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邪神さんの街への買い出し91

防具屋での用事を済ませた一行は次に冒険者の店へと向かった。

「こちらが野盗討伐の報酬になります」

既に町の衛兵から野盗退治の連絡が伝わっていたようで、

リラから軽い報告を聞いた受付女性は、それ以上は特に質問をすることも無く

事前に用意してあったのであろう革の小袋を手元の引き出しから取り出して

受付カウンターの上に置いた。


野盗討伐の報酬は金貨二十枚だった。

金貨二十枚というと一般人から見ればかなりの大金だが、

冒険者が例えば六人で割ったら三日間の生活費にしかならない…そんな微妙な金額である。

とはいえこの額が少ないと文句を言う冒険者は殆どいない。


討伐依頼の報酬がどこから出ているかについて、大きく二種類がある。

一つは国や大きな街、裕福な寺院や商会等の大きな組織からの依頼である場合。

大きく安定した組織であれば財源も余裕があるので

金貨百枚程度の依頼報酬ならば予算の申請さえ通れば割とすんなり支払われる事が多い。

ただしこういった組織にはしっかり資産管理出来る人材がいるのが普通で

被害の大きさや敵の規模から妥当とされる報酬額をきっちりと算出している事が多く、

相場に沿った価格であるが故に微妙に苦労に見合わない金額である事が多い。


もう一つは小さな村や商店、或いは被害者の親族や友人知人、

場合によっては被害者当人から等、

依頼主が個人や小さな組織からの依頼の場合である。

そういった依頼ではどうしても報酬として用意される金額が少なくなり、

冒険者の店が定めている報酬額の最低ラインになる事も珍しくない。

金額から察するに、今回の依頼はこちらからの依頼だったのだろう。


こうなるとポーション一つ使っただけで赤字になってしまう金額なのだが、

冒険者から見たら僅かな金も一般人にとっては途方もない大金である。

一般に通常の雇い人の一日の給料の相場が銀貨一枚、

専門訓練を受けている雇い人でも銀貨三枚と言われていて

普段通貨を必要としない開拓村の農民などは更に厳しくなる。

そんな彼等が普段蓄えている額などたかが知れており

たとえ限界まで身銭を切ってかき集めた依頼料だとしても、

大した金額にならないのは当然の事と言える。


冒険者達もそんな事情は良く知る所なので、

報酬の少なさに文句を言う冒険者は殆ど居ないし、

寧ろ敢えて少ない報酬の依頼を受けようとする冒険者も少なくはない。

とはいえ依頼を受ける冒険者が全員お人好しなのかと言えば、別にそういう訳ではない。

多くの冒険者にとっては野盗討伐の報酬なんてちょっとした追加収入でしかなく、

討伐対象から奪う戦利品こそが収入の本命となる為だ。


野盗の様に金品目的で人を襲う者達は、

それらから強奪した財貨を自分達の根城に溜め込んでいる事が多く

冒険者にとってはこれらの戦利品も収入の一部となる。

特に個人や小規模な組織からの依頼は報酬額こそ少ないものの

「対象の討伐」以外の条件が緩いことが多く、

基本的に手に入れた戦利品は自由に自分の取り分にする事ができる。

それが多くの冒険者から野盗討伐の依頼が好まれる理由だった。


一方で大きな組織からの依頼の場合は、細かい報告義務が課せられていたり、

