邪神さんの街への買い出し67
雑木林の中を縫うようにして続く獣道は
道幅こそ大人の男性一人分ほどの幅しかないものの、
何人もの人間が往来していた事を示すかのように
土がむき出しの地面は程よく踏み固められており、
所々にある藪はわざわざ枝が刈り込まれていたりと
明らかに人の手により整備された痕跡が見られた。
おそらくは元々あった獣道を野盗達が自分達が使い易いよう整備したのだろう。
こんなに使い易くしてしまったのでは簡単に追手に追跡されてしまうだろうに……とも思うのだが、
まぁ、当人達がそれで良しと思っていたのだから、
そこに突っ込みを入れるのは野暮と言うものだろう。
何よりフィル達がこうして簡単にアジトまで追跡できるのだから、
こちらとしては寧ろ感謝すべきと言える。
そんな道をコンポジットロングボウを片手に装備したフィルが先頭を歩き、
そのすぐ後ろをリラがこちらはショートボウを手にフィルの少し後ろを続く。
ロングソードを腰に差し、ヘビーシールドは背中に背負ったリラは
未だ慣れない索敵に戸惑った様子で辺りをきょろきょろと見回していたが
暫くすると諦めたのかフィルの仕事を観察するようになり
まるで弟子が師匠の技を盗まんとばかりに仕事をするフィルの様子を後ろから覗き込んでは
何をしているのだとか、これは何の罠なのかだとか、あれこれと尋ねてくるのだった。
「こういう追跡をする時って、何か気を付ける事ってあるんですか?」
枯葉が積もった場所を身を屈み慎重に払い確認するフィルの背後から、
ぴょんと首を延ばして覗き込み、作業の様子を眺めながらリラが尋ねた。
先程からこんな感じで気になる事が有ると色々質問してくるのだが
それのお陰か、ここは敵地だというのに
なんだか授業の延長の様でどうにも緊迫感が薄れている気がする。
「そうだな~。僕も本職じゃないけど、まずは足跡の様子に気を付けるかな。罠や仕掛けが有る場所は大抵その周辺の足跡の動きに特徴があったりするからね。ここの場合は枯葉なのにその上に踏んだ跡が無いから何かあるんじゃないかと思ったんだ」
そう言って注意深くフィルが枯葉を避けると
地面が抉れており、その中には鋭く先端を削らせた木の杭が顔を見せた。
「おおー。なるほど……。敵も罠を避けるから、そこに足跡は無いとかって感じです?」
「そうだね。まぁ、一人ずつなら作動しない罠なんてのもあるけどね。後は少しでも違和感のある所は注意する事かな。今みたいに枯れ葉が少しだけ積もっているだけに見えて罠が仕掛けられてた、なんて事は良くあるし、目立つ場所に何かある時も罠を疑うのが良いと思うよ」
「なるほどー。色々あるんですね」
「経験を積んだローグやレンジャーは歩きながらどんどん見つけていったりするんだけど、流石に僕じゃそこまで出来ないからこうしてじっくり確認しているって訳さ」
ローグの「罠見抜き」やレンジャーの「迅速なる追跡」といったクラス特徴は
罠の発見や獲物の追跡を素早く行う事が出来る特技で
これらの特技を持たないフィルは彼等と比べるとどうしても一歩劣ってしまう。
とは言え、今の所はそれが大きな問題となった事は無い。
それに本当に急ぐ時はコストはかかるが召喚呪文でも使って
囮に罠を踏ませたりと代わりの手段も有る。
「やっぱりローグが居ると便利なんですねー」
「そうだね。まぁ、無いなら無いなりに何とかするしか無い訳だけどね」
説明をし終えたフィルは罠に目印を付けて後列の者達に注意を促し、
自分が先導して罠を迂回していく。
「こうしてると、フィルさんって本職のローグかレンジャー見たいですよね」
「そうかい? 流石に熟練のレンジャーという訳には行かないけどね」
