邪神さんの街への買い出し74
昼食を済ませた一行は、戦利品の整理や撤収の準備をしながら
トリスが山小屋から出てくるのを待っていた。
街の衛兵を呼びに行ったダリウ達と合流する為に
一旦街道まで戻って、そこでダリウ達の到着を待つ必要があるのだが
助け出した女性達の疲労と衰弱が酷いため
移動するのは体調がもう少し良くなるまで待って欲しいというのが
看病をしていたトリスとサリアの意見だった。
時と場合によってはそんな余裕は無いと無理にでも運び出す事もあるが、
幸いこの野営地には既に敵は残っておらず、他に脅威となる物も見当たらない。
ダリウ達が街まで行って、衛兵に事情を説明して連れて戻るまでにはまだ時間に余裕があるし、
なので、今はこうしてトリスの看病が一段落するまで
戦利品の仕分けや食器の後片付けをしながら待っていたのだった。
フラウもリラ達に従って砂で食器の汚れを落とし、
それから敷地の外れにある水場で洗い流したりと
年上の娘達に加わり仕事に励んでいるのだが、
普段と少し違うのは、今はその後ろを更に子オオカミが子犬の様について回っていた。
餌を与えてすっかり体力も回復した子オオカミはどうやらフラウに懐いたらしく、
フラウが行く先について回っては、その様子を興味深そうに眺め、
時折手の空いたフラウが頭や背中を撫でると、
さすがにゴロンと寝転がり、おなかを見せたりはしないが
四本足で直立不動のまま、大人しく目を細めてされるがままにされている。
そんな子オオカミは他の娘達からも可愛がれらていて
フラウが子オオカミを撫でている所を目にすると、
大抵は他の娘が一人は居て、一緒に撫でていたりする。
まだ幼獣だという事もあるのだろうが、本当にこの少しの間に随分と人に慣れたものである。
暫くの間そんな事をしていると山小屋の扉が開き、
中から空の食器を乗せたトレイを手にしたトリスが中から出て来た。
「あの人たちの容態はどう?」
出て来たトリスにさっそくリラが女性達の具合を尋ねた。
食器の中身が空になっている所を見るに昼食は食べれたみたいだが、
それでもトリスの口から意見が聞きたいのだろう。
「ええ、大分落ち着いてお話も出来るぐらいに回復しているわ。一応自力でも動けそうだけど、でも念の為運んであげた方が良さそうね」
トリスが微笑を浮かべて彼女達の様子を伝える。
どうやら見つけた時の深刻な過労状態からは大分回復した様で、
まだ疲労状態だがそれでも先程と比べたら大分良くなっているらしい。
トリスの話に聞いていた少女達もほっと胸を撫でおろし安堵の表情を浮かべている。
「そっかぁ……それならそろそろ運んだ方が良いいよね? ダリウ達とも合流しないとだし……それで良いですよね?」
トリスの報告を聞いてこちらに尋ねるリラに、フィルはそうだねと頷く。
フィルもその判断は間違ってないと思うので、もっと自信を持っても良いと思うが
年長の、それも先輩冒険者であるフィルの意見を立ててくれているのだと考えると
本当に良く出来た娘である。
「動かしたくない場合は棒と毛布で担架を作って運ぶと良いよ。僕とリラとで往復して運べば大丈夫だろう」
「私達も手伝いましょうか?」
「ありがたいけど、トリスはともかく他は非力だしなぁ……」
「えー。私達だって大丈夫ですよー?」
フィルに一言に反応したサリアの抗議に、ううむと考えるフィル。
(まぁ……過保護は良くないか……けどなぁ)
チラリとアニタとフラウを見てみるが、
ウィザードのアニタはパーティで最年少というだけでなく、
小柄で筋力も人並みと比べてもかなり低い。
そしてフラウはそんなアニタより更に幼いというだけでなく、
アニタと比べても勿論、同世代の子供と比べても更に小柄で華奢だ。
流石にこの二人にお願いするのは難しいだろう。
そうなるとやはり、もう一人はサリアにお願いするのが妥当な訳だが、
そうは言ってもサリアもアニタほどで無いにしろ、
どちらかと言うと小柄で華奢な体躯で筋力も人並み以下である。
万が一、運んでいる途中で看護している女性を落してしまっては相手に申し訳が立たない。
(とはいえ……まぁ、過保護すぎるのも問題か……)
「……分かった。じゃあ、運ぶのはサリアにお願いするとして、フラウとアニタは僕らが運んで戻るまで残った女性のお世話をしていてもらえるかな?」
「任せてください!」「はいです!」「わかった」
二人が頷くのを確認した所で方針が決まり、女性達の運搬が始まった。
「まずは担架に使う棒を探さないとですね」
「そうだね。手持ちの10フィート棒を使っても良いんだけど、折角だし、ここはその辺にある棒を使おうか。幸いここは野営地だし、手頃な棒ならその辺のテントとかで使われてるだろうだからね」
