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邪神さんの街への買い出し85

朝の身支度を終えて宿屋一階にある酒場で遅めの朝食を済ませた一行は

本日一つ目の目的地である武具店へと向かい街の大通りを歩いていた。

まずは前回世話になった武器屋と防具屋に行き

野盗達から巻き上げたり剥ぎ取ったりした戦利品を売り払い、

午後の買い物の軍資金を得ようという算段である。


今日は全員、起きた時間が遅かった事もあり、

フィル達が宿を出る頃には街の大通りは既に多くの商店や露店が店を開けていて、

そこかしこの露店からは商人達の自慢の品々を誇示する声が飛び交い、

そしてそんな商品を目当てに人々が行き交い、通りは活気にあふれていた。

一行はそんな賑やかな通りを時折、露店を冷やかしたりしながら、

目的の店のある通りへのんびりと向かっていた。


「そういえば一応血糊とか汚れは落としてますけど、あんなのでも売れるんです?」

大通りにある露店を幾つか冷やかした後で

不意にフィルのすぐ前を歩くサリアがそう言って振り返り、フィルに尋ねた。

尋ねてからもすぐに美味しそうな屋台を見つけては「あそこのお店、美味しそうですよ」とか

フィルの隣を歩くフラウに話しかけたりしていて、

本当、世話焼きというか賑やかな娘である。


そんなサリアはというと、今日は武器も鎧も身に着けず、

先日街の服屋で購入した夏らしい白を基調とした服を着て、

見るからに街歩きを楽しんでいる様子がこちらにも伝わってくる。

普段通りの革鎧に、街中だからと紐で封印が施されはしているがロングソードを腰に差し

いかにも冒険者ですという風体のフィルとは大違いである。

もっともこの一団の中ではフィルの方こそが少数派で

リラ達他の少女達もサリアと同様、各々先の買い物で買った新しい服を着ているし、

ダリウとラスティの青年二人も村の農民らしい質素ながらも身綺麗にした普段着で、

全員、今日は一日、街でのショッピングを楽しもうという心づもりなのだろう。


冒険者が長くなり色々なしがらみが増えた事で

日頃街を歩くときでさえも襲撃に備えるのが普通になってしまったフィルとしては

彼女達の姿を見て不測の事態が起きた時大丈夫なのかと不安な反面、

そもそも冒険を始めたばかりの彼女達にそんな事態が起こる可能性は低いだろうし、

そういえば知り合いの女性冒険者達も街で休んでいる時はこんな感じで

時折、街の市場などで出会うとその雰囲気の違いに驚いたものだったなと

懐かしく思ったりするのだった。


「ああ、普通は冒険者が戦利品を売る時なんてこんなものだよ。多少使われてたとしても使い物になるなら半値ぐらいで買い取ってもらえるはずだよ」

「へぇー、でも鎧とか、穴開いちゃったりしてますよ? 買い叩かれちゃいません?」

サリアの言うように戦利品の鎧の幾つかには致命傷となる部位に小さな穴が開いていた。

矢が貫通した事で出来た穴で、これらは確実に修理が必要となる物だ。

「このくらいなら向こうで修理なり埋めるなり何とかするさ。そうやって職人の手で修理されて綺麗になってからまた店に並ぶんだよ」

「結構見事に直してくれるんだよ」とフィルは付け加えて言った。


一部の例外を別として、一般に道具や武具を店に売る際は

多少の使用感……というか、多少破損していたとしても

修理して使い物になる状態であれば、

市場価格の半値で買い取ってもらう事が出来る。

店側はここから職人による補修や洗浄を施し、

売り出せる状態となった物を新品より若干値引いた価格で中古品として販売するのだ。

整備や修理にはそれなりに手間はかかるが、

それでも武器を一から製作するよりは全然手間はかからないし

十分利益は出るのでこうした中古品の売買は結構盛んだったりする。

以前武器屋で見た一纏めで樽に入れられ売られていた武器なんかはまさにそれである。


武具は少しでも安く品質の良い物が欲しい。

出自については二の次三の次という客はかなり多く、

