邪神さんの街への買い出し99
食料市場での買い物を終えた一行は
途中、子オオカミのシルの散歩をしながら宿に戻る事にした。
結局、サリア達は屋台で買った揚げポテトを食べきる事が出来なかった。
未だに木皿に山と盛られているそれを器に盛られたまま、
フィルは自分の鞄へと仕舞い込んだ。
食べる時はこのまま取り出すだけで良いので
こういう時にバッグ・オヴ・ホールディングは本当に便利である。
フィルが揚げポテトをカバンに入れている間に
フラウは食べ終えた木皿やジョッキを屋台に返却し
屋台の店主から幾ばくかの銅貨を返してもらっていた。
食器の返金ルールはこの市場独自のルールだがフラウも随分と慣れたもので
返却した屋台のおじさんから褒めてもらったりして、
「ほめられちゃいましたー」とフィルに報告して
フィルにも褒められて満面の笑みである。
「はいっ、これでオッケーですね。うん、我慢出来て偉いですねー!」
「えへへー。えらいですねー」
サリアに先程雑貨屋で購入した首輪とリードを付けてもらった後、
人気の無い場所を探して抱っこしていたフラウの手で地面に下ろされるシル。
地面に降りたシルは戸惑いフラウを見上げるが、
フラウや皆が一緒に居るので安心したのか、
好奇心の向くまま、彼方へ此方へと匂いを嗅いだり駈け出したりと大忙しである。
そんなシルのリードを握ってフラウも無邪気にシルの後をついて回っている。
少女と子犬のなんとも平和な光景にフィルにも思わず笑みが浮かぶ。
「ふふふー。フィルさん、上機嫌ですねー?」
「うん?」
横から声がかかり、隣を見てみればにんまりとした笑顔のサリアがこちらを見上げている。
サリアだって先程まで満面の笑顔でフラウと一緒になってシルの後ろを追いかけていたろうに、
そんな事がちらりと頭をよぎるが、小言を言うのは無粋と言うものだろう。
「すっかりお父さんですよねー。うんうん」
「そういうサリアはすっかりお姉さんじゃないか」
「えーそうですか? いやぁー、そうですかねー?」
満更でもないといった風に照れているサリアの頭をわしゃっと撫でて、
フィルはフラウとシルに視線を戻した。
フラウはしっかりしているとはいえ、村育ちで街の生活には慣れていない。
なにかの弾みで事故にあったりしないかとつい心配になって見守ってしまうが、
こういう所がお父さんに見えてしまうのだろうか?
子犬の散歩をしつつ宿への道を戻り、
借りている部屋に戻ってみると部屋の鍵は開いておらず、
試しにフィルが扉をノックをしてみるが中から返事は無い。
どうやら部屋には誰も帰っていない様である。
「まだ帰ってないみたい?」
尋ねるアニタにフィルはそうだねと応じる。
宿の鍵はリラが持っているので彼女達がまだ帰っていないという事だが
先程一階の食堂兼酒場を通ってきた時にダリウとラスティの姿を見なかったから、
どうやら宿に一番に到着したのはフィル達という事らしい。
「じゃあ、一階で待ちましょうか。じきに帰ってくると思いますし」
廊下に居ても他の人の邪魔になっちゃいますしと言うサリアの提案に従い、
一行は一階の食堂兼酒場へと戻った。
夕刻の食堂は本格的に忙しくなる直前といった雰囲気で、
今の客の入りは大体二割ほどだが
フィル達が席を探す間にも新しい客がやってきたりして、次第に客が増えている。
店の者も夜の営業の為の準備中といった感じで、料理に食器の準備にと忙しそうである。
客の方はと言うと何人かのグループで来ている者達が多く、
数人で集まり料理や酒を楽しんでいるデーブルが、
海に浮かぶ小島の様に点々と散らばっている。
フィル達は後からリラやダリウ達が来るだろうからと
八人で座れる席が無いかを探し
隣り合った四人掛けのテーブル席二つを見つけると、
