表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
243/276

邪神さんの街への買い出し101

階上の部屋に着替えに行ったリラは十分ほどして

一階の酒場兼食堂に居る一行のもとに戻ってきた。

普通ブレストプレートなんかを脱ぐには一分ほどで済むのだが

おそらくはその後で鎧を仕舞ったり、

着替えてからの身繕いに時間をかけたのだろう。

そう考えると寧ろ早い方なのかもしれない。

まぁ、いずれにせよそんな事、詮索するだけ野暮というものだろう。


リラが一行と合流する頃になると外では太陽がすっかり沈み、

店内から外の通りを見てみると、

ちょうど点灯夫がランタンを街灯に設置している所だった。

宿の前を通るこの通りは街の中央を通る大通りと比べて街灯の数が少なく

油を燃やしての頼りない光では所々に光の届かない場所があったりもするのだが、

たとえ僅かな灯りでも有れば闇の中を歩く安心感が違うものだ。

まぁ、この通りの場合は多少街灯が少なくても

通りに並ぶ宿や酒場から漏れる明かりのお陰で特に問題は無いのかもしれない。

ついでに言えばこの明かり店内の賑わいが目印にもなっていて

フィル達が居る店でもランプの灯りが増やされ、

昼間の頃よりも店内は寧ろ明るくなっている程である。

通りから見たら、きっとこの店も他の店に負けず劣らず

明るく賑やかな雰囲気を放っている事だろう。

そんな店内の明るさに誘われてか、それとも酒と夕食目当ての常連なのか

次第に客達が集まり店内が賑わい出した頃、

ダリウとラスティの二人が店内に入ってきた。

二人は少しの間、店内を見渡していたが、

こちらを見つけると真っ直ぐにフィル達の居るテーブルへとやってきた。


「僕らが最後だったみたいだね」

「ああ、こちらは夕方頃にはもどってたよ。二人とも手荷物は無いみたいだしこのまま夕飯でいいかな?」

挨拶代わりにフィルは二人に席を勧める。

というのも料理は皆が揃ってからと言う事で、最初に注文してからずっとお預け状態。

テーブルの上には未だに最初に頼んだドリンクとドライソーセージの薄切りしかなく

そのどちらも残りはかなり心許なくなっている。

なので早々に席に着いてもらって食事を始めたいというのが本音だった。

あとは出来れば晩御飯もそうだが酒の肴がもう少し欲しい所である。


「ああ、そうだね。そうさせてもらおうかな?」

「そうだな」

「あ、じゃあ、わたしこっちにいきますー」

二人がベンチに座ろうという所で

フィルの向かいに座っていたフラウがフィルの隣に移動したり、

フィルがフラウと位置を入れ替えたりと、ちょっとした席の移動の後、

全員が揃ったという訳で晩御飯の注文を行う事となった。


「ねぇねぇ、あそこのポットロースト一人前なんですけど、半分こにしません?」

「うん、いいよ。じゃあ、あっちの黄金の皿っていうの頼んでいい? どんな料理なのか分からないんだけど」

「おーいいですねー。それ気になっていたんですよー」

サリアとアニタが壁に書かれたメニューを見て相談している向かいでは

リラとトリスが同じように相談している。

「あ、居酒屋のステーキだって、ここにもあるんだね」

「あら、ホントね、結構普通な料理なのかもしれないわね」

「どうしようかな? 頼みたいけどお昼も食べたしなぁ……でもお店での違いとかも気になるんだよね……」

「じゃあ、私達も半分にしましょうか? 他にもう一品頼みましょう」

「そうね。じゃあ……あのマスのソテーとかどうかな? あ、あと皆で食べるのも欲しいよね?」

流石にこれだけ宿の暮らしが続くと酒場での注文にも慣れた様子で、

各々気になる名前のメニューを頼んで冒険してみたり、

先日他所のテーブルで見かけた気になる料理の名前を店員に尋ねたりと、

賑やかにメニューを選んでいく。

「フィルさんフィルさん。わたしたちもはんぶんこしたいですー」

「はは、そうだね。じゃあ、そうしようか?」

「はいですー!」

フィルもフラウに誘われて一緒に壁のメニューを探す。

