邪神さんの街への買い出し102
「遅れてしまって申し訳ありません。少し手続きに手間取っちゃいまして」
「ささっ、こちらにどうぞどうぞ」
「じゃあ、二人はここに座ってすわって」
サリアとリラが振る手を目印にやって来たアンジュとエラに
既に座っている少女達が席を詰めて
リラとトリスの座るベンチにはアンジュが
サリアとアニタが座るベンチの方にはエラがそれぞれ分かれて座る。
酒場のテーブルというと、基本的に四人掛けで使われる事が多いが
詰めれば重装鎧の成人男性が片側三人、
六人で使用できる大きさである事が多い。
どうしてこの大きさなのかと言うと冒険者は六人パーティである場合が多く
彼らを一つのテーブルに押し込むのに丁度良いこの大きさになったのだという。
店としては厄介な暴力集団は一所に纏めておきたい……そんな所である。
冒険者相手の酒場や宿屋で始まったそれは、
追随するようにして一般向けの食堂や酒場に広がっていき、
今では大人数向けのテーブルは大体がこの大きさなのだそうだ。
……そんな話をまことしやかに酒場の噂で聞いた事があったが
実際の所、真実がどうなのかフィルにはよく分からない。
少なくともフィルが冒険者を始めた頃には既にこの大きさのテーブルばかりで、
実際にこの大きさのテーブルが使い勝手が良いのは確かだと思う。
フィルの以前のパーティの時は五人パーティで
重装鎧のファイターとクレリックが片側のベンチを使い、
中装鎧のレンジャーとフィル、ローブを着た老ウィザードがもう片方を使う事が多かった。
なので窮屈とは言えないまでもそれなりに狭い思いをしたものだったが、
今隣でお喋りを楽しんでいる少女達を見てみると
なんだか互いの隙間にかなりの余裕がある様で
今更ながらやはりあの娘達は女性なのだと改めて実感するのだった。
やって来たアンジュとエラは二人とも昼に見た時と同じ服装だったが、
アンジュの腰には紐で封印が施された真新しいロングソードが差してあった。
おそらくは昼に武器屋で仕上げてもらった剣なのだろう。
さっそくリラが腰の剣に気付き、それに応じる様にアンジュが皆に披露をしている。
残念ながらここは街中で、不用意に封印の紐を切って鞘から剣を抜くと
最悪の場合、犯罪行為として衛兵のお世話になってしまう為、
この場で見る事が出来るのは鞘とヒルトだけだが、
フィルが普段使っている飾り気の何も無い武骨で実用一辺倒な剣とは違い
ヒルトも鞘も控えめながらも繊細な装飾が施されていて
そこだけであの剣がなかなかの見栄えの品であろう事が容易に想像できた。
そんな新しい剣のお披露目が終わると
次は今後の予定について話し合いになる。
「あ、そういえば晩御飯はもう食べたの?」
……どうやら話し合いはもうちょっと後らしい。
「いえ、夕食はまだなのです。良ければご一緒させて頂いてもかまいませんか?」
「うんうん。それじゃあ注文しちゃいましょう。良いですよね? フィルさん」
「ああ、構わないよ」
夕食がまだと分かるや流れる様にフィルに奢らせてくるサリアに、
フィルは諦観の表情で二つ返事で応じた。
サリアがフィルに食事をせびるのはいつもの事だし、これ位は大した額ではない。
客人に奢るのはフィルとしてもやぶさかではない。
とはいえ、サリアにはいつか出世払いで奢らせるつもりである。
「フィルさんもああ言ってますし、好きなの頼んじゃって大丈夫ですよっ。支払いはフィルさんがしてくれますから」
「あ、いえ、私達の分は自分で……」
その時は高くて旨い物を思う存分頼みまくるぞ、などというフィルの思惑も知らずに
気軽に料理の注文をお勧めするサリアに、戸惑ったように遠慮するアンジュ。
そりゃ今日出会ったばかりの人からそんなこと言われれば普通は戸惑うだろう。
フィルとしてはアンジュが一般的な常識を持つ娘で一安心である。
とはいえ、
「なに、酒場で人に奢るなんて事は良くあることだよ。それに、コボルド退治を手伝ってもらうというのだからこの位はご馳走させて貰いたいな」
今更八人が十人に増えた所で大して変わらないし
酒場で他人に奢り奢られなんてのはよくある事だ。
そんなに高価な物でもないし気にせず頼んでもらい
楽しんでもらった方が寧ろ気が楽という物である。
料理を注文して、飲み物をカウンターで注文し終えて、
少女達の卓では今度こそ明日以降の予定についての話し合いが始まった。
とはいっても、話の内容は武器屋での世間話の続きである。
「そういえば、随分遅かったけど、何かあったの?」
尋ねるリラにアンジュがバツが悪そうに答える。
「ええ、寺院に今日の夜の外出と、明日から冒険者と一緒に街を出てコボルド討伐に行くと伝えたら物凄く心配されまして……」
アンジュの話に「ああ……」と納得する少女達。
パラディンと名乗った彼女ではあるが、こうして普段着の彼女を見る限りは
どう見ても良家の子女にしか見えない。
腰にロングソードを差しているから剣の心得は有るのだろうが、
それも貴族の子女が嗜み程度に習ったものと思える程である。
実家の金で金貨五千枚のという大きな買い物をしているし
