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邪神さんの街への買い出し80

「さてと、ご飯にしようか……っと、その前に」

フィルのが目を向けた先にはベッドで横になった子オオカミがいた。

横になった途端に目を閉じて寝入った様子で

時折、足を動かしたり寝返りをうったりしてベッドを満喫している。

「えへへ。ぐっすりしてますよね」

自分が傍に座っても動じていない子オオカミのリラックスした様子に

フラウは横になった子オオカミの背中を撫でながら答える。

フラウに背中に触れられても子オオカミは僅かに身をよじるのみで

むしろここを撫でろとばかりに足を伸ばしてフラウに腹を向けてくる。


「……普通、野生動物ならもう少し警戒してるもんなんだけどね」

「きっとあんしんしてくれてるんです」

呆れ気味なフィルとは対照的に無邪気に子オオカミのお腹を撫でるフラウ。

「今日は色々あったから、きっとつかれちゃったんです」

野生の獣とは思えない位に大人しいのは少し不思議だが、

確かにフラウの言う通りなのかもしれない。

それともフラウの事を信頼してるからなのか、その両方なのか、

いずれにせよ、この少女と子犬が仲良しなのは見ていて微笑ましいし

フィルとしても喜ばしい事である。


「はは、そうだね。でもそろそろ起こしてあげないとだね」

「ふふっ。はいです。オオカミさんーごはんですよー」

フラウがそう言って子オオカミを優しく揺すった途端、

先程までごろんとしていた子オオカミは急にスイッチが入ったかの様に起き上がると、

フラウの腕にじゃれつく様にしてはねて回る。

「ご飯という言葉に反応したのかな?」

「そうかもです。えへへ」

全身が跳ねる様に元気にフラウにじゃれつく子オオカミの姿は

「待ってました」と言わんばかりで

その様子に思わずフィルとフラウは二人で顔を見合わせ笑い合う。


「ふむ、それじゃあ起きた事だしご飯の用意をしようか」

フィルはカバンから少し深めの木皿を二つ取り出すと、

片方の皿には串焼きの肉を串からばらし入れて、

もう片方の皿には水袋から水を注ぎ入れ、それぞれを床に置いた。

(うーん、これは街にいる間に犬用の皿を買っておいたほうがいいか)

昼に麦粥を与えた時も感じた事だが

人間用の木皿は犬が食べるのに使うには少々不安定で

子オオカミが口を入れて食べようとすると皿が傾くことがある。

ベッドの上の様な不安定な場所は論外だとして

床の上でも時折皿が傾きこぼしてしまわないか不安になる。

残念ながらフィルの手持ちの食器には人用の物しか無い為

明日、森の女神の寺院に寄ったら、動物用の底が安定した食器についても

どこかで取り扱っている店が無いか相談した方が良いのかもしれない。


「はい。これでよしと」

「わぁ~、ありがとうございます! ごはんですよー。はいっ」

フラウがじゃれつくつ子オオカミをそっと持ち上げ、

床に置かれた餌の皿の前に子オオカミを置いてやった。

「はい。どうぞですよー」

子オオカミはフラウの言葉を理解したのか、二人が見守る中、

まずは木皿に入った水の匂いを数度嗅ぎ、それから勢いよく水を飲み始めた。

どうやら喉が渇いていたらしい。


ひとしきり水を飲んで満足した所で肉の入った皿に興味を向けた子オオカミは

幾度か肉の匂いを嗅いだ後、慎重に一枚目の肉にかぶりついた。

本来オオカミは生肉を食べる動物で、焼いて味付けされた肉は決して食べ慣れた味ではないが

それでも口にした肉の味を気に入ったようで、子オオカミは何度か噛んで飲み込むと、

そのまま二枚目にも食いつく。

そういえば、昼に干し肉入りの麦粥を与えた時も普通に食べていたので

野盗に飼われていた時に調理した食事にも食べ慣れたのかもしれない。


「えへへ。ちゃんと食べてくれましたね?」

こちらを見上げて嬉しそうに微笑むフラウにフィルも笑い返す。

こうして食事をちゃんと食べるという事は元気な証といえる。

フラウは昼間の弱った姿を見ているだけに、嬉しさもひとしおなのだろう。

「ああ。気に入って貰えたようで何よりだね。さぁ、僕らもご飯を食べようか」

「はいですー。あっ」

晩御飯の前にフラウは何か思いついたのか履いていたブーツを脱ぐと、

ベッドに上がりそこでぺたんと女の子座りで座ると、

ベッドに腰かけているフィルの方を見て得意げに笑った。


「えへへー。これならまっすぐで食べやすいです」

「ははは、なるほど」

少しでもお行儀良く食べようという事だろうと納得するフィルだが、

フィルがやると胡坐をかく事になり今より更に身を屈めなければならない。

という訳でこちらはこのままベッドに腰かけ食べる事にするのだが、

(そういえば、一人で食べていた時はベッドに寝転がったまま食べたりしてたっけ……)