一般人から強奪されたと分かる物品は被害者に返すという名目で

冒険者が戦利品を手にすることが認められない場合が多い。

酷い場合では入手した全ての戦利品が没収されたりで、

冒険者側と依頼者側とで取り分でしばしば揉める事があった。

特に駆け出しで名声の少ない冒険者で揉める事が多く、

こうした苦い経験を経て多くの冒険者は契約内容をよく確認する事や

きちんと依頼人と交渉する事が必要なのだと学んでいくのだ。


なので、善意で弱者の為に敵を討とうぞと考える冒険者以外の

ただ金を儲けたいと考える冒険者からも野盗の討伐依頼は人気のある依頼だったりする。

特にフィル達の様に経験を積みベテランと呼ばれるようになり、

更にはバッグ・オヴ・ホールディングを所持した冒険者パーティとなると、

その度合いは更に苛烈になっていく。

それこそ目についた物全て、隠し部屋だろうが罠付きの宝箱だろうが軒並み踏み荒らし、

文字通り根こそぎ奪い去って、後には身包み剝がされた死体だけ……

なんてのもよくある光景で、こうなってくると

もうどちらが強奪者で被害者なのか分からなくなってくる。


ちなみにだが、野盗討伐以外の討伐依頼、

例えば野獣の討伐などはあまり金にならない訳なのだが、

そんな場合でも皮を剥いだり、魔術の素材につかえそうな部位を剥ぎ取ったり

運が良ければ巣穴に貴重な品があったりする場合もあるので

冒険者達はこうした依頼でも結構引き受けたりしている。いやはや、逞しいものである。



閑話休題。

そんな僅かな依頼達成報酬を受け取り、ここでの全ての用事を終えた一行は

そろおろ昼頃だし、ついでにここでお昼ご飯をという事で、

店内にある酒場で昼食をとる事にした。

昼時の店内は冒険者の店らしく昼食を食べる為か、或いは儲け話を探して屯っているのか、

既に幾つかの冒険者グループが卓に陣取り、料理を囲んで酒を飲みあっている。

皆、見事なまでに武装して見るからに冒険者といったいでたちで、

それだけに私服でいかにも年頃の若い娘といったリラ達は店内では浮いて見えてしまっている。


先日リラ達が町の不良上がりのような冒険者に絡まれた記憶も新しいフィルとしては

以前は自分もあちら側の人間だったにもかかわらず、

娘達にまた不埒者が寄ってくるのではないかと警戒してしまうが

店内に前回と同じ顔ぶれがちらほらと居て、

それらが明らかにこちらから視線を逸らそうとしているのを確認して、

これならまぁ大丈夫だろうと少女達の後に続くことにした。


他の冒険者グループから少し離れた場所で八人で座れる二つ分の卓を確保し、

ベンチ状の長椅子に腰を落ち着けたところで暫くぶりの休息にほっと息をつく一行。

なにせ今日は朝に宿を出てから武器屋と防具屋を梯子である。

体力的には殆ど疲れていないとはいえ、

他人の買い物に付き合うというのはどうしても気分が疲れてしまうのだ。

そんな疲労感がゆっくり癒えていくのを感じながらフィルが改めて周囲を見てみると、

やはり冒険者の中には若い娘達が気になる者もいる様で

若かったり中年だったりはするが見るからに軽薄そうな男達が数人、

好奇の混じった無遠慮な視線でこちらをジロジロと見てきたりしているのが確認できた。

(次に絡んでくるような奴は加減無しでぶん殴ってやろう……)

