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邪神さんの街への買い出し93

「分かったわ。でも、一つだけ条件があるわ」

サリアの説得に店主の女性は苦笑いを浮かべながらも、

人差し指をぴんとサリアの前に立ててみせる。

「条件ですか?」

店主の指を前にしたサリアの顔に僅かに警戒の色が浮かぶ。

こういう条件というのは後出しの方が有利になるものだ。

とはいえこちらの提案を受け入れて貰う為には、

相手の条件も聞かなければ、それは交渉とは言えないだろう。

そんなサリアの警戒を知ってか知らずか、

店主の女性は普段客を相手にするかの様にニッコリと微笑む。

「ええ。一つ目の質問はスクロールではなくて、呪文は私が唱えて確認させてもらうの」


スピーク・ウィズ・アニマルズは術者と動物が会話できる呪文だが、

第三者にはその会話の内容が分からない。

そのため子オオカミのシルと彼女が何を話し合ったのかは、

たとえ彼女が嘘を吐いたとしても彼女の言葉を信じるしかない。

だが彼女が嘘を吐くような人物には思えないし、

万が一、彼女が嘘を吐いてシルを彼女に渡すように偽ったとしても

自然の護り手たるドルイドが子オオカミを野生に戻そうと考えるのは

仕方のない事だとフィルは思っている。

勿論フラウは悲しむだろうが、だが野生動物であるシルにとって、そして人にとっても

お互いに距離をとって生きる事の方が本来あるべき生き方なのだ。

とはいえ、それでもこの子達が望むのならば、なるべくは一緒に居させてあげたいものである。


「う……でも、それぐらいでしたら……。フィルさん、それでいいですよね?」

女性の提案を拒否する理由が見つからずに済まなそうにこちらを見るサリア。

交渉役としてあと一歩及ばずとなった結果を気にしているのかもしれないが、

寧ろフィルから見れば十二分に頑張ってくれたというものだ。

「それで良いと思うよ。第三者からきちんとこの子の気持ちを確認してもらえるのは寧ろ有難い事だと思うしね」

シルが仲間のオオカミ達と一緒に暮らしたいと望むのならその方が最善だろうし、

それを実現する為の手段を彼女は持っている。後は信頼するだけだろう。

「いいよね? フラウ」

「あぅぅ……」

フィルがすぐ隣に座るフラウに確認をとると、

フラウは不安そうにこちらを見上げ言葉にならない言葉を呟く。

無理もない。これまでずっと可愛がっていた子オオカミを手放す事になるかどうかで、

しかもその判断を他人委ねる。そんな経験にこの幼い少女は慣れていないのだろう。


「シルが選んだことなら、受け入れてあげようね?」

重ねたフィルの言葉に不安そうながらもコクンと頷くフラウ。

フィルとしても出来る事なら一緒に居させてあげたいとは思うが、

相手は野生動物であり、その本心はフィルには分からない。

なのでその為の第一歩としても、まずはシルの気持ちを確認するのは良い事だと思う。

フラウはその後も暫くの間、迷っていたようだったが、ようやく気持ちの整理がついたようで、

店主の女性へと向きを変えて「よろしくおねがいしますです」と言ってぺこりと頭を下げた。



「分かったわ。それじゃあさっそく彼女に聞いてみましょうか」

フラウの言葉を待っていた店主の女性は

そう言ってフラウの座っている席の横にしゃがむと、

フラウの膝の上を指定席とばかりにちょこんと座っているシルを前に短い呪文を唱え

それから子オオカミに向かって優しく話しかけた。

「お嬢さん。ごきげんよう」

話しかけられたシルは一瞬びくりと驚いた様子だったが、すぐに「ばう」と返事を返す。

シルはというと小首を傾げつつも女性を真っすぐに見据え、

それが人が話しかけられた時の様子と何ら変わりがなくて

なんとも不思議な感じである。

「ええ、今は貴方とお話しする事が出来るの。貴方の今後についてお話ししたいのだけど良いかしら?」

「ばう」

「ええ。実は今、貴方の今後の生き方についてお話をしていてね、貴方がこれからもここに居る人達と一緒に生きるか、それとも貴方と同じ狼の群れに戻って生きるか、どちらが良いだろうってお話をしていたの。それで貴方はどちらにしたいかしら?」

