邪神さんの街への買い出し105
今日のアンジュは昨日までとはまるで違っていた。
冒険者でも馴染みのバックパックを背負っているものの、
真新しい錬金銀のロングソードを腰に差し、
体には剣と比べても見劣りしない、真新しい立派なブレストプレートを装備している。
さらに鎧の上にはこれまた見るからに上等なクロークを羽織っていて、
そんな彼女の印象を一言で表すならまさに絵にかいた様な騎士様、である。
見た所、装備しているブレストプレートは女性用鎧のようだが
リラが先日購入して今も着ているブレストプレートとは雰囲気が大分違っていて、
リラの鎧が肩を見せたり女性らしい線の細さをアピールするデザインであるのに対して、
アンジュの鎧はデザイン自体は男女共用の物と同じだが
女性の体格でも扱いやすい様に全体のバランスや各部の形状が調整された鎧で、
スカートを履いていたりと女性らしさもしっかりあるが、
全体的として見ると実用性を重視した、ある意味武骨ともいえる雰囲気の鎧であった。
とはいえ、その武骨な鎧が実直な印象となり、
彼女自身から漂う凛とした雰囲気が合わさり
結果としてパラディンと呼ぶに相応しい印象を周囲に与える事になっていた。
よく善のパラディンやクレリックは村人や街人からの信頼を得易いというが
こういう姿を前にすれば、人々が信頼しようと思うのもなんとなく納得である。
「わぁ~……」
フラウが思わず声を漏らして見入ってしまうのもなるほど納得である。
「あーっ、おはようございますっ」
とはいえ、印象はあくまで印象であって、
リラ達の座っているテーブルを見つけ手を挙げながら小走りに近づいてきて、
彼女の口から出てきた言葉は極普通……というか年相応な少女のそれであった。
アンジュの元気な挨拶に、これまた元気な五人の少女が挨拶を返した。
「「「「「おはよーっ」」」」」
「本日はよろしくお願いしますっ」
ぺこりと改めて一同に挨拶をするアンジュを迎え入れ、
きゃーきゃーと卓で盛り上がる少女達。
それなりの広さがある食堂であるが、流石に少女が六人も集まると姦しいものである。
これが静かな午後の時間帯であれば、
食後にゆっくりしようという客から文句の一つも出ていたかもしれない。
だが朝の忙しい時間なのが幸いして
周りの誰もが自分達の事で忙しく、少女達に気を向けようとする者は無かった。
いや……もしかしたら完全武装した少女五人に
おまけで革鎧に腰にロングソードを差した男が周囲を見張っているような集団に
文句を言う行為を危険と判断して関わりになるのを避けているだけなのかもしれないけれど……
全員が揃った所で、先行しているダリウ達と合流する為、宿を出る一行。
宿を発つ前にリラが食堂にテイクアウトでサンドイッチを注文していたらしく
大量のサンドイッチの入った籠を受け取っていた。
なんでも朝食を皆で食べる時間は無いだろうから
道中皆で食べる用にと、昨日注文していたのだそうだ。
こうした弁当を販売、提供している宿は珍しくなく、
多くは一食あたり銀貨一枚という値段で提供している宿が多い。
決して安い値段ではないが、旅でよく使う保存食が一日分で銀貨五枚する事を考えると
日持ちしないとはいえ十分にリーズナブルな価格で、
単調な保存食より美味しい食事が取れるとあって旅人達からの評判は上々で、
フィル達も何度もお世話になった事のあるサービスである。
まぁ、今、フィル達が滞在している規模の街であれば
近くの屋台などを巡れば美味しい軽食が選び放題なので
わざわざ宿の弁当を注文する必要はあまりないのだが、
初めての旅であるリラ達にとっては、こうした弁当が物珍しく見えたのだろう。
「こちらもお願いしますねっ」
沢山のサンドイッチが入った大きな籠を笑顔でフィルに渡してきたリラに対し
フィルはちょっとだけ苦笑いを浮かべて差し出された籠を受け取った。
サンドイッチを入れるのに使っている籠は
リラが鎧を購入した時に小手やら肩パーツを入れるのに使っていた物で
どうやら丁度良い大きさだからそのまま使っているらしい。
その籠の中には大量のサンドイッチが籠一杯に入っていた。
「ほう……随分と沢山だね」
結構大振りな籠一杯にサンドイッチは入れられており
