邪神さんの街への買い出し98
「皆はこの後どこか行きたい所とかはあるかい?」
フィルが質問をすると、サリアとアニタはうーんと少しだけ考え込んだ。
午後の食料市場、その中央にあるテラスでおやつを摘まみながら
考え込みながらもサリアの手は大皿のポテトに伸びていて、
摘まんだ揚げポテトの一欠片をあーんと口の中に運び入れる。
「んー。私は特には無いですね。冒険に必要な物は前回であらかた買ってしまいましたし」
「うん。私も。スクロールとかポーションは高くて買えないし、街で買えそうなのはもう無いと思う」
「ですよねー。臨時収入があったとはいえ、魔法の武器や道具を買うには全然足りませんもんねー」
こちらも揚げポテトを飲み込んでからサリアの言葉にうんうんと同意するアニタ。
どうやら二人とも今は特に何か買いたいという希望は無いらしい。
「んー、そっかー」
フィルは二人の意見になるほどと頷く。
まぁ当然といえば当然で、野盗討伐の報酬があったとはいえ、
駆け出しである彼女達のパーティは資金に余裕がある訳では無い。
駆け出しのうちは収入よりも出費の方が多く、
日々の食費で悩む程度には生活がきつかったりするのが普通である。
今は冒険に最低限必要な装備品は一通り揃っている訳だし、
これ以上の余計な出費を抑えようとするのは妥当な選択だろう。
(……まぁ、その分、僕のお金は遠慮なく使われているのだけど……)
フィルのお金で購入した、テーブルの並んだ揚げポテトやサンドイッチ、ミートパイを眺める。
まぁ、フラウも喜んでくれている訳だし、この程度の出費なら可愛らしい物だ。
世には自分はまともに働こうともしないのに、相手が金を持っていると見るや、
寄生して金を搾れるだけ絞り取ろうとする女性がいたりする。
冒険を成功させた冒険者が金を持っているというのは良く知られているので、
ベテラン冒険者であるフィルも何度か標的にされたりしたが、
そう言う手合いは下心が見え透いていて気分の良いものではない。
そして関わりなりたくはないからと財産は持ってないと言うと
鬼の形相で文句を言いながら返し去っていくのだ。
ああいうのと比べればこちらは全然健全であると言えるし
普段頑張っている彼女達へのささやかなご褒美と思えば大したものではない。
「フラウもどこか行きたい所とかあるかい?」
とりあえず二人の意見は分かったという事で、次にフィルはフラウにも尋ねてみた。
思えばフラウも今回はあまり買い物をしていない気がする。
フィルとしてはせっかく街に居るのだし、もう少し色々遊んでもいいのではとは思っている。
とはいえ、フィル自身、彼女達がどこに行けば楽しいと思うのかがまるで分らない訳だが。
「わたしもないですー」
こちらも特に行きたい所を無いらしい。
まぁ前回に色々購入しているからなのだが、
せめてお菓子とか買っても良いのではと思うのは甘すぎだろうか?
ちなみに今はシルを抱っこ状態から解放して膝の上に乗せている。
シルはフラウの膝の上でフラウに支えられながらバランスよく座り、
先程食料店で購入した犬用のおやつをフラウから貰って夢中になっている。
狼でも犬用のおやつを美味しいと感じている様で、
フラウがおやつを少しちぎって差し出すと素早く食いついて、
数度の咀嚼で飲み込んだ後は「つぎはまだ?」とばかりにフラウの顔をじっと覗き込む。
そんな顔を見せられて「たべれてえらいですねー」と
満面の笑顔で次の一欠片をちぎり取るフラウ。
フラウにとっては街での買い物よりもこちらの方が楽しいのかもしれない。
にしても、店で三食分を購入して、一応一日一食分までとフラウとは約束しているのだが、
この分だと来週ぐらいにまた街に来る事になりそうである。
「ふむ……別に冒険に必要な物以外でも、何か見ておきたい物とかでも良いんだよ?」
少しだけ困り顔で、フィルはもう一度少女達に尋ねてみた。
サリアとアニタはシルの為の買い物に付き合わせてしまったようなものだ。
なので残りの晩御飯までの残りの時間は彼女達の自由に使ってもらえればと考えたのだが……。
「うーん、私達よりフィルさんは何処か行きたい所とかあるんですか?」