「ばう」

「残念だけど元の貴方の群れには戻れないわ。貴方の知らない新しい群れに加わって生きることになるの」

「ばう、ばう」

「ええ。そう思っているわよ」

「はう」

何とも不思議な光景だが質問する女性に対して

子オオカミからも言葉には聞こえないが確かに会話をしている様に見える。

そんな女性と子オオカミとの会話をフラウは不安そうに見つめている。


「そう。貴方はそれで良いのね?」

「ばう。ばう」

「そうなのね。わかったわ」

いくつかのやり取りの後、シルとの会話を終えた店主の女性……もとい女性ドルイドは

シルの頭をひと撫でしてから自分の席に戻った。

その表情には落胆も喜びも読み取れない、

いつも店で見る柔らかい笑みだけが浮かんでいて、

果たしてシルがどちらを選んだのか、

真意看破の技能には多少の心得があるフィルでも真意を読む事が出来なかった。

おそらく意図的に結果を読み取らせないようにしているのだろうが、

なんだか、楽しそうにしている事だけは読み取れるので、

今の彼女の真意としてはわざと焦らして楽しんでいるのだろう。

なかなかに焦らし上手でいけずな御仁である。


「それでは結果をお伝えするわね」

結果を読み取らせない表情でそう言って、

そこから更にたっぷり一呼吸の間を置く女性ドルイド。

そんな彼女の続く言葉を固唾を呑んで待つ一同。

いつの間にか店内でお喋りをしていた二人の若い女性も何事だろうと

会話を中断してこちらの様子を伺っており、店内?寺院内?は静寂に包まれた。


「おめでとうございます! この子は貴方達と一緒に暮らしたいと言っていたわ」

「「「わぁ~!」」」

たっぷりの間から一転、明るい口調の女性ドルイドの言葉に

フィル達の向かいに座っていたサリアとアニタは思わず声を上げて喜び、

フラウなんて大はしゃぎで膝の上に乗ったシルを抱き寄せ

「よかったですー」と子オオカミの体に頬ずりをしている。

当のシルはと言えばなんとなく諦めた様な表情でフラウにされるがまま、

身を任せているが、でも少しだけ誇らしげな様にも見えた。


「お嬢さんはこの子にとても信頼されているのね」

「えへへへ~」

女性ドルイドに褒められ、シルを抱いたまま、にへらと相好を崩すフラウ。

女性ドルイドが言うには、知らない狼の群れよりフラウと一緒の方がいいとの事らしい。


何はともあれ話も纏まったので、

フィルはいまだにシルを抱いて喜んでいるフラウはそっとしておき、

先にスピーク・ウィズ・アニマルズのスクロールを三本購入しておく事にした。

「毎度ありがとーございます」

金貨を七十五枚手渡し、明るくお礼を言う彼女の雰囲気は

やはりドルイドというよりは、この店の店主といった感じがぴったりな様に思える。


ちなみに店売りの呪文のスクロールというのは、

特に理由が無ければその呪文を発動できる

必要最低限の術者レベルで作成されている事が多い。

勿論、より高位の術者がこれより高い術者レベルでスクロールを作成する事も出来るのだが

そうした場合はスクロールの製作費=販売価格が跳ね上ってしまい、

ついでに言えば大抵は呪文を行使できる最低限の効果でも事足りる為、

特定の目的がある場合を除いては

必要レベルより高い術者レベルで作成されたスクロールというのはあまり見かけない。


今回購入したスクロールも価格からして例に洩れてはいない様で、

そうすると、スピーク・ウィズ・アニマルズはドルイドでは第一段階の呪文なので

このスクロールは第一段階の呪文を発動できるだけの力量の術者(要は駆け出しだという事だ)が唱えた場合と同等の効果の呪文が込められているという事になる。


ただスピーク・ウィズ・アニマルズの呪文に関して言うと

駆け出し程度の実力だと呪文の持続時間が一分ほどになってしまい、

これでは下手すると呪文一回では相手に伝えたい事が伝えきれない可能性が出てくる。

なので見込みではスクロールは二本あれば良いとしていたのだが、

念の為、予備としてもう一本、

結局当初の予定通り三本買っておこうと考えた訳である。


そんな訳で金貨と引き換えに三本のスクロールを受け取り

簡単にスクロールを確認をしてから

フィルは速やかにカバンの中にスクロールを仕舞い込んだ。