フィルとフラウ、アニタとサリアでそれぞれのテーブルについた。
ベンチ状のテーブル席に腰を下ろし一息ついたところで、
さて、酒場で時間を潰すとなれば何か注文する必要がある。
先程まであれだけ食べておいて、
その上、更に食べるのかと言われてしまいそうだが、それとこれとは別問題で、
酒場や食堂を利用するのなら場所代として何か飲み食いするのが礼儀なのである。
たとえ食欲が無くともとりあえず形だけでも飲み物と、あとは肴も頼むべきだ。
どうせならエールが良いだろう。
「じゃあ僕は飲み物頼んでくるね」
今度は娘達に任せるのではなく自分自身で注文せねばと
フィルは座ったばかりの席を立ち、カウンターに向かった。
ドリンクを四人分……とりあえず自分だけはエールを、他の娘達には果実水を頼んで、
それから簡単な料理としてドライソーセージの盛り合わせを頼む。
塩味の効いた薄切りのドライソーセージの盛り合わせは酒場で定番の肴の一つで、
これなら空腹でない時でも酒が旨く飲める。
「フィルさんまだ食べるんです?」
「お酒を飲むときはやっぱ何かつまむものが無いとね」
ついてきたサリアが後ろで呆れているが、
フィルは少女の小言を軽く聞き流しながら店員に代金を支払う。
これは場所代であり、決してフィルがエールを飲みたいからだとか
肴を食べながらエールが飲みたいからだとか、そう言う訳ではない。
あくまで酒場で時間を潰させて貰う為の場所代としてなのである。
という訳で代金として金貨を一枚渡し、
店員から並々と中身の入ったジョッキを受け取ったフィルは、
その内の果実水の入ったジョッキを二つ、サリアに手渡した。
「料理は後から持ってきてくれるだろうから、戻ろうか」
サリアにジョッキを渡したら、早々にフラウ達の待つテーブルへと戻るフィル。
うむ、これでサリア達も共犯である。
後ろではサリアの溜息が聞こえたような気もするが気にしない。
「さっきのおいもはたべないんです?」
テーブルに戻ってきたフィルから果実水の入ったジョッキを受け取り、
あとでおつまみが来るよと教えられたフラウは小首を傾げて尋ねた、
先程まで食べていて、随分と残ってしまった揚げポテトが気になるのだろう。
「ああ、あれはまた今度かな? 食堂のテーブルで他の店の料理を食べるのは失礼だしね」
「そうなんです?」
フィルの答えに再び小首を傾げるフラウ。
村にある唯一の食堂の場合、他所に料理を出す店が無かったり
そもそも村の食堂は集会所的な意味合いも強く
自分で持ち込んできた弁当を広げて食べてる村人も居たりするので
あまり実感が湧いていない様子である。
まぁ、これ以上、揚げポテトを食べ続けたくはない……というのが本音なのだが、
そこは笑って誤魔化しつつ、フラウに説明するフィル。
「街の食堂っていうのは席を座ってご飯を食べてもらう事でお金を稼いでいるんだよ。だからお金を使わないで席だけ使われちゃうとお金が貰えないだけじゃなく、その席でお店が稼ぐ事も出来なくなっちゃうんだよ」
「あっ、やどやさんがおしごとをできなくなっちゃうんですねっ」
フィルの説明になるほどと頷くフラウ。
理解の早い少女に、フィルは「その通り」と笑顔で少女の頭を撫でる。
「まぁ、揚げポテトはカバンの中に入れて置く限り痛んだり腐ったりしないから、後で温めたりして美味しく食べようね?」
「はいです」
にっこり笑顔で納得してくれた様子のフラウを見て
フィルは追撃とばかりにさらに付け加えた。
「ちなみにね。こういうのは夜遅くのお腹が空いた時に夜食として食べるとすごく美味しいんだよ」
「わぁ~……」
フィルの言葉に夜お腹が空いた時の自分を想像してか、思わず声を漏らすフラウ。
「こーら、フィルさん? 小さい子に悪い事を教えちゃダメじゃないですかっ」
