邪神さんの街への買い出し89
「今回の買取額は全部で金貨八百枚になりますね」
「「「「「うわあー!」」」」」
武器屋の店員が提示する買い取り金額にリラ達少女一同がざわめき立つ。
前回のゴブリンの戦利品の時は金貨二百五十枚だったので実に三倍以上。
村人達と折半したとしても四百枚、
リラ達の様な駆け出し冒険者の収入としては破格といえる金額だろう。
(それにしても今回はかなり色を付けてもらったようだ)
フィルの見立てでは今回の戦利品は全部売っても金貨六百前後という所だったのだが、
これはまた随分と奮発してくれたものである。
もちろん、この買取額で買い取っても店側にはまだ利益が出るのだろうが、
それでもかなり無理して金額を上げてくれているであろう事はフィルにも分かった。
店側としては多少利益が薄くても、これでフィルに少しでも恩を売っておきたいと言う意図なのだろう。
口では直接言ってこないが、店員は「どうですかと?」と言わんばかりの笑顔である。
正直エンチャントの依頼料としてはこれでは全然足りないのだが、
嬉しそうにしている少女達を前にして、ここで文句を言うのさすがに無粋というものだ。
……なんというか……祭りの屋台で売っている菓子が相場より高くて、
自分は素通りしようと思うのに子供達が遠慮なく店で買おうとして避けられない感じか……。
(……まぁ、貰えるものは有難く貰っておくでいいか……)
実際の所、今回戦利品を売却するのはリラ達なので、そもそもフィルに決定権は無いのだった。
リラが二つ返事で店員の提示した買取金額に了承すると、
店員は一行を待たせて店の奥へと引っ込み、
さほど時間を掛けずして人の頭ほどの大きさの重そうな革袋を両手で抱えて戻ってきた。
抱えられたその革袋が店のカウンターにでんと重そうな音と共に置かれると、
じゃらりと金貨の擦れる音がして、その周りに少女達が集まる。
「こちら全部で金貨八百枚となります。中身に間違いが無いかご確認ください」
「あ、はいっ」
店員に促されてまずはパーティのリーダーであるリラが革袋に手を伸ばす。
ちょっとばかり動きがゆっくりなのは金額の大きさに緊張しているからだろうか。
前回は金貨二百五十枚をダリウ達村人分とリラ達冒険者分とで二分して革袋に詰めていたので
革袋の大きさは拳より多少大きい程度、重さもさほど邪魔にならない程度でしかなかったが、
今回は分割せずに金貨八百枚がそのまま一つの革袋に詰められているのもあって、
袋は大きく、そして何より金特有の重量感の所為で見た目より大分重く感じる事だろう。
「お……おもっ!」
「どれどれ私も……うわぁ、これは重いですね」
「持てなくはないけど……持って歩きたくないね……」
「わあっ、ぜんぜんもてないですー!」
「ふふっ、無理して落としたりしたら危ないから気を付けてね?」
「はいですー」
代わる代わる手に持ったりしてその重さでキャーキャーと更に盛り上がる少女達。
アンジュまでもリラ達に混ざって革袋を持ち上げて盛り上がっている。
ちなみにこの娘はつい先程金貨五千枚の取引をしているので
彼女にとってはこの程度の金貨、そこまで珍しい物ではないと思うのだが……
当人が楽しそうにしているだし、そこに突っ込むのは野暮というものか。
一方で彼女の連れであるエラと呼ばれた黒髪の少女はというと
初対面の人々の輪に加わるのは流石に躊躇われるようで
戸惑ったような表情で少女達の輪から一歩下がった所で所在なさげにしている。
それがまぁ普通の反応というものだろうが、ちょっと可哀想な気もする。
ちなみにこういった高額な取引の時には
金貨の枚数を誤魔化されたりしないかという不安が売側買側問わずあるものだ。
特に金貨の枚数が千枚に近づいてくると、その場で金貨の枚数を数えるのはかなり難しくなってくる。
本職の商人達ならば素早く正確に金貨を取り扱う術に長けているので
彼等が無駄に時間をかけたり、枚数を誤る事は殆ど無いが、
それでも人である以上、彼等もミスをする事もあるし、
なかには枚数をちょろまかして儲けようという性質の悪い輩が居るのも事実である。
それに対して素人であるフィル達冒険者はというと、
目敏いローグなんかが居るパーティならともかく、