慎重に周囲に罠や伏兵が無いか確認しながら進んでいくフィルの手慣れた動きに
感心した様子しみじみと言うリラにフィルは肩を竦めて見せる。
若返った所為で全然ベテランの貫禄が無いフィルだが、
これでも自分は冒険者歴二十年の古強者である。
片手間とはいえ、これまでの冒険者人生で訓練して身に付けた捜索技能や生存技能は、
そこらの見習いローグなんかよりも遥かに高いという自負はある。
それに加えて「あの力」に憑りつかれた際に身体能力、特に知覚の増加おかげで、
特定の場面でなら熟練の専門職にも劣らない仕事が可能になっており、
おそらく、この程度の痕跡の追跡や周辺の捜索ならまず失敗する事は無いだろう。
もちろんそれでも熟練した本職のローグやレンジャーと比べると至らない点は多い。
ローグの様に魔法の罠を解除する事は出来ないし、
レンジャーの様に迅速に足跡を追跡する事も出来ない。
今はまだ何とかなっているが、
将来リラ達が成長して高難易度の冒険を行おうとした時は
フィルの持つ技能では力不足となる場面が出てくるかもしれない。
だがそれは今では無い。
将来の懸念は彼女達の成長に合わせてじっくり解決していけば良いし、
それにそう言う場面に出くわしたとしても
魔法やアイテム、もしくは別の手段を使って解決出来る事は多い。
クエストの解決方法は一つでは無いのだから、その時に採れる手段を取れば良いのだ。
「さすがにこの辺りで待ち伏せは無さそうですね。フラウちゃん大丈夫です?怖くない?」
「はいですっ」
最後尾を歩くサリアがすぐ前を歩くフラウを気遣う声が後方から聞こえてくる。
「あ、ここ罠があるから気を付けてね?」
「はいですー……わぁ」
フラウのすぐ前を歩くアニタも何かとフラウの世話を焼いてくれて
これだけ見るとなんだか楽しそうにハイキングをしている様にも見える。
「通れましたー!」
「うんうん。その調子ですよー」
「はいですー」
無事に通れた事を嬉しそうに報告するフラウをサリアがこちらも楽しそうに褒めている。
さしずめサリアとアニタは小さい妹に世話を焼く姉達といったところだろうか。
悪意で作られた罠も、今はちょっとした障害物でしかない。
まぁ怯えたりするよりは良いのかもしれないが、
一応ここは敵地で、殺し合いだって起こりえる場所だ。
もう少し緊張感を持ってもらった方が良いのだが……、
とはいえ叱責するのも、幼い少女の同行を認めた時点で、
フィルにそれを咎める資格は無いというものだ。
……まぁ、わざわざ待ち伏せている可能性は殆ど無い訳だし、
ここは素直にきちんと面倒を見て貰えている事に感謝すべきなのだろう。
後列が楽しそうにしている一方で、罠の捜索や足跡の追跡をしている前列は
後列と比べると少しだけ緊張した雰囲気があった。
とは言え、これも程度の差、と言えるぐらいのもので、
「罠は少ないみたいですけど、やっぱり普段使いで利用する道だからですかね?」
「だろうね。とはいえ無い訳じゃ無いから気を付けないといけないんだけどね」
何時の間にかリラに続いて授業に加わったトリスの質問に
先頭を歩くフィルが前を確認しながら答える。
どうやら二人はフィルの後ろを二列になってついて来ているらしい。
大人の男性一人分が若干余裕あるぐらいの道幅は、
少女達の体格なら辛うじて二人でも通れるのだろう。
賑やかな後列と比べて前列は罠の捜索や敵の警戒で忙しくあまり喋る余裕は無かったが、
それでもこうしてリラやトリスが話しかけてくるのに応じる形で
後列と比べれば慎ましいながらも賑やかに探索が続いている。
フィルとしては先程まではリラだけだったのに今ではトリスも加わり
背中の左右から二人の女の子に覗き込まれながら作業をするというのは