今更な事ではあるが、彼女達は駆け出しの冒険者であり、
本来ならば彼女達自身の限られたリソースと、足りない分は周囲の環境を活用したりして
あれこれ工夫してなんとか出来ないかやっている頃である。
こういう現地で工夫する事も慣れていくべきであろう。
(……やっぱり、我ながら甘い気がする……)
しかもかなり今更な感もあるが、ここは冒険者の先輩としてきちんと指導すべきだろう。
そう言いながらフィルは近くの野盗達が住処としていた大型のテントへ向かうと
テントの骨組みを縛る縄を手にしたダガーで切り落とし、
そこから担架を作るのに手頃な棒を四本選び出した。
「じゃあ、これで担架を作るから、皆も見ておいてね」
「「「「「はーい」」」」」
「あ、担架に使う毛布はフィルさんのでお願いしますね」
「……ああ、うん。分かった」
すぐ近くの先程解体したばかりのテントの中には使い古され汚れた毛布が幾つかあったのだが、
それを使おうとする前にリラに笑顔で先を制されてしまった。
言葉では無い圧力に負けて、リラに言われるまま
自分のカバンから新たに毛布を二枚取り出すフィル。
冒険者の先輩として彼女達を指導しようなんていう決意など、
臭い野郎の毛布なんて使いたくないという乙女心の前には無力なのである。
「ここに棒を置いて折り返して……こっちの棒をここに置いて折り返せば完成だよ」
山小屋の中で輪になって覗き込む少女達の前で
フィルは作り方を説明しながら手際よく毛布と木の棒を担架へと仕立てていく。
直ぐ傍には食事の際に体勢を起された三人の女性が
壁に背を預けるようにして床に座って虚ろな視線でフィルの作業する様子を眺めている。
トリスやサリア達が身繕いをしてくれたのだろう、
女達は三人ともフィルが最初に見つけた時の様な悲惨な姿では無く、
その身は清められ目に付く体の傷は魔法で癒されており
更にはトリスとリラが街で購入した服を着せられているお陰で
その姿は多少やつれて未だ呆然としているものの、
今は街を歩く普通の娘とさして変わらない見目となっている。
だが、それだけに今も呆然自失状態のこの娘達を見ていると
彼女達が何を味わったのかが想像できてしまいフィルの胸の内を苦い物が込み上げてくる。
(何度も見て、見慣れてるはずなんだけどな……)
実際、ほんの少し前まで……かつてのパーティで冒険していた頃は
更に悲惨な惨状を幾度も目にして、
この程度なら寧ろ命が無事なだけマシとすら思ったものだったが、
今は妙にフラウやリラ達の顔が脳裏にちらつく。
「へぇ~担架ってこうするんですね」
そんなフィルの悶々した気持ちはリラの感心したような言葉で現実に戻された。
「まぁ、簡単だし技能という程でもないよ。それじゃあ今度は君達でやってみて」
「「はーい」」
フィルに言われて自分達で使う担架の作成に取り組むトリスとサリア。
特に苦労する事も無く二つ目の担架も作成し終えたのを確認した後で、
リラが休んでいる女性の一人を出来るだけ優しく抱き上げ体を担架の上に横たえる。
「あ、ありがとうございます……」
「あ、いや……気にしないで良いですよ」
女性は未だに呆然としており、リラに抱き上げられるのもされるがままだったが
担架に横たえ不意にフィルと目が合った際に女性から感謝の言葉を言われ、
フィルはぎこちない笑顔で簡単に応じた。
今回、フィルはリラ達が冒険に慣れる事を優先して彼女達の救出を優先してはいなかった。
今の彼女達の悲惨な状態にしても、
フィルの手持ちのアイテムやポーションを使えば正常な状態に戻せない事は無い。
それをしないのは、高価なアイテムは安易に人前に見せるべきではないとか
ポーションは本当に必要な時の為に使うべきではないという自分の判断だ。
その判断を間違えてはいないと考えているが、
それだけに果たして自分が感謝されても良いのだろうかと思えてくる。
そんな事を考えている間にも女性を運ぶ準備は少女達により滞りなく進んで行く。
「そっちは準備は良い?」
「こっちも大丈夫よ」
「それじゃあ、街道まで向かいましょう。向こうに着いたら私とフィルさんが運びに戻って、トリスとサリアはその場で待機してこの人達の護衛。いい?」
「はーい」「わかったわ」
リラの確認にサリアとトリスが応じて、
女性を乗せた二組の担架はリラを先頭に山小屋を出て獣道を通り街道へと向かう。
所々に罠が残る獣道を抜けて街道に到着した後は、
女性達が野盗の死体を目にしない場所へ、
野盗達と戦闘した場所よりも更に街側へと街道を進む。
二人を運び終えてトリスとサリアを残して野盗のアジトへと舞い戻り、
程なくアニタとフラウも連れて野盗の野営地に残る最後の一人も運び終えた一行は、
街道の端に腰を下ろし、これからの方針について相談を始めた。