邪神さんの街への買い出し95
森の女神の寺院を後にした一行は
店主の女性に教えてもらったペット用品を扱っているという雑貨屋へと向かった。
目的の雑貨屋は服や小料理といった住民向けの商店が並ぶ通りに店を出していて、
通りから店を見てみると、店は「雑貨屋」と看板が掲げられた中規模な店舗で
ペット用品の取り扱いを謳う看板がある訳でもなく
店頭の棚には沢山の壺や籠、瓶などの商品が陳列されていたりと、
一見しただけではどこにでもあるごく普通の雑貨屋に見えた。
店内に入っても店内の雰囲気は他の雑貨屋とそう大した違いは無く、
人が使う様々な生活雑貨が所狭しと壁や棚に並べられて売られているが
店内の一角をみるとペットコーナーと書かれた小さな吊り看板がぶら下がった棚があり、
そこに首輪やブラシ、おもちゃ等の様々なペット用品が売られていた。
ペット用品の売り場には特にドルイド監修とか書かれていない所を見ると
店としてはドルイドと協力して作った事を大々的に謳うことはせずに
あくまでも知る人ぞ知るといったスタンスらしい。
「へー、ここがそうなんですねー。結構沢山ありますねー」
「はいですっ。いっぱいですーっ」
早速仲良し姉妹といった感じのサリアとフラウが商品棚に向かいあれやこれやと物色し始め、
それから少し遅れてアニタも参加して三人の少女達は賑やかに棚の商品を見て回る。
時折「これかわいー」「これもかわいくないです?」「かわいいですー」と
可愛いという単語が何度も出てくるのだが、
女の子というのは様々な感想を「可愛い」という言葉に纏めている様である。
フィルはというとそんな三人の娘達を後ろで見守っているのだが、
のんびりぼーっと出来るかというとそうでもなく、
時折フィルに少女達から声がかかってくるのだった。
「フィルさんフィルさん。このブラシとこのブラシ、どっちがいいと思います?」
「んー、どっちも使い道が違いそうだから、両方買うと良いんじゃないかな?」
「うーん、この首輪って成長したらきつくなっちゃいそうですね」
「んー、とりあえず小型犬用と大型犬用の首輪をそれぞれ買っておくと良いんじゃないかな?」
「フィルさんフィルさん。ごはんのおさらはどれがいいです?」
「んー、とりあえず大きさの違うのを幾つか買っておくと良いんじゃないかな?」
「あ、このおもちゃ、なんか可愛い」
「んー、良いんじゃないかな?」
なんとも適当な返事になってしまっているが、
今回のシルのお世話道具については全額フィルがお金を出すことになっている。
なのでここは気になった物は全部買うで間違いは無いだろう。
少女達も始めのうちはフィルにあれこれ尋ねていたが、
途中からはフィルがどれを尋ねても買えば良いって言ってるからと、
悩むよりも買ってしまえのスタンスで
店側で用意されていた買い物籠にどんどんと入れていくようになった。
ブラシや食器や首輪といった必需品と思われる物だけでなく
爪切りやらリボンや心地良さそうなクッション、
さらには不思議な形状のおもちゃなんかも
かわいーという言葉と共に次々と買い物籠に入っていき
見る見るうちに籠の中のアイテムは結構な数になっていく。
ちなみにクッションは成長後もという事で大きなクッションも買うようだが
こちらは大きすぎて籠には入りきらず、今はアニタが抱き抱えている。
かなりの量になったが、とはいえ魔法の付与されていない日用品の価格ならそう大したものではない。
実際、結構買い込んだにも拘らず金額としては金貨四枚弱といった所で
最も安いポーション一瓶の金額にも満たない程度である。
これ程度の金額で済むならこの先シルが成長したら何が必要になるか分からない事も踏まえれば
必要と思った物は全部買うぐらいの方針が丁度良いだろう。
「えーと、これで欲しいのは全部買えましたかね?」
「はいですー」「うん」
「よしっ、じゃあお会計してきちゃいましょうか」
「はいですー」「うん」
普段は年上のトリスやリラが何かと世話を焼いているのだが
今日は二人が居ないのでなんとなくサリアの主導となっている。
普段はフラウと接する時ぐらいしか見られない顔だが、
なかなかどうして、こういう世話を焼くのも慣れたものだ。
そんなサリアが清算の為に大分重くなった籠を持って
中年男性が店番をしている店内のカウンターへと向かう。