何ともこそばゆいものがあったが、まぁ、彼女達の経験の為とならば、
それもまた致し方ない事なのだろう。
特にクレリックのトリスはリラ達のパーティ内で最も判断力が高く
レンジャーが居ないこのパーティの中では
足跡を追跡したりするのに役立つ生存技能を学ぶに最も適している人材である。
おそらくパーティにフィルが居ない場合はリラとトリスの二人が
隊の前衛で足跡の追跡や罠の捜索を行う事になり、
その為にもこうして学べる時に学んでおきたいという事なのだろう。
幸いこれまでの道中で見つけた罠はどれも構造が単純なものばかりで
フィルの技能でも手に負える点と、彼女達の理解しやすい構造という点で
学習教材として丁度良い難易度と言えた。
「それにしてもさっきから攻撃的な罠ばかりですよね? もう少しアラームとかもあるのかと思ったのですけど」
「そう言えばそうだよね。落とし穴とかばかりだし」
「まぁ、ここにアラームがあっても聞ける人が居ないだろうからね。住処の近くになれば多分アラームもあるんじゃないかな?」
トリスやリラが疑問を口にして、そんな二人にフィルが自分の見解を伝える。
先程から何度か繰り返されているやり取りで
場合によっては作業の手を止めて説明をしたりしていたので
探索の進行が少し遅れてしまっている感は否めないが、
せっかくこうして前向きに学ぼうとしているのだから、
それに付き合うのも悪くは無いだろう。
アジトに何人残っているのかは不明だが、留守番がいるのならば、
彼等が気付ける襲撃者に気付く為の仕掛けが設置されている可能性が高い。
そしてフィルの予想通り、雑木林の中に粗末な建物が見えてきた所で
不自然に板の上に枯れ草を積んで隠された鳴子の罠が見つかった。
それは道に土と枯れ葉で隠すようにして板が置かれており、
一応その上には足跡もあったが、その脇には道を外れてそれ以上に多くの足跡が残っていた。
明らかにこちらが本道で、道の上の足跡はダミーとして付けられたものである事が分かる。
(おそらく大人数で歩くと発動する罠で一人ずつ通れば大丈夫なんだろうけど、結局一人ずつ通るのが面倒で迂回していたのだろう)
試しに板の少し離れた所にある不自然に盛り上がった土をどかしてみると
そこには地面から生えるようにして出ているロープが雑木林の藪に向かって伸びており
更に藪の向こうを覗いて見てみるとロープの伸びる先には鍋らしきものが吊り下げられている。
おそらく、大人数が一度に歩くと板が抜けて
向こうある鍋が落ちるなり中身を落すなりして
周囲に大きな音を鳴らす仕掛が施されているのだろう。
「ホントにありましたね」
「まぁ野盗の考える事は大体一緒だし、当たっても大した事は無いのだけどね」
「これって解除するんですか?」
「いや、解除に失敗して大きな音を出す可能性もあるし、ここは迂回する方が良いと思うよ。幸い迂回路はこうしてはっきりしているしね」
念の為、罠を避けた先にも罠が仕掛けられていないか確認し終えたフィルが、
手本として野盗達の移動の痕跡をなぞり安全を確認して見せる。
それにしても折角少人数でなら通れる罠を作っているというに
あれだけの大人数で避けて通っては痕跡が残って、
これでは引っかかる者は殆ど居ないだろうに。
夜襲や罠に対する知識の無い素人相手なら、これでも効果を発揮するのかもしれないが、
日中、それも捜索技能を少しでも齧った者が相手ではまるで役に立たない代物だ。
この辺の気遣いと言うか予測が出来ない辺り、
ここの野盗の程度が分かろうというものである。
野盗達がかつてそうしていた様に、フィル達も板を迂回して
その後さらに獣道を数分ほど歩いた所で
フィル達は雑木林の中に建てられた粗末な建物に辿り着いた。