文字を読むのがまだ難しいフラウに代わり、フィルが壁のメニューを伝え、

それにフラウが質問するという流れで進んでいく。

「じゃあ、あそこのメニューから見ていこうか」

「はいですっ」

「まずはチーズフォンデュ、それから旅人のシチュー……」

「ちーずふぉんでゅってどんなお料理なんです?」

「ああ、それはねー温めて溶かしたチーズの中にパンとか野菜とか肉とかを浸して食べる料理でね」

「わぁ……!」

昨日の夕食の時はリラ達が適当に頼んだり、

リラ達に言い寄って来た他の男性客が頼んだ料理を食べていたので

この店でどんな料理があるのかはよく分からなかったようで

新しい料理を教えて貰う度に目を輝せるフラウ。

気になる名前がある度に好奇心いっぱいの顔で

どんな料理なのか尋ねてくるのがとても可愛らしい。


そんなフラウの気になる料理から

今回はチーズフォンデュ、クイッパーのソテー、マトンシチュー、エビのバターソース、ライ麦パンとヤクバター、それとシルの為に牛のステーキが選ばれた。

これだけ頼んでも銀貨四枚で済むのだからお手頃である。

とはいえ、改めてみるとこれはちょっと頼みすぎたかもしれない。

……というかフラウもサリアもアニタも昼間あれだけ食べて

今も結構な数の料理を頼もうとしているので食べきれるのか……少し心配ではある。

まぁ……三人とも育ちざかりであるし、

今この卓には他にも育ちざかりが沢山いるので、たぶん、まぁ……大丈夫だろう。


「じゃあ、お代はこれで」

全員の注文を伝え、最後にフラウと自分が食べる料理を注文してから

フィルは金貨を二枚、店の女給に手渡した。

フィル以外の面々も結構色々頼んだのだが、

それでもこの金額で収まるのだからやはり良心的な値段だと思う。

味の方も昨日食べた時に美味しい事は折り紙済みだし、

あそこの衛兵には良い店を紹介して貰えたものだと思う。


「はーい、まいどー。今おつりを持ってきますねー」

酒場のカウンターへと戻っていく女給を見送り

再び自分のジョッキに口をつけ、残ったエールを一気に飲む。

ダリウ達が飲み物を頼みに行こうとしているので

自分も彼等について行ってエールを注文しようという目論見である。

これから食事が運ばれてくるので、新しい食事には新しいエールが欲しいのだ。


どうやら他の少女達も似たような事を考えていた様で

結局、全員でカウンターに飲み物を注文しに行く事になり、

カウンターでサリアが更に追加で肴を注文したりと色々あったが、

ようやく全員に飲み物が行き渡り、席に落ち着いた後で晩御飯となった。

「ねぇ、そっちは色々行ってたみたいだけど、荷物はどうしたの?」

料理が届けられるまでの間、リラが隣のテーブルに座るダリウとラスティの二人に尋ねた。

二人とも疲れた様ではあったが、その表情が明るいのを見るに

今日一日歩き回って、十分に得るものがあったという事なのだろう。

けれども見た感じ何も持っていないので、その戦果を聞こうというのだ。

「買ったのは荷馬車に積んでおいた。あと羊とかニワトリとか明日受け取る事になってる」

「わぁ、ひつじさんです!」

相変わらず言葉は少ないし強面ではあるが、

尋ねられ返事をしているダリウは満更でもないという感じである。

そんなダリウの報告にフラウがすぐに反応した。


羊と言えばこの辺一帯でも主要な家畜であり、

織物などの材料となる羊毛が重宝されているだけでなく、

その肉も美味しいと人気の家畜だ。

人気がある分、取引価格も山羊より高価で、

相場は山羊一頭が金貨一枚するのに対して

羊一頭の取引価格は金貨二枚が相場となっている。


まぁ、交易相場で言うと豚は金貨三枚、雌牛が金貨十枚なので

羊も家畜の中では十分安い方なのだが、

それでも一般人にとっては十分高価な買い物である。

今回の野盗退治の臨時収入がなかなかの金額になったので

ダリウ達はこの機会に思い切って購入したのだろう。

(上手く増やすことができれば村でも羊肉とか普通に食べられるようになるのかな?)