これだけあると全員で食べてもまだ余りそうな量である。
「とりあえず金貨一枚のパーティプランで注文してみたんです。いろんな種類が食べられそうですし」
フィルの疑問に両手に持った籠を少し上に上げて見せて得意げに答えるリラ。
パーティプランの「パーティ」が一行なのか宴会なのか考えるのはよしておこう。
(まぁ自分も食べる訳だし預かるのもいいか……)
駆け出しの冒険者である彼女達にとって
フィルの持つバッグ・オヴ・ホールディングに頼りすぎるのは
あまり良い事とは言えないのだが、
サンドイッチは自分も食べるのだし、
まぁこれぐらいなら仕方なしと諦めたフィルは
籠を受け取ると自らのカバンの中に仕舞いこんで、改めて一行は宿を発った。
「それにしてもアンジュの鎧かっこいいねっ。なんか強そうって感じで」
「ありがとうございます。リラの鎧も可愛らしくて素敵じゃないですか」
宿を出て城門までの道を歩いている途中、
一行の先頭を歩くリラとアンジュの二人はお互いの鎧の話題に花を咲かせていた。
「私もそういう可愛いのが良かったなぁ……」
「えへへ……皆で選んで買ったんだよね」
「いいですよねー。私のは寺院指定の鍛冶師が作ったもので、寺院所属のパラディンで同じデザインなんです」
「へぇ……だからなのかな? なんだかしっかりした感じするよね。そういうの恰好いいと思うけどな。あ、他の人も全員同じ鎧なの?」
「私達女性のはブレストプレートですけど、男性はハーフプレートなんですよ。でも同じ鍛冶店が同じ意匠で作っていて、遠くからだと殆ど同じように見えるんです」
「へー、ハーフプレートとお揃いなんだ。だからしっかりした感じがするんだね」
「でも同じブレストプレートなら鎧としての機能は殆ど変わらないですし、私としては出来ればリラのみたいな可愛い方が良いんですけどね……」
鎧の話に花を咲かせる二人。
二人の鎧は分類で言えばどちらも同じブレストプレートなのだが、
その印象はかなり異なっている。
だが、デザインや印象が幾ら大きく違っても
鎧としての効果に差は殆ど無かったりする。
それだけに余計に互い相手の鎧に興味が湧くのであろう。
「えへへ、実はこれ、戦闘で着るの初めてなんですよね。この間出来たばかりで」
「そうなんだー。じゃあ、私のと一緒だねー」
「それってもしかして例の遠征に行く為に用意したの? この依頼で着てしまって大丈夫?」
後ろを歩くトリスの心配する声に、アンジュが照れ笑いで後ろを振り向く。
「ええ。そこは問題ないわ。寧ろまっさらな鎧で行った方が目立っていたというか……」
アンジュによると彼女以外の遠征参加者は殆どがベテランのパラディンばかりで、
彼らの鎧はよく手入れが行き届いてはいるものの、使い続けた貫禄のあるそれであり、
一緒に行軍する際に真新しい鎧を着ていると目立ってしまいそう……という事らしい。
フィルとしては若い娘なのだし、鎧が新しくても全然良いと思うのだが
それでは自分がお飾りみたいに思えて嫌なのかもしれない。
「同い年とか、歳の近い人は居ないの?」
「一応二歳上の先輩が居るのですけど、その先輩の鎧も既に結構な年季が入っているんですよね……」
「そうなんだ?」
「ええ、肩当に大きな戦傷があったりして凄いんですよ。あ、でも隊長の鎧は、魔法の鎧で何時も新品みたいなんですよ」
「へぇ~。魔法の鎧って傷がつかないんだ?」
ちなみに魔法の品の多くには保護の効果が掛けられ
錆や腐食、経年劣化等から護られている事が多いし
通常の品と比べるとはるかに高い硬度となっている事が多いのだが
いくら頑丈に強化されていても、アイテムの硬度以上の威力で攻撃されれば当然壊れてしまう。
「いえ、それがですね。いくら魔法の鎧といえども強い攻撃を受ければ傷つくし破損もするのですけど、隊長ってば傷が出来るとウィザードのお友達に魔法で傷を直してもらってるんです」
そう言って「大変ですよねぇ」と付け加えるアンジュ。
アンジュの隊長さんのクラスもパラディンだとすれば
ウィザードの様に魔法で修復という訳にはいかないだろうから
修理にはなかなかに難儀しているのだろう。
「あはは、でもなんか分かるかも」
「うんうん。直してもらうたびにそのお友達にご飯をご馳走したりしてるみたいなんですけど、私達も気持ちはわかっちゃうのであまり口には出せないんですよね」
