邪神さんの街への買い出し96
雑貨屋での買い物を終えた一行は続いて家具屋へと向かった。
家具屋へ続く大通り歩いている道中、
「フィルさん、フィルさん」
「うん? どうしたの?」
隣を歩くフラウに尋ねられ、フィルが答えるよりも早く、
フラウがフィルの手を握ってきた。
「えへへー。これでまた、て、にぎれますねっ」
と小さい手でフィルの手を何度も引いて、
こちらを見上げて満面の笑顔を向けるフラウ。
今日は朝からずっと子オオカミのシルを両手で抱き抱えて移動していたフラウだが、
今は雑貨屋で購入した抱っこバッグのお陰で片手で軽く支えるだけで済んでいる。
これでまた手を繋いで行けると嬉しそうに言うフラウ。
フラウの胸の辺りには抱っこバッグにシルが包まっていて
バカンスでもしているかというぐらいに寛いでいるのだが
遠目には少女が赤ん坊のお世話をしているように見えなくも無い。
そんなフラウがフィルと手を繋いで歩く姿はさしずめ若い夫婦といった感じだろうか?
まぁ、さすがにそれにはフラウは幼すぎるし、
抱いているのはどうみても子犬だしでそれは無いとは思うが……。
一応ここは結構人通りの多い往来であり、他人の目も多い。
今更ながらではあるが意識をしてしまうと、たとえ間違えられないとしても、
こうして幼い少女と手を繋いで歩くのに少しばかり気恥ずかしさが出てきてしまう。
だがこうも無邪気に嬉しそうな笑顔を見せられてしまうと
こちらもつられて笑顔で手を取ってしまうのも仕方のない事だろう。
そんな訳で二人が仲良く手を繋いで歩いていると、
後ろを歩くサリアから声がかかった。
「ふふふっ、よかったですねー。抱っこ紐を買った甲斐があったというものですよ」
「はいですっ。とってもらくちんですー」
二人の仲を囃し立てたいのか、
それとも純粋に妹分の負担が減った事を一緒になって喜んでいるだけなのか、
彼女の意図はよく分からないが、そんなサリアにフラウは無邪気に元気よく返事する。
サリアはといえば嬉し気なフラウを見て満足気にうんうんと頷き、
「いやぁ、買って正解でしたねー」と自身の手柄だとばかりに感慨に浸っている。
一応、代金を支払ったのは自分なのだが……と、ちらりと思いが浮かびもしたのだが
楽しそうに話す娘達に水を差すのも無粋だとフィルは口を紡いだ。
わざわざ娘達に嫌な思いをさせたい訳ではない。
そんな感じで四人が賑やかに歩を進めていると、
工房やその直営店が集まる職人街に到着した。
職人街は街の職人達が集まる場所であり
フィルとフラウにとっては一昨日にも荷馬車を買いに来た場所であるが、
その時に別行動だったサリアとアニタにとっては初めての場所である。
「おー、なんだか賑やかなとこですねー」
「いろんなお店があるんだね。武器とかもここで作ってるのかな?」
あちらこちらから槌を打ち付ける音や、鋸を引く音、
偶に遠くから弦楽器らしき音が聞こえてきたりする通りを歩きながら
物珍し気に辺りを見回しているサリアとアニタに、フラウが得意げに説明する。
「ここにしょくにんさんが集まっていて、それぞれとくいなしょくにんさんがぶひんをつくってるんです」
「おー。なるほどなるほど?」
「それをくみたててひとつの一つのものをつくってるんですよー。だから同じところにあつまってるんです!」
「おー。そうだったんですねー」
説明した後でこちらを見上げ「ですよね?」と確認をとるフラウ。
以前フィルの教えた事の受け売りではあるが、
フラウのちょっと得意げな顔を見ると、
「ちゃんと覚えていたんだね。偉いなー」
とついつい甘々になって褒めてしまうフィルである。
暫く歩き、目当ての看板が下がっている店を見つけた一行は店の前で足を止めた
目当ての店は元々はベッドの製造販売を行っている店らしく(今でも本業はこちらだ)、
店から突き出した吊り下げ看板には森の女神の寺院で教えてもらったように
ベッド型の木板がぶら下がっていた。
早速四人が店内に入ってみると、
あまり広いとは言えないが、小奇麗で落ち着いた雰囲気の店内には
商品見本としてのベッドが三つほど並べて置かれていた。
此処だけ見ると普通のベッド屋であるが、ベッドの並ぶその先は棚があり、
