邪神さんの街への買い出し76
ダリウとラスティが連れて来た衛兵達は五人で、
二人が乗る荷馬車の横を徒歩でこちらに向かっていた。
衛兵たちが荷馬車ではなく徒歩なのは今回の任務があくまで現場の検分のみで、
死体も遺留品も回収するつもりが無いのだろう。
とは言え通常の討伐では衛兵自ら現地に足を運ぶ事は殆ど無く、
冒険者から持ち込まれた遺留品や体の一部などを証拠に討伐したか否かを判定するのが殆どだ。
こうして検分の為に衛兵を派遣してくれただけでも有難い事で、
街側がこの街道に出没する野盗と街道の安全に対して危機感を持っていた事が伺えよう。
ダリウ達に同行していた衛兵達の中には
街の入り口でフィル達の対応をした衛兵の顔もちらほら居て、
その内の一人、年かさの衛兵がフィルを見つけ声を掛けて来た。
「ご苦労様です。こちらで野盗を退治した報告を受けて確認に来たのですが、死体は何処にありますか?」
どうやら彼がこの隊の隊長で窓口も顔見知りである彼が窓口となるらしい。
年の頃は四十歳前後で如何にもベテランの衛兵と言ったダリウにも負けない強面だが、
街の城門では気安く住民達と世間話をしていたのを覚えている。
とはいえ、この歳になると若者、特に若い娘との接し方に戸惑う事も多いのだろう。
リラ達では無くフィルに話しかけてきたのは多分そういう事なのだろうなと、
フィルはなんとなく察したのだった。
「ええ、よろしくお願いします。死体はあっち纏めてあります。あと……」
フィルは尋ねて来た衛兵に討伐した野盗の死体の場所と、
それからアジトの場所とアジトで掴まっていた女性を三人救出した事を伝える。
「そうでしたか。であれば荷馬車ももって来るべきだったな……」
今回は死体の検分だけの予定でいたとぼやく衛兵。
ダリウ達と生き残りの野盗を連れて行った時点では
まだ野盗のアジトに行っておらず虜囚も見つけていなかった。
その時点での報告を元に荷馬車は必要無いと判断したのだから致し方ない事だろう。
「それでしたら、女性を運ぶのは此方の荷馬車に載せていきましょうか?」
「ああ、それは助かるのですが、村に向かうのではなかったのでは?」
衛兵からすると、自分達がわざわざ出向いたのはフィル達はこのまま村に向かうので
彼らが次に街に来るまで証拠の確認が出来ないと思ったからこそ来たのだ。
それが街に戻るのなら衛兵達がわざわざ出向く必要は無かった訳で
なんだか少しお互いにばつが悪い。
「ええ、そのつもりでいたんですけど、この時間になると村に向かうより一旦街に戻った方が安全ですからね」
フィルの話に衛兵は空を見上げ太陽の位置を確認した。
既に日は大分傾いており、しばらくすればじきに夕刻になり空が段々と赤くなってくる頃だ。
今から村に向かっても途中で夜になるだろうというのは容易に分かる。
「なるほど、たしかに」
街の外で一夜を明かすというのは、例え街道筋であっても決して安全なものではない。
ならば一旦街に戻るのも道理だろうと納得したようだった。
「まぁ、自分としてはそう言う理由なんですが、あの娘達が助けた娘達を街まで送る気でいるんですよ。貴方達が来なかった場合はそのままこちらの荷馬車に載せて運ぶ予定だったし、来た場合でも衛兵は男ばかりだろうから怯えない様に一緒に付いて行こうって言ってまして」
「ああ……そう言う事ですか。なるほど。それじゃあまぁ仕方ないですな」
苦笑いを浮かべて説明するフィルに、衛兵もまた苦笑いを浮かべて深く頷いた。
どうやら彼も自分と同様その辺の事にはあまり触れない方が良いと判断したようで