此処には居ない隊長の話で盛り上がる少女達。
それにしても、もし今後アンジュの隊長という人物にリラ達が出会った時、
彼もしくは彼女が少女達にどんな目で見られるか、
フィルにはそれがちょっとだけ不憫に思えた。
ちなみに魔法でアイテムを修理する場合、
アイテムの傷を修理する程度なら初級呪文のメンディングで済むが
魔法の能力に損傷を受けた時はより上位の呪文であるメイク・ホウルの呪文が必要となる。
通常ウィザードに呪文行使を依頼する場合は
メンディングでも最低金貨五枚、メイク・ホウルなら最低金貨六十枚は取られるので
それを豪華なご飯で済ませてくれるのだとしたら、
隊長の友人という人物は、なかなかのお人好しなのかもしれない。
「フィルさん、フィルさん」
そんな少女達の会話を他人事のように聞きながら、フィルが一行の最後尾を歩いていると
隣を歩いているフラウが繋いていたフィルの手をくいくいと引いてきた。
「ふたりともとってもかっこいいですねっ!」
嬉しそうな満面の笑みで此方を見上げるフラウに
フィルは「そうだね」とこちらも笑顔で返す。
幼い少女が喜ぶ姿はフィルとしても見ていて喜ばしい事ではあるが
内心ではちょっとばかり、本当にほんの少しだけ、何かに思う所無い訳でもなかった。
(魔法の鎧なら自分も持っているんだけどなぁ……)
以前は魔法のチェインメイルを愛用していたし、
フィル自身は式典ぐらいでしか装備した事は無いが、
予備の鎧の中には魔法のフルプレートだって幾つかあった。
それを着て見せたらフラウは同じように喜んでくれるだろうか?
「おやぁ? フィルさんは自分も鎧を着たくなりました?」
フィルがそんな事を思っているとフラウのさらに隣から声が聞こえてきて、
見れば相変わらず二日酔いで真っ青な顔をしたサリアが悪戯っぽい笑みを浮かべている。
今日のサリアは革鎧を着て腰にはレイピアを差して背にはバックパックを背負い、
そしてバックパックの横には取り出しやすい位置にリュートが吊り下がっている。
そんなサリアは歩調こそ皆と同じように歩いているが、顔色は悪くその表情も冴えない。
それでもこうしてフィルに絡んでくるのだから、なんとうか、忍耐強い娘である。
いや、あの顔色だとたぶん頑健セーブには失敗してるのだろうけれど、
それはそれで大したものである。
「僕はウィザードだからね。鎧は着ないよ? というか顔色が悪いままだけど大丈夫なのかい?」
「さっき宿で吐いてきましたから大丈夫です! そんな事よりフラウちゃんもフィルさんがかっこいい鎧を着てる所、みたいですよねー?」
「はいですー」
とりあえず僅かな心配と、絡まれる面倒を避けるために話題を変えてみたのだが
フィルの心配はそんな事と一言で切り捨てられてしまった。
サリアはフラウも巻き込んで、まだまだ話を引きずる気満々である。
なんだかんだで元気な娘である。……でもやっぱりまだ顔色は悪いままだけれど。
「んー。そうは言ってもなぁ……」
貸出用の装備ならともかく、かつて使っていた装備を
今のサリア達に見せるつもりはフィルには無い。
「ほらほらフラウちゃんだって見たいって言っていますよ? それにフィルさんってエルドリッチナイトなんですよね? 確か秘術呪文の魔法戦士には専用の鎧があるって聞きましたよ?」
持っているんじゃないですか?と重ねて尋ねるサリア。
もちろん数は多くないとはいえフィルのバッグ・オヴ・ホールディングの中には
かつてのパーティで予備として保管していた鎧が今も残されていた。
その中には魔法のブレストプレートは勿論の事、
ハーフプレートやフルプレートなんかも保管されている。
だが、駆け出し同然の彼女達にそんなものを見せても益がないどころか、
下手したら心のどこかでフィルの装備をあてにするようになったり、
自分の装備を強化する意欲を失わせてしまう可能性だってある。
そんな事を考えると、彼女達に不用意に装備を貸したり見せたりする訳にはいかないと思うのだ。
そりゃもちろんフィルもフラウに見せたいとは内心思うのだけれど……
「んー……僕の鎧なんて大したものじゃないよ? 特にバードにとってはあまり意味の無い効果だし」
