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邪神さんの街への買い出し69

山小屋は広場の中央に建てられており、

正面には入り口の扉と、採光や風通しの為だろう、

窓の木戸が上に跳ね上げられているのが見える。

この位置だと向こうの建物からもこちらの様子が丸分かりなはずだが

人が顔を出して覗いている様子も、建物の中で動きがある様子もまるで見せない。

迂回して相手に見えない様に移動しようかとも考えたフィルとサリアの二人だが

これだけ見えているなら今更隠れても無駄だろうというフィルの言葉によって

今は正面から、とりあえず物音を立てぬようにだけは注意して近づくことにした。

先程まで腕を引っ張られていたフィルだが、既に今はサリアの前に立ち

弓を手に先導する形で慎重な足取りで小屋へと近づいていく。


念の為リラ達別班には少し離れて離れてなるべく音を立てぬよう注意してもらっているお陰で、

山小屋の周囲には遠くの鳥の鳴き声や木々の風で騒めく音以外は殆ど聞こえて来ないのだが

そのお陰かその所為か山小屋の周辺は廃屋の様な妙な雰囲気を漂っている。

隠密技能を用いた移動は普段の半分ほどの速度となってしまうのだが

その所為で余計に焦らされているようで、なんとももどかしい気分である。

後ろを続くサリアも緊張していないかと後ろを確認してみると

どうやらそれ所ではない様で、フィルより大分後ろの方で必死にフィルの通った跡や

音の立たなそうな場所を探しては、慎重に足を延ばして歩を進めている。


本職では無いフィルも決して隠密行動が得意な訳では無いが、

それでも片手間とは言え長年の冒険者生活の合間に訓練を重ねてたおかげで

今では下手なローグよりも遥かに手慣れたものである。

そんなのと一緒に駆け出しが行動を共にすれば当然こうなるのもかもしれない。

とはいえ、まだぎこちなさはあるものの、

サリアは明らかに素人ではない技能を学んだ者の動きで

不慣れながらもちゃんと足音を殺してフィルの後を続いている。

(そう言えばバードのクラス技能には忍び歩きも有るのだったか)