「そうだよね。私達買い物は一通りしてるし、フィルさんは全然行ってませんよね?」
と、逆にサリアとアニタから質問をされてしまった。
「んー、そうだなぁ……」
とりあえず思い返してみるが、自分の物に関しては特に無い。
が、その他で言うと思い当たるのが一つ。
「……ああそうだ、シルのご飯を買うんだった」
「そういえば、お肉を買いたいって言ってましたね」
サリアが思い出したとばかりに両手をポンと合わせる。
「うん。今あるだけだとそんなに長くはもたないだろうから市場で買い溜めておこうと思ってね」
すっかり忘れていたが肉屋を巡って買い集めて
一か月分ぐらいは買い溜めておきたいと考えていたのだった。
バッグ・オヴ・ホールディングは中に入れた物の腐敗の進行を止める事が出来るので
こういう時にとても便利である。
かつてのフィル達のパーティがサステイニング・スプーンや
デカンター・オヴ・エンドレス・ウォーターのような
水や食料を供給するアイテムをわざわざ手に入れようとしなかったのは、
新鮮な生肉や野菜、食べたい料理や飲み物を買っておき、
バッグ・オヴ・ホールディングに入れておけば
いつでも新鮮で美味い飯を食べる事が出来たからという点が大きい。
ダンボールのような味しかしない粥や真水しか手に入らないマジックアイテムより
食事の満足感が全然違うのである。
まぁ、一部の例外的なアイテムもあるにはあるが、それはあくまで嗜好品としてである。
「……まぁ丁度良いか。じゃあちょっと買ってくるから、皆はここでゆっくりしていると良いよ」
「いっしょじゃなくてもいいのです?」
こちらを見上げて尋ねるフラウに、フィルは笑ってその頭を撫でてやる。
「ああ、外周部にある肉屋に行って来るだけだし、そんなに時間は掛からないと思うからちょっと待っていてもらえるかな? 今日はみんな朝から歩き通しだし、フラウも魔法のブーツを履いているから疲れを感じてないかもしれないけど、休める時に休んでおくことに越したことはないからね」
「はいですー」
分かりましたと元気に頷くフラウの頭をもう一度優しく撫でてから、
フィルは市場の周囲にある肉屋へと向かった。
食料市場の周囲には問屋系の業者が集まっており
倉庫を兼ねた店舗が広場を囲むように店を並べていた。
食料系の品が集まるだけあって、並んでいる問屋も
大量の穀物を専門に扱う店に、
陸路で運ばれてきた海産の乾物を揃えた店、
肉を扱う店も解体したての生肉を取り扱う店から
ベーコンやハムに加工した肉を専門に扱う店など、
実に様々な食料関連の店舗が並んでいる。
そんな店舗が並ぶ問屋通りをフィルは肉屋と見るや片っ端から訪ねていき、
買えるだけ買っては自分のカバンの中に入れていく。
とはいえこの時刻、店で売られている肉は夕飯用に解体された新鮮な肉ばかりであり、
当初フィルが考えていた売れ残った肉や内臓を安く買おうという目論見は見事に外れていた。
そもそも解体した肉で売れ残るような部分、
特に内臓や血などは始めからそのままでは売れない事が分かっている為、
朝一で捌いて直ぐに提携したパイ屋や腸詰屋なんかに引き渡し、
内臓はミートパイの具にしたり煮込み料理にしたり、
血はブラッドソーセージにしたりしているので
これらの部位が売れ残る事は余程の事がなければ無いのだという。
「モツも普通に焼いて食べるには見栄えが悪いですが、パイに入れたりすると味が良く出て美味いんですよ」
「なるほど。全然知りませんでした」
店員の説明に思わずなるほどと声に漏らしてしまうフィル。
なんだかサリアやフラウの影響を受けてしまったような気がする。
確かに先程食べたミートパイもそうだったが、
美味いミートパイは内臓肉を使っている物が多い。
内臓肉には若干味に癖があるものの、脂や旨味を多く含んだものが多く、
そのおかげでパイにジューシーな食感や旨味を与える事が出来る。
単に安いからと具材に混ぜ込んでいるのだろうと思っていたが
なかなかどうして、それぞれの業者の協力と研鑽の賜物なのだ。
