邪神さんの街への買い出し106
街の門で衛兵相手に簡単な手続きを受けた一行。
「その格好だと今日で村に帰るのかね?」
「あ、はい。そうなんですよー」
「そうなのか。次は野盗に出会わないといいな」
「いやぁ……、退治すればお金になるとはいえ、そろそろ村には戻っておきたいですからねー」
「こちらとしても街の周辺が安全になるのは有難いんだがな。ま、無理はするんじゃないぞ?」
一向はここ数日で衛兵達にすっかり顔を覚えられており、
一行のリーダーであるリラに親し気に話しかける衛兵。
今では顔を合わせると気軽に声をかけられたりするほどになっていた。
こういう時、やはり女の子ばかりの冒険者パーティというのは目立つのだろう。
以前のフィル達のパーティならばこの程度ではまだ胡散臭い物を見る目で見られていたはずだ。
ちなみに一応フィルも一緒に居るが、野郎なんてはっきりいっておまけ扱いである。
まぁ、いずれにせよ良好な関係であれば顔を覚えられるというのは良い事の方が多い。
お陰で受付で名前を書いてからは特に質問されたりといった事も無く、
「今回は戻って来ないで済むよう祈ってるよ」
と衛兵達からは快く送り出されたのだった。
門を抜けた一行は、ダリウ達が荷馬車を預けている城門近くの厩舎へと向かった。
街の外の街道沿いには旅人や商人相手に馬や馬車を預かる厩舎が幾つかあり、
フィル達もその内の一つ、一昨日、街に戻って来た時に
駆け込みで馬車を預けた厩舎へと向かっていた。
フィルやリラをはじめとした少女達は
あの時馬車を預けてから厩舎を訪れる事はなかったが、
ダリウとラスティの二人は昨日も度々厩舎を訪問して
ロバの世話や、市場で購入した器具やら苗やらを荷馬車に積み込みしたりと
厩舎の人達には色々と世話になっていたのだという。
ちなみに厩舎が街の外にあり、かつ繁盛している理由は、
馬や馬車で街の中に乗り入れるには結構な通行税が取られ、
ついでに街中の馬小屋の利用料金が街の外と比べて全体的にお高めであるからである。
お高めの馬小屋の利用料にさらに追加で
街の出入りの通行税まで支払うとなると結構な出費であり、
街中に組合があり、そこで馬や馬車を預けられる組合加入の商人や職人ならいざ知らず、
旅人やこの街で大きな商売をする気の無い行商人にとって、
余分なお金を支払わずに済むならそれに越した事は無い。
という訳で、まだ朝方だというのに街の外にある厩舎では
今日も多くの旅人や行商人達で賑わっていた。
厩舎に着いて見ると、厩舎の前を通る街道には、
道沿いに沿って荷馬車が何台も並んで停められており、
それぞれの馬車では商人達が忙しそうに旅立ちの準備を進めていた。
その内の一台にここ数日で大分見慣れた荷馬車を見つけ、
荷馬車の物陰から時折姿を見せるダリウ達の姿を見つけたリラが手を振って二人を呼びかけた。
「おーい。おまたせー」
「おう」
二人は家畜の籠や、旅の途中で家畜に与える飼葉などを荷台に積みこんでいる最中で、
やってくるこちらに気付いて軽く手を挙げたダリウだが、
すぐに手を下げるとそそくさと作業に戻ってしまった。
なんだかその仕草はいつもより少し余所余所しくて
あれは多分人前で照れているのだろうなとフィルが思っていると、
おそらく少女達も同じ事を思っていたのだろう。
前を歩く娘達から「あらあら」とか「もうっ」とか。くすりと笑う声が聞こえて来た。
せっせと作業している二人に合流して
全員で荷馬車への積み込みを手伝うと荷積みはあっという間に終わり、
支度を終えた一行は世話になった厩舎の人達に見送られて村へと出発をした。
街を出発した一行は他の商人や旅人達の一団に交じって街道を進んでいた。
抜ける様な初夏の青空の下、午前中の涼しい風を受けながらの旅は快適で
全員武装し、バックパックを背負っての移動ではあるが、皆その足取りは軽いものである。
あ、いや、人だけまだ若干足が重そうな者も居たが、
先程まで二日酔いだったサリアも大分良くなったようで、
今もまだ少し顔色は良くないが、それでも他の娘達と一緒に他愛ないお喋りに興じている。
それにしても、宿を出た時とずっと変わらず賑やかで、本当に元気な一行である。
なお、フィル達が商人や旅人の一団と一緒に行動しているのは良くある理由で
こうして同じ方向を目指す者同士で集団を作り臨時のキャラバンを形成する事で
野盗や強盗などの危険から身を護ろうという旅人や行商人達の知恵なのだ。
こういった臨時のキャラバンは旅立つ人が多い朝方が一番集まりやすく、
厩舎前の道が多くの荷馬車で賑わっていたのは
この集団に加わる為に準備していた人々によるものであった。
