邪神さんの街への買い出し71
用事を済ませたフィルとサリアの二人がリラ達が居る野営地へと向うと、
野営地の外れに集まっている少女達の姿を見かけた。
皆で集まって何かを取り囲んでいる様で
賑やかに時折「キャー」とか嬌声まで聞こえてくる。
「あら、なんだか楽しそうですね?」
「みたいだね。敵の生き残りが居たという訳じゃなさそうだけど」
不思議そうに呟くサリアにフィルも頷く。
まだ周囲に敵が居るかもしれないというのに
それを承知の上で尚の賑わいである。何か余程の物があったのだろう。
二人がリラ達の下へ歩いて行くと
少女達は輪になって集まり中心に居る何かの世話を焼いているように見えた。
「皆さーん、何してるんですー?」
「あ、サリアおねーさん! こっちきてくださいー」
サリアが呼びかけると、フラウは元気に立ち上がり、こっちこっちと手招きをする。
「なんでしょうね?」
「うん、なんだろうね」
皆の様子を見るに危険なものではなさそうだが、
それでも冒険中である事を考えると万が一を考えてしまい、
念の為という事でとりあえず腰にある長剣の柄に手を置きながらフィルも少女達の輪に加わった。
「これは子犬……いやオオカミか?」
輪の中心に居たのは子犬の様な獣だった。
夏毛だからか狼特有のふさふさ感が無く。
まだ幼獣で体躯が小柄という事もあって見た目はまんま子犬である。
おそらく野盗達がこの春に生まれたオオカミを捕まえて
手懐けようと調教していたものなのだろう。
とはいえ調教は上手く行っている様には見えず、
怯えた子オオカミはうつ伏せになり必死になって少女達を威嚇している。
だがその幼い容姿は威嚇というには愛らしすぎて
却って少女達の母性を煽り皆からは心配されて可愛がられ、
どうにも効果を発揮している様には見えなかった。
「この子、大きな怪我は無いようなんですけど、弱ってるみたいなんです」
輪に加わったフィルとサリアにオオカミの容態を伝えるトリス。
まだ習い始めとは言え治療の技能を持つ彼女の見立てでは
おそらくは食べ物を与えられない事による衰弱なのだという。
「ふむ、どれ……」
サリアの見立てを聞いて同じく治療の技能を持つフィルも確認をしてみると、
確かにこの歳のオオカミとしては大分やつれている様に見受けられる。
外部に傷が無く、体の各部を触れてみても痛がる素振りを見せない事からも
トリスの見立てで間違いないと思って良いだろう。
おそらく調教の一環として、誰が主人が分からせる為に
野盗達が食事を与えずにギリギリまで放置されていたのであろう。
子オオカミは体に触れるフィルに犬歯をむき出して威嚇して見せるものの
それ以上は噛みつく事も出来ず、大人しく伏せたまま、
じっと耐えるようなそぶりを見せている。
子オオカミの首に巻かれていたであろう縄は既に解かれ、
すぐ傍に落ちているので今はもうどこに逃げるのも自由だし、
子オオカミもそれは分かっているはずなのだが
既に自由の身だというのに何処にも行こうとしないのは
もう移動するだけの体力が残っていないからなのかもしれない。
「フィルさんフィルさん。この子お腹が空いてるみたいなんです。何か食べさせてあげたいです」
そう言うフラウも先程からずっとオオカミの背中を撫でている。
子オオカミの様子が心配で仕方ないのだろう。
「この子にご飯あげてもいいです?」
幼い少女にじっと見上げられ懇願され、一瞬どうしたものかと躊躇するフィル。
ここで助けるのは全然構わないのだが、問題はその後だ。
これほど小さなオオカミはまだ生後間もない、おそらくはこの春に生まれた個体なのだろう。
そんなのが多少体力が回復したからといって、この自然の中を一匹で生き残れるはずも無く
必然的に、ここで助けた後は、このままこのオオカミの世話をする事になるだろう。
だが今は幼く可愛らしい幼獣だがこれは野生の獣であり、大きくなれば力も野生も強くなる。
このオオカミが成長した後は、少女達では手に負えなくなるのではないか?
そうなって扱いに困ってから結局殺したり捨てたりするぐらいなら、
今ここで見捨てた方が良いのではないか?
