邪神さんの街への買い出し103
少女達の打ち合わせ(と言い張っているが実のところは飲み会?お茶会?だと思った)
はつつがなく進み、明日は朝の一時課の鐘が鳴った後、
今フィル達が宿泊している宿屋の前で集合となった。
宿屋ならばリラ達は待っていれば良いので遅刻することも無いし、
連絡の行き違いでお互いに別の場所で待ちぼうけ……なんて事も起こらない。
なので当日はアンジュが宿に向かい、
皆が合流した後で街を出ようという段取りである。
なお、ダリウとラスティの二人は皆とは同行せずに
一足早く宿を出て街の外にある厩舎に向かうことになった。
明日は早朝に街の外で家畜の取引を行う予定なのだが
こちらの約束の時間が朝七時頃となっており、
アンジュがやってきてから街の外に向かうとなると
どうにも約束の時間に間に合わなそうなのだ。
そこでダリウ達は先に街の外に向かい取引を行い、
リラ達一行は後から馬車と馬を預けてある厩舎に向かい
そこで皆で合流しようという事になったのだった。
アンジュが宿に来る時間を少し早くすれば良いのではあるが
これがなかなかに難しくて
街で暮らしていて時間を知る際は
寺院や役所などが鳴らす鐘の音が頼りとなるのだが
残念ながらこの鐘の音は午前三時の「讃課の鐘」を始めてとして
午前六時の「一時課の鐘」、午前九時の「三時課の鐘」と
三時間おきにしか鳴らないのが一般的で、
より細かい時刻を知るには都合が悪かった。
一応街の要所には日時計があったり、
時の鐘を鳴らす必要のある寺院や貴族や商人、他にも軍隊や役所など、
正確な時間を知る必要のある所では水時計やゼンマイ時計が活用されていたが、
一般人にとってはこれらは非常に高価な代物であり贅沢品であった。
なので庶民の生活は自然とこの三時間おきの生活習慣となっているのだ。
特に午前三時の「讃課の鐘」や午前六時の「一時課の鐘」は
目覚まし代わりに使われる事が多く、
多くの住民はこのどちらかの鐘の音で起きて
身支度やら朝食の準備を始めるのが一般的であり、
それは寺院の宿舎で暮らしているアンジュについても同様であった。
そんな訳で三時に起きて集合するか
六時に起きて集合とするという話になるのだが、
明日は村まで半日、徒歩での移動である。
今日の疲労はきちんと取っておきたいし、
街の門が開くのは日の出からであり、それまでわざわざ待つのも時間の無駄だ。
という訳で朝六時の「一時課の鐘」で起きて七時頃に合流して
その頃には既に開門している街の門を通るのが最善という訳なのだ。
そんな感じで明日の予定も決まり、酒場での晩御飯を楽しんだ後、
フィルとフラウとシルの二人と一匹は、
いまだ酒場で飲み会をしている皆を残して夜の街を散歩していた。
お腹が一杯になってトイレを探す素振りをみせたシルを見たフラウが、
シルをお散歩に連れて行きたいとフィルにねだったのである。
「きょうもごはん、おいしかったですねっ」
「そうだねー。フラウもシルも沢山食べてた」
「えへへー。フィルさんはどれがおいしかったです?」
「どれも美味しかったからなぁ……しいて言えば……チーズをたっぷり付けたパンやシチューの肉を挟んだパンとかかな?」
「わたしもだいすきですっ。あ、パンにはさんだおにくにチーズをかけるとすごくおいしいんですよ」
「おー。それはやらなかったなあ。確かに美味しそうだね。今度やってみよう」
「えへへー。はいですっ」
他愛ない話をしながら夜の街を歩く二人。
昼間の暑さも今はすっかり収まり、時折通りを流れる風が涼しく心地良い。
人通りが減り治安が悪くなる以外は、夜は散歩にぴったりな時間と言えた。
フラウはシルの首輪から伸びたリードを一方の手でしっかり握り、
もう一方の手は隣を歩くフィルの手をしっかり繋いでいる。
シルはと言うと後ろから聞こえてくる二人の会話に安心したのか、
それとも首輪と紐のお陰でフラウとはぐれない事に安心したのか、
以前とは違い、好奇心の赴くままに積極的に歩を進めていく。
時折立ち止まっては辺りの匂いをくんくんと嗅いで、
それからくるくると回って位置を決め、
最後に用を済ませ終えると報告とばかりにフラウ達を見上げる。
その様子を見守っていたフラウが「よくできましたねー」無邪気にシルを褒め、
褒められたシルは満足げに再び二人の先を歩きだす。
そんなシルの様子が嬉しいのか、フラウは先程から終始ご機嫌である。
シルに引かれたフィルとフラウの二人は
宿前の通りから大通りに出て、大通り沿いを更に進んでいった。
大通りとはいっても夜になると人通りは少なく、
昼にあれほど賑わっていた商店も今は殆どが店終いして
木戸やカーテンで店内は隠され中を伺う事が出来ない。
昼の賑わいと比べると随分と寂しい景色だが、