特に新品の武器を買う余裕の無い一般市民や旅人の自衛手段としてや、

駆け出し冒険者がとりあえずの得物として選択する場合など、

資金は乏しいが武力を必要とする者達がこの世界には数多くいて、

そんな彼等に安い武具を提供する中古品の販売は

単品の売り上げはそこそこでも数を見込める手堅い商売なのだそうだ。


ちなみに一部の例外というのは高位のマジックアイテムがそれにあたり、

上手く買い取り、そして売る事が出来れば儲けは莫大であるものの、

その希少性ゆえにあまりにも高価過ぎて半値での買取では売る側が割に合わなかったり、

そもそも高すぎて店ではその半値分の金貨すら支払えない……なんて事も多々あり

売り手と買い手の間で揉める事も多く、売るまでがかなり大変だったりする。

だが余程高位のマジックアイテム以外、

特にエンチャントの施されていない通常の武具などに関しては

大抵の街ではこの半値買取ルールが通用すると考えて良いだろう。


「なるほどー。でもそれなら前回のゴブリンの武器はあそこまで頑張って修理する必要はなかったんじゃないです?」

「あれは状態が悪すぎたからね……流石にあそこまで悪いと武器としてじゃなくて、素材としての買取になっちゃうんだよ。それに新品同様に整備した方が売る時に色を付けてもらう事もあるし、村の状況を考えれば少しでも高く売ってお金にした方が良いと思ったんだよ」


店に武具を売る場合、実際の所はなんでも半値で買い取って貰えるという訳では無く

再生して売り物になるかどうかで買い取って貰えるかどうかが違ってくる。

最低限とはいえ武具の手入れは行う野盗達に対して、

ゴブリンの場合は物を大事にして長持ちさせるという概念を持ち合わせていない者が多く、

奪ったり盗んだりして手に入れた武器をメンテナンスも無しに使い込まれる場合が多い。

その為、ゴブリンの様な相手から手に入れた武具には

錆が浮いていたり刃が欠けていたり、ひびが芯まで通っていたりする物が多く、

ここまで状態が酷くなってしまうと売っても武器としてでは無く

屑鉄としての買取となり二束三文で買い叩かれてしまう。


俗にいう「さびたつるぎ」という奴がそうで、

こうなるともう、武器としてではなく重さで価格が決まる様になってしまい、

武器の価値がどうのという話ではなくなってしまう。


一応、鉄は素材として需要が有る為、

屑鉄といえども一ポンドあたり銀貨一枚で買い取って貰えるので

駆け出しの冒険者がゴブリン退治した際の戦利品を買い取ってもらい、

小遣い代わりにするなんて話は良くあるのだが、

武器として売る場合なら安価なダガーですら金貨一枚で買い取って貰えるのと比べると、

単純に価値は十倍以上とやはりその差は大きい。


前回のゴブリン狩りの時は折角村人達の協力を仰ぐ事が出来き

村の鍛冶屋の協力が得られ鍛冶設備も使わせてもらえるのだし、

修復の呪文であるメンディングを唱えられるスペルキャスターが複数居るのだしで、

ならば皆で修理して収入を少しでも上げるようという方針は

始めたばかりで何かと入用な駆け出し冒険者、

外貨に乏しいが街で必要な家畜や作物の種を買い揃えたい村人達、

双方にとって決して間違いでは無かったとフィルは今でも思っている。


実際、皆で戦利品を修理し、村の鍛冶師によって綺麗に仕上げられたゴブリンの武器は

街の武器屋で新品同様に状態の良い武器として判定してもらえ、

個々でも金貨数枚、合計金額では通常より十数枚高い金額で買い取って貰う事が出来た。

金貨十数枚というと熟練冒険者にとっては端金だが。

冒険者を駆け出したばかりで収入がまだ無いリラ達や、

村を良くする為に少しでも外貨が必要な村人達にとってはかなりの金額である。


「なるほどー。まぁ、貰えるなら少しでも多い方が良いですもんね」

「とはいえ、たしかに大抵はそんな面倒な事をしないで手に入れたらすぐに売るってのが多いけどね。でも駆け出しの時とかは特にだけど、こういうひと手間をする事で懐事情がかなり良くなるんだよ」


