邪神さんと村娘さんのんびりした一日6
数秒の詠唱の後、
フィルと少女達との丁度中間ぐらいの地面が盛り上がる。
盛り上がった地面に瞬く間に石や土が集まり、
やがて大きな塊になると共に人型を形作る。
そして数秒の後には完全な人型となり、
ここに一体のアースエレメンタルが招来された。
「うわっ……」
「……前の子とはずいぶん違いますね……」
「みんな気を付けるのよ?」
招来されたアースエレメンタルの雰囲気に気圧され、
三者三様の言葉が漏れる少女達。
前回招来した小型の精霊とは違い、
より高位の呪文で招来された今回は大きさは中型となり、
姿は完全な人型となり、その背丈は2.5m弱と一般的な成人男性よりも更に背高である。
そうなると自然とリラ達からは相手を見上げる形になり、
前回の見下ろしていたのとは感じる威圧感がかなり違ってくる。
変わるのは背丈だけでない。
敏捷こそ以前と変わらないが体力や膂力、外皮も強化され
その攻撃はより重く破壊的なものになる。
大雑把に言うと小型の精霊が脅威度1なのに対し
中型の精霊は脅威度3と呼ばれている。
脅威度1は完全な駆け出し冒険者が四人がかりで丁度良い相手で
脅威度3は冒険に慣れ始めた冒険者が四人で丁度良い相手となる。
普通なら今のリラ達パーティの実力だと相当の覚悟が必要となる相手だが、
とはいえ今回は練習相手として召喚された相手なので手加減はするし、
実際に戦場で相対したとしても決して倒せない相手という訳では無い。
そんな訳もあって、リラ達は最初こそ驚きはしたものの
すぐに気を取り直し早速陣形を整え、それぞれの武器を構えた。
「わぁ~おっきいですねっ! それにとってもかたそうです!」
フィルの隣で見学しているフラウがフィルを見上げて無邪気に感想を言う。
幼い少女を戦闘に巻き込むわけにはいかないのでフラウはフィルと一緒に見学である。
「これでも中型なんだよ。上位の召喚呪文だともっと大きくなるんだよ」
「わぁ~そうなんです? やっぱりつよいのです?」
「うん。大きくなるだけじゃなくて強さも大分違うね」
「わぁ~すごいですねっ。じゃあきをつけてたたかわないとですねっ」
「ははは、そうだね」
無邪気にその場の様子を喋る様は、さながら実況者といったところである。
戦闘前のリラ達を眺めながら呑気に実況と解説をする二人。
招来したフィルとしては、こうしてフラウに楽しんで貰えるなら、
魔法を使った甲斐があるというものである。
「それじゃあ、始めるよ?」
「はいっ」
「では……はじめっ」
フィルの合図を皮切りに双方が動き出した。
最初に動いたのはリラだった。
リラはアースエレメンタルの正面まで駆け込むと
片手に持つロングソードでアースエレメンタルに切りかかった。
対するアースエレメンタルは少女達を正面に見据え待ち構える。
リラの攻撃は精霊の固い岩の外皮に阻まれダメージを与えられなかったが、
結果を確認する事も無く、リラはそのまま精霊の前に立つと、もう片方の手にある盾を構えた。
間髪入れずにリラの盾をめがけてアースエレメンタルの反撃の拳が打ち下ろされるが、
リラは盾を上手くずらして精霊の拳を受け流す。
「っ!!」
並みの戦士など比べ物にならない膂力から繰り出される重い一撃は
たとえ受け流せてもかなりの衝撃だ。
リラはその衝撃に若干ふらつきながらも、急いで体制を立て直す。
精霊の方はというと、振り下ろした腕を戻すのに少し時間がかかっていた。
もう一段階大きな精霊ならば、ここで続けてもう一撃が来ているところだが
中型の精霊にそういった連続攻撃が無いのが幸いした。
攻撃で出来た隙を逃さず間髪を入れずに
後から追い付いたアンジュとトリスがリラの左右を抜き精霊の左右に回り込むと
二人はほぼ同時に攻撃を繰り出し左右から精霊を挟撃した。
拳を振り下ろした姿勢の精霊は避ける事が出来ず二人の攻撃をまともに食らいよろめく精霊。
トリスのメイスは固い外皮に阻まれてダメージにはならなかったものの
アンジュの錬金術銀のロングソードは精霊の体を捉えその胴体を切り裂いた。
切り裂く瞬間、ロングソードの刀身から光が沸き上がり集約し
敵を焼かんとばかりに精霊に注ぎ込まれた。
光輝ダメージに加えシアリング・ライトが上乗せされた光は熱を持ち
相手からすれば炎で焼かれる様な痛みに感じられたであろう。
そんなアンジュの一撃は結構なダメージを与えたはずだが、
アースエレメンタルはそれでも崩壊せずに
依然として二本の足で大地を踏みしめしっかり直立している。
(ふむ……やっぱ普通の光輝属性とは勝手が違うか……)
アンジュが切り付けた瞬間に剣が光を放つ様子を眺めながらフィルはそんな事を考えていた。
