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邪神さんの街への買い出し73

本日のお昼ご飯はシチューらしく、

焚き火に吊るされたフィルの大鍋の中身を覗いて見ると

チーズを主体とした汁に燕麦や乾燥豆、

それから街で買った野菜を刻んだものに

スライスされた腸詰め肉といった具材が具沢山に入っており、

十分に火も通り丁度食べ頃な感じで沸騰に合わせて鍋の中を踊っている。

これならおそらくは助け出した三人の女性でも食べられそうだし、

そういった配慮でこちらが選ばれたのだろうというのが容易に想像できた。


「……あれ? あの子オオカミの餌は別につくったんだ?」

だが、見る限り鍋の中に肉が入っている様には見られず、

フィルは隣でリラの代わりに鍋の様子を見ていたアニタに尋ねてみた。

「あ、うん。それならこっちのお鍋」

フィルはこの場に残ったパーティ最後の一人、

ウィザードのアニタに声を掛けると、アニタは小さい声で返事をして、

焚き火の周囲の石組に置かれたリラ達が使う個人用の深鍋のうちの一つを指さした。


「どれどれ、ちょっと拝見っと……」

早速アニタが指さした深鍋の中身を見てみると

鍋の中には大人二人分ほどの燕麦の粥と一緒に細かく削られた干し肉が一緒に煮込まれていた。

干し肉というのは塊のまま煮込んでも大して柔らかくならないが

こうして削り入れると早く柔らかくなるだけでなく旨い出汁も出るので重宝する。

肉から出た出汁の染込んだ麦粥も一緒に食べさせて

あの子オオカミを腹いっぱいにさせようという心づもりなのだろう。


「なるほど、これなら弱っていても食べてもらえそうだね。量もこれだけあれば腹いっぱいになれそうだし」

「うん。犬って塩気の多い食べ物はあまり良く無いから別にしたんです。あともうちょっと煮込んで柔らかくしてあげたら食べ易くなると思う」

「なるほど確かに。じゃあ、暫くは食事が出来るのと皆が戻って来るのを待つ事にしようか」

「あ、フィルさんフィルさん」

今日の献立も知れて満足したフィルが座って休憩しようという所で、

今度はフラウがフィルの袖を引いた。

「うん? どうしたんだい?」

「オオカミさんにご飯を上げると器と、向こうで休んでる人たちが食べる器が欲しいんです」

「あー。そういえばそうだね。ちょっと待っててね」

確かにリラ達の食器はあくまで個人用であり、他人に貸し出す余裕までは無く

ここの野盗達が使っていた物を使わせるのも当人達が嫌がりそうだ。

こちらを見上げて訴えるフラウに笑顔で頷き、フィルは自分のカバンに手を突っ込む。

最近はもっぱらフラウがおねだりして、フィルからアイテムを引き出している様な気がするが、

それはまぁ、たぶん気のせいだろう。

そんな事をチラリと思いながらもカバンから木製の深皿を四個取り出しフラウに手渡す。


「これで良いかな?」

「はいです! えへへー」

満面の笑顔を浮かべ、両手で重ねた皿を受け取るフラウ。

その様子を見ながらアニタが感心半分、あとは呆れと疑問が更に半々という感じで尋ねた。

「フィルさんってすごく色々準備してありますよね? 毛布とかコップも初めから用意してあったみたいだし、いつもあんなに用意してあるんです?」

尋ねるアニタにフィルは、自分達の冒険を思い出しながら答えた。

「ああ、冒険者を続けていると今みたいな場面には結構出くわすんでね。だからある程度の用意はしてあるんだよ。折角バッグ・オヴ・ホールディングがあるのだから活用しないとね」