森の女神の寺院で用事を一通り済ませた一行は

先程注文したお茶とお菓子を楽しむついでに、

店主の女性からオオカミのお世話に関する注意点と、

動物のお世話をする為の道具を売っているお店の場所を教えてもらう事になった。

店主の女性によればスクロールも売れた事だし、こちらはサービスなのだという。


「フィルさんフィルさん。メモを取るのに何か書くものってありますか?」

「ああ、あるよ」

向かいの席に座るウィザードのアニタに頼まれて、

フィルはそういって先程スクロールを仕舞ったカバンから、

今度は紙とペンとインク、それと下敷き代わりの木板を取り出した。


紙は安いわら版紙で、

学生向けのテキストや多数刷られる手配書なんかにも良く使われる紙である。

銀貨二枚する羊皮紙や銀貨四枚はする上質な紙と違い

多少黄ばんでいたりもするがこちらは銅貨五枚、

安売りの時なら銀貨一枚で数枚買えたりするので

こうしたメモ書きなどに使い潰すには重宝する。

まぁ、それでも一枚あたり銅貨五枚は決して安い物とは言えないので

フラウの文字の書き取りの練習などにはさすがに使えないのだが、

今回みたいにメモとして残しておきたい場合には大変都合が良い。


難点としてはインクが染み易いので、

下敷きを敷くなどして机を汚さないよう注意する必要がある点だが、

その辺の取り扱いについては書き物が多いウィザードのアニタにとっては慣れたものである。

「ありがとうございます。じゃあ、これ、借りますね」

「ああ、こちらこそありがとうね」

書記役を買って出てくれたアニタに道具一式を手渡し、

いよいよ店主の女性による講義の時間が始まった。

フラウはというと、シルのお世話の為にも真面目に授業を受けるようで、

一言も聞き逃すまいと気合の入った少女の雰囲気は

いつも様に頭を撫でたりするのをフィルが躊躇ってしまうほどであった。



「オオカミ……というか野生動物全般に言える事だけど、基本的に臆病というより神経質な所があるから、あまり驚かしたりはしてはいけないの」

「はいですっ」

「特に大きな音や強い光に敏感だから、そういう事はなるべく避けてね」

「はいですっ」

女性ドルイドの説明に対して真剣な表情で相槌を打つフラウ。

そんなに一生懸命返事をしなくても良いのではと思うが、

横からそんな事を言うのは野暮というものだろう。

「そしてオオカミはもともと群れで暮らす動物だから、一人にするととても不安になってしまうわ。出来るだけ傍にいてあげる様にしてあげて」

「は、はいですっ」

店主の説明に一生懸命ついて行こうとするフラウだが、

授業が進み覚える事が積み重なっていくにつれ、

徐々に元気が無くなっていっている様にも見える。

難しい用語や式などが無いのでフラウでも覚えられる内容ではあったが、

いかんせん覚えることが多すぎてか、次第に頭がふらふらと揺れだして、

目を回してしまっているのではないかと心配になってくる。

一応、お茶とお菓子を楽しみながらという話だったはずだが、

今のフラウは話を聞くの精一杯でもう其れ処ではなさそうである。


一応、フィルの向かいの席ではアニタが

これまでの話の内容をしっかりメモとして取ってくれているので

多少聞き逃していても後で見返せるので問題は無いはずである。

ちなみにサリアの方はと言えば、こちらは流石はバードというべきか

きちんと女性ドルイドの話についてきており、時折質問なんかもしていたりする。

いざとなったらこの二人を頼れば大丈夫だろう。

アニタとサリアに限らず、このパーティの娘達は本当に才媛揃いで大助かりだ。

などと、フィルが関係のない事を考えだしている間も

ドルイドによる野生動物との付き合い方講座は進んでいった。


そんな感じで暫しの間、講義を受け始めてから実に一時間ほど、

女性ドルイドからオオカミのお世話の仕方についての講義を受け、

終わる頃には全員大分疲れた様子の一行だったが、

ようやく講義を終えてお茶を淹れなおし、お菓子を食べだすと、

先程までの疲れた様子も一変して、甘いお菓子に三人の少女達は頬を緩めるのだった。

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