邪神さんの街への買い出し100
店内に入ってきた二人を見てみると
リラの服装が朝に見た普段着ではなく
先程武具屋で購入した新品の鎧となっていた。
おそらく店で着替えてそのまま着て来たのだろう。
適当に畳んで持ち運ぶ事が出来るスケイルメイルやチェインシャツなどと違い、
プレートメイルやブレストプレートといった板金系の鎧は
持ち運ぶ際には嵩張るので結構面倒だったりする。
なので通常、新しく鎧を購入した際には、鎧櫃という鎧を運搬する為の容器に収め、
それを背負うなどして運ぶのが一般的だが、
どうやらリラは鎧櫃等は使わずにそのまま着て帰るという選択をしたらしい。
あの金額の鎧なら購入した時に大抵は鎧櫃もサービスで付けてもらえるものだが、
鎧櫃はあれはあれで嵩張り結構邪魔なので、
リラの様に鎧櫃は不要と敢えて付けないことを選択をする者も多い。
特に根無し草の冒険者には持ち帰る者が多く、
旅には邪魔と寧ろ鎧櫃を使うのは少数派だったりする。
以前のフィルのパーティでも仲間のファイターが店で新しい鎧を購入した時は、
そのまま装備して宿まで持ち帰っていたものだった。
ちなみにプレート系の鎧はかなり場所が嵩張るので
冒険中に入手したりした魔法の鎧を予備として保管したい場合、
置き場所に困る事が多く、その事が戦士系の冒険者の悩みの種だったりする。
商人に預り賃を支払って預かって貰うなんて事も出来なくはないが、
そんな事にお金を使いたくないという冒険者は多く、
多くは長期宿泊で殆ど自室の様になった宿の個室にスタンドを置いて、
そこに鎧を飾り保管する事が多い。
だが、宿の個室の広さなんてたかが知れている。
鎧が一つ置いてあるだけでも大して広くない部屋はかなり狭苦しくなってしまい、
それが二つ、三つと増えていった日には……。
まぁ、マジックアイテムを幾つも得られているという事は
冒険者として十分に経験を積んで生き残っている
……要は冒険者として成功しているという事でもある。
そのぐらいになればバッグ・オヴ・ホールディングやシークレット・チェストのような
何らかのマジックアイテムや魔法による保管手段を得ている者も多く、
こうした置き場所の問題は自然と解消しているのが普通だったりする。
だからこういった悩みは成長途中の冒険者特有の悩みと言え、
まさに現在進行形で問題に直面している若い冒険者の愚痴を聞きながら
ベテランの冒険者が自分の昔の頃を懐かしむ、そんな話題なのだった。
もう少ししたらリラ達も同じ悩みに直面するのだろうかと思うと
フィルは少しだけ、少し先の未来が楽しみになった。
「あ、リラー! こっちですよー!」
フィルと同じくリラ達を見つけたサリアが二人に向かって声を上げ、
こちらに気付いた二人もフィル達が居るテーブルへとやってきた。
なんとなくリラが堂々として見えるのはやはり新品の鎧が嬉しいからなのだろう。
「おまたせー。細かい調整したり、メンテナンスの仕方とか色々教えてもらっていたら思った以上にかかっちゃった」
デーブルで待っていた四人に笑いながらごめんねーと謝るリラ。
手には大振りのバスケットが下げられていて、
中には鎧の肩や腕のパーツや着替えの服なんかが入っていた。
「私達は全然。ダリウさん達もまだ戻ってきてないし、全然遅くなんか無いですよ」
明るく返しながらさあさあと二人に席に着くよう勧めるサリア。
アニタとフラウの二人もサリアと一緒に二人を席に着くように勧めながら
リラの新しい鎧を興味深そうに眺めている。
「それにしてもブレストプレートですかー。良いですねー。次お金が溜まったらトリスの分ですねっ」
自分の隣に座ったリラの鎧を前にサリアは少し身を乗り出すと、
その胸部装甲の固さや形状を感心した様子で確かめだした。
「おー……これは……」
「ちょ、ちょっとサリア! 人前で変なことしないでよっ」
胸部装甲の凹凸を確かめるサリアをリラが慌てて制止する。