冒険者がバッグ・オヴ・ホールディングを手に入れて何が変わるかといえば、

一番変わるのは旅での生活そのものである。

それまでは戦利品で増える分も考慮して荷物の重量に気を使い、

旅で使う生活用品なんかは出来るだけ最低限となるよう頭を悩ませ、

場合によっては現地で泣く泣く必要で無い物を捨てていたりしていたものが、

一応バッグの収納に容量や重量の限界が有りはするものの、

それまでとは比べ物にならない大容量の荷物を持ち運べる様になるのだ。


そうなると大抵の冒険者は食料であろうとテントであろうと、エールの入った樽であろうと、

少しでも欲しいと思った物を買える時に買ってバッグの中に貯め込むようになっていく。

特にバッグ・オヴ・ホールディングの中は腐敗の進行が止まるので

飲料や食料なんかを買い込むにはうってつけで

バッグ・オヴ・ホールディングを入手前と入手後とでは

野営の食事事情は大きく変わると言ってもよかった。


フィル達も例に漏れずバッグ・オヴ・ホールディングを手に入れたばかりの頃は

手当たり次第にパーティで使いそうな品を買い込んでいたが、

次第に食料なども充実して、更に冒険を続けて金銭的な余裕が出来て

複数のバッグ・オヴ・ホールディングを持つ様になると、

今度は身の回りの生活品の充実だけでなく、

飢餓に苦しむ村等で配る食材や、助けた虜囚を保護する為の毛布や食器といった、

非常時に必要とされる備品を充実させるようになっていった。


というのも、冒険をしていると今回の様な囚われた人々を救出するという機会が結構多く、

その時に彼等を休ませたり、何かを食べさせたり飲ませたりして

気持ちを落ち着かせる事が出来る方が何かと都合が良いのだ。

それによって新しい情報が手に入るかもしれないし、

別行動で手伝ってもらえる事があるかもしれない。

それでもなくても人質の命を盾にされる心配が無いだけでも戦い易さは大きく違う。


一応、食料や食器、それに毛布なんてものは人型生物が生活していればどこにでもある物で

場所によっては敵の寝床や厨房を漁れば手に入る場合もあるが

場所によっては酷い汚れや匂いだったり、そもそも他人、

それも自分達を襲った者達が使っていたの寝具や食器を使う事に抵抗を持つ者は多く、

また食事にしてもゴブリンやオーク、トロルといった悪や混沌に類する種族の食事は、

フィル達の様な人間やエルフ、ドワーフ等から見ると

嫌悪でとても食べられないような食材、料理方法、管理方法の場合が多い。

何より掃討後ならともかく、まだ敵が残る敵地でわざわざ捜索に貴重な時間を費やすのは

場合によっては致命的な時間の喪失になりかねない。

その為、フィル達のパーティではいつの頃からか、

ある程度の物資を予め用意して冒険をする様になったのだった。

これも容量を大幅に増やせるバッグ・オヴ・ホールディングのお陰である。

一袋、金貨一万枚という価値なだけはあるというものだ。


「なるほどー。高レベルの冒険者ってそう言う事も考えるんですね」

「いやまぁ、僕達のパーティがそうだったってだけで、他のパーティがどうなのか分からないけどね」

「そうなんですか?」

「うん。その手の道具や物資は現地で探せばあるかもしれないし、余裕があればテレポートとかで安全な場所に送り届けても良い訳だし……極論を言うと囚人や飢えた人を助ける必要も義理も無い訳だしね」