殆どの冒険者は確認すると言っても重さや大きさからおおよその枚数を推測するのが精々であり、
最終的には商人の提示した金貨を信じるしかないのが現実だ。
もっとも商人が金貨を誤魔化したりすれば、
たちまち周囲に噂が広まり商売が出来なくなってしまい、
大抵は長くは続かないというのが世の常であった。
特に取引相手が冒険者やローグ、傭兵などの場合、
バレたらその後、彼等からの恐ろしい報復が確実に待っている。
なのでそんな事をする愚かな店は実際はかなり少ないのだが、
とはいえ、金に目が眩んだ短絡的な輩というのは、いつの世でも一定数いるもので、
少ないと言いつつも、年に数度はこの手の噂が広まり、
そして噂になった店が人知れず消えていく……というのは割と良くある事だった。
そんな訳で、金額の確認?というか、全員で金貨の詰まった革袋の重さを体験した後で、
リラが傍で見守っていたフィルの方へと向き直った。
「じゃあ、とりあえずこれは後で分配するとして、フィルさん、この金貨預かっていてもらえます?」
「ん、わかった。けど本当に持っていかなくていいの? 少しぐらい手持ちの加えても良いと思うけど」
「んー。普通に買い物するには今の手持ちでも十分ですし……ダリウはどう?」
「俺達もそこまで必要無いな」
「一番大きな買い物の荷馬車は昨日買ってあるからね。今日は家畜と作物の種を買う位で大して使わないかな」
フィルの問いかけに答えるリラとダリウ、
ついでにダリウの言葉をラスティが補足をしてくれた。
「私達今日はバックパックを持って来てませんし、こんな大金を持って外に歩いてたら余計なトラブルに巻き込まれちゃいそうですもんね」
サリアが更に付け加える。
確かにこんな革袋をジャラジャラ音を立てて街中を歩いては余計な注目を浴びかねない。
とはいえ大抵の冒険者はその不便な状態で普段から過ごしているので、
フィルとしては彼女達もその感覚に慣れた方が良いのではと思ったりもしないでもないが
それより女の子達の安全を優先という訳でリラがフィルに…というかフィルのカバンに、
お金を預け入れるという事で決定したのだっが……。
「いやー、ほんとにバッグ・オヴ・ホールディングって便利だよねっ」
「こんだけ重いと持ち運びも大変ですしねー」
フィルが金貨の入った革袋を自分のカバンに仕舞い込んだ所で本音を漏らすリラとサリア。
やはり少女達の本心としては単純に重い物を持ちたくはないという所なのだろう。
駆け出しの内は少しぐらいの苦労はしておいた方が
後々の慎重な行動に繋がるだろうにと考えてしまうが
これはフィルの頭が固いだけなのだろうか。
(まったく、こんな大金を僕に持たせて持ち逃げされたらどうするの?)
…と、嬉しそうに荷物持ちが居る事を喜ぶリラとサリアを眺めていると、
一言小言を言ってやろうかとも考えたのだが、
説教してもサリアあたりに「裏切るつもりなのですかー?」なんて
逆にからかわれるのオチになりそうで、フィルは心を中で溜息を吐くに留める事にした。
実際フィルにとっては、この程度の金貨は「はした金」であり、
そもそも今のフィルは金に困っている訳でも無いので
金貨は金額の大小に関わらず人を裏切る理由にはならない。
……ならないのだが、その辺りをなんだかこの娘達に見透かされているようで少し悔しい。
まぁ、それだけ信頼されているのだろうと前向きに捉えておく事にして
今はこの娘たちが楽しんでいる様子を見守る事にした。
その後、一行はアンジュの武器選びに同行させてもらう事になった。
セミオーダーのロングソードはアンジュが先ほど教えてくれたようにブレードとヒルトに分かれており、
それぞれを組み合わせて一つの武器とする方法となっていた。
他にもダガーとショートソードなんかがこのセミオーダー制で注文できるらしい。
武器屋の店員が店の奥から長方形の木箱を幾つか持ってきて
蓋を開けてもらい中を見てみると、
中には大切そうに納められた銀色のブレードが入っていた。
錬金術銀製のブレードは六種と決して多くはなかったが、
どれも高品質のものであり、フィルの目から見ても腕の良い職人の作である事が分かる。
一方でヒルトはというと、此方は銀製である必要は無いので、
通常の剣でも選択可能なシンプルな物から
高品質の武器でのみ選べる精緻で優美なデザインのものまで実に様々な種類が並べられていた。