フィルが以前のパーティにいた時には、
秘術呪文失敗確率を低減させる効果を持ったミスラルのチェインメイルを愛用していた。
秘術呪文失敗確率を低減させる効果はウィザードやエルドリッチナイトにとっては重要だが
バードにとっては殆ど意味の無い効果である。
「そうなんです?」
フィルの言葉にサリアではなくフラウが不思議そうに尋ねた。
「ああ。僕みたいなウィザードとかエルドリッチナイトが戦士として戦う時は、基本的に鎧を着る事が出来ないんだ」
「はいです」
「その理由は鎧は呪文を使う時に必要な動きが鎧に邪魔されてしまうからなんだ。革鎧でも若干動きを邪魔するし、金属鎧、それも固くて重い鎧になるほどそうした失敗確率はどんどん高まっていくんだ」
「はい……です?」
なんとなくフラウの返事が怪しくなってきたような気がする。
「それで、僕らの様な秘術系の魔法戦士が求める鎧というと、一番は動きを邪魔しないようにする効果の鎧が求められるんだよ。一方でサリアの様なバードは革鎧とか軽装鎧ならば呪文の失敗に気にせずに魔法を使えるんだ。しかも呪文を失敗する可能性のある中装鎧や重装鎧は元々職業として鎧を習熟している訳じゃないから殆どのバードは最初から重い鎧という選択に意味ないんだよ」
ちなみにフィルが今着ている革鎧も
秘術呪文失敗確率を低減させる効果を持った魔法の品だったりする。
バードならばどんな革鎧でも呪文失敗のリスク無く装備できるのだから
ウィザードが如何に戦士に向いていないクラスであるかが窺えよう。
「わぁ~……」
この頃になるとフラウの返事は大分曖昧になっており、
多分途中から聞き流しているのかもしれない。
だがフィルはそれでも最後まで聞いてくれて偉いとばかりにフラウの頭を優しく撫でた。
こんな与太話に付き合ってくれているだけでも、とても偉いのである。
「そんな訳で僕の鎧なんて知ってもあんまり意味ないよ?」
話す相手をフラウからサリアに移し、これ以上は諦めるようにフィルが言うと
サリアはむぅといつもの様に頬を膨らませて見せた。
「えーいいじゃないですかー。私が知りたいのは熟練の冒険者がどんな鎧着てるのかなーっていう興味ですもん」
「そういう意味なら、それこそ見せられないかな。冒険者はあまり手の内を明かさないものだよ?」
「えー。同じパーティなら戦力は確認しておくべきじゃないですかー」
「それはそれ。僕が君達に手を貸すのはあくまで君達の力量と同程度までって約束だろう? それ以上の事はその力量になったら共有させてもらうよ」
のらりくらりとサリアの説得をかわすフィル。
実際、フィルの鎧はフィルが入手してから暇を見つけてはエンチャントを重ねており、
伝説の防具とは言わないまでも、かなりの性能だと自負している鎧であり、
金銭的に言えば金貨二十五万枚を下らない価値が有るものだ。
そんな鎧を彼女達との冒険に使用しても碌なことにはならないし、
まして見せる為だけに人前に晒すなどもってのほかである。
……そりゃもちろんフィルもフラウに見せたいとは内心思うのだけれど……
「むぅ……あ、そうだ。じゃあフィルさん。前に魔法の鎧貸してましたよね? 貸し出せる鎧で格好いい鎧はありませんか?」
「……まぁ、あるにはあるけど、そんな鎧、僕が着たって大して役に立たないよ? 実践で使えない鎧を着るのはどうかと思うよ? いや、使えないというのは語弊があるか……」
あくまで魔法戦士であるフィルにとっては使えない、という事であって、
普通に戦士が着る分には十分に強力な鎧である。
「そっちの鎧で十分ですよ。それは見栄えはいいんですよね? 見栄えが良ければそれでいいんです」
なんだか話の方向が若干ずれているきている様な気がしないでもない。
それからサリアがフラウに「見てみたくありません?」と同意を求めると、
フラウが嬉しそうに「みたいですー」と大きく頷いて見せた。
なるほど、サリアは当初の目的は諦めて
鎧を着たフィルをフラウに見せるという方針に切り替えたのだろう。
そりゃもちろんフィルもフラウに見せたいとは内心思うのだけれど……
「……分かったよ。今度時間のある時に鎧を見せてあげるよ」
「はいですー」「やたっ」
姉妹の様な少女達が喜びあっている隣で、フィルは小さくため息を吐いた。