やはり通常の属性ダメージを付与したエンチャントとは明らかに違う感じだった。
おそらく同系の武器を使った事がある者なら、すぐに違和感を感じる事だろう。
まぁ、魔法の武器は一品物も多く、同じ効果でも見た目が違うというのは良くある事なので
これがフィルのエンチャントの癖なのだと思えば、誤魔化せるとは思う……たぶん。
幸いにしてアンジュに戸惑ったり何かに気付いた様子は無い。
おそらくこうした魔法の武器の使用経験が少ないので
他の魔法の武器との違いに気が付いていないのだろう。
フィルとしてはこの先もアンジュが大らかな精神で
気にしないでいてくれることを祈るばかりである。
その後、訓練は精霊の背後に回ったサリアのレイピアが外皮を少し削り、
リラがさらにダメージを与えて、返す精霊の攻撃を今度は受けずにかわし、
最後はアンジュが再び剣で切り付けとどめを刺す。という形で終わった。
「ふぅ、おつかれさまぁ……」
「はいっ、おつかれさまですっ」
止めを刺され盛り土と化したアースエレメンタルを前に
緊張が一気に抜け脱力気味のリラと、
リラとは対照的に元気なアンジュがお互いを労う。
リラは正面から数段格上の相手をしていたのだ。
心身共に負担が大きかったのだろう。
そんな二人に今回の功労者である二人を労らうと他の娘達も集まっていく。
「リラ、大丈夫!?」
「おつかれさまでしたー。二人とも凄かったですよっ」
「うん。リラもアンジュもすごかった」
「とってもすごかったですー」
フラウもリラ達の元へ駆け寄り、皆の輪に加わっていた。
「いやー。かなり怖かったよこれ」
「一撃がすごかったですもんねー」
「うん、私なんて何もできなかった」
「あはは、アニタはウィザードだしね。今回はそれぐらいがいいよ」
「いやぁ、それにしてもあっという間でしたねっ」
戦闘は時間にしておよそ十秒ほど、たしかにあっという間と言える。
訓練としては短すぎと思われるかもしれないが
それでも正面から向き合って戦ったリラは汗びっしょりだった。
自分達より数段格上相手ではたとえ短時間であってもかなり緊張したのだろう。
(ふむ……今日の所はちゃんと労わってあげるべきかな?)
「それにしてもアンジュの剣、凄かったよね」
「ですね。威力もかなりあるみたいでしたし」
そう言ってアンジュの剣を興味深そうに眺めるリラとサリア。
どうやら話題はアンジュの新しい剣に移っている様で
今はアンジュを囲んで皆でわいわいとしている。
「ええ、私も初めて切った時はちょっと驚いちゃいました」
シアリング・ライトの効果は光輝ダメージの陰に隠れて今の所ばれた様子は見られない。
威力としても不自然な感じはしないし、これなら特に問題になる事も無いだろう。
「フィルさん。ありがとうございます。大事にしますね!」
嬉しそうにそう言ってぺこりと頭を下げるアンジュ。
こうも喜んで貰えると、さすがにちょっと気恥ずかしい。
「ははは、まぁ一日で出来る範囲のエンチャントだしね。お安い御用だよ」
「おやー。聞きましたかリラさん。お安い御用ですって言っていますよ?」
「いいなぁー。私も魔法の武器欲しいなぁ……」
おや?
「私も魔法のレイピア作って欲しいなぁー」
「私は魔法のロングソードがいいなぁー。トリスも欲しいでしょ?」
「え? えっと、魔法のメイス……とか?」
「私は、魔法のスタッフかな?」
この中で魔法のスタッフは頭一つ高価な様な気がする。
いや、それよりも。
「はいはい、君たちもちゃんとお金を支払えば作ってあげるよ」
「「「「えー」」」」
声を揃えて不満の声を上げる娘達。
こういう時は本当に息のぴったりな娘達である。
その様子にフラウが隣でクスクス笑っている。
「……まぁ、ダメな物は仕方ないよね」
どうやら諦めてくれたようで、納得してくれたようである。
こうしてリラが納得してくれれば他の娘達も納得してくれるだろう。
「それじゃあ、明日のためにももう少し訓練しようか」
「ですねー。せっかくフィルさんも来たことですし」
おや?
「では、フィルさん相手に私達がみんなで打ち込むという事でいいですかね。いつもの様に」
「そうだね。いつもの様にフィルさんに一本取れるまでっていう感じで」
なんだかいつもの様にという所に力が込められている感じがする。
「一本取れた事ないんだけどね」
「そんなにお強いんですか?」
「ええ、私達が全員でかかっても全然当たらないのよ」
「まぁ!」
トリスよ、人を便利な訓練人形みたいに言わないで欲しい。
そしてアンジュよ、そこで凄く嬉しそうな顔をしないで欲しい。
それになんかいつもよりも皆、やる気に満ちている様な気もする。
……結局、それから日が暮れるまでの間、
フィルはリラ達の訓練相手を務めさせられたのだった。