そこにはどう見てもベッドとは関連の無い
小型動物用の小屋やゲージが陳列され飾られている。
棚にある小型動物のゲージや小屋はどれもカラフルかつ精巧で
まるで邸宅のミニチュアといった感じの小屋が並べられる様は
どこか人形の街のようだとフィルは感じた。
早速少女達が「かわいいー」と言いながら小動物用のゲージが陳列された棚に集まった。
「わぁ~、すっごくかわいいですねっ。フィルさん、ここではなにをかうんです?」
小動物の小屋を物珍し気に眺めつつ、無邪気に尋ねるフラウ。
「そうだね。家の中に置くトイレと、あとは家の中に置く犬小屋も飼っておこうかなと思ってるよ」
「あれ? おそとではかわないんです?」
フィルの言葉を聞いてフラウは小首を傾げる。
農家が犬を飼う理由と言えば、多くは番犬や狩猟犬としての役目である。
その場合、家のすぐ傍に置かれた犬小屋で寝泊まりし番犬としての役目に従事する事が多い。
一方で都市部などでは多くの家庭ではペットは家の中で飼う事の方が多いのだが、
農家の娘であるフラウとしては外で飼わないのは不思議に思えたのだろう。
「うん、別に番犬として飼う訳じゃないしね。それにオオカミは群れで暮らす動物だから、一匹だけ家の外に住まわせるというのはかわいそうかなって」
「わぁ~、はいですっ」
フィルの言葉に嬉しそうに頷くフラウ。
フラウもシルを屋敷の中で寂しい思いをさせたくないと思っていたのだろう。
そんなフラウの頭を思わず撫でてから、
それからフィルは改めて展示されている商品に目を移した。
森の女神の寺院で教えてもらった話ではこちらで間違いないと思うのだが、
周囲を見る限り、目当ての大型の動物用の小屋やトイレのような商品は見当たらず、
どうやらここには置かれていない様だった。
とはいえ教えてもらった店はここで間違いはないはずなので
フィルが店員に尋ねると、店員はちらりとフラウの方を見て合点がいった様で、
笑顔で商品は奥のあるからと一行を店の奥に案内してくれた。
店員に連れられて向かった店の奥は倉庫の様な広い空間となっていた。
入口の展示品が綺麗に並べられたスペースよりはやや雑然としていたものの
入口のそれとは比べ物にならない程沢山のベッドが展示されていた。
どうやら馬車屋の時には広場になっていたスペースが倉庫兼展示場になっているらしい。
そんな展示場の隅の一画に動物用の家具が並ぶスペースがあり、
新品の小屋やトイレ、更には動物用のベッドなんかが陳列されていた。
「わぁー、すごいですねっ! たくさんあります!」
「ほんとに沢山あるね。動物用のトイレは……これかな?」
ならんだ家具を早速見て回る少女達。
アニタがその内の一つの前でしゃがみこんだ。
動物用のトイレというのは底浅の桝状の木枠に同じく木製の網が乗せられた物で、
この上に乗って用を足す事が出来て、掃除の際には網を取り外して洗浄するらしい。
こちらは犬種毎……というか体のサイズ毎に大中小の三種類があるのみだが、
選ぶのは中サイズの物である。
シルの場合、今は小さくても成長すると下手な犬より大きくなるだが、
どうやらこの店のトイレは犬だけでなく更に大きな動物も対象としているらしい。
という訳で中サイズの物を選んだ訳だが、どうやら選べるデザインは一つだけらしい。
まぁ、よほどデザインに拘りがあるのでなければ、これで全然問題無いだろう。
一方で犬小屋はというと、こちらは飼い主の趣味や犬の雰囲気に合わせてか、
シンプルな板を合わせた造りから、
細めの丸太を組み合わせたログハウスのミニチュア版の様な犬小屋、
他にも富裕者向けなのか、普通の犬小屋の三倍はあり、窓には硝子までついているという
豪華仕様の犬小屋など、結構な種類が取り揃えられている。
そんな数ある犬小屋の中でフィルが選んだ物とはというと
木枠を布で覆った一見するとテントの様な犬小屋だった。
布は若干厚手なものの、特に防水とか特殊な処理が施されている訳でも無く、
屋外に設置すれば一月と耐えられなさそう代物だが、
それはこの犬小屋が屋外で住む為のものではなく、
屋内で飼い犬が一人(一匹?)になりたい時に使用する為の物だからである。
