邪神さんの街への買い出し66
フィル達が再びテレポートで元来た街道に転移すると
リラとサリアが転移する前と同じ位置で手足を縛った野盗を見張っていた。
手にした剣の切っ先を野盗に向け、おかしな動きが無いか二人が見張るそのすぐ足元では
手足を縛られ猿轡まで噛まさられた野盗が観念した様子で大人しく転がっている。
まぁ、あれだけフィルに固く手足を縛られ
ついでにその辺の死体の服を破いた布で作った猿轡を噛ませられれば
流石に動く余地も気力も無くなるだろう。
サリアからは散々に過保護だとか言われたものだがフィルとしては後悔は無い。
「ただいまですー」
「ただいま。二人共、変わった事はなかった?」
駆け寄り元気良く帰還の挨拶をするフラウにトリスが続く。
その声に気付いた二人が不思議そうな顔をしてこちらへと顔を向けた
「早かったわねー。まだ向こうに行ってから殆ど経ってなくない?」
「ですよね。ほんとにもう用事は終わったんですか? 忘れ物とかじゃなくて?」
リラとサリアがそう思うのも無理はない。
普通、取引というのは幾ら手早く済ませようとしても
内容や注意点の確認やら商品の検品やらで多少の時間がかかるものだ。
場合によっては小一時間は掛かるかもと思っていたのが
実際には五分と掛からずに全員戻って来たのだから不思議がるのも無理はない。
「雑貨屋のおば様が細かい事は向こうで引き受けてくれるというから、子ヤギを預けて戻って来たのよ」
「早く戻りなって急かされちゃった」
「あーなるほど……おばさんらしいっていえばらしいか」
「なんにせよ手早く済んで良かったですねー。まだまだやる事は一杯ありますし」
トリスとアニタの説明に素直に納得するリラとサリア。
二人への説明を終えた一行は早速次の行動に移る事にした。
サリアの言う通り、やる事はまだまだ沢山あって出来ればそれは日が暮れる前には終わらせたい。
幸いにして今はまだ昼前で、そして今の季節は初夏で日没まではまだかなりの時間が残されている。
とは言え野盗のアジトに到着するまで、そしてアジトを探索し終えるまでに
どれだけの時間が必要なのかは未知数であり、
だからこそ出来るだけ早く動くに越した事は無い。
「それじゃあ門番をしている衛兵にこの手配書を渡して、街道で待ち伏せをしてた野盗を倒したと伝えるんだ。それから証拠品として手配書にも書かれているそれらの装備と捕まえた野盗を見せれば後は衛兵の方で処理してもらえると思うよ」
カバンから冒険者の店で手に入れた手配書を取り出し、
それをダリウに渡しながら今後の手筈を伝えるフィル。
捕らえた野盗と、手配書に記載されていた特徴のある装備は既に荷馬車に載せられており、
子ヤギ達が居なくなった敷き藁の上に無造作に転がされている。
「襲われたって言わなくてもいいのか?」
「ああ、状況は正直に報告しておいた方がいい。念の為だけど攻撃を仕掛けたのは此方からだったし、後で虚偽報告と騒がられても面倒になるからね」
世の中にはゾーン・オヴ・トゥルースやディサーン・ライズ、ディテクト・ソウツなど、
その手の隠し事を暴く為の呪文は多く、ついでに言うと難易度的に扱える術者もそこそこ多い。
なのでダリウ達の証言にそう言った呪文での検証が行われる可能性も高く、
そこで嘘だとバレた時の立場が悪くなるのは此方である。
「なるほど、わかった」
「わざわざ嘘を吐かなくてもこれらの証拠を見せて状況を説明すればすぐに納得してもらえると思うよ。もしかしたら残された野盗の死体を確認するために衛兵を派遣する事になるかもしれないから、その時は一緒に戻って来るといいよ」
「わかった」
荷台に野盗を乗せた荷馬車が遠ざかるの見送った一行は
いよいよ野盗のアジトを目指す。
「さて、と……これからどうします? まずはアジトを見つけないとですけど、足跡をとか残ってるもんなんですか?」
荷馬車を見送り、一行のリーダーであるリラがさっそくフィルに尋ねた。
「そうだね。まぁ相手は隠密行動や追跡技能については素人の様だし、何よりこれだけの集団だし、見つけるのは然程難しくないんじゃないかな?」
尋ねるリラにそう言って野盗がやって来た足跡を辿るフィル。
街道を道なりに追って野盗達が駆け込んできた来た曲がり道のその先を更に進むと
少し進んだ所に彼等が潜伏してたらしき茂みが見つけた。
彼らが隠れていた藪の裏に立ち、その周辺を少し見回すと
藪と藪の合間に分かり易い枝を押し避け地面が踏み荒らされた跡が見つかった。
「ここから来たようだね」
そう言ってフィルが藪を奥を見てみると、
大分育った獣道が雑木林の奥へと続いている。
おそらく野盗達は普段からこの獣道を使っていたのだろう。
十人規模の素人集団が何度も通り地面が踏み固められた事で
本来は何も無い藪であったであろう所は十分立派な獣道となっていた。