ロングソードの場合、ヒルトのデザインでイメージががらりと変わる事も多いので
その辺の嗜好を店側が良く理解しているという事なのだろう。
「わー、どれも凄いですねー。やっぱり鋼とは輝きが違いますねー」
「ほんと、普通の剣じゃないって感じするよねー」
サリアとリラがとても楽しそうにしているが、
ファイターのリラだけでなくバードのサリアもロングソードを習熟しているので
職業柄、銀のロングソードに興味を持つのは当然といえば当然と言えよう。
「ですよね。ここお店の武器はデザインも素敵で……これなんて素敵な感じしません?」
「へー素敵ですね。なんかブレードの文様がとても繊細な感じがして」
「あ、こっちのヒルトもなんか聖剣って感じしない?」
「それも素敵ですわね」
アンジュも参戦し、三人であれこれと盛り上がっている。
クレリックのトリスや、ウィザードのアニタはといえば
横で眺めてはいるものの積極的に意見を言わないのは
やはり自分達が使う得物ではないので、
あまり役立つアドバイスを言えないと考えているからか、
あるいは単純にそこまで興味が沸かないのかもしれない。
「あ、そうだ、フィルさんこういう武器を選ぶ時に何かコツとかってあるんですか?」
「ん? そうだなぁ……」
不意に思い出したかのようにサリアが突然質問してきたので
フィルはふむと考えてみるのだが、
思えばこれまで武器のデザインに気を使ったことはあまりなかった気がする。
フィルの持つ魔法の武器の多くは冒険の中で入手したものだし、
新たに製作するとしてエンチャント素体として店で武器を購入する場合も
気にするの素材の種類と品質、それと造りが高品質な物かどうかぐらいで、
あとは店にある在庫を適当に買う場合が殆どだった。
ぶっちゃけ、基本的な性能がしっかりしていれば
多少形状が異なっていても実用性に大きな違いは無いというのがフィルの考えである。
「んー、余程おかしな形でなければ大きな違いは無いから、気に入ったのを選べば良いんじゃないかな?」
「なるほどー。じゃあ、こういうのでも安心ですね!」
そう言って手にした木箱の中には精緻な文様が刻み込まれたブレードが納められていた。
剣の腹…フラー部分には文様と一緒に「勝利の意志」というルーンが刻まれていて
とても見栄えの良い品ではあったが、特にエンチャントはされていない様なので
刻まれた文字には願掛け程度の意味しかないのが少し残念な点でもある。
「……ふむ、まぁ、エンチャントしない武器の場合は研ぐと擦り減って装飾が消えてしまったりするけど、魔法の武器ならそういった心配はしなくて良いだろうね」
武器に付与される魔法には刀身の耐久性や保存性を強化する効果もあり、
多少手荒に研いだ程度では表面の装飾が傷つくことが無かったり、
数百年放置していても新品同様の姿を保ったりする事は良く知られている。
そのため魔法の武器にはこういう細かな細工や装飾が散りばめられた
デザイン優先と言える様な武器は多く、サリアが見せてきたブレードも
そうしたエンチャントを前提としたものなのだろう。
ちなみに中には今にも朽ち果てそうな姿形をしているのにも関わらず、
偉い威力の一撃を繰り出す武器なんかも存在していたりするが
あれは相手に油断や驚きや畏怖や恐怖を与えるのにとても都合がよいのだ
……と、かつて冒険で知り合ったリッチが言っていたのを思い出した。
「「なるほどー」」
フィルの説明にサリアとアンジュの声が揃った。
「ああ、でも、初めから刀身に文字が刻まれているとエンチャントによっては少し残念な感じになるかもしれないね」
「ざんねん……? そうなんです?」
付け加えたフィルの言葉にサリアが首を傾げて尋ね、隣のアンジュも首をこくんと傾げた。
「エンチャントの中には効果を増幅させたり安定させたりする目的で文字やルーンを刻んだりする場合が有るのだけど、初めから文字が刻まれていると、追加の文字を刻む場所に困るんだよね。同じ場所に上から刻むのは勿論、別の場所に刻むにしても見栄えが悪くなっちゃうんだよ……」
「ああ……なるほどー」
「この手の装飾は一番見栄えの良い所に文字が刻まれちゃってるのが多いから、後から追加するとどうしても見た目的にバランスが悪くなっちゃうんだよね」