鋼鉄の装甲越しで触られる感覚などは当然無いのだろうが、
いかんせん動作が怪しすぎてリラは何とも言えない表情で顔は赤く染まっている。
「ほほーう、人前でなければよいのですねぇー?」
リラに咎められても怪しげな笑みを浮かべるサリア。まさに悪戯っ子である。
それにしても、傍から見れば女の子が女の子の胸を触っている様にしか見えず
男性のフィルが見て良い物なのか、甚だ困る代物である。
心なしか周囲の男共の注意が此方に向けられている様にも見受けられる。
「サリア、そういうのは人前でしては駄目よ?」
トリスにも咎められてしまい、
サリアは「これは失礼」と舌をちょろっと出して謝りながら手を引いた。
「で、どうなんです? 着心地とか感想は?」
改めてサリアに尋ねられて、リラはうーんと考える。
「そうねぇ、前まで来てたスケイルメイルと比べるとすごく動きやすいよ。体にフィットする感じかな?」
「前着ていたスケイルメイルは普通のでしたからねー。やっぱ女性用鎧って違うんですねー」
「うん。体に合わせて調整したからかもだけど、鎧が体の動きを殆ど邪魔しないの。あと鎧下とかも前のとは全然違うから、なんか感じが全然違うんだよね」
リラは説明しながら自分の体を少し捻ったりして、
可動部が動き体に合わせて装甲が体を追随する様を見せてみせる。
隣のテーブルで説明するリラの話を聞きながら、
そういうものなのかと、フィルは改めてリラの着ている鎧を見てみた。
(やっぱ男性用とは別物だよなぁ)
リラの新しい鎧は全体的に細身に造られていて
少女の体を薄く覆う様に彼女の胸部までを防護している。
肩部はバスケットの中に入っていた装甲パーツを付けて補完する事が出来るようで、
今は取り付けていない為、肌に密着した薄地の鎧下があらわになり、
少女らしい華奢な輪郭を描いている。
一見すると肩を見せる類のドレスのようにも見えて、
男性用鎧とは異なるコンセプトで制作されているという事が一目で分かる。
男性用、と言うか性別を問わない一般的な鎧であればコストや生存性を重視して
鎧下は衝撃などを和らげる事が出来る様にもっと厚手に作られているし、
鎧だって出来る限り装甲を盛ろうと厚手に作られるものだ。
だが、リラが着ている様な女性専用鎧は鎧としての性能をとりあえず確保した上で、
後は可能な限りデザインにリソースを割いている場合が多く、
コストについては文字通り二の次である。
そうした本来のセオリーとは異なる造りを見る限り、
フィルとしては本当に男性用と同等の防御力があるのか少し疑問に思ってしまうが
実際に多くの女性冒険者がこうした鎧を身に纏って戦い、
そんな彼女達の死亡率が男性のそれと比べても大した差が無いのだから
性能的には殆ど差異が無い事が実証されていると言ってよいだろう。
(実際装甲として必要な強度は有って動き易いから戦い易いという事なのだろうけど……)
「こーら、フィルさん。女の子を変な目で見ちゃダメですよ?」
フィルが鎧を眺めながらそんな事をぼんやりと考えていると、咎める声が上がった。
声の方を見てみると、意地悪い笑みを浮かべたサリアと目が合う。
いつも通りの何か下らない事を企んでいる顔である。
「リラの鎧姿が可愛いからって、そんなじろじろ見ちゃ駄目ですよ?」
鎧に対してあれこれ考えていたフィルを見とれていたと勘違いしているのだろう。
否、例えフィルが他の事を考えていると察していたとしても、
この娘は同じことを言って揶揄ってくるだろう。
どうやら弄る標的をリラからフィルに切り替えた様である。
「まぁ、フィルさんも年頃の男の子ですからね? そういうのに興味津々なのは仕方のない事かもしれませんけど?」
「いやいや、そういうのじゃないからね?」
「でも、フラウちゃんがいるのにそういうのは良くないと思いますよ?」
フィルが何を言おうと、どんどんややこしい方向に流れていくサリア。
「あのねぇ……僕は普通の鎧との違いについてちょっと考えていたんだよ」