そんな考えがフィルの脳裏をよぎるが、
流石にそれを今目の前で世話を焼いている娘達に言うのは憚られた。
合流したばかりのサリアもすっかりこの幼獣の事を心配する様になっている。
(まぁ……このまま居付くとは限らないし、今は様子を見守るか……)
「うーん……まぁ、いいか」
「わぁ……ありがとうございますっ!」
暫く考えるフィルを不安そうに見上げていたフラウの表情がぱあっと明るくなる。
その様子こちらもまた悲しませずに済んだ事に安堵しながら、フィルは言葉を続ける。
「そうだね……とりあえずこの弱り具合だと、いきなり干し肉をあげる訳にも行かないだろうから干し肉を入れて煮込んだ麦粥をやると良いんじゃないかな?」
そう言ってフィルは自分のカバンの中から革製の小袋を取り出すと、
その中から大ぶりの干し肉を一枚取り出して、それをフラウに手渡した。
「わぁ~ はいですっ! ……あ」
フィルの助言に嬉しそうに返事をしたフラウは何かに気が付いてクスリと笑った。
「えへへ、これって初めて一緒に食べた御飯ですよね?」
「ははは。そう言えばそうだったね。まぁ、消化に良いから弱っていても食べられるだろうし、肉も入っているからコイツでも食べようと思うだろうからね」
「えへへー。はいですっ」
嬉しそうに頷くフラウにフィルもまたうんうんと頷く。
「病人が食べるにはもってこいの……ああそうだ、こちらも報告しておかないと」
フィルがそう言うとフラウがどうしたんです?と小首を傾げる。
「あの建物の中に野盗に囚われていた女性が三人居たんだ。あっちも大衰弱している様だから看病をお願いしたいんだよ」
フィルの言葉に先ほどまで嬉しそうだった少女達が一転して心配そうな顔になった。
「女性が三人って、それって……」
「とりあえず命に別状はないようですけど、心身共にかなり消耗していました。一応私の魔法である程度の傷は治しましたけど、まだ完治には至って無いという感じですね」
疑問を口にするリラにサリアが務めて冷静に答える。
流石に年頃の娘達だけあって、その短い説明でもどのような状況なのか
何となくではるが理解したようだった。
「それは、大変ね……。私が看病をするわね」
「そうだね。あと一人ぐらいお世話に付けた方がいいかな? サリアも一緒に居てあげてもらっていいかな? たぶん貴方なら相手も安心できると思うし」
治療技能を持つサリアが名乗りだし、リラがそれを受けて方針を決めていく。
「わかりました。 あと、彼女達の服についてなんですけど……」
「あー……服は大丈夫そう?」
「いえ、多分ダメだと思いますね。いろいろと……」
「うーん……さっきこの辺り見て回った時に服は見当たらなかったし、必要なら私達が街で買ったのを使いましょう」
リラとトリス、サリアで女達の世話についての役割を決めて行く。
直接的な表現をせずに少しぼかしたような言い回しなのは
辺りは幼いフラウやパーティの中でも年下のアニタが居るのに配慮しての事なのか
それとも、彼女達もうら若い乙女、口にするのが憚られているという事だろうか。
実際、このような場面は冒険をしていると割と頻繁に遭遇する事がある。
野盗以外にもオークだったりゴブリンだったり、悪の魔術師であったりと
様々な悪党に捕えられた人々を救出する場面があるのだが、
その中には今よりも更に悲惨な状態である事も珍しくは無かった。
残念ながら、以前のフィル達のパーティでは厳つい男ばかりだったので
こういう状況で相手の傷ついた心を癒してやれるような人員がおらず、
割と誠実に見えるクレリックや、お爺さんにも見えるもう一人の年長のウィザードが
看病を担当する事が多かったのだが、
男性に乱暴された後で、男性に看病されるというのははっきり言って悪手で
二人が看病しても被害者を怯えさせてしまう事が多々あった。
今この状況でも、パーティの中で最も治療技能が高いのはフィルなのだが、
幾ら技能があるといっても、フィルが姿を見せては彼女達を怯えさせてしまう事は間違いない。
それで言うと、同じ女性である彼女達なら被害者の傍で寄り添ってあげる事も出来るのだろうが
とはいえリラ達とてまだ若いのだから、あまり無理をするのもどうかとは思う。
そんな事を心配するフィルだが、状況がそれを許してはくれないのだった。
その後、少女達に詳しい状況を説明して、
囚われた女達の世話と彼女達も含めた昼食を作る班に分担すると、
パーティはそれぞれの分担に分かれて作業を始めた。
分担としては女達の世話を交渉技能と治療の心得がある
クレリックのトリスと、バードのサリアが、
食事の準備をファイターのリラと、ウィザードのアニタが受け持ち
フラウも食事の手伝いとなった。
娘達がそれぞれ世話や食事の準備をしている間、
フィルは彼女達には加わらず、もう一度野営地の周囲を探索しながら
残された物の中から使えそうな物を回収していった。
既にリラ達は野営地にあった目に付く長持ちや武器棚などから
予備の武具や金貨といった見つけ易く価値ある物を