装備から見るに中の下から下の中といった所か。

以前殴った不良上がりの若者と比べれば戦慣れしていそうだが、

フィルの基準からすれば「大した事のない相手」の部類である。

一発目は耐えるかもしれないが、それでも十秒は掛からないだろう。

そんな事を考えながらこちらを無遠慮に見つめる卓にひと睨みすると

同じ卓の者が慌てて何事かを彼に耳打ちして、

その途端、明らかに苦々しげな表情を浮かべて避けるかの様に自分の酒へと戻っていく。

何を言ったのかは分からなくても多分禄でもない事には違いないだろうが

この分なら絡んでくる様子は無さそうだし、

これ以上周りを眺めて挑発したと誤解されるのも面倒だからと、

フィルも周囲に注意を払うのを止め、

視線を卓の周囲から自分達の卓へと移した。



卓の様子はというと、隣にはいつもの様にフラウが座り、

その更に隣にはフラウが自分の体をずらして作ってあげた空きスペースに

子オオカミのシルがちょこんと座っている。

子オオカミは朝からずっと抱かれていたフラウの腕から解放されて久々に自由になったのだが、

自由を喜ぶとかと思いきや、フラウと離れるのが嫌なのか、

隣のフラウの膝の上に乗ろうとフラウの膝に前足を乗せて身を乗り出しては

フラウから「だめですよー」と言われながら元の位置に座り直されて、

スタート地点に戻された子オオカミは再び膝の上に乗ろうと身を乗り出して……と

なんだか同じような戯れを一人と一匹で楽しそうに繰り返している。


そんな少女と子オオカミが楽しそうに戯れている隣ではサリアが座っていて

一生懸命膝の上に乗ろうとする子オオカミの背中や頭や顎の下を背後から撫で回し、

「かわいいですねー」と、こちらもかなりご満悦な様子である。

背後から撫でられているシルはそれどころではないのか、

後ろのサリアには構わずフラウの膝の上を目指して

一生懸命フラウの膝の上に前足を乗せようとしているのだが

それがなんだかサリアがシルの邪魔をしているようにしか見えなかったりする。


暫くはそんな風に少女二人と子オオカミが戯れているだけだったのだが、

その様子を卓の向かいに座るリラとトリスが「いいな~」と羨ましそうに眺めていて、

ついには我慢しきれずに席を立ち、子オオカミを撫でにやってきてしまった。

ついでにサリアの隣に座っていたアニタも子オオカミを撫でようと席を立ち、

四人の少女達に撫でられる事になってしまったシルは

とうとうフラウの膝に乗ることを諦めたのか

長椅子の上に座ったまま少女達の手にされるがままになってしまった。

シルからしたらいい迷惑なのだろうが

傍から見るとなかなかに微笑ましい光景である。


そんな少女達と子オオカミの賑やかな様子をフィルがぼんやりと眺めていると、

ぼんやり眺めているフィルに気付いたサリアが身を前にずらしてフィルの顔を覗き込んできた。

「ふふふーっ、フィルさんもシルちゃんを撫でたいのですか?」

「いや……そういうのは別に無いけど……」

いたずらっ子のような笑みを浮かべてフィルを揶揄うサリア。

そんなサリアとのやり取りに気が付いたフラウも

「えへへー。フィルさんもシルちゃんをなでてあげます?」

と、こちらは純粋な善意目一杯の笑顔でフィルに尋ねてくる。

「うーん、それは僕もしたい所だけど……ちょっと人目がね……」

思わずそう漏らしてしまったが、ここは興味無いと言って打ち切るべきだったか。

一応フィルも子犬を撫でたいという思いが有るには有ったが、

いかんせん此処は荒くれ者たちが屯う冒険者の酒場であり、

そんな所で子犬を撫でて喜んでいる姿を見せたりしたら

後々どんな噂が流されるか分かったものではない。

この歳になると時・場所・場面に応じた振る舞いをする事が大事になってくるのだ。

フラウの気持ちはとても嬉しいのだけどと眩しい笑顔のフラウにフィルが遠慮すると、

その時の自分が余程残念そうな顔していたのか、

フィルの様子を眺めていたサリアの笑顔がますます悪戯っ子それの様になっていく。


「あ、そだ、フラウちゃん。シルちゃんのご飯も選んじゃいましょうよ。……あのステーキとかどうです? レアで焼いてもらえばきっとシルちゃん喜びますよ?」

とはいえ少しすればフィルで遊ぶのも飽きたのだろう。

サリアは壁に書かれた料理の品書きを指さしてフラウに話しかけた。

さすが冒険者の店なだけあって、壁に掲げられている数あるメニューには

肉に魚に芋にとボリュームのある料理の名前が沢山書かれており、

サリアが指示した先には「ロセ肉のステーキ」と書かれたメニューの札が掛けられていた。

オーブンやポットでじっくりとローストされた肉とは違い、

鉄板で焼かれたり串焼きで調理される事が多いステーキは焼き加減を調節してもらえるので

強火で表面だけ焼いたレアの焼き加減を生肉が好みな冒険者が好んで頼んでいたりして、

かくいうフィルもレアのステーキは大好物である。

「れあってどんなのなんです?」

「お肉を表面だけ焼く焼き方をレアっていうんですよ。中は殆ど生ですから普段煮たり焼いたりしたお肉は食べない野生動物のシルちゃんでも、きっとおいしく食べれると思うんですよ」