「一応普通のお客さんの中にも焼いて食べたいとか、自分で料理したいっていうお客さんもいるんですけど、その時は注文で下ろしてるんです」
「ああ。確かに、焼いて食べると美味いんですよね。店じゃ滅多に見ないですけど」
フィルも野営の時に仕留めたイノシシとかで何度か食べた事があり、
その味と旨さについてもよく知っている。
レンジャーの野外技能によりうまく処理された猪肉は臭みも無く、
よく洗った内臓肉に塩を振りかけて炭火で炙り焼きにしたものは、
噛むほどに脂と旨味が溢れてきて何本も串をお代わりしたものである。
「お? お客さんもそっちが好きなんですね。けども何せ痛むのが早いですからね。こちらも朝一での受け渡し限定ってしているので、余程でなければそこまでしようって人は居ないんです。そもそも自宅で作らなくても店に注文して作ってもらうとかも出来ますからね」
「ああ、なるほど……」
確かにわざわざ自宅で作らなくても
街なら店で出来合いの総菜として買う事も出来るし
ブラッドソーセージのような手間のかかる物も
懇意の店とかにお願いして作ってもらう事も出来る。
何かと忙しい街の住民にとってはこちらの方が好まれるのだろう。
「ああでも、一頭買いしてもらえれば予約を受けて捌いたりもしてますよ。よく金持ちの商人や魔法使いの学院の導師様が腐るのを止める魔法や冷凍の魔法を持参で注文に来たりするんですよ」
「ははは。商人は食道楽だろうけど、魔法使いはなんか別の使い方してそうですね」
フィルも同じウィザードなので心当たりがあるのだが
血は呪文の触媒や試薬に使われる事が多い物質である。
特に死霊術系統なんかは死体を利用した術が多く、
例えば難易度の低い呪文でもコマンド・アンデッドでは
物質構成要素として生肉一切れと骨一かけらが必要になるし
フォールス・ライフの呪文には一滴の血液が必要になる。
学院で購入されたという事はおそらく呪文の講義か研究などで必要となったのだろう。
学院で血肉を求められると聞くとウィザードに対して不安を持たれる事もあるが
人間の血肉を求めて墓場を掘り返したり、奴隷を殺して素材にしたりせずに
家畜で賄っているのだから彼らは十分真っ当なウィザードだと言えるだろう。
「かもしれませんねー。でも魔法使いの方も生き血はともかく、モツや肉は殆どが食べるみたいでしたよ。美味しく食べるには鮮度が大事だからって、すぐに魔法で凍らせてお弟子さん達に手伝ってもらって持って帰ってましたからね」
どうやらフィルが想像していたよりもさらに真っ当な使い道のようであった。
(にしても凍らせて持ち帰ったという事は、学院からバッグ・オヴ・ホールディングを借りれなかったのかな?)
研究の一環としてなら学院の備品を申請すれば使えると思うのだけど、
もしかしたらそのウィザードの個人的な食道楽で購入したのかもしれない。
弟子も一緒にという事はゼミで飲み会でもするのだろうか?
そう言えば自分が学院の生徒だった時も
大きな実験の後とか研究室の導師がご飯をご馳走してくれたっけ。
などと取り留めのない方向へと考えが行ってしまい、フィルは慌てて方向修正をする。
「……なるほど、目当ては血の方ですか。確かに魔法には試薬やら触媒やらで使いますからね」
「そうらしいですね。あ、どうします? 内臓や血が欲しいなら一頭買いになっちゃいますんで予約してもらう事になりますけど?」
「いやあ、人を待たせてるもので、さすがにこれから捌いてもらうのだと時間もかかりそうですし諦めます。今ある分の肉で売ってもらえますか?」
「はいよ。まいど! あ、包みます?」
「あー、そのままでいいですよ」
「はい、まいどー!」
店員の軽い返事と共に手渡された綺麗な赤身の塊を受け取り金貨を支払うフィル。
ステーキなんかで食べたらさぞや美味しいだろうという感じの上肉で、
シルの餌にするにはちょっと贅沢な感じもするが、
そこはフィル達も食べると思えば諦めもつくというものである。
ここでの用事を済ませ肉屋を礼を言って店を出た後、
その後も市場の他の肉屋を巡り歩き、満足の行く量を購入し終えたフィルは
フラウ達が待つ中央広場へと戻る事にしたのだった。