あれはとにかく食べるのが楽なのだが、流石にそんな姿をフラウに見せたら

行儀が悪いと怒られてしまいそうである。

というか、もしそんな行儀の悪い事をフラウが覚えてしまい

それを親御様に知られたら何と言われるか……恐ろしい事である。



「さてと、食べるとしようか。あ、このフォークを使うといいよ。そうそう必要なら調味料が有るよ。これが塩で、ビネガーとマスタードと……マスタードは燻製ニシンにつけると良いよ。あとは……」

自分のカバンから調味料の入った容器を取り出しトレーの上に置いていくフィル。

これらの食器や調味料は普段は野営時に使っている物だが、

こうした屋台料理や酒場でちょっとした味付けの時にもなかなかに便利である。

もっとも屋台の食事は調味料を付けなくても大抵は美味しい物なのだが

それでも中には味に物足りなさを感じてしまう店もある。

特に燻製ニシンについては人により好みの度合いがかなり違うので

こうした調味料で調整出来る事に越したことはない。


ちなみにフィルの好みとしてはマスタードをそこそこ塗って、

そこにスライスした玉ねぎと一緒にパンで挟んだものだが、まぁ、玉ねぎは別に無くても良いし、

なんなら炙った燻製ニシンだけでも十分に酒の肴として成立するというものだ。


「えへへー、なんでもあるんですねっ。魔法ってすごいですね!」

フィルのカバンから次々に取り出される小瓶に素直に感心するフラウ。

「あはは、フォークや調味料は普通にお店で買ったものだけどね。味もそっちの方が確実だし」

そんなフラウにけれどもフィルとしては、

バッグ・オヴ・ホールディングの効果はともかくとして

取り出している物は普通に店で購入した物ばかりなので、

そこまで感心されてしまうと少しばかりこそばゆい。


偶に童話やおとぎ話などで

魔法使いが魔法で何もない所からぽんと道具を造り出して見せたりするが、

あの手の魔法は実際には結構高度で面倒だったりする。

一例として召喚術系統の魔法でクリエイション系の呪文が有るが

こちらも最も容易なマイナー・クリエイションでも第四段階と

駆け出し程度のウィザードでは扱う事すらできず、

造り出した物も持続時間を過ぎると消滅してしまう。

他にもファブリケイトという原料から橋やロープ、武器といったアイテムを作り出す呪文があるが、

第五段階とこちらもそこそこ高度な呪文であり、もちろん作るのに相応の素材が必要になる。

一日に数回しか使えない貴重なリソースを消費して

これらの呪文でフォーク一つを造り出すのは些か……というか、かなり効率が悪い。

特に冒険中は呪文リソースが有るか無いかで生きるか死ぬかが別れる事も多いので

必要な物を予め準備しておきバッグ・オヴ・ホールディングで持ち運ぶのが

コストパフォーマンスが良く一番確実だというのが一般常識である。

そういう訳で食器や道具はもっぱら店で購入した物を持ち歩いている訳だが、

似た様な話は、食料や調味料にしても同じことが言えた。


「まぁ、魔法も万能ではないって事だね。はいこれ」

「ありがとうございますー。いただきますー」

フィルからフォークを受け取ったフラウは大皿の上で手を彷徨わせ

どれから食べようかと暫く選んでいたが、

どうやら決まったようでミートパイに手を付けた。

「それじゃあ……これにしますー」

さっそくパイを食べ始めると、直ぐにお肉の所に当ったらしく頬に手を当てほころばさせる。

「えへへ。とっても美味しいですー」

その顔を見るにどうやら満足してもらえたらしい。

少女の嬉しそうなその表情にフィルも満足しながら自分の分にとりかかかった。


「じゃあ、僕は燻製ニシンをパンで挟んでと……」

フィルは燻製ニシンを半身に切り分けるとスライスされたパンに挟んでいく。

出来ればピクルスや香味野菜なんかも欲しい所だが、

ここは少しのマスタードを塗るのに留め、それからかぶりつく。

十分な塩気と旨味が口一杯に詰め込まれこれはこれで十分旨い。

「んー、やっぱこの塩気が良いんだよね」

そこにすかさずジョッキのエールを口に流し込む。

塩気たっぷりの口の中が柑橘の風味で洗い流されていく。


「ぷはーっ。旨い」

「フィルさんってば、なんだかおじさんみたいですー」

フラウはフィルの様子に笑うが、実際おじさんなのだから、むしろ的を得た感想と言えるだろう。

「フィルさんはそのおさかなが好きなんです?」

「ああ、この辺りだと内地だからタラと同じで交易品なのだけどね。酒場じゃ結構定番でこの塩気がエールに良く合うんだよ。これでおじさんなら僕は甘んじて受けるね」

そう言ってもう一口とパンにかぶりつくフィルを、

フラウはパイを食べながらにこにこと笑顔で見守る。


「わぁ、このコロッケあげたばかりでとっても美味しいですよ」

「どれどれ、うん。ほんとだね」

「あ、わたしパンにおにくはさんでみますー」

「おお、いいね。僕も次はそれで食べてみようかな。あ、マスタード少し載せると美味しいよ」