もちろん「救出依頼」であれば別だが、行きずりでの遭遇でとなると

この辺の判断はその時の状況次第、パーティ次第となる。

特にアライメントの影響は大きく「悪」属性の者が主体のパーティでは、

助けるかどうかは自分達に利があるかどうかで決まり

自分達に俐が無いと判断すればそのまま見捨てられるし、

場合によっては囮として使い潰される事すらあった。


薄情なようだが、冒険者は全てが善人という訳では無く

むしろ多くの冒険者は善にも悪にも偏らない、

他人の幸せも願うが自分と仲間の命を第一に優先する中立の現実主義者達だ。

助けたとして自分達の利益になる事は無く

逆に救助活動をするだけで冒険の為の貴重なリソースが消費されて、

自分達の冒険が失敗し、下手したら自分の命が失われるか

場合によってはもっと酷い惨状になる可能性が高くなる。

現在の状況を鑑みて彼等を助けたら自分達が死ぬかもしれないと判断した時、

囚人や飢えた人々を見捨てたとしても彼等を責めるのは筋違いというものだろう。


まぁ、とはいっても大抵の場合は、

善や中立の者はここで多少のリスク程度なら囚人を救う事を選択するし、

悪の者であっても余程の性格破綻者でなければ少しでも自分達の利になるなら救出するので

多くの虜囚が救出されているのが実際な訳ではあるが。


「うーん。確かにそうかもだけど、でもフィルさん達はそうしなかったんですよね?」

「そりゃ、まぁ……目の前で困っている人が居たらね」

そこまで言ってからアニタを見ると、少女は興味津々といった感じでこちらを見上げている。

なんだかこの感じはフラウと似ているなと思ってフラウ見れば、

こちらも興味津々といった感じでこちらを見上げていた。

こうなってくると少々気恥ずかしくなってくる。

丁度その時、山小屋の扉が開き、中からリラとトリスとサリアが出て来た。

「ほらほら、この話はここまで。ご飯の準備をしよう」

「えー」

普段おとなしいアニタが珍しく渋ってみせる。

こんな彼女はなかなかに貴重で、出来れば話してあげたいとも思うが

ここは話を切り上げ食事の準備に移るべきだろう。



リラ達が戻った事で昼食しようとした一行だったが

トリスが囚われていた女性達の食事の世話の為にパーティから離れて

彼女達の分の食事も持って山小屋へと戻っていき、

そして昼食の前に子オオカミに餌をあげたいというフラウの訴えにより

残りは全員で子オオカミが繋がれていた野営地の外れへと向かった。

一応先程、子オオカミの首に繋がれていた縄を取ったので、

襲い掛かられたら幼獣といえど怪我をする可能性があるからという名目だが、

護衛だとしても別にこんなに人数が必要なはずもなく、

実際は全員子犬見たさの野次馬である。


既に首の縄は外され自由のはずの子オオカミだったが、

衰弱が酷い所為か、先程と同様にうつ伏せのままで、

じっと目を閉じてフィル達が近づいても威嚇する気力も出ない様子だった。

「オオカミさん。ご飯をもってきましたよー」

そう言ってフラウが子オオカミの鼻先に干し肉入りの麦粥が入った深皿を置くと

子オオカミは鼻だけ動かして暫くの間、用心深く器と食べ物の匂いを確かめていたが、

それからのろのろと立ち上がると、おそるおそるといった感じで器に盛られた麦粥へと口を付けた。

一同が静かに子オオカミの様子を見守っていると、

子オオカミは一口、麦粥に口に入れて、二口、三口……、

それからは一心不乱に器の中の麦粥を食べる姿に少女達から歓声が上がる。


「わぁ~食べました!」

「おー。良かったですね! これなら一安心ですねー」

子オオカミの食べる姿に喜ぶフラウすぐ隣でサリアが一緒になって喜ぶ。

他の少女達もほっとと安堵の様子を見せている。

「さて、あまり食事の邪魔をするのは可哀想だし、私達もご飯にしましょうか」

リーダーのリラが言うと少女達は「はーい」と返事をして一行は焚き火へと戻っていく。

これで体力が回復すれば子供といえど野生の動物である

直ぐにこの場から離れて自分の巣に戻るなり、一匹で生きて行くなり、

いずれにせよ、フィル達とこれ以上関わる事も無いだろう。

そんな事を考え……いや、願っていたフィルであったが……。



「わぁ~、フィルさん。オオカミさんがこっち来てくれましたよ!」

「……ああうん、ほんとだね。随分とフラウに慣れたようだね」

丸太に腰かけ昼食のシチューを食べているフラウの足元へとやって来て、

甘える様に少女の足元にじゃれつく姿に

フラウは嬉しそうにその背中を撫でながら隣に座るフィルに報告している。

どうやら子オオカミは餌を与えてくれたフラウに随分と懐いたようだった。

まだ体力が回復しきっていないようで、

フラウの傍に来てからはうつ伏せになったまま座り込んでしまったが

今やフラウが撫でるのを威嚇もせずにじっと受け入れて彼女の足元から離れようとしない。


「この子、随分と人懐っこいわね。これなら村でも飼えるんじゃない?」

「え、ほんとですか?」

何気無いリラの一言に、フラウが嬉しそうに尋ねる。

フラウはとても嬉しそうにしているが、そうなると家の中で飼うにしろ、外で飼うにしろ

色々気を使う必要が出てくる訳で、フィルとしては出来れば避けたい所ではあった。

(とはいえ話も聞かずに捨ててきなさいとかは言いたくないしなぁ……)