「そうなんです? やっぱり普通のとは違うもんなんです?」
フィルの言い訳に質問してきたのはサリアではなくリラの方だった。
そう言えばリラは今回購入したブレストプレートが
プレート系の装備としては初めてなのだった。
普通のブレストプレートは装備した事が無いので、その違いに興味があるのだろう。
「ああ、ブレストプレート、というかフレート系の鎧っていうのは普通の鎧と女性用のを比べると装甲が厚く作られているんだ……いや、どちらかと言うと女性用の鎧が通常より装甲が薄く作られているというべきかな?」
「薄くても大丈夫なものなんです?」
「うーん……どうなんだろう? 大丈夫と言い切るのは難しいとは思うのだけど、でも実際そういった防具を着た女性冒険者は多いし活躍もしている。鎧に問題があるという話も聞かないんだよね」
「フィルさんは気になる所があるんです?」
「そうだなぁ……」
尋ねられて改めて思い返してみるフィル。
フィル達のパーティが男しか居ない男所帯とはいえ、
こうした女性用鎧の事を全く知らない訳では無い。
知り合いには女性冒険者だっていたし、彼女等と冒険を共にした事だってある。
その場に置かれる事になった経緯は知りたくも無いが
冒険中に戦利品として手に入れた事だってあるし、
時にはこういう鎧を装備した相手と戦った事だってある。
実際に見たり戦ったりした経験として
女性用鎧が鎧として十分に実用的である事は承知している。
確かに装甲が通常の鎧と比べて薄いのかもしれないが、
金属製の装甲は普通に刃を弾くし、何よりも動き易い分、
男性のプレートを着た相手よりも鎧の装甲を上手く扱うので、
結果として男性の戦士と戦うのと難度は変わらないというのがフィルの実感であった。
扱う際の感覚に差異はあれども
総合的な防御効果はどちらも殆ど同じという感じである。
「普通の鎧と比べて貫通しやすいんじゃないかとか、衝撃を殺すのが十分に出来ないんじゃないかとかは思うけど、でも実際に戦果としては殆ど違いはないんだよね。多少薄くなってるとはいえ装甲としての効果はちゃんとあるから大抵の攻撃はしっかり防いでくれるし、女性用の鎧を貫通するような攻撃なら普通のブレストプレートでも貫通する可能性は高い。普通のブレストプレートを着た場合と戦果があまり変わらないというのは、そういう事なのかなって思っているよ」
「動き易い分、寧ろうまく戦える可能性もあるという事ですか?」
トリスの意見にフィルはそうそうと頷いた。
「そうだね。その辺のバランスが女性用としてデザインされた時のコンセプトなんだと思う。装甲の厚さや形状は多少違えどこれはこれでちゃんと鎧なんだって思うよ」
「なるほどー」
フィルの言葉に納得した様子でうんうんと頷くリラ。
多少装甲が薄くても、金属製のプレートは斬撃はもとより
中途半端な刺突や殴打に対してもそれなりの防御効果を発揮する。
扱い易さも含めて総合的に考えれば
通常のブレストプレートと性能に大差は無いという事なのだろう。
「……それはともかく、慣れない鎧は疲れるだろう? 先に普段着に着替えてきたらどうだい? このままだとサリアがまた暴走しそうだ」
出来るだけそれとなく、リラに着替える事を進めるフィル。
一応、今の一行の中でフィルがレザーアーマーを着ているとはいえ、
普段着の少女達の中に
一人だけドレスの様な金属鎧を装備した少女はどうしても目立ってしまう。
更に言うとここは酒を飲みに来た野郎達が何人も屯う酒場である。
先程からリラ達の様子を伺っている男達の中から浅慮な輩が
酒の勢いを借りて娘達に手を出そうするのも時間の問題だろう。
……それにこのままだと、またサリアがこちらを揶揄ってくるのが容易に予想できる。
「そうですね。ちょっと着替えてきます」
リラも同様の気配を感じたのか、それとも隣の少女から身の危険を感じたのか、
フィルの助言に素直に応じると
席を立ち自分達が借りた部屋に着替えるために戻っていった。