話しながら自分が駆け出しの頃を懐かしむフィル。

少し前のフィル達は悪党集団を襲ったら、

身ぐるみ全部剥いで、

貯め込んだ諸共バッグ・オブ・ホールディングに放り込んで、

ゆっくり店で売り捌く、

なんて事を普通に行っていたのだが、

冒険を始めたばかり頃はそんな便利な道具が有る訳でも無く

依頼達成で得られる報酬は少なくまた戦利品も碌な物が無かった。


それこそ折角討伐依頼を受けてもゴブリンから「さびたつるぎ」が数本とかの日もあったりして、

そんな戦利品と僅かばかりの依頼報酬では

パーティの戦力増強どころか日々の生活にすら影響が出てしまう。

その為武器を修理して売るという流れはごく自然なものであったし、

それをしたおかげで、フィル達のパーティの懐は、

宿にも普通に泊まれたり、少しづつだが武具や魔法を買い揃えたりと

駆け出し冒険者としてはそこそこ余裕があった様に思う。


「駆け出しの時なんかバッグ・オヴ・ホールディングなんて持ってなかったからね。現地で少しでも重量が軽くて売れそうな戦利品を選んでさ、戻ってからは何日かかけて分担して魔法で修理してとか、結構やってたもんだよ」

「そういって懐かしんでると、なんだかすごくおじさんみたいですよ?」

懐かしそうに語るフィルに、サリアはおじさんを揶揄うように言った。

「まぁ……そうだね。皆で冒険していたのも随分前だし、そうなるのかもね……」

揶揄うサリアにフィルは特に反論もせず、曖昧な苦笑いを浮かべるに留めた。

実際、外見こそ若くても自分の年齢は中年なのは事実なのだし、

当時の記憶を思い返して懐かしく思ってしまうのは仕方の無い事だ。

とはいえ、彼女達には自分が若返っている事やその経緯については一切を伏せている。

これ以上何か言ってボロが出てしまわない様、少し気を付けた方が良いかもしれない。


「でもすごいですよねー。バッグ・オヴ・ホールディングって、冒険のやり方が一気に変わっちゃいますもん」

「うん? まぁ、そうだね」

「今回は戦利品を全部フィルさんのに入れて貰っちゃいましたけど、ほんとに便利ですよねー」

「うん、ん?」

なんか今日は妙にサリアに褒めてくる。

経験上、こういう時は大抵禄でもないお願いをされる事が多いので

少しだけ身構えてしまうフィルである。


「……まぁ、今回は仕方なかったしね」

今回の野盗討伐では、助け出した女性三人を荷馬車に載せた為に

小型の荷馬車がほぼ一杯になってしまった事もあり、

本来なら戦利品はリラやサリア達が自分で持ち運ぶ約束なのだが、

一緒にいるフラウの手前もあって

フィルはついバッグ・オヴ・ホールディングに入れて持ち帰る事を許してしまったのだった。

今回はつい許してしまったが、今後はしっかり厳しくするべきだろう。

……なのだが、どうにも自信は無い。


「でもどうせならこれからもフィルさんに運んでもらうのがいいかなーって思っちゃうんですよね。ね?フラウちゃんも楽ちんな方が良いと思いますよね?」

「はいですっ」

やはりというか、サリアは今後もフィルに戦利品の運搬をしてもらいたいと考えているらしい。

だが、その向き先はフィルでは無く、フィルの隣に歩くフラウに話が振られた。

どうやらサリアはフラウを味方につけて、

今後も荷物の運搬をフィルにさせようという魂胆らしい。

フラウは狼の子供であるシルを両手で抱いて、満面の笑顔でサリアに返事をする。

ちなみに子狼の様子はというと、明るくなり人が増えた街の様子に少し怯えている様で

フラウ腕にすっぽりと収まり大人しくうずくまっている。

「フラウちゃんもこう言ってますよー。ほらほら」

「……それはその時次第かな。それにこういう苦労はなるべくしておいた方が、いざという時に役立つというものだよ?」

「むぅ~。なんだかお年寄りの説教みたいですよ?」

あくまで首を縦に振らないフィルに唸りながら反論するサリア。

フラウはそんな二人を楽しそうに見て笑っている。

そんなやり取りを続けているうちに、一行は目的地である武器屋へと到着したのだった。


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