それ以上フィル達の同行について尋ねる事は無かった。
フィルと衛兵とで簡単な打ち合わせを済ますと、
早速衛兵達は日が暮れる前にと野盗の死体から賞金首を特定していく作業にはいった。
少し離れた所からリラやダリウ、それから捕らえられていた娘達が見守る中、
衛兵たちは手慣れた様子で死体と討伐の手配書を見比べて
然程時間もかからず野盗達の人相から該当する討伐依頼を絞り込むと
今度は彼らの装備を確認したいとフィルに伝え、
フィルのカバンから取り出された野盗達の装備から
それらが依頼書の記述に合うものかどうか一つづつ確認していく。
検分には冒険者側の情報としてフィルが立ち会い、時折衛兵からの質問に答えるが
それも大して必要無い位に確認作業は順調に進んでいった。
そんな感じでフィルと衛兵達が死体を前に検分を進めている向こう側では
すこし離れた場所でダリウとラスティがリラ達とこれからの方針について話し合っていた。
「ああ、俺もそれで良いと思う」
「そうだね。このまま帰っても途中で夜になってしまうだろうしね」
リラの説明に分かったと了承する二人。
これでまた街に戻るとなると、彼らは二往復する事になる訳だが、
確かに街の外で野宿するよりは安全な宿の方が良いし
今回の野盗討伐の報酬や戦利品も得られたので多少の出費があっても問題は無い。
「それに、衛兵の人達、荷馬車を持って来てないし、あの人たちを運んであげる必要もあるしね」
「ああ、そうだな……それはいいんだが」
「うん、なに?」
少しだけ言いにくそうに尋ねるダリウにリラが小首を傾げて見せる。
「あの犬っぽいのは……オオカミか?」
そう言って指さす先にはフラウの足元にじゃれついている子犬の様な生き物がいる。
じっくり休憩したおかげで先程よりも体力が回復したのか
今はフラウの足元をひょこひょこと歩き回り遊ぶ位にまでなっている。
「あーあの子のこと? 野盗のアジトで継がれてたのを助けたんだけど、懐いちゃって」
「そうなのか。村に入れるのはともかく、街に入れるのか?」
「うーん、大丈夫じゃない? オオカミと言っても小さい子犬だし、首輪付けて手綱を握っていれば犬と一緒でしょ」
「はいですっ。まちにいったらずっと抱っこしてあげますー!」
そういってフラウが子オオカミを抱きかかえると、
子オオカミは少女の腕の中で大人しくしている。
フラウに抱き抱えられた子オオカミの顔をいつも通りの厳つい顔でじっと見つめたダリウは、
「……まぁ、これだけ小さければ大丈夫だと思うが……」
そう言って厳つい表情のままでフラウの抱き上げている子オオカミの頭を優しく撫でた。
「けど、今はいいが大きくなったら危険じゃないか?」
ダリウの反応が煮え切らないのは、村人とオオカミとの関係故だろう
オオカミは村人にとって害獣となるシカやウサギを狩ってくれるという面もあるが、
時には人の目を盗んで畑や家畜を襲い、こちらの生活の邪魔をするだけでなく、
場合によっては子供や老人といった弱い村人が襲われて命を落とす事もある。
一方で村人達もオオカミを狩ってその毛皮や肉を糧とする事もあり
村人とオオカミとは隣人はあるが決して仲の良いものでは無い。
このオオカミも成長して大きくなったら村人達に牙を剥く事もあるかもしれない。
ダリウがそんな事を考えるのも致し方のない事だろう。
「まぁまぁ。その辺はこっちで何とかするから。躾や食べ物もフィルさんが何とかしてくれるでしょ。なにせフラウちゃん飼うんだし」
明るい声で言うリラにダリウがそうかと渋々ながらも頷く。
リラさん。こちらに聞こえていますよ?