バードというクラスは言語や知識、芸能といった詩人らしい技能だけでなく、

軽業や忍び歩きや隠密、手先の早業といった技能も得意とするクラスである。

一見バードよりも寧ろローグの方が似合っていそうな技能だが

それもバード達が遥か昔から密偵としての役割を担ってきた事を考えれば納得である。

そんなバードの末席の一人であるサリアもまた忍び歩きの基礎を学んでいたのだろう。

生来の敏捷さで技能の未熟さを補いながら、サリアも忍び歩きでフィルの後を追っていた。


小屋の入り口の横には窓代わりに跳ね上げ式の木戸が備え付けられているが、

光を取り入れる為にか木戸は全て開けられていた。

単純に不用心なだけなのか、それともわざと開けておいて賊を誘っているのか……

まぁ、おそらくは前者なのだろう。

近づくにつれて屋敷の中の音がフィル達の耳にも入って来た。

「……ぐぁー」

どうやら本当に前者だったらしい。

中に居る者はいびきをかいて寝ている様で

余程大きな音を立てているのか扉や壁を越えたフィル達の所までその音が聞こえてきた。

そしてそれに交じって微かに混じる嗚咽や鎖のこすれる音。

どうやら中に居るのは一人では無いらしい。

その途端に先程まで漂っていた廃屋の様な雰囲気は

何時の間にやら随分と俗っぽいものとなっていた。

まぁ、誰かが居ると分かればこんなものなのだろう。


建物の窓は跳ね上げ式の木戸を窓代わりにした簡素なもので

つっかえ棒で支えられた木戸が大きく上に跳ね上げられて

二人が建物に近づくつれて窓から次第に中の様子が確認出来る様になっていく。

どうやら建物の中に仕切りや部屋分けの類は無く、大きな一部屋の構造らしく

フィル達の位置からでは窓からの光が届かず奥の方が良く見えないが

声とも音ともつかないいびきはその暗闇の向こうから聞こえてくるので

あの暗闇の向こう、壁際で居眠りでもしているのだろう。


無事に建物に到着した二人は窓の脇に移動して、それから中の様子を窺う。

「まずは僕が中を確認するから少し待っていて」

流石に窓から頭を出して覗いたりしたら気付かれる可能性があるので

弓を背中に納めて腰のロングソードを抜いたフィルが

サリアに顔を出さない様に耳打ちをすると

サリアはコクコクンと、緊張しているのかぎこちなく頷く。

多少の緊張している様だが、その程度なら大した問題では無いだろう。

そう結論付けたフィルは改めて窓から部屋の中を確認する為、

指にはめていた指輪の力を起動させた。


フィルの指には「力」取り憑かれた際に向上しすぎた身体能力を減退させて

人前で本気を出しても不審に思われないようにと

元々あった魔法の指輪に能力減衰のエンチャントを追加で付呪したものが嵌められていた。

この指輪の素体となった「リング・オヴ・ハイディング」という魔法の指輪は

指輪というより寧ろ指に巻きつける魔法の革紐といった代物であり、

本来の機能としては着用者を周囲の景色に溶け込ませる事で、

他者の目を欺き隠密技能の補助となるというマジックアイテムだった。

似た様な効果のアイテムである「リング・オヴ・インヴィジビリティ」が

呪文のインヴィジビリティを発動してほぼ完全に不可視状態になるのに対して

こちらは術者の姿を周囲に溶け込ませるという不完全な不可視しか提供されない為に

注視して確認すれば相手の輪郭が確認出来てしまうという点で劣り、

その分安価に製作出来るというのが特徴となっている。


性能の点では不完全な代物ではあるが、

元々隠密技能に長けたローグ達からすれば十分役立つアイテムであるため、

製造コストの低さもあって、とある都市の盗賊ギルドでは

熟練メンバーの多くがこのアイテムを所持している……というか

標準装備になりつつあるという噂があるほどで、

実際フィルの手持ちのこの指輪もそう言った盗賊に襲われた時の戦利品であった。


これをエンチャントの素体に選んだ理由は

指に嵌めると革紐が装着者の指の色に同化して外から見ると殆ど目立たないという点と、

フィルの手持ちの魔法の指輪の中では比較的安価な為、

万が一エンチャントに失敗しても懐へのダメージが少ないという理由で選んだのだが、

存外、この選択は今のフィルの役割には良い選択だったのかもと今では思っている。


フィルが指輪本来の機能を使い姿を周囲の景色に溶け込ませると

それを目の前で見ていたサリアが思わず声を上げそうになってびくりと体を震わせ、

それを必死に抑えようと手で口を押えながら恨めし気にフィルが居る場所を見つめる。

やはり姿隠しの効果が不完全故に、分かっている者が注視すれば見えてしまうのだろう。

そんな静かに怒る少女をフィルは取り合ず見なかった事にして

空いている窓から覗き込むようにして建物の中を改めて確認した。



屋内は採光場所が限られている所為か奥の方は随分と暗かったが

それでも暗闇に目が慣れるにつれて、次第に中の様子が確認できるようになってきた。

まず手前、出入り口には閂が掛かっており、上にはセオリー通りというか鳴子が仕掛けられていた。

そして部屋の中には机や椅子といった元々あった家具の類が隅に寄せられて、

空いたスペースには四人の人間が横たわっていた。

その内一人は先程見た野盗達と同様、革鎧を着込んだ男が大の字に寝ており

傍には武器もある事から、おそらく野盗の見張り役と見て間違いないだろう。

そして残りは手足を鎖で繋がれた裸の女性が三人。

こちらは横になりながらただ力無く泣いているだけの者や

辛うじて息をしているだけといった様子でぐったりと横たわっている者も居る。

体のあちこちに青あざや傷の跡も見える事を確認して、

フィルはここで何が行われていたか、おおよその事情を察した。


中の様子を一通り確認し終えたフィルは何も言わずに手にしてたロングソードを再び腰に納めると

背負っていたコンポジットロングボウを再び手にして、

そのまま無言で矢をつがえ、そして放った。

矢を放った瞬間、指輪の効果が解けフィルの姿が露になるが、

その事にフィルは特に構う様子は見せない。

ビンと大きな音と共に放たれた矢は大の字に寝ている男の頭にそのまま命中し、

矢の突き刺さる音と共に、いびきの音が鳴り止んだ。