エンチャント後に武器に起こる変化というのは実に様々で、
刀身に何の文字も文様も浮かばず、以前のままの姿の物も多いが、
エンチャントの効果に関連する文字や文様が刻まれる場合も同じ位に多い。
理由は様々で、この文字を利用して魔力の制御や増幅をさせたり、
もしくは単純な願掛けであったり、誰かとの誓いの言葉であったりと効果や目的は様々なのだが、
共通しているのはこれらはエンチャントの際に文字が刻まれたものだという事である。
なので、事前に刀身に文字が刻まれていると
刻み方の異なる複数の文字が刻まれる事になってしまい
見た目がアンバランスな感じになってしまうのだ。
これにはあまりデザインには拘らないフィル達ですらも避けていたほどで、
エンチャントを施すのであれば模様はともかく
文字が彫られた物は避けるべきというのがフィルの持論である。
まぁ、世の中には特定の機能が発動した時に
元々の文字の上にワザと訂正するかのように新しい文字が浮き上がったりする武器もあるにはあるが、
流石にそう言うケースは捻くれた特殊な事例と言えた。
「確かに、ここから更に追加となるとちょっと変ですね……」
「ですねぇ……」
ブレードの納められた箱を眺め呟くサリアにアンジュが続く。
この娘も感心してフィルの説明に聞き入っているが
魔法の剣を欲しがる彼女にはそこまで珍しい話ではないと思うのだが、
まぁ、購入する当人なので意見として素直に聞いてくれているのだろう。
「もっとも、君の依頼内容なら文字を刻まなくても大丈夫だろうから、その刀身も含めて好きなのを選んでも大丈夫だと思うよ」
「まぁ、そうなのですね。……あ、では逆に魔法で文字を刻んで欲しいとかもお願いできるのですか?」
「ああ、可能だよ。本来の性能には影響しないけど、文字を刻む事は出来ると思うよ。そのアイテムの本質を表す文字や誓いの文言を魔法で刻むなんて場合が結構多いね。後はアイテムを起動するための使い方を刻んだりとか」
「まぁ、それはとても良い事を聞きました!」
フィルの説明に嬉しそうに両手を合わせるアンジュ。
とても嬉しそうなのだが、何か刻みたい文言があるのだろうか?
この分だと、追加で文字を刻んで欲しいという依頼を受ける事になるかもしれない。
その後暫くして、無事にヒルトとブレードを決めたアンジュは
組み合わせの仕上げには少し時間が掛かるという事なので店で待機する事になった。
フィル達一行は残りの買い物が有るので、
コボルド討伐の打合せはフィル達が借りている宿の酒場で行おうと
滞在先の宿屋の場所を伝えて先に武器屋を後にしたのだが
「フィルさん、銀のロングソードいいですよねー。私も欲しいなー。リラもそう思いません?」
「そうだねー。私達みたいな駆け出しでも銀の武器が必要な事もありそうだし、あると安心だよねー」
「……そう思うなら、自分のお金で買いなさいな……」
さきほどからフィルはリラとサリアから強請られているのか揶揄われているのか、
なんだか良く分からない絡まれ方をしていた。
「もー。フィルさんってば本当に意地悪なんですから。フィルさんから欲しいなんて言ってないじゃないですかー」
ああ言えばこう言うサリアは本当に楽しそうである。
「……なんか遠回しに言われたような気がしたんだが……」
「そういうの被害妄想って言うんですよ?」
「……」
「あ、でもフラウちゃんには銀のダガー、買ってあげたんですよね?」
「えへへー。はいですー」
「むっ……!」
「いいなー。私も銀のロングソード欲しいなー。リラも欲しいですよねー?」
「うんうん。私も欲しいー。あ、でもサリアはレイピアの方が良くない?」
「そうなんですけど、この際贅沢は言ってられませんからねっ」
自信満々にそう言うサリアだが、どちらにしろフィルには自分の手持ちをあげるつもりも
新しく武器を買ってあげるつもりも無い。
自分達で武器を準備してエンチャントを依頼するのなら多少まけてあげるぐらいはするだろうが
ただで貰えるほど世の中はそんなに甘くないのだ。
まぁ、二人共それぐらい分かっているだろうし彼女達なりの冗談なのだろうが、
慣れないフィルは無下にもできず絡まれるままにやり過ごしているうちに、
一行は次の目的地である防具屋に到着したのだった。