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邪神さんと村娘さんのんびりした一日2

フィルとフラウは、アンシーン・サーヴァント共に朝食の準備を進めていった。

アンシーン・サーヴァントの姿は透明で見えないので

空中に浮いた包丁が同じく浮いたジャガイモの皮を器用に剥いていく様にも見える。

そんな包丁とジャガイモが宙で踊る様子をフラウは楽しそうに見つめていた。


その間にフィルはパンに挟む具材の準備に取り掛かった。

「技能」というほど大層な技では無いが

慣れた手つきでチーズやハムを切り分けて行く。

使い慣れた魔法のダガーの刃がすうっと塊のチーズに入り、

具材を薄く均等に削ぎ落していく技は

この数十年の野営や自炊で身に着けたものである。

チーズが終わると次はハムである。

本日のハムは生ハムで、食べやすいようにチーズよりも更に注意して薄く切分けていく。

男の手料理だからとて、ブツ切りにして鍋に放り込むばかりではないのだ。


「あ、フィルさん、もうすぐおなべがわきそうです!」

「ありがとう。じゃあ、ここでお肉も加えようか」

「はいですー」

フラウの報告にフィルは食料庫から持ち出した塊肉を手際よくブツ切りに切り分けて鍋に放り込んだ。

やはりシチューの具材はブツ切りに限る。

肉の匂いに惹かれたか、シルがフラウの足元で尻尾をふりふりしている。

そんなシルの様子にフラウはフィルを見上げて尋ねた。


「フィルさんフィルさん、シルちゃんにシチューのおにくたくさんあげてもいいです?」

こうも無邪気に期待一杯といった顔で尋ねられてはフィルも精一杯応じねばなるまい。

「そうだね。シルには肉を多めに取り分けてあげないとだね」

「はいですっ。えへへー。よかったですねー」

嬉しそうにシルを抱き上げ自分も踏み台に乗って

「もう少しまってねー」と鍋の様子を子オオカミに見せるフラウ。


そんな事をしながら朝ご飯が着々と整っていく中、

外の空は次第に明るくなり、朝の清々しい光が差し込んできた。

「わぁ、フィルさんフィルさん、きょうもとってもいいお天気ですよ」

「本当だね。こんな日はのんびりしたら気持ちいいんだろうけど、エンチャントの依頼が無ければなぁ……」

「ふふふっ。がんばですっ」

ぼやくフィルがフラウに慰めてもらいながら朝食の支度は進み

やがてシチューの香りが家中に広がる頃、

厨房の扉が開き、リラを先頭に少女達が入って来た。


「おはようございますーっ」

「あ、おはようございますー!」

「おー、おいしそうな匂いがしますねー」

「きょうはパンとシチューですよー。おにくとおやさいたっぷりなんです!」

続々と入ってくる少女達にフラウは元気に挨拶しながら朝ご飯の献立を伝える。


少女達は皆、既に着替えを済ませているようで、朝食もあと少しで完成である。

という訳で、少女達が厨房の水場で顔を洗って身繕いをしている間に朝食は完成し、

そのまま出来た料理を皆で食堂に運んで、賑やかに朝食が始まった。



食堂は十数人を想定した造りになっているので

一行が全員座っても半分ほどしか席は埋まっていないが

流石に七人での朝食となると随分と賑やかになるもので

以前フラウと二人だけで食べた時とは雰囲気が大分違った。

各人の前にはシチューが盛られた木皿が並び

少し厚めにスライスしたパンが山と積まれた大皿に中央に置かれ

その大皿の隣には薄切りにしたチーズとハムが盛られた皿が置かれている。

ちなみにパンを食べない子オオカミのシルには

約束通りたっぷりのシチューのお肉がペット用の食器に入れられて出された。

「おー、これは、今日もとっても美味しくできてますねっ」

「えへへー。おにくもおやさいもたっぷりなんです」

「朝から豪華だよねー」

「フラウちゃんは料理がとっても上手なのね」

「えへへー。フィルさんといっしょにつくってるんです」

フィル達の作った朝食は概ね好評で皆の感想にフラウもご満足である。



すっかり日常となった少女達の賑やかな会話を聞きながら、

フィル達が朝食を食べていると、

フィルの知覚が山道を登り家に向かってくる複数の足音の気配を感じ取った。

さらに暫くするとコンコンと玄関のドアノッカーが打ち鳴らされ、

「おーい、フィルいるかー」

と、聞きなれたダリウのフィルを呼ぶ声が聞こえて来た。


「あれ? ダリウかな? こんな朝からなんだろ?」

聞こえて来た幼馴染の声にリラ達が首を傾げる。

特に約束はしていないはずだが、こんな朝早くからとは余程な用事なのかもしれない。

何だろうと皆で玄関へ向かい扉を開けてみると、

玄関には背負子に大きな麻袋を背負ったダリウとラスティ、

それと村人なのだろう手提げの籠を手にした中年のご婦人が四人、

なかなかの大所帯が玄関前でフィル達が出てくるのを待っていた。


ダリウ達の顔を見るに、彼等に特に緊張している様子は無く、

何かの用事でフィル達に声を掛けに来た、といった所だろうか?