村の食堂で羊のシチューやステーキが出てくる様を想像するフィル。

なるほど、これはとても楽しみな事である。是非にも協力するべきだろう。


そんなフィルの横ではフラウが同様に羊について想像していた様で、

「ふわふわしてかわいいんですー」

とふわふわでは負けていないシルを抱きながら嬉しそうにしていた。

どうやらフラウが喜んだのは純粋に羊が可愛いからのようだ。

食べる事ばかり考えていたフィルとは大違いである。

そういえば子山羊の時も可愛いと喜んでいたし、

子狼のシルに至っては今も膝の上に座らせて大事そうに抱いているので、

動物全般が好きなのかもしれない。


「前は村でも飼育してたんだが、山羊も羊もオークに皆食われちまったからな。これでまた牧畜が出来る様になる」

フラウの喜ぶ様子に満更でもないという様子で話すダリウ。

強面の所為で外見では分かり辛いがこれは相当に嬉しいのだろう。

「牧草地や羊舎は前に使っていたのがあるから羊は飼いたかったんだよ。肉も美味しいし、羊毛を売ればお金になるからね」

ラスティが追加で説明してくれた。

こちらは一目見て分かるぐらいに上機嫌である。

男二人がここまで嬉しそうにしているのだから

余程に良い買い物が出来たのだろう。


「あれ? でもまだ牧草地が出来てないんだよね? 大丈夫なの?」

「今回買ったのは子羊が四頭だから、それぐらいなら牧草地の整備をしながらでも飼えるんじゃないかと思う」

リラに尋ねられて山の牧草地の状況を説明するダリウ。

今でも牧草地として使える所は幾らかはあるだとか、

村人が四、五人いれば一日でかなりの広さを整備できるとか、

その口がいつもより多弁な気がするのは、

やはり羊を購入出来た事が嬉しいからなのだろう。


「あとガチョウの雛も買ったんだよ。ニワトリが雄を三羽と雌を七羽で銀貨二枚、ガチョウは雄五羽と雌五羽で銀貨二枚」

「鳥ですかー。いいですねー。あれ、でもニワトリは村にも居ませんでした?」

「ニワトリは村にも居るのだけど大分数が減っていたからね。新しい血を入れて増やそうって思ってるんだ」

「ああ、なるほどー。同じ血が続くと良くないって言いますもんね」

「そうそう。ガチョウの方は今回初めてだけど、今回試しにと思ってね。ニワトリと違ってガチョウは一夫一妻だから増やし辛いけど、肉や卵だけじゃなく羽も色々使えて便利な鳥なんだ。アヒルとも迷ったのだけど音に敏感だから番犬代わりにも出来るし今回はこっちにする事にしたんだよ」

こういう知識はさすがは本職で、止まらないラスティの説明に押される一同。

それにしてもガチョウについて話すラスティははっきり分かるぐらいに嬉しそうである。

どうやらガチョウの購入はラスティの希望らしく、それだけに今回のことが嬉しいのだろう。


「えへへー。すごいですねっ!」

二人の報告を聞いて、フラウがフィルを見上げて言った。

村が豊かになるという話にフラウもとても嬉しそうで、

思わずフィルにも笑みがこぼれる。

「そうだね。上手く育てば村で色々な美味しいものが食べれそうだ」

「もー、フィルさんくいしんぼうさんです」

ちゃんとそだててからですよー?と笑いながら窘めるフラウに、

フィルもまた笑いながらごめんごめんと謝る。


「さすがに一、二年では難しいだろうけどね。なにせ羊も山羊も鳥達も買ったのは今年生まれたばかりのものだから暫くは山の牧草地を整備しながら徐々に環境を作っていく感じかな? 暫くはまた街に来る機会があったら定期的に買い足してっていう感じになるだろうね」

「なるほど。肉が食べられる様になる道は険しいなぁ……」

ラスティの説明を聞いてフィルがぼやく。

ラスティがそんなフィルを笑うが悪い気はしない。

「まぁ、ニワトリやガチョウは早めに増えると思うから。来年にも村の食べ物は大分改善されると思うよ」

フィルのぼやきにラスティが苦笑交じりに教えてくれた。

なるほど、これはとても楽しみな事である。やはり是非にも協力するべきだろう。


「けどその為にはニワトリやガチョウの飼育小屋を改築する必要があるんだけどね」

「鳥小屋は既にあるのを使うんじゃないの?」

「あるにはあるんだが、今空いてる小屋は十匹ちょっとが精一杯なんだ」

質問するサリアにダリウが答える。

やれやれと面倒がる素振りを見せるがどこか嘘っぽく、

愚痴りながらも楽しそうにも見える。

「そうなんだよね。でも羊小屋も大きいのを造りたいんだよね」

「あれはそう急ぐことも無いだろう?」

次は何を造りたい、あそこを工事したい、こんな施設が欲しい。

今は村の食料事情の改善が最優先だが、

畜産が軌道に乗れば肥料が増えて農作物もより育てやすくなる。

そうして生活が豊かになれば、その余剰である食料や革や羊毛を街で売り

村に外貨が入るようにもなる。

かつては街まで半日という距離を活かしてそうして慎ましくも栄えていた村である。

楽しそうに話し合うダリウとラスティ。二人の夢は留まる事を知らないようだ。



そんな彼等の話を皆で聞いていると、

食堂に見覚えのある少女が二人、入ってくるのが見えた。

「あ……」

少女に気付いたフィルが食堂の入口に目を向けたのに気付いたサリアが

フィルにつられて入口に目を向け、そこに二人の少女が立っている事を見つけた。

「あー、こっちですーこっち!」

片手をぶんぶんと振って入口に立つ二人に呼び掛けて、

それに気付いた二人が、フィル達の居るテーブルへとやってきた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