そんな事を話している二人に、隣のテーブルからサリアがすかさずフィルを咎めてきた。
まるでフィルが悪魔の囁きでもしているかの様な酷い言い様で、
まったく過保護な姉様分である。
「えー別に悪い事じゃないだろう?」
サリアの小言は軽く受け流して、
フィルは手にしたジョッキのエールを喉に流し込んだ。
久しぶりのエールを喉を鳴らして味わって、
それから運ばれてきた薄切りのドライソーセージを一切れ摘まむ。
「野営で小腹が空いた時とか、夜中に宿の大部屋で皆で食べたりとか、閉店後の酒場で持ち寄った食料で飲むのとか、すごく楽しいよ?」
「わぁ~!」
「閉店した後もお店に残るとか、お店の人に迷惑じゃないですか……」
美味しい料理に囲まれる想像が膨らんでいくフラウと、
フラウとは反対に溜息を吐きつつ、
残念な人を見る目でこちらを見つめるサリア。
そんなサリアにフィルは言い訳をして更にエールを煽る。
「冒険者の店とかだと結構よくある事だよ。まぁ、ある程度身元がしっかりしてないと追い出されるだろうけどね」
酒場……特に冒険者が集まる酒場なんかではそうだが、
店の営業時間を過ぎても酔っ払い達が居座り続け、
何時までも屯っているなんて事が結構あったりする。
冒険が成功した時や失敗した時、もしくは次の冒険が見つからない時。
他にも仲間が出来た時や、仲間を喪った時。
理由は様々だが、
酒場の閉店時間を過ぎても客がテーブルから離れないなんて事は決して珍しい事では無い。
店側も特に冒険者の店の酒場なんかでは、
相手が常連だったり支払いさえしっかりしてくれるのであれば、
目くじらを立てず閉店後も置いてくれる店は多い。
……まぁ、荒くれ者集団を下手に刺激して怪我したり店を破壊されない様、
波風を立てないようにしているだけだとも言えるかもしれないが。
いずれにせよ、そういう場合、店側は閉店時間になって店仕舞いをした後は
あまり口煩い事は言わずに、早々に自分達だけ引き上げてしまうのだ。
そうなると後は注文を受ける者も居なければ料理を作る者も居ないので
新しい料理も出なければ酒が出てくる事も無い。
そこでもし食糧庫をこじ開けようものなら、そんな冒険者は一生出禁である。
そんな中で何か食べたい時、こうした料理や酒が役立つのだ。
普通のパーティならば自分の携帯食料や革水筒に入れた薄めたワインなんかを持ち寄るのだが
バッグ・オヴ・ホールディングを持つパーティなら以前買って置いた料理を取り出したりして
ラストオーダーの後でもこうした料理を取り出して食べられるというのは
ある種、冒険に成功した者達であるという証でもあった。
「……やっぱり駄目人間じゃないですか……」
フィルの説明を聞いた後でも嘆息するサリア。
というか、さらに呆れられたようにも見える。
フィルとしてはごくごく普通な冒険者の日常なのだが、
サリアから見てフィルは駄目人間に映るらしい。
その後は冒険者ならちゃんと寝れる時に寝ないとダメだとか、
お店の人の迷惑になるような事はしちゃいけないとか、
小言が次々にフィルに飛んできた。
これではフラウだけでなくフィルにもお姉さんである。
まぁ……冒険者が駄目人間という点についてはフィルも否定するものではない。
そもそも冒険者なんて生き方、続けている奴がまともな訳が無いのだ。
だが、そんなお説教をしているサリアさんも駆け出し冒険者であり、
いずれは此方側に来る身なのだけど?
……なんて思いもするがさすがにそんな事を言えば藪蛇になる事は避けられない。
「……まぁ、そういう事だってあるという話だよ」
少しだけ考えて、結局当たり障りない言葉で話を終えるフィル。
そんな他愛ない会話をフィル達が暫くしていると、
リラとトリスの二人が店に入ってきた。