「これで良しと」

「良しって……もう終わらせちゃったんですか?」

尋ねるサリアの口調は少し不満そうだった。

自分が中の様子を確認もしてもない内に物事が終わってしまったのでは、

それもまぁ仕方の無い事だろう。

「まぁ……これが一番確実だと思ったからね」

「それにしたって、これじゃあ私、フィルさんに驚いただけじゃないですか」

口をとがらせいつもの声量で咎めるサリアにフィルはごめんごめんと謝って

それからその頭をポンポンと撫でる。

「まあまあ、中に居たのは大した事無かったし、大きな音を立てる訳には行かなかったしで、仕方のない事だったんだって」

「むぅ~」

「それに、あまり時間を無駄に出来ない感じだったし、下手に敵を起こして人質を取られる訳には行かなかったんだよ。中を見てごらん」

フィルに促されて窓から建物の様子を覗き込むサリアは、

中で横たわっている三人の女性を目にしてうっと言葉に詰まる。

「あれって、早く助けましょう!」

「ああ、その通りだ。今扉を開けてくるから少し待ってて」

フィルはそう言って窓に手をかけ乗り越えると、そのまま出入り口へと向かい、

扉に仕掛けられた鳴子を解除してから閂を外して扉を引いて開けた。


「さあ、どうぞ」

「もう鳴子って外さず鳴らしちゃって良かったんじゃないです?」

「まあ、たしかにさっき弓を盛大に響かせちゃってたしね。でも一応まだ周囲に隠れているかもしれないから相手に与える情報は少ない方が良いと思うよ」

「なるほど……まぁ、それもそうかもですね」

「とりあえずサリアはあそこに倒れている女性の確認をお願いできるかな?」

そう言いながらフィルは自分のカバンから三人分の毛布と体を拭く為の布を取り出すとサリアに手渡した。

「分かりました。あ、私、キュア・マイナー・ウーンズとキュア・ライト・ウーンズが使えますけど使ってあげてもいいですか?」

毛布を受け取りながら尋ねるサリアに、ふむと少しだけ思案するが直ぐに頷いて応じる。

「そうだね。たぶん今日はこれ以上の戦闘は無いだろうし、良いんじゃないかな?」

このパーティはキュア・ウーンズ系の魔法を使える者が案外多くて、

バードのサリア以外にも、クレリックのトリスが使用可能で、むしろこちらが本職といえる。

もしも予想が外れ戦闘が起きて怪我人が出た場合でもトリスがまだ呪文を残していたはずだし、

更に万が一、トリスが呪文を全て使い切ってしまっていた場合でも

最後の手段としてはフィルの手持ちのポーションやマジックアイテムを使うなど、

回復手段はまだまだ豊富に残されている。

そんな打算込みのフィルではあったが、当のサリアは知ってか知らずか嬉しそうに頷くと

横たわる女性達の所へと向かい、まだ意識がある者に優しく語り掛ける。

「大丈夫ですよ。助けに来たんです。もう大丈夫ですからね」

そうして傷ついた体に毛布を掛けてやり、それから呪文を唱え、

魔法で怪我の酷い者から順々にその傷を癒やしていく。


その間にフィルはというと殺した男のもとへと向かい、男の所持品を確認する。

そこで女達を繋いでいた枷の鍵を見つけると、サリアに手渡した。

「これで、この人達の枷を解いてあげてもらえるかな。男の僕では怖がらせてしまうだろうからね」

近づいたフィルにまだ意識のある女性の顔が恐怖に歪むのを見て、

フィルは手短に用を済ませると再び少し離れて男の所持品の確認に戻る。


以前のパーティでは男……それも厳つい中年男ばかりという事もあって

こういう場面では虜囚達に怯えられた事も珍しくなかった。

助けたはずなのに、絶望の表情でこちらを見上げられたりするのは結構しんどいものが有るが、

こちらとしてはなるべく配慮して職業柄比較的人あたりが良い方のクレリックや

老齢で威圧感が比較的抑えめなもう一人ウィザードが対応したりするのだが、

それでもやはり怯えられてしまうので、ここはもう、

そう言うものと割り切って怯える虜囚を救出をするより他は無かった。

それが若い少女が対応する場合はこうも穏便に救出が進むかと……。

一応念の為、助けた囚人に敵が紛れてる可能性が有るのであまり離れる事は出来ないが、

それでもここは離れて見守るのが最善と、

男の所持品を確認し終えたフィルは周囲の捜索に注力する事にした。



「とりあえずこれで良しと。一旦みんなを呼んでこの人たちのお世話をしますね」

「そうだね。周辺は僕が調査するからサリアは皆と彼女達の様子を見てもらっていいかな? 全員だと多い様なら昼食の準備と看病するのとで分担しても良いしね」

女達の枷を解き終えて皆を呼んできますねと言うサリアに、フィルは自分も同行する事を提案する。

此処に女性と一緒に残っても相手を怯えさせるだけだろうし、

ここを数人で見てもらえるなら、一人だと効率が悪いとはいえ外の捜索をした方が良さそうだ。

と、そこまで言って、念の為にと付け加える。

「あ、ただしこちらも必ず複数で当たる様にしてもらっていいかな? それと戦闘が可能な者をかならず一人は付けておいて欲しいんだ」

「ん……? あ、分かりました。気を付けておきますね」

フィルが付け加えた言葉を一瞬考えたサリアだが、

言わんとしている事が何かを理解したようで、渋い表情で頷く。

できればそうあって欲しくないというのはフィルも同感だが、

こういう事はフィル達がどんなに願っていてもどうしようもない事である。


「ああそうだ。奥にあったチェストは罠と鍵を解除済みだから、中の戦利品はリラに回収してもらっておいてもらえるかな?」

「わかりました! なんだか冒険者らしくなってしたね」

「まぁ、ゴブリンより豪華なのは確かだね」

冗談とも本気ともつかないフィルの言葉に僅かに笑うサリア。

前回の時より大分テンションが控えめなのは

女達の前で喜ぶのは不謹慎だからと控えているのだろう。

まぁ、目一杯喜ぶのは全てが終わって、喜べる状況になってからでも遅くは無いだろう。

「そうですね。じゃあ、みんなを呼んできましょうか」

そのサリアの言葉で二人は女性達を残して山小屋を一旦後にした。

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