ちなみに前回フィル達がした様に
商人が単独で街道を旅すると悪党達に出会う確率はかなり上がる。
さらに言うとそれが年頃の娘ばかりで、しかも武装もしてない不用心な荷馬車ともなれば
それはもう確率急上昇となるのだが、それは前回の結果が良く物語っている。
その違いを考えると、こうしてお金をかけずに安全を確保しようという知恵は
とても有用なものであると言えよう。
とはいえ冒険者がこの集団を利用する機会はあまり多くない。
フィル達の以前のパーティでも冒険者になりたての時には
こうした集団に加わり移動したりした事もあったが、
次第にパーティだけの単独で旅したり、お金を支払い駅馬車を使用したり、
時にはテレポート系の呪文で移動したりというのが増えていき、
こうした集団は次第に利用しなくなっていった。
そもそも冒険者にとっては野盗に出会った方が飯の種になる訳で
パーティに実力が付いてくると多少危険なぐらいが丁度良く
わざわざ移動速度の遅い一団に加わる理由が無くなってしまうのだ。
そんな臨時の集団に加わったフィル達一行は
隊列の最後尾に自分達の場所を確保してからは隊列の流れに合わせて進んでいた。
暫くするとフィル達の後ろに新たな荷馬車が加わり、
こうして次第に集団が大きくなっていくのである。
もちろん休憩やら目的地が途中の村だったりで集団から抜ける者も出てくるので
集団は大きくなったり小さくなったりしながら目的地を目指すのだ。
そんな集団の中でフィル達のグループでは
隊列の先頭をリラを始めとした少女達冒険者グループが歩き、
続いてダリウの操る荷馬車。
最後尾をフィルとラスティとフラウが荷馬車の荷台を見張りながら続く。
という隊列を組んで歩いていた。
実際にはフィル達一行の前には多くの馬車や旅人がいるので
たとえ前方から野盗が襲ってきても、ここまで被害が及ぶには時間がかかり、
その間に隊列を組み直せばよいので、今はどんな隊列でいてもあまり問題は無いのだが、
今日は隊列の練習もしておこうという事でこんな感じになっている。
実際良くある護衛の隊列では奇襲など突発的な遭遇戦に対応できるよう
一人か二人を見張りとして荷台の上などの見晴らしの良い所に置き
それ以外はお互いを助け合える範囲に収まっている事が多い。
見張りが少しでも早く危険を察知し、それをパーティに知らせて
パーティ全体で対応するという流れである。
今回は見張りが気を付けるべきは精々荷台を掠め取ろうとする盗人程度なので
その辺りは荷馬車の後ろを歩くフィル達に任せて、
リラ達には隊列の雰囲気を感じてもらおうという訳である。
荷馬車越しに前から聞こえてくる少女達の笑い声を聴きながら
荷馬車の後ろを歩くフィルとラスティとフラウの三人。
賑やかといえばダリウが操る荷馬車の荷台には簡易な柵で囲った子羊や、
鳥籠に入れられたニワトリやガチョウの雛が積まれているのだが
この子羊や雛の鳴き声も少女達に負けず賑やかであった。
同じ荷台に乗せられている子オオカミのシルはこちらの一番の被害者で
移動中もフラウがずっと抱いている訳にはいかないからと
シルは毛布を畳んでこしらえたシル専用ベッドと共に荷馬車に乗せられているのだが、
ゴトゴトと揺れっぱなしの慣れない環境や
一向に鳴き止まない騒がしい隣人達のお陰でベッドで休むどころではない。
幸いシルの首輪には紐で繋いだりはしておらず荷台を自由に動き回れるので
好奇心の赴くまま、荷台のあちらこちらを動き回り、
時折フラウ達を探して荷馬車の後方で二本足立ちして、荷台の枠から顔を覗かせてみたりして
それに気付いたフラウが嬉しそうにシルに向けて手を振ったりしている。
先程からそんなやり取りを何度も繰り返しているのだが、
お互いとても楽しそうである。
「フラウは歩き詰めで疲れないかい?」
「はいです。ぜんぜんへいきですー。きっとフィルさんのまほうのブーツのおかげです」
隊列に加わり歩いて小一時間ほどして
フィルが隣を歩くフラウに様子を尋ねると、少女は元気に答えた。
「そっかぁ。今日も暑くなりそうだから喉が渇いたりしたら遠慮なく言うんだよ?」
「はいですー」
フラウはリラ達のグループとは別行動で、
最後尾でフィルとラスティと一緒に荷台の見張り役をしてくれている。
リラ達と異なりバックパックは背負っておらず、
身につけているものと言えば小さなポシェットを肩にかけているぐらいで
その他の荷物は全てフィルのカバンの中に入れてある。
甘いと言われるかもしれないが、
フラウは冒険者ではないし何より一行の中で最年少でまだ幼い。
隊列が徒歩の速度に合わせているとはいえ、それはあくまで大人の徒歩の速度であり