「わぁ~、それはシルちゃんよろこんでもらえそうですっ」

野生のオオカミなら生肉はきっと喜ぶだろうとフラウも乗り気である。

フラウが嬉しそうに頷くのを見てうんうんと満足したサリアは

給仕を呼び止め料理の注文を始めた。


料理の注文ではシルの食事だけなく、もちろん自分達が食べる分も忘れていない。

壁のメニューを見ながら先日ここで食べた時に好評だった干鱈のコロッケなんかも頼みつつも、

今回は新たに肉団子とすいとんのシチューや

二種類のひき肉と様々な香辛料を丸めて焼いた「居酒屋のステーキ」などを頼んでいく。

もちろん自分達用の大振りの一枚肉を焼いたステーキも忘れない。

……なんだか全体的に肉中心なメニューになっている気がするが、

まぁ気の所為という事で良いだろう。



給仕の娘への注文が終わり、

提示された金額に対してリラが先ほどの討伐報酬から支払いを済ませ、

それから暫く待っていると料理が運ばれてきた。

卓の上に料理が並びだすと、卓上から漂ってくる香ばしい匂いが気になるのか、

フラウ達に撫でられるのを黙って受け入れていたシルがそわそわしだした。

「えへへ~、シルちゃんもごはんが気になっちゃいますよねー」

先ほどまでよりも数段素早い動きでフラウの膝の上に上り、

卓に前足をかけて身を乗り出すシル。

そんな子オオカミが落ちないように両手で支えるフラウは嬉しそうで、

なんだか我子が食欲旺盛なのを見て喜んでいる母親の様である。

「どれ、僕が切り分けてあげるよ」

「わぁ、はいですっ」

暫くしてシル用のステーキが運ばれてくると

フィルが自分のダガーで薄く切り分け皿に取り分けてやる。


切れ味の強化された魔法のダガーの切れ味により

ステーキ肉はフィルが引いた線に沿って見事な薄切りで切り分けられていく。

(薄く切ってビネガーとオイルのドレッシングで食べると美味いんだよなぁ……)

薄く切り分けた肉の赤身を見ているととかいう思いがよぎるが

今回は肉の塊では幼狼の幼い顎で嚙み切れるようにという考えであり、

カルパッチョな食べ方での料理を食べるのは我慢である。


薄く切り分けた肉が数枚分になった所で

それを別の皿に移してシルの目の前に置いてやる。

シルは皿に乗せられた数枚の肉片を見て最初に数度匂いを嗅いでいたが、

すぐに肉の一枚にかぶりつき数度噛んで飲み込むと、

今度は皿に顔を突っ込んで勢いよく切り分けた肉にかぶりついた。

「えへへー。とってもきにいったみたいです」

一心不乱に肉を食べるシルを嬉しそうに見つめるフラウ。

少女が子オオカミが元気に食べる様に喜ぶ姿は微笑ましいのだが、

シルが食べるを見るのに夢中で自分の料理に手が付かないというのは

フィルとしては少しばかり困りものである。

フラウだってまだまだ子供なのでちゃんと食べて健康に育って欲しいと

フィルとしては思ってしまうのである。


「ほらほら、フラウもご飯を食べないと、午後にお腹がすいちゃうよ?」

「はいですー」

フィルに窘められてようやく自分の料理に手を付けるフラウ。

だがシルが皿のご飯を食べ終わると、また切ってとフィルにせがみ、

再びシルが切り分けた肉を食べだすと、

その食べる様子を眺めるので再び食事の手が止まってしまう。

そんなやり取りを数度繰り返しながら賑やかに昼食は続いて、

結局大振りな一枚肉のステーキは殆どシルの胃袋に収まる事になり、

お腹が一杯になったシルは今は満足そうにフラウの膝に頭を乗せているのだった。

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