もしかしたら自分達が通り易い様にと、念入りに踏み固めてわざと道にしたのかもしれない。
普通に考えれば隠れ家への道順が分かるようにする行為は自殺行為と言えるのだが、
この手の規模が大きくなった野盗やオークなどは特に、この辺の警戒に無頓着な者が多い。
やって来た者を返り討ちに出来るという自信なのか、それとも何も考えていないのか。
まぁ、これまでのフィルの経験から言えば、後者の方が圧倒的に多いのだが。
「おー。……結構はっきり残ってるんですね? 襲われるとか心配しないんですかね?」
道の奥まで続く獣道にサリアが呆れた様子で呟く。
「これじゃ直ぐに見つかっちゃうんじゃないかな?」
サリアに同意する様にアニタも感想を漏らす。
どうやら他の娘達も二人と同様の疑問を持っている様だった。
そんな少女達にフィルは苦笑いで答える。
「あー、そうなんだね。なんでかこの手の野盗とかは人数が増えると、その辺の事が大胆になるんだよね。まぁ、何れにしても草の踏み分けた跡の向こうに目的地があると見て良いだろうね」
「……これって罠とかって事は無いですかね?」
今度はリラが質問してきた。
あまりにもあからさまなので逆に罠かと警戒しているらしい。
ちゃんと色々疑問に持ってくれて先生役としては嬉しい限りである。
「他に足跡のある道は無いみたいだし普段使いで使用しているみたいだから可能性は低いと思うよ。とはいえ最低限の警戒は必要ではあるけどね」
「ここをわざと分かり易くして、別の所に本当の道があるとか、という可能性はありません?」
今度はトリスが尋ねる。
こういう場合でも警戒を怠らないのはとても大切である。
とはいえ用心するに越した事は無いが今は時間が惜しい。
「どうかなぁ、一応軽く見る限り、他に道らしい物は見当たらないし、そもそもあの程度の技量であの人数が痕跡を残さずに林の中を移動できるとは思えないんだよね。何より野盗の戦いぶりだとあまり複雑な策を弄せる様には見えないしね。まぁ……道の途中に罠を仕掛けておくなんて事は有り得るかもだけどね」
一応軽くではあるが一行の中で最も技能が高いフィルが調べても見つからなかったのだし、
多分、リラ達が全員で捜索をしても別の道が見つかる事は無いだろう。
という訳で状況を見ての推測を交えたフィルの説明になるほどと全員が頷く。
「なるほど……。それじゃこの道を辿っていくでみんないい?」
リラの確認に少女達が頷く。
「それじゃあ先頭はフィルさんと私で、その次はトリスとアニタ、後ろはフラウちゃんとサリアの順でいくよ?」
「「「「はーい」」」」
リラの言葉に今度は返事をする少女達。
いまいち頷く時と返事をする時の違いがフィルには分からないのだが、
何故か少女達はちゃんと揃って頷いたり返事をしたりが出来ている。とても謎である。
そんな事を考えながら、少女達の返事をのんびり眺めていたフィルの脇腹を
隣にいるサリアが肘で小突いてきた。
「ほらほら、フィルさんもちゃんと返事しないと駄目ですよ?」
そう言うサリアの顔は何時もの悪戯顔である。
どうしてもこの娘は自分を構いたいのであろうか?
「え? ああ、ごめん。いやまぁ、今までのパーティとやり取りのテンポが違い過ぎて、どうにもついて行けなくてね」
「もー。だめですよー。ちゃんと返事しないと」
繰り返しダメ出しをされるが、一緒になって「はーい」と言うのも妙な感じだし
かと言って一人だけ「分かった」とか言うのもどうにも変な感じである。
思い返せば以前だったらこの手の確認の時は
一人ずつ「分かった」とか「問題無い」とか「良いよ」とか言っていた。
急ぐものでも無いし、それで特に問題も無いので
全員揃って返事を返すなんてした事は無かったのだが、
パーティが変わるというのは、こういう所も変わるものなのだろう。
「うーん、まぁ、お互いそのうち慣れるんじゃないかな? 問題がある時は意見を言うから、無言だったら了解したと思って貰えればと思うよ」
「むぅ~。なんかそれって狡いです」
お茶を濁すようなフィルの素振りに頬を膨らませるサリア。
そんなサリアの仕草があまりにも子供っぽくて、
思わず軽い苦笑いを浮かべてその頭を軽く撫でる。
案外サリアがフィルに言わせたくて、今みたいなやり取りをさせているのかもしれないが
流石にそれは考えすぎというものだろうか?
まぁ何れにしても、少女達も楽しそうにしているし悪い事では無いだろう。
「そう拗ねないでよ。それじゃあそろそろ行こうか。可能性は低いけど道中に罠が仕掛けられている可能性もあるから。僕が通った所以外はなるべく触れない様に。あと何か気になる物を見つけた時は僕に声を掛けてね
「「「「「はーい」」」」」
フィルの説明に声を揃えて返事をする少女達。
こうなってくるといよいよ引率の先生感が増してくるが、
とりあえずその事は一旦外に置いて一息を吐いて、
気持ちを切り替えたフィルは一行の先頭を歩き出した。