とはいえ街灯に照らされているお陰で周囲の様子は分かるし、
人の通りも完全に絶えた訳では無く、
時折家に帰るらしき人とすれ違ったりもする。
所々にあるこの時間でも営業している酒場からは
店内の明かりと共に喧騒が聞こえてきたりして
この街がまだまだ寝る時間ではない事が分かる。
その辺が日が落ちると月明りしか無くなり
余程の事が無ければ外を出歩く人の無い村との大きな違いであろう。
「えへへー。おひるのときとぜんぜんちがいますね。ぜんぜんちがうとこみたいです」
「昼と夜とじゃ人通りも雰囲気も大分違ってくるからね。街中だからそこまで危なくはないだろうけど、それでも夜は危ないから僕から離れちゃダメだよ?」
「はいですっ。なんだかぼうけんしてるみたいですねっ」
フィルの方を見上げて嬉しそうに報告するフラウ。
普段は夜に出歩く事なんて無いフラウにとっては夜の街の散歩はわくわくするものなのだろう。
「はは、冒険か。そうだね。夜は危ない人やモノが増えるからねー。フラウも気を付けるんだよ?」
「はいですっ。えへへー」
少しおどけたフィルの言葉にフラウは繋いだ手をぶんぶんと振って見せてにっこりと微笑む。
手を繋いでしまっているので少女の頭を撫でられないのがとても残念な所である。
暫くするとシルは出すものが尽きてしまったようだが
子オオカミはまだまだ物足りない様で、更に奥へと進もうとする。
フラウもシルのトイレが終わっている事に気が付いたようだが、
どうしましょうと困ったような笑顔の上目遣いで見上げられてしまっては
フィルとしてはニッコリ笑って「いいよ」と言うしかない。
そんな訳で二人は子オオカミに引かれる様にして
夜の大通りを更に先に進んでいった。
気の向くまま歩くシルは大通りを一本曲がってさらに進んでいき、
周囲の景色は大きな商店が並ぶ景色から民家が並ぶ景色に変わっていった。
大通りと比べると街灯が減った為に道の輪郭は分かるものの、
殆ど明かりが無いのと同じような暗さである。
そこから更に細い路地に入ろうとした所で、
フィルはフラウの手を引いてフラウとシルと引き留めた。
「この先は街灯も無いし危ないからやめておこう」
シルが向かおうとしている先は細い路地で
街灯は無く、奥の方は闇で包まれているかのように真っ暗になっていた。
単純に暗いというだけでも危ないし、
もしも万が一で良からぬ者達が潜んでいた場合は彼等にとっても災難となってしまう。
「あ、はいです。シルちゃんそっちはだめですよー」
フラウはフィルの言葉を素直に聞いて、
リードを引いてシルを別の道に行くよう話しかける。
シルが明るい道に戻り再び散歩を開始した所でフラウがフィルに尋ねて来た。
「フィルさん。よるはまちのなかでもあぶないんす?」
周囲の街並みを見上げながら尋ねるフラウにフィルはそうだねと応じる。
夜の街並みは暗く静かながらも危ない気配は見られない。
けれどもこの時間だからこそ活動する無法者は多いし、
一般人だとしてもこの時間になると間違いを起こす者は多い。
詳しく話すべきか迷ったフィルだが、
少し迷った後、とりあえず簡単な説明をするに留める事にした。
「この時間は人目につかずにあれこれするには都合がいいからね。どんなに治安が良い街でもそういう輩は無くならないんだ。昔からそういう危ない場所に不用意に踏み込んだ所為で酷い目にあうなんて話はよくあるからね」
「よくわるい子にはおばけがくるぞーっておかあさんとかがいってましたけど、まちだとわるいひとがきちゃうかもですね」
「ああ、確かに。お化けより出会う確率は高そうだね。……いや、悪い子なら似たもの同士で一緒につるむなんて事もありそうか?」
「そういえばそうかもです?」
夜の街を他愛ない会話をしながら進んでいく二人。
暫く民家が並ぶ道を歩いていると再び大きな道に出て、
大きな道をさらに進むと、今度は先程までフィル達が歩いていた大通りに出た。
「わぁ、ここはさっきのとこですよね?」
再び街灯の多い大通り出て辺りを見てみると
先程まで歩いていた場所に戻って来たという訳では無いが
道の幅や街灯の多さを見るに同じ大通りで間違いなさそうだ。
という事は自分達は回り道をまわって大通りの少し先に出たといった所だろう。
「そのようだね。それじゃあそろそろ宿に戻ろうか」
「はいですっ。あ、フィルさんフィルさん」
「うん? どうしたの?」
「きょうもずっとありがとうございましたっ」
そう満面の笑みで言うフラウに、フィルもまた笑顔で返す。
「こちらこそありがとうだよ。僕も楽しかった」
「えへへー。あしたもとってもたのしみです」
「そうなの? 明日は一日移動だよ」
「でもみんなでピクニックみたいでたのしいですよー?」
そんな他愛無い事を離しながら、二人は大通りを宿へと戻っていくのだった。