「いらっしゃい。いやぁ、随分買い込んだね」
籠一杯に商品を入れたサリアに話しかける店員。
「いやぁ、とっても素敵な商品が沢山あったんでついつい」
あははと照れ笑いを浮かべるサリアから籠を受け取り、店員は商品の清算を始めた。
「ははは、ペット用品を探しに来たのかい。真っすぐ向かっていったからねぇ」
「はい、あそこの子オオカミのお世話をすることになりまして」
商品の値段を確認し算盤の玉を弾きながら世間話を始めた店員に笑顔で応じるサリアは
そう言ってフラウが抱き抱えているシルを指さして見せる。
「ほう、犬じゃなくてオオカミだったのか。それは大変そうだね」
「そうですねー。でもさっき森の女神の寺院で色々教えてもらってきましたし、なんとかなるかなって」
「なるほど、だからこの店に入った途端に真っすぐあそこに向かった訳だ」
サリアの言葉に納得顔となる店員。
どうやら店に入ってきて早々に真っすぐペットコーナーに向かい
彼女達だけでどんどんと買う物を決めていったので
接客するタイミングを逸してしまっていたらしい。
ついでに言うとそのすぐ後ろでフィルが保護者の如く構えていたので……という事らしい。
……そんなに構えていた覚えは無いのだが……うーむ。
「そういえば、ペットのお世話で他にも買っておいた方が良いって道具はありますか?」
「うーん、そうだねぇ……うちで買えそうなものはだいたい買っているみたいだし、森の女神様の寺院で教えてもらっているなら家具屋の事も知ってるだろうから、後はそっちで探すのが良いと思うけど、うちで買うとすれば、そうだなぁ……」
店員は清算の手を止め籠に入っている商品を見て、そうだなぁと改めて店内を見渡す。
「ああ、そうだ、これなんかはどうだい? ペットスリング、抱っこバッグ、もう少し大きくなったら使えなくなってしまうけど、今みたいな子犬のうちなら手で持つよりずっと楽になるよ」
そう言って店員が見繕ってきたのは肩掛けの帯の胸部分に大きな袋が付いたモノだった。
確かに胸に抱えるバッグと言われればそうかもしれないが、要は赤ん坊の抱っこ紐といった感じである。
「これって赤ん坊のお世話で使ったりするのですか?」
サリアも同じ事を考えていたのだろう。
尋ねるサリアにそうそうと店員は頷いて見せる。
「そうそう、あれをベースに作られていてね、子犬なんかが収まりが良い形状になっているんだよ。ずっと抱えているのだと手が塞がってしまうし、何より大変だろう?」
「ほうほう。これはなかなか良さそうですね」
ちなみにこれもドルイドがペット達から収まり心地を聞き取って調整されているらしい。
なんだかそう聞くと、とても信用出来るのだから、やはりドルイド公認というのは凄いものである。
店員から抱っこバックを受け取り、さっそく確認を始めるサリア。
赤子用の抱っこ紐と比べるとやや大きめに作られている様で、
今のシルが入ると丁度首だけがバッグからひょこっと出ている感じになる。
「確かにこれならフラウちゃんの両手が空きますね。早速使ってみます?」
「はいですー!」
まだ購入してないというのに、早速フラウにペットスリングを装備させて具合を確かめ始める少女達、
まだ購入もしてないのに……というか、ここまで来たら購入は確定なのだろう。
「うんうん、ちょうどいい感じっぽいですね!」
「はいです! らくちんですー!」
装着をし終えて納得顔のサリア達の前で、
抱っこバックにシルを収めたフラウがくるりと一回りしてみせる。
バッグに収まったシルは特に嫌がるという訳でも無く、
きょとんとした顔でフラウの顔を見たり、周囲のサリアやアニタの顔を見たりしている。
嫌そうにしていない所を見るに収まり心地はそう悪いものではない様で
ハンモックに揺られている時とか、案外そんな感じなのかもしれない。
「これは良さそうですね」
「バッグは通気性の良い素材を使っているからね。中のペットが暑がることも無いし、この季節でも十分使えるはずだよ」
「なるほどー。じゃあ、これも一緒にお願いしちゃいますね」
「はい、まいどありー」
サリアの一声に算盤に金額を追加する店員。
商品の清算を終え合計金額を確認し(抱っこバッグの追加で合計は金貨五枚弱となった)
フィルによる支払いも済ませ、
荷物をフィルのカバンの中に仕舞い終えた一行は、
次の目的地である家具屋へと向かったのだった。