フィルから渡されたバッグ・オヴ・ホールディングに入れて回収していたが
時間の都合もあって、食料や日用品といった嵩張るが価値はそれほどでもない多くの戦利品は
未だ木箱や樽、麻袋に入ったそのままの状態で野営地に残されていた。
また、リラ達は視界に入る品や物入れを確認したのみで
野盗達のへそくりの様な密かに隠された物についても未探索であった。
幸い先程唱えたディテクト・マジックの効果はまだ続いているので、
フィルは魔法の効果が続いている内にと先に隠された品を探す事にした。
魔力を感じ取る視界で辺りを見回しながら、魔法の反応が無いか周辺をくまなく捜索して行った。
探索を進めて行く中で広場外縁の雑木林に生えている木の根元から魔法の痕跡を見つけ、
痕跡のある場所に目印として野盗達から回収した適当な武器を置いていく。
おそらく魔法の掛かっていない、宝石や金貨のみを隠した物なら
これ以上の数が周囲に埋められているのだろうが、
残念ながらフィルにそう言った物探しの技能は無く
魔法に頼るにしても今日はロケート・オブジェクトやディサーン・ロケーションの呪文は
準備はしていないし、スクロールを使うにしても野盗のへそくり程度では
スクロール代の分、赤字になるのが関の山なので今回は諦める事にする。
そんな訳でディテクト・マジックの効果時間が終えるまでの残り数分間で
辺り一帯を歩き回り、二か所で魔法の反応を見つけた所で呪文の効果が消失したので
そこでアイテムの捜索は切り上げて改めて目印を置いた場所を掘り返した。
魔法の効果が確認された場所は二カ所だった。
この程度の規模の野盗にしては案外多い方だと思われる。
それだけここが襲撃場所として良物件だったという事なのだろう。
(それにしても、本当に野盗はこの手のやる事が同じだな……)
世界各地、場所を問わず、人さえ居ればどこにでも湧いてくるといった感じの野盗達だが
彼らの行動にはある種のパターンみたいなものがあった。
彼等当人は自分達こそが唯一と考えている様だが、
幾つもの野盗を討伐してきたフィルから見ると、
まるで同じ型をはめて造られたかのようにしか見えない。
フィルが今探している場所もその一つで、
木を隠すには森という訳では無いのだろうが
寝床や建物には隠さずにわざわざ近場に埋めて隠すというものだ。
おそらく建物の中や見つけやすい場所では、
野盗仲間に奪われてしまうからなのだろうが、
ここまで多くの野盗達が同じ事をやっているのを見ると、
こいつらは野盗になった途端に獣並みの知性まで落ちているのではないかとすら思えてくる。
そんな事を考えながらも魔力の確認された場所を掘り返すと、土の中には
小さな木箱が埋められており、箱を開けて中の物を取り出してみると、
そこには魔法の掛かった指輪とダガー、それと幾らかの宝石が入っていた。
(リング・オヴ・プロテクション+1にダガー+1と言った所か?)
どちらも見慣れたルーンが刻まれた品で、付与された魔力もそう強くは無い。
価値もそれなり、市場価格で金貨二千枚前後、店に売ればそれぞれ金貨千枚といった所だ。
宝石も価値としては大したものでは無く、価値として金貨百枚といった所だろうか。
マジックアイテムとしては決して価値の高い方では無いが
だがそれでもごく普通の村人には普通では滅多に見られない大金であるし
駆け出し冒険者の報酬としてもこれはかなりの当たりであるといえよう。
(まぁ、問題はダガーはあまり使い道が無いという事か)
伝説に謳われるような短剣ならともかく、若干切れ味が増した程度の短剣というのは
メインウェポンとして使うには些か心許ない。
万が一魔法でしか傷つけられない相手に遭遇した際の御守りとして持っておくにしても
駆け出しの冒険者が魔法の武器を必要とする様な相手と戦う場面はそう多くは無く、
というか、そんなのに遭遇した場合は一刻も早く逃げるべきである。
そう言う意味では本当に御守りぐらいにしかならない品なのだが、
取り敢えず分配については後で皆で話しあえば良いだろうと、
入手した戦利品をカバンとは別の革袋に入れ直す。
それから今度は野営地へと戻り、先ほどまでの捜索とは一転して、
周囲にある食料や日用品の入った木箱や樽の蓋を開けては中身を物色し
使えそうな物があれば手あたり次第自分のカバンの中に入れていった。
何とも行儀の悪い行為ではあるが、
どうせ衛兵に回収されても持ち主に戻る可能性は限りなく低く、
その街の備品として組み込まれるか、
下手したら運搬が面倒だからという理由でこのまま捨て置かる可能性だってある。
それを考えればこうして回収して必要な時……自分達で食べる以外でも
例えば食料が無くて困っている村で配ったり、孤児院や施療院に寄付したりした方が、
これらの物資も活用されるというものであろう。
そんな感じで野盗や強盗のやっていたそれと同じ様な感じで
荷物を物色しては回収して続けて行き小一時間ほどしておおよそ回収が済んだ頃、
食事の準備が出来たフラウがフィルを呼びに来た。