幼い少女がこの速さにずっとついて行くのは大変だろう。
という訳で、ブーツ・オヴ・ストライディングという
長距離の移動が楽になる魔法のブーツも貸し与えるし、
荷物だってフィルの方で持ってあげるのである。
決してただ甘やかしている訳では無いのである。
暫くの間はそんな感じののんびりした時間が続いた。
様々な店が並ぶ宿場通りを抜けて、街を囲む城門が遠く見えなくなり、
周囲の景色が両側が畑で囲まれたものに変化していく。
それから更に畑の景色を眺めながら街道を進んでいると、
時折、集団の前の方から人がやってくる事があった。
旅人達の集団は徒歩での移動を基準に移動しているので
元気な者だと集団の先頭から最後尾までを行き来して
軽食を売ったり、他の旅人と雑談して情報交換しようとする者が出てくる。
そんな者達がやって来てリラ達に声をかけてきたのだった。
まぁ、そのすぐ後ろで厳つい強面で馬車の手綱を握っている大男よりも
楽しそうにお喋りをしている若い娘達の方に話しかけたいという気持ちは
男性でなくてもそうであろうと納得できる所である。
やってくるのは小遣い稼ぎがしたい商人の子供だったり
話好きな商人の夫人だったりと様々だったが、
主人が馬車を一生懸命に操っている間に、商品を売って小遣い稼ぎをしたり
何かに使えそうなネタがないか情報を集めているのだろう。いやはや逞しいものである。
もちろん此方側だって十分益のある事で、売ってもらう商品は妥当な品だし、
情報だって思わぬ良い情報が手に入る事だってある。
なのでこうした訪問が悪いとは思わないのだけど……
「まぁまぁ、そうなの? 凄いわね~」
「えーっと、まぁ、そうですね……」
商人夫人喋る勢いに押され通しなリラ。
今は商品の軽食や飲み物は間に合っているからと断ってから、
面白いネタを見つけたとばかりの夫人から質問攻めにあっている所だった。
他の娘達は夫人の勢いに若干引き気味で、出来れば関わりならないようにと一歩離れている
だが商人夫人はそんな事にはお構いなしに上機嫌でリラに話しかけていた。
ようやく商人夫人から解放されたと思ったら
今度は妙に男性の商人や旅人がリラ達目当てにやってくるようになった。
どうやらこの一団に少女達ばかりの冒険者パーティが居るという噂が広まっているようである。
噂の出所が夫人なのか子供なのか、それとも前後を走る馬車なのかは定かではないが、
流石に問題だと判断した一行は
隊列の先頭をダリウの操る荷馬車にして、
荷馬車のすぐ後ろをフィルとフラウとラスティの三人、さらにすぐ後ろにリラ達冒険者組、
という順番に変更して、フィルとラスティの二人が寄ってくる悪い虫を追い払う為、
一行の先頭で見張る事になった。
「ああ、うちのパーティに用があるなら僕が相手をするよ」
そんな事しているとも知らずにやってくる野郎に対して、
少女達を背にして多少威圧交じりに話しかけるフィルと、その隣に立つラスティ。
男が二人がかりで行く手を阻めば大抵は退散していくものだが
中にはしつこい輩もいたもので、
見た所、まだ駆け出しの冒険者らしい青年なんかは
「いや、こっちはそこのお嬢さんと話があるんだよ」
と気丈にも言い返してきたりしている。
それにしても女の子ばかりのパーティだからとは言え
完全武装の冒険者相手に言い寄ってこようとは大した度胸である。
これが若さ故の何かというものなのかあと、しみじみ思うフィルなのであった。
まぁ、この時世、街を出て旅をしようなんて考える若者なんて
大概は無茶か無謀か無鉄砲の何れか、あるいは全部な場合が殆どだ。
彼らと同じ位の歳に冒険者になろうと思い、
今も冒険者を続けているフィルからすれば
頑張れよと暖かく送り出して上げたいと思わないでもない。
……とはいえ、それはそれ。
実際にはそんな馬の骨とも分からぬ輩、
うちの娘に手を出そうなど十年早いと襟をつかんで道端に放り出すのだった。
「せいっ」
軽い掛け声と共に数メートル先の藪の中へ放り出される青年。
今はマジックアイテムで膂力が抑えられているとはいえ、
男一人程度、たとえ旅装備を担いだままであっても
数メートル先に放り投げるなど容易い事である。
綺麗な放物線を描きながら遠ざかっていく、信じられないといった顔の若者に一瞥をくれた後、
フィルは再び一行の先頭で別の虫を追い払う作業に戻った。
そんなのんびりできない旅をしながら、
旅人や商人の一団と一緒に街道を進んでいると、
街道の本道と村へ続く支道との分かれ道に差し掛かった。
当然フィル達以外には村に行こうという商人や旅人は居らず、
フィル達一行は集団と別れて支道を進むことになった。