「おはよう。今日はどうしたんだい?」

「前に言ったパンを焼くのに窯を貸してもらおうと思ってな。今日は大丈夫か?」

尋ねるフィルに説明するダリウの背には如何にも重そうな麻袋が背負われている。

話の内容から察するに、麻袋の中身はおそらくパンの材料の麦なのだろう。


そういえば前に、村にはパンを焼くのに使う窯が食堂にある一つしか無いのだが

普段は食堂が料理を焼くのに使っていて、なかなか村人達が家庭で食べる分のパンを焼けないから

フィルの家の窯を使わせて欲しいという話は聞いていたっけ。

ここ数日は街に行っていてずっと不在だったので

フィル達が家に帰ってきた今日訪ねて来たのだろう。


「ああ、そういう事か。もちろん大丈夫だよ。どうぞ、厨房はこっちです」

話は以前から聞いていたし、フィルとしても村人達の窯の使用には賛成している。

村に新しい窯を設置すれば良いのだが、それはなかなか難しい話で、

本来こうした施設の設置は領主の主導の下で行われるものだ。

設置された施設に対して、領主やその代理人に使用料を支払うのが常であり、

これを村人が勝手に作って運用したとなると、色々と不味い事になってしまう。

ドラゴンに支配され政治の手が及ばなくなってしまったこの村だが、

それでもこうした事には気を遣うのだろう。

それに重い荷物を背負って山を登って来た人達を追い返すとか、

それこそ人でなしの所業と言えよう。


フィルは少女達には朝食に戻っていて貰い、

それでもとついてきたフラウと共にご婦人達を厨房へ案内して

ついでに初夏の山道を歩いてきたダリウ達とご婦人達に冷えた水を振る舞った。

「ありがたい。朝方とはいえやっぱ夏は暑くてな。喉が渇いていたんだ」

「それにこの荷物だしね。ああそうだ、これ麦なんだけどフィルのとこの食料庫に置かせてもらえないかな?」

ラスティが言うには二人が背負ってきた麦は街でフィルが村の共有財産として購入したものだそうで、

本来、麦は保存が効くので鮮度を維持する魔法のかかった食料庫に置く必要は無いのだが

どうせなら新鮮な状態で使いたい、という事らしい。

「まぁ、構わないけど床の隅に直置きとかでも良いかい? 棚は食材で一杯なんだよ」

「ああ、構わない。それで十分だ」

確認するフィルにダリウが頷き、食料庫の奥の隅に麻袋を運ぶと、そこにどんと麻袋を置いた。

ラスティの分の麻袋も食料庫に運び終え、

それからフィルは厨房の使い方をご婦人達に説明した。


「水はここから湧いて出ていて、水は飲み水にも使えますし、ここの洗い場で食器を洗うにも使います」

「つめたくてとってもおいしいんですよっ」

「あらー便利ねー」

「薪をあそこにあるのを使ってください」

「まぁいいの? それじゃあ今度補充しておくわねぇ」

「フィルさんフィルさん、いっしょにおふろにもはいってもらってはどうです? 今日はあついですし、パンやくととってもあついですから、汗をおふろでながしてもらうんです」

厨房の説明をしているフィルに明るく提案するフラウ。

フィルとしてはフラウの言いたい事は分からないでもないが、

フラウのその説明ではちょっと誤解を招きそうである。

妻子持ちのご婦人に自分の家の風呂を使ってくださいと言うのはちょっと……

いやかなり度胸がいる事だと思うのだが……

とはいえ善意で期待に見た目で見上げる少女の気持ちを無下には出来ない。


「ああっと……そうだね。ええと、ここの窯は裏の風呂場のお湯を沸かすのにも使っているんですよ。なのでパン焼きで沸いたお風呂なんで良ければ汗を流していってくださいという事なんです」