「はいですっ。あ、オオカミさん、おにくぜんぶ食べ終わっちゃったみたいです」

「まだまだ食べ足りなそうって感じだね。それじゃあ、串焼きをもう一本ばらそうか?」

「えへへー。はいですっ」

「わぁ~。このジャガイモのガレットでおなかいっぱいになりそうです」

「ははは、残ったのは僕が食べるから安心していいよ。ケーキは食べれそう?」

「はいですっ。ケーキはだいじょうぶです!」

大部屋でのんびりとお喋りをしながら晩御飯を楽しむ二人と一匹。

暫くの間、そんな時間が流れて大皿に載った料理も残りが少なくなってきた頃、

少し離れた所から聞き慣れた複数の賑やかな声が聞こえて来た。

その声はだんだんとフィル達の居る部屋に近づいてきて

部屋の扉の前まで来た所で扉がノックされ、

扉の向こうからこれまた聞き慣れた少女の声が聞こえて来た。


「ただいまもどりましたー。フィルさーん、開けてください―」

サリアの声にフィルが部屋の扉を開けると、

扉の向こうの廊下には、屋台を楽しんできた若者達が集まっていた。

手に料理を持っていない所を見るに屋台で食べて来たのだろう。

「ふぅー。ただいまですよー。あっ」

一番乗りで部屋に入ったサリアが早速ベッドにぺたんと座るフラウと、

その前に鎮座する料理の載った大皿を見つける。

「あー! ここで食べてたんですか? いいなー! いいなー!」

サリアの声にリラ達もフラウの前にある大皿料理に気付いたようで

少女が座るベッドを取り囲むように集まり少女の食べている料理を覗き込んだ。


「おー。こういう楽しみ方もいいねー」

「たしかにこれならゆっくり食べれるわね」

「下の食堂が満席でもこれなら大丈夫」

そういってフラウから料理の感想を聞いたり、ベッドで食べる感想を聞く少女達。

なんだか部屋の中が一気に賑やかになった気がする。

いや、気がするではなく実際になっており、ちょっとばかり隣部屋からの苦情が心配になってくる。まぁ、この時間なら大抵は下の食堂で飲み食いしているだろうから大丈夫だとは思うが。


「ねぇねぇ、私達も下でお酒とおつまみ買ってきて一緒に食べません?」

「あー。いいね! トレーって宿で借りれるかな?」

「あ、おぼんはフィルさんがだしてくれましたー」

「ふむふむ。じゃあそれならもう幾つかあるんじゃないんですか? パーティで使える様にって」

サリアが推理して見せるが実際その通りで、

パーティ全員の分とそれに追加して予備についても板の端材は十分にある。

けれど、それを言われるまま差し出すのはなんだか負けな気もする。

「わぁ、みなさんもいっしょですー。フィルさんフィルさん、みなさんでいっしょに食べたいです!」

「うんうん。人数分ぐらいなら有るよ」

楽しみですとはしゃぐフラウに早々に敗北したフィルは

少女に乞われるままに人数分のトレーをカバンから取り出した。


おつまみも頼めるかなとか、それならデザートもあるかとか、

酒を求める若者たちは賑やかな声と共に再び部屋を出て一階に向かい、

部屋は再び二人と一匹だけとなった。

「賑やかになったと思ったら、また静かになったね」

「えへへ。そうかもです。でもまたすぐににぎやかになっちゃいます」

そう言って楽しげに微笑むフラウ。

確かにフラウの言う通り、暫くするとまた賑やかな声が部屋に近づいて来て、

扉を開けて迎えると、今度はジョッキを手にした若者達が集まっていた。


どうやら酒の肴となる料理も頼んだらしいが

料理は出来上がったら店の者が部屋まで運んでくれるらしい。

忙しいこの時間に迷惑をかけてしまう様で申し訳なくもあるが

折角の宿の厚意、有難く受けておこう。

「そう言えば、みんな晩御飯は屋台で食べて来たんだよね?」

「はいっ! とっても美味しかったですよー」

フィルの問いかけに、もちろんと得意げに答えるリラ。

他の若者達の様子からも屋台での夕食を存分に楽しんだ様子が伺える。

「それで晩御飯の後でまだ料理を食べれるの?」

「えー。このくらいぜんぜん普通ですよー。ねっ?」

と、リラが周りに問いかけると平然とした顔で若者達は頷いてみせる。

「酒を飲みながら摘まむだけだしな」

「そうそう。食後のデザートみたいなものですよー」

自信たっぷりに答える若者達。多分、実際にその通りなのだろう。

こういう時は心配する必要が無い事を、フィル自身の経験が良く分かっている。

「あー……うん。あまり飲み過ぎないようにね」

「「「「はーい!」」」」

まあ大丈夫だろうと思いつつ、念の為に釘を刺してみるが返ってくるのは元気な返事で、

フィルはその返事の軽さに苦笑いを浮かべて軽い溜息を吐いた。

なるほど、これが若さ、いや育ち盛りというものか。

まぁ、隣からの苦情さえなければ問題無いだろう。

後でそちらのつまみも少し食べさせてもらおう。

揚げポテトとかあるといいな。

そんな事を考えながらフィルは自分のエールに口を付けた。

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