案外こちらに聞こえるようにわざと喋ったのかもしれないが……。
「まぁ、そう言うならいいが……村人達に怪我をさせない様にしないとだな」
「大丈夫だって。普段は家で飼うし、小さい頃から村の皆と触れ合っていれば慣れて迷惑掛けたりしないって」
「うーむ……まぁ、そうだな……」
若者たちがそんな相談をしている間も衛兵達の作業は進み。
死体の検分を終えた衛兵達は野盗の死体は持ち帰らずに獣に喰われるに任せる事にして、
とりあえずあまり人目につかない林の奥へ少し分け入った場所に纏めて置いておく事に決めた。
風葬、鳥葬といえば聞こえは良いかもしれないが要は放棄である。
幸いこの辺りは人の住む場所からは大分離れており野生の獣もそれなりに居る場所だ。
そう時間もかからずに野盗達の肉は獣達の胃袋に納まる事だろう。
また、捕えられていた女性の一人の証言により、
野盗に殺された人々が遺棄されていた場所も発見された。
既に多くの死体は獣に食い荒らされており、
誰のものか分からない程に悲惨な状態となってしまっていたが、
クレリックであるトリスによって弔われた死体は
フィルのファイアウォールの呪文によって荼毘に付された。
ファイアウォールの呪文はこういった事だけでなく通路での足止めなど
何かと役立つ事が多いので常に一つだけ覚える様にしていたのが
今回もそれが役立った。
街道での確認作業が終わった後は、野盗のアジトの場所を確認する為
衛兵達はフィルとリラを伴いアジトのある森の奥へ向かった。
時間が時間なので詳しい調査は後日行い、
今日はアジトの場所を把握して様子を軽く確認するに留めるという事だが、
現地の戦利品の殆どはフィル達が回収していたので
残された物と言えば使い物にならなそうな物ばかり。
実質出来る事と言えばアジトの場所と設備の状況を見て回る位で
特に調査する事も無く十分ほどで全ての確認が完了した。
「それにしても綺麗に漁り尽くしてますなぁ……」
「いやぁ……はははは」
高位の冒険者の場合、バッグ・オヴ・ホールディングを持っているので
目ぼしい物品は残らず回収される事が多い。
とはいえそう言う場合は、魔法も掛かっていない通常の武具なんかは
大して高く売れる訳では無いので放置される事が多いのだが、
今回回収しているのは駆け出し冒険者とあって、少しでも売れそうな物は残らず回収されていた。
そんな訳でこの漁り尽くされた様子に衛兵が先程の言葉を発したのだが、
半分ぐらいは呆れの色も混じっている様に感じられる。
フィルとしても照れ笑いで返すしか思いつかない。
「まぁ、我々もしては場所が確認できれば良かったので問題無いですが……にしても随分と弄られてますね。ここには確か猟師小屋が一軒あるだけの小さな土地だったはずなんですが」
そう言って呆れた様子で周囲を見回す衛兵。
長い間、野盗の拠点として使われてきたこの場所は衛兵の説明とは随分と違う様相になっている。
第一に周囲の木が伐採されてかなり広い土地となっていた。
それからかつての猟師小屋以外にもテントが張られたり資材置き場が有ったりして
多くの者が生活している駐屯地の様相を呈している。
木の根を抜いたり土地を均したりするのは相当に大変な作業だろうに、
これだけの事をする気が有るなら強盗を働かずに
森の開墾でもしていた方がよかったのにと思うのはフィルだけではあるまい。
「この場所はどうなるんですか?」
「まぁ、これだけの土地は放置しておく訳にも行かないでしょうね。戻ったら報告して今後の扱いについて検討しますよ」
元々街からも適度に離れ襲うには丁度良いという立地条件であり、
それがこうして野盗達に開墾されたおかげで現在はかなり使い勝手の良い拠点となっている。
このまま放置しておけば再び野盗に占拠されそうだというのは容易に想像できる。
「とはいえ、ここに衛兵駐屯地を作っても街に微妙に近いし、休憩所にしても街道からは微妙に離れてますからね。まぁ、使い道は偉い人達に考えてもらう事にしますよ」
「はは、なるほどそれが良さそうですね」
野盗のアジトを一通り調査し終えた一行は早々に引き上げて街へと戻る事にした。
すでに日は大分傾きそろそろ夕刻に差し掛かろうという時刻になっていた。