実際に高い身分の者である事も容易に想像できる。
そんな彼女の事だから、寺院の人達も色々と心配しているのであろう。
「エラが口添えしてくれたおかげで納得はして貰えたのですけど、その後冒険者の店に確認をしたり、届け出の書類を作成したりでずいぶん時間がかかってしまいまいした」
「それは……たいへんでしたね……」
ため息交じりに報告するアンジュをトリスがしみじみとした口調で労らった。
クレリックとパラディン、仕える神も異なりはするが
同じ神に仕えるクラスなだけに共感しているのかもしれない。
もっともトリスの場合は村の教会は既に破壊され、
師とも呼べる両親はおろか先輩、同僚などもいない身なのだが。
「寺院からしたら預かっている大事な娘が一人でどこの馬の骨とも分からない冒険者達に同行するとか言い出すんですもの。慌てるのも当然よ。妥協案として他のパラディンが同行するとかいう案まで出たんだから」
疲労と呆れが良い感じに混ざった様子でエラが愚痴をこぼしながらシードルに口をつける。
この様子だとリラ達と別れた後、色々と苦労をした様で、
寺院の偉い人との交渉やら冒険者の店での交渉やらは殆どエラが頑張ったのだという。
アンジュと同行しているこの娘は、寺院での報告にも同行したらしいが
アンジュからも寺院からも相当信頼されている様なので、若いのに有能な娘である。
残念ながらエラは明日からは別の用事があるためアンジュやリラ達に同行出来ないようで、
貴方達なら大丈夫でしょうと、後は任せたとばかりにリラ達に太鼓判を押すエラ。
なんとなくお酒の勢いで役目を押し付けている様に思えなくも無いが、
リラ達もやる気満々なのでそれはそれで良しとしよう。
そんな感じで隣の卓の少女達が楽しそうに「明日の打ち合わせ」をしている一方、
横ではフィルとフラウ、それからダリウとラスティが
彼女達の話し合いには加わらず此方は此方でと晩御飯を食べていた。
「フィルさん。このおさかなとってもおいしいです。はいですっ」
そう言ってフラウはフィルの顔の前に魚のソテーの乗ったスプーンを差し出した。
どうもフラウは最近、自分が美味しい物を食べた後に
フィルにも食べさせようとするのが癖になってようで、
満面の笑みで食べさせようとするフラウに
フィルは素直に差し出されたスプーンにぱくりと食いついた。
まだ多少の照れはあるものの、今ではフィルも随分と慣れたものである。
周りの目なぞ、わざわざ二人に注目などしてないだろうと割り切り
堂々とフラウから食べさせてもらう。
これが成長というのかは疑問が残る所ではあるが、
フラウが嬉しそうにしているので、たぶんこれで良いのだろう。
「うん。美味しいね」
「えへへ。あ、フィルさん。このエビもとってもおいしいですよっ。はい、あーんです」
再び差し出されたスプーンに食いつくフィル。
こちらはどうやら川エビらしく、海のエビと比べて味は薄いが
ハーブとバター、それにガーリックがエビの風味を上手く引き立てている。
これは酒にもよく合う味である。
「ありがとう。うん。美味しいね。これは川エビだね」
「わぁ、エビってうみにいるのですよね? 川にもいるんです?」
「ああ、川とか湖にすむエビも居るんだよ。普通はもっと小さいのが多いのだけどこれはなかなか大振りだね。この辺で獲れるって事は村でもとれるのかな?」
「どうなんでしょう? しらないです」
フィルの疑問にフラウが小首を傾げて知らないと答えると、
代わりにラスティとダリウが教えてくれた。
「村にある川でも獲れるけど、殆ど取れないし大きくないから食堂にはまず出ないんじゃないかな?」
「そういや川で獲れた時にそのまま河原で焼いて食った事あったな」
「あったあった。獲れたのが三匹だけだったからその場で食べちゃおうってなったんだよね」
確かに食堂で食べようというならもうマスの様な大きな魚だったり、
もしくは数が獲れないと店に出すのは難しいだろう。
フラウは二人の話になるほどーと納得すると、今度はフィルの方を見上げて言った。
「川はあぶないからいっちゃだめだったんです」
「確かに子供だけで川遊びは危ないか。でもちょっと過保護な気もするけど」
「少し前まではオークがあの辺りもうろついていたからね。小さい子供、それも女の子なんかが目の前に居たら酷い事になるのは確実だからね」
「ああ、なるほど……」
ラスティの説明に今度はフィルがなるほどと納得する。
確かにオークが彷徨くような場所に子供を行かせたりする親は居ないだろう。
思えばあの村はついこの間まではドラゴンとその手下のオークに占領されていた訳で
親からすればいつ子供を失う事になるか毎日生きた心地がしなかったのかもしれない。
「まぁそれも終わった事だ。これからは川も山ももう少しは色々行けるようになるだろ」
「村の外はオークが居なくなっても危ない事には変わりないから、気を付けないといけない事には変わらないけどね」
「はいですっ」
村の青年二人の言葉に嬉しそうに頷くフラウ。
今度、暇な時にフラウと一緒に川遊びに行ってみるのも良いかもしれない
話を聞きながらフィルはそんな事をのんびりと考えていた。