「これなんかどうかな? 軽くて移動とか楽そうだ」
「わぁ、かわいいです!」
「……ふむ? そういうのもあるか」
自分は家の中なら雨風を防ぐ必要は無いから、
このくらいで良いかなって思って選んだのだけど、
フラウとしてはどうやらデザインが気に入ったらしい。
「どうです?」」
「ほうほう。これは木で出来た犬小屋よりも居心地も良さそうですねー。色合いも暖かい感じでおへやに良く合いそうですし」
「なんかおうちでキャンプしてるみたいで楽しそうだよね」
サリアとアニタの評判もなかなかに良い感じである。
たしかに暖色系で染められた布は温かみを感じるようにも思えるし、
入口の敷居部分にはフエルトが巻かれたりして
通常な小屋らしくないデザインはどこかお伽話にある家のようにも見える。
「これってフィルさんのおへやにおくんですよね?」
「そうだね。玄関とかでもいいし、僕達の部屋でも良いよ」
「じゃあ、いっしょのおへやがいいです! ひとりだととってもこわいんです!」
力説するフラウに説得され、フィルはなるほどと考える。
思い返せばフラウがフィルの部屋で寝ている理由も、一人で寝るのが怖いからだったか。
大人の、それも冒険者生活が長く、
不気味で危険な場所で休憩する事にすら慣れてしまったフィルとは違い、
一般人の、それも幼い少女の感性で見ればそれは至極当然な事である。
「んー……まぁ、あの家で一人ぽっちはかわいそうか」
「はいですっ。シルちゃんをこわがらせちゃダメなんです!」
力いっぱい頷くフラウに、なんだか自分の家が怖い場所の様で
少しだけ複雑な思いもしてしまうフィルだが、
とはいえ幼い少女から見れば、人気の無い山奥に建つ広い家というのは不気味に映るのだろう。
ここは素直にあの家が不気味だという事を認め
少女の素直な意見は十分考慮するべきだろう。
「わかった。シルは僕の部屋で一緒に飼うようにしよう」
「はいですっ」
大きくなったらまた違う様になるかもしれないが
今はまだ子犬で、少なくともその間は一緒に暮らすのが良いだろう。
抱っこバッグで抱き抱えられたシルの頭を撫でて嬉しそうに笑うフラウを見ながら、
この子が喜ぶならそれが何よりだろうとフィルは考えた。
買いたい物とシルの寝る場所も決った事で、
フィル達は店員に声をかけて
犬小屋とあとは屋内用の中型のトイレを三つ購入する事を伝えた。
トイレについてはとりあえず一階に一つと、
二階に一つあれば良いとは思うのだが、
他の場所にも必要になるかもしれないので念の為である。
次にこの店に来れるのが何時になるか分からない以上、
余裕をもって購入しておくに限る。
そんな訳で三つ注文してみたのだが
「店の在庫が空になってしまった」と店の者からは愚痴られてしまった。
普段からそう数が売れる物でもないだろうし、
在庫が捌けたと思って許して貰いたいものである。
「わぁ……すごいです……」
代金を支払い、積み上げられた商品を見て
その大きさに思わずフラウから声が漏れる。
どうやらこちらの商品、組み立て式ではなく、
始めから組み立て済みでの販売となるようで、
成長したオオカミが使えるトイレ三つにこれまた大型犬が使える犬小屋となると、
一纏めにされた時の大きさはかなりのものである。
まぁ確かに嵩張りはするが、
その辺についてはバッグ・オヴ・ホールディングスのお陰で問題は無い。
ちなみにバッグ・オヴ・ホールディングスを持たない一般の購入者であっても、
こういった物を買う顧客というのは大抵それなりに裕福な層なので、
購入した後で自前の馬車や、もしくは何か別の手段で運搬できるだろうし、
同じ街に住んでいる家庭なら店側が配達してくれるらしいので
問題になる事は殆ど無いらしい。
購入して家に持ち帰ってから更に自分達で組み立てる手間を取らせるよりは
始めから完成品を売った方が客が満足するという事なのだろう。
寧ろ家に到着してすぐに置けるのは大変ありがたいというものだ。
代金の支払いを済ませ、それを瞬く間に自身のカバンの中に収めた後、
一行は次の目的地であるペットの様のおやつが売っているという
食料品店に向かう事にした。