「とってもおおきいおふろなんですっ。とってもきもちいいんですよっ」

我ながらへんてこな説明で、却って怪しい説明になってしまったが

続きをフラウが力一杯に援護をしてくれた。

とはいえ、そんなにお勧めしなくても良いのではないかなと思わないでもない。

そんなフィルとフラウの説明を聞いて互いに騒めく婦人達一同。

「あら、良いのかい? お風呂の事は前々から聞いていたのよ」

「あらあらー。じゃあ次からは着替えも持ってこないとねー」

「そうねー。窯の前に居ると汗もかくし、ありがたいねぇ」

意外にもどうやらフラウの提案はご婦人達にも好評のようで

結局、ご婦人達は後でお風呂に入るという事になった。

説明を終えてから厨房をご婦人達に任せたフィルとフラウは

ダリウとラスティと一緒に朝食の続きの為に食堂へと戻っていった。



「そういえば、フィルさんは今日は一日エンチャントなんですよね?」

四人が食堂に戻ると既に少女達は朝食を食べ終えていて

木のカップでお茶を飲みながら今日の予定の相談をしていた。

今日の予定をリラに尋ねられて、フィルは自分の席につきながら「そうだよ」と肯定する。

「この後すぐにエンチャントを始めたとして、夕方前ぐらいまでは他の事は出来ないかな」

「なるほどぉ~じゃあ夕方からならフラウちゃんの勉強を見てあげられますよね?」

続いてサリアに尋ねられてフィルは頷く。

「ああ、そういう事なら僕は問題無いよ」

「じゃ~。フィルさんには夕方からはフラウちゃんのお勉強をお願いしますね」

予定が決まりサリアがフラウに「ねっ?」と言うと、

フラウは「はいですっ」と元気に返事する。

「えへへ~。ありがとうございますー」

「はは、お安い御用だよ」

隣で喜ぶ少女の頭を撫でてやるフィル。

エンチャントなどよりよほど好ましい事である。

ちなみにリラ達はというと、この後はすぐに戦闘の訓練をするらしい。

まずは各々の手持ちの武器の訓練して、

その後はパーティでの連携を訓練するのだそうだ。

今回はアンジュがパーティに加わっているので、

彼女の参加を踏まえた立ち回りに慣れておきたいのだろう。


(ふむ……呪文で練習相手を召喚すれば訓練もはかどるのだけれど……)

とは思うのだけど、この中で召喚呪文を使える肝心のフィルが

今日は一日、エンチャント作業で対応する事が出来ない。

一応召喚魔法を発動できるマジックアイテムも幾つか有るにはあるのだが、

消費型ではないアイテムの場合、そのどれもが今の彼女達の技量を超えた代物ばかりで、

訓練だと指示すれば彼女達の身の安全は一応保障されるだろうが、

喚び出されるクリーチャーの性能からして

訓練と言えど暴れれば土地や家への被害は免れない。

訓練後、地面が抉れ、家が半壊したなんてのは見たくも無い。


あとは消費型のアイテム……簡単に言えばスクロールやワンドで

スクロールなら低レベルの召喚呪文のスクロールが幾つか持っているが

低レベル、ついでに言えば使い道の殆ど無いスクロールとはいえ

これだって一つ金貨数十枚はするアイテムである。

模擬戦で気軽に消費して良いものでは無い。

(……今日は召喚呪文を使っての模擬戦は無しだな。リラ達もそれは承知しているのか特に相談も無いみたいだし)

そんな事を考えながら、少女達が話す今日の予定を聞いているフィル。


今日の訓練予定について、ついでに言うと

ダリウとラスティの二人も訓練に参加したいのだという。

スピアやダガーのような単純武器ならある程度は使いこなせる二人だが、

ロングソードやバトルアックスといった如何にもな武器は勿論の事、

ハンドアックスやショートソードといった小型で一見素人でも使いやすそうな武器でさえも

軍用武器となるとまだまだ訓練が必要だった。


軍用武器というのは手で持ち、振り回すぐらいなら誰でも出来るが、

しかし戦闘で効果的に扱うには相応の鍛錬と経験が必要になる。

この前のゴブリン討伐の時にロングソードの扱いを付け焼刃で学んだが

ゴブリンの戦利品であるショートソードを扱えるようになるために

扱い方を訓練したいのだという。

「どうせなら他の武器も訓練してみたら?」

「そうだなぁ……他の武器か……どんなのがあるんだ?」

「んー……そうねぇ、バトルアックスとかハンドアックスとか、あと便利と言ったらハルバードとか良いかも?」

ダリウ達に武器の特徴を簡単に説明するリラ。

ちなみにファイターであるリラはこれらの武器を一通り扱う事が出来る。

フィルが居なくてもリラが彼らに教えてくれることだろう。

「そうなのか?」

「たしか、フィルさん、これらの武器も持ってましたよね?」

「ああ、あるよ。あとで手頃なのを貸すね。ちなみに軍用武器でいうとロングボウとショートボウもきちんと学んでおくといいと思うよ」

ショートボウは猟師も含めて村人でも所持している者が何人か居て、

実際に彼らが使っているのだが、

職として弓を扱う二人の猟師はともかく、

それ以外の村人は素人も同然で、正直戦闘で使えるレベルではなかった。

これを機にきっちり弓の扱いを学んでおくのはきっと村人達の役に立つだろう。

そんな感じで、午前の予定は決まっていったのだった。

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