くことに徹すれば
並みの相手ならば大抵の攻撃を防ぐことも出来るようになっていた。
「そうなんです? じゃあぼうけんのときはもっとすごいんです?」
フィルの言葉に小首を傾げ、それから尋ねるフラウ。
フィルはそんなフラウの頭を撫でてやり、ちょっとだけ得意げに、笑って言った。
「そうだね。本気の装備は大分違うとは思うよ?」
「わぁ~!」
ふふんと得意げなフィルの返事にフラウは声を漏らす。
もしかしたらフィルが冒険者として武装した姿を想像しているのかもしれない。
そんなフラウの様子に微笑を浮かべ、少女の頭をもう一度撫でるフィル。
「……まぁ、装備はともかくとして、ずっと練習相手というのは、さすがに勘弁してほしいな」
「あー……えへへ……」
フィルのぼやきに困った笑顔を浮かべるフラウ。
訓練に参加してもいない幼い少女に愚痴を言っても困らせるだけなのだが、
どうにもフラウが聞き役だとついつい口が緩くなってしまうらしい。
「いやぁ。でもフィルさん全然当たらないし、全然元気そうだし、全然大丈夫って思っちゃうんですよね」
フィルのぼやきを聞きつけ弁明するリラだが
そこに悪びれた様子は微塵も無く、満面の笑顔であるのを見て、
フィルはやれやれと嘆息した。
「確かに体力的には問題無いけどね……休憩は必要だよ? ……気分的にも」
まぁ、これまでの冒険者生活と比べればこの程度の訓練は戯事の様なものである。
文字通り全身全霊を込めて打ち込んできた少女達が一戦毎に肩で息をしているのに対して、
フィルの方はと言えば涼しい顔ですぐ次の戦闘に備えていたりして、
戦闘技量の差と、これまでの戦闘経験、特に長期戦の経験の為せる事であった。
でも、だとしてもである。
少女達が訓練中、交代で何人か抜けて、
少し離れた木陰でフラウと楽しそうにお喋りしていたりするのを見ると
何というか、こう、ずるいと思う訳なのである。
それだけでなく訓練では相手を怪我させないよう気を付ける必要がある。
とはいえ、ただ手加減したのでは訓練にならないので、
当たる直前までは本気で打ち込み、直前に威力を殺して相手に当てるといった感じで
普通に戦うよりも注意を払う必要があるのだが、
それがずっと続くと結構気疲れしてしまうものなのだ。
なので体力的には大丈夫でもフィルだって少しは休みたいのだ。
「にしても、本気装備じゃなくてもこんだけ違うのかぁ……」
(あ、話題を変えられた?)
以前もフィルの訓練を受けた事のあるファイターのリラがしみじみと言いった。
前回は四人がかりで文字通りフィルに瞬殺されており、今回は五人がかりである。
それでも結果が変わらないのだから、流石に技量の差を感じずにはいられないのかもしれない。
「今回は前より行けるかもって思ったんだけどなぁ……」
「流石は熟練の冒険者ですよね……私もここまで違うとは思いませんでした」
うーんと考えるリラにパラディンのアンジュが相槌を打つ。
アンジュの方はこちらも勝てなかったにも関わらず
思う存分体が動かせて良い訓練が出来たと清々しい笑顔であった。
「うーん、今回はなんか前と違って動きが分かったというか……そんな気がしたんだけどなぁ」
「ふふ……それは成長してるという事なのだと思いますよ?」
「んー……そうなのかなぁ? でも結局駄目だったけどねー」
ちなみに今回フィルは身体能力を減衰させる指輪を装備しての訓練であった。
確かに前回よりも動きが鈍ったのかもしれないが、
減衰させたと言っても並みの冒険者以上の身体能力ではあるし、
前回は身のこなしや力加減にかなり加減が必要だったのが、
今回はその辺をあまり気にせずに動けたので、
訓練の難易度としては今回の方が寧ろ高くなっていたはずだが、
それでも今回の方が動きに追い付けたというのならば
アンジュが言う様に、リラが成長しているという事なのだろう。
「まぁ、ついてこられる様に感じられたのなら、それは成長しているのかもしれないね」
どう戦ったらよかったのかなあと、
まだまだ一人反省会中のリラにフォローを入れるフィル。
前回の訓練の後、実戦も幾つかしているし、実際にその通りなのだろう。
いやはや、若者の成長の速さには驚くばかりである。
「それに僕の装備の多くは防御系のエンチャントが施されているものも多いし、僕が攻撃を受けなかったのはそのおかげもあるだろうからね」
「それって、あのマントみたいなエンチャントがかかってるんですか? 」
「いや、ベルトのは力場だけど、ブーツは素早く動けるようになるエンチャントだし、ローブはそれ自身が鎧の様に頑丈になって衝撃を和らげてくれるっていうエンチャントだね」
「おー、なるほどー」
防御に関わるエンチャントには幾つかの種類がある。
防具を硬化させたり、
盾を強化したり、
力場による反発の力を身に纏ったり、
足さばきに力を与え回避しやすくさせたり、
皮膚を硬化させて敵の攻撃を弾いたりなんてものもある。
気を付けなければならないのは、同種のエンチャントを装備した場合、
効果の累積はせずに、最も効果の高いものだけが有効になるという事である。
なので冒険者は理由が無い限りは
それぞれの種類のエンチャントを一つずつ装備する。
まぁ、余程のベテランにでもならない限りは
高価なマジックアイテムを買うのは容易ではないので
冒険中に運良く見つかり、各種か揃うのを願うのが普通なのだが。
「そうなんだ……アンジュは何か持ってる?」
「いえ、魔法の品は高価ですからね。私が持っているのはこの剣だけですね。リラは何か持ってるのです?」
「私、というかうちのパーティの共有だけどね。指輪とダガーが一つずつあるよ」
「あー、この前の野盗からの戦利品ですね」
リラとアンジュの会話にサリアが加わってきた。
そのうち他の娘も参加して、ここはさらに賑やかになるのだろう。
「うん。ダガーはただの+1だから剣で叩いた方が強いし、指輪もリング・オヴ・プロテクションの+1で今借りてるクロークの方が強いんだよね……一応つけてはいたんだけど……」
そう言ってリラはグローブを外して指輪をはめている自分の指をアンジュ達に見せる。
「クロークのとで合わせて……って考えていたんだけど……フィルさんの説明だとクロークの効果しか得られないんだよね? サリアは防御魔法が重ならないって知ってた?」
「一応、魔法について学んだ時に、簡単にですけど」
「わたしも」
「わたしもそうね」
サリアに続いてアニタとトリスが話の輪に加わり、ついに全員が揃った。
「そうなんだ……うう……恥ずかしい」
「でもほら、フィルさんのクロークは悪からの攻撃じゃないと効果を発揮しませんし? それ以外の相手と戦う時の事を考えれば指輪はリラが装備しておくのが良いと思いますよ?」
項垂れるリラにサリアがフォローを入れる。
戦闘は悪人や悪属性のクリーチャーからとは限らない。
中立である野生動物も腹が減っていれば襲ってくるし、
時には善の相手とだって戦う可能性があるのが冒険者である。
それを考えれば今リラがリング・オヴ・プロテクションを装備している事に意味はあるだろう。
「それはまぁ……そうなんだけどさぁ……」
「そうね。色々な状況に対応できるように備えるのは大切よね」
「そうそう。特にリラは一番前に立つしね」
トリスとアニタにも慰められて、納得とはいかないまでも受け入れ
リラはグローブを手にはめ直した。