そんな密かな葛藤をしつつ、この流れをどうにか出来ないかと他の娘達を見てみると

サリアが悪戯っぽい笑みを浮かべて此方を眺めていた。

相手の心を読む呪文であるディテクト・ソウツはバードも習得できると言うが、

サリアの技量ではまだ使えないはずなのにまるで此方の考えを見透かしている様で、

冒険中によく嫌な予感がする時に感じる悪寒の感触がフィルの背中を流れていく。


「ふふふ。聞き分けも良さそうですし、一緒に暮らすのも良いと思いますよ。そういえばオオカミって犬みたいに人に懐かないって言われますけど、友達としては仲良くなれるって聞いたことありますよ?」

「わぁ~」

そしてその予感は的中し、サリアはとても親切そうな笑顔でフラウに飼う事を勧めてくる。

サリアの話を聞いたフラウは益々オオカミを飼う気になっているように見える。


「うーん、けどほら、野生の生き物だし、この子は村に馴染めないかもしれないよ? 村人に噛みつくかもしれないしね」

「あ、じゃあ、この子が人との生活に馴染めれば良いって事ですよね?」

どうにか思い留まらせようというフィルの試みは

やはり野生で生きた方が~と言う前にサリアに遮られ、逆にサリアから自信たっぷりに尋ねる。

もしかしたら何か策があるのかもしれない。

ドルイドやレンジャー、ウィザードと異なり、バードにそう言った特技は無いはずだが……。

もしかして動物使いの技能でも習っているのだろうか?

……分からないが、自信たっぷりなサリアの様子に

いずれにせよこの分だと飼う事になりそうだとフィルは内心で諦めの溜息を吐いた。


「……そうだね。でも実際に飼うとなると村や街に入る時は首に縄を付けたり、宿も泊まれる宿が制限されたり、厩舎に入れないと駄目だったり、村で飼うのもだけど旅に連れて行くのは結構大変だよ?」

フィルの話を聞いているうちにフラウの表情がどんどん曇って行くのが分かるが、

フィルとしてはここは現実を教えておくべきだろうと、心を鬼にして続ける。

「うぅ……だめです?」

だが、悲し気にこう言われてしまうと、こちらも立ち所に弱腰となってしまう。

「……まぁ、駄目というか、人だけの時と比べると自由じゃないというか……」

「でも、ドルイドやレンジャーの動物の相棒とかウィザードとかも使い魔とか、普通に動物を連れ歩いていたりしますよね?」

「そうなんです?」

サリアが再びフラウに知恵を与えると、

フラウは再び期待に満ちた眼差しでこちらを見上げる。

「あれはそれこそ、ウィザードの使い魔やドルイドやレンジャーの動物の相棒は互いに意思の疎通が出来るから、そう言う動物は無暗に咬んだり襲ったりしないからこそで……」

「じゃあ、ちゃんと躾をちゃんとして咬んだりしなければ大丈夫なんです?」

「まぁ……うん、そうなるね……」

不承不承と了承するフィルに

サリアはとても楽し気にうんうんと腕を組んで頷いて見せる。

「ふむふむーなるほどなるほど。それじゃあ、ちゃんと躾けてあげて、街にも行ける様にしてあげないとですねっ」

「はいですっ」

話がどんどん盛り上がっていくフラウとサリア。

どうにかして貰えないかと他の娘達に視線を向けるが

どうやらオオカミを飼う事を止めようという者は居ないらしく

皆で笑顔で二人の様子を見守っている。

(……まぁ……、すべてはなる様にしかならないか……)

自分の周りには味方がいない事を確認したフィルはこれ以上の抵抗は無理だろうと諦め、

なおも盛り上がる少女達の水を差す事が無い様、黙って昼食を食べる事にした。

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