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邪神さんの街への買い出し60

パーティから先行して隊列の前に出たフィルは

手を挙げ皆に足を止めるよう指示を出すと、

それから一人で野盗達が潜んでいる茂みへと向かった。

今の位置から茂みまでの距離はおよそ100メートルと言った所。

先程まで響いていた車輪の音が止み、

ロバの嘶きと子ヤギ達の鳴き声だけが辺りに響く。

街道の先にある茂みは一見何も無さそうではあるが

よく見れば時折僅かに枝葉が揺れたりして

そこには確かに何かが潜んでいる気配があるが、

都合の良い事にどうやら相手は動く気は無いらしい。


フィルはコンポジット・ロングボウを手に一行から一人離れて街道を進み、

茂みまでの距離が60メートルほどの距離に来た所で立ち止まると、

腰の矢筒から矢を二本引き抜き、そのうち一本を弓に番え、大きく引き絞り放った。

一見無造作にも見える打ち方だが、

熟練の戦士特有の狙いを定める間を極力減らした速射を前提とした動作で、

打ち出された矢は線の軌跡を描いて野盗達が潜む茂みへと向かっていく。

その結果を確認する事をせずにフィルは手にした二本目の矢を弦に番え、

さらに続け様に二射目を射ち出す。

二本目の矢が茂みに命中する頃には

フィルの手は既に矢筒の三射目と四射目の矢に手がかけられており、

その矢を矢筒から引き抜き、三射目を射ようと弓に矢を番えた所で、

フィルは何時でも矢を放てる姿勢のまま、茂みの向こうの様子に注視した。


茂みは矢が撃ち込まれた直後は静かだったが、

暫くすると茂みの向こう側が俄かに騒がしくなった。

「おい、おいっ! くそっ! やられたっ!」

「はやくきてくれっ! ばれたっ!」

「野郎! ぶっ殺してやる!」

「おい! 護衛は一人だ! やっちまえ!」

茂みの向こう側から粗末なレザーアーマーを来た男が四人、次々に立ち上がり、

慌てた様子で大声を上げてその先で待つ仲間を叫びながら

手にしたショートボウでフィルに向けて矢を放ってきた。


ショートボウはある程度の飛距離を飛ばせる遠距離武器の中では

スリングやブロウガン以外では最も安価で取り回しも比較的容易な為、

軍用武器にもかかわらず、ローグやバードといった

軍用武器に習熟していないクラスの者にも好んで使われており、

それ故に武器の流通量もかなり多い方の武器と言える。

そのお陰なのか、こうして野盗やゴブリン、オークといった

俗に野蛮な種族と言われている者達にも所持している者が多く、

戦利品としても比較的容易に手に入る為、

今のリラの様に駆け出しのファイターがとりあえずの遠距離攻撃手段として

戦利品で手に入れたショートボウを使うなんて事も珍しい事では無かった。


そんな扱い易く安価、便利で人気のショートボウだが

反面、威力に関して言うと誰でも使える反面、

コンポジットボウの様に弓の張りが強靭でない為に

高い筋力を活かした強力な攻撃をする事が出来なかったり、

それに伴って射程も短かったりと、

どうしてもフィルが今装備しているコンポジット・ロングボウや

後方でラスティが用意しているヘビークロスボウと比べると威力や射程が劣る。


勿論魔法で強化された弓なら別だが

そんな高価な品を山賊のそれも下っ端の様な輩が持っているはずもなく

それがどういう結果になるかといえば、

野盗達は街道の真ん中に立ち弓を構えているフィルに向かって一斉に矢を射るが、

射られた矢は60メートル離れた場所に居るフィルにまるで当てられていない。


一応、ショートボウの最大射程は200メートル弱なのだが、

実際にショートボウを使いその距離の動く的に命中させるのは非常に難しく

軍用武器に習熟したばかりの者が容易に相手に命中させられる距離は精々20メートル弱しかない。

その為、今の60メートルというフィルとの間の距離でも素人同然の野盗の腕では

そもそもフィルの居る場所に矢が当たらないか、

運よくフィルに届いたとしても簡単に軌跡を読まれて避けられてしまうのだった。

そして素人同然の彼等は、矢をつがえ、狙い、放つの一連の動作に五秒以上かけてしまっている。


一方でフィルの放つ三射目、四射目の矢は

立ち上がった瞬間の野盗の内一人の胸に狙いたがわず命中し

胸に矢を深々と突き立てた野盗は自分の矢を射る事も出来ずに

そのままそのまま崩れるように倒れ込んだ。


(ふむ。効果はきちんと発揮している様だな)

既に五本目、六本目の矢に手をかけながら

野盗に矢が命中する様子を確認して、自分が装備している能力減衰の指輪が

正常に機能している事を確認したフィルは内心満足気に頷いた。

減衰された敏捷力のお陰で以前に近い感覚で照準を操る事が出来るし、

減衰された筋力で最大限に筋力を活かせるように調整された

魔法のコンポジット・ロングボウは十分現実的な威力に留められている。

これなら本気で戦闘しても周りから違和感を感じられる事は無いだろう。


野盗との戦闘の最中で正面から矢を射られているにも関わらず、

それをひょいと避けながらもそんな事を考えているフィルは

後ろから聞こえてくるアニタのメイジアーマーの詠唱に

良い判断だと感想を思ったりもしながら、

次の行動はどうしようかと再び戦闘に思考を戻す。

戦闘はフィルに有利であり容易に相手を殲滅させることも可能だろう。

とはいえ……。


(このまま倒すのは、あまりよろしくないんだよなぁ……)

一人目があっさり倒れた様子を見て、

次の標的へと狙いを定めながらフィルは考える。

このまま続けて倒していくのは容易だが、

多分それだと本隊が到着する前に伏兵達を全滅させてしまう。

そんな派手な事をすれば本隊に警戒されて、

場合によってはこちらに来ずに逃げてしまう可能性がある。

弱い者ばかりを狙うような輩であれば十分に考えられる行動だろう。


(伏兵の腕とショートボウの射程からして、本隊との距離が100メートル以上離れているという事は無いだろう。だとすると全力疾走で駆けつけて早ければ十秒ちょっと……まぁ普通に急いで来るなら三十秒程度といった所か……)

三十秒もあったらこの程度の野盗三人は確実に倒してしまう。

遠く離れた場所から聞こえてくる野盗の本隊が掛けてくる足音も全速で来ている様には聞こえない。

この辺、雑木林が緩いカーブの先を隠していて、

その先の様子が分からないがなんとももどかしい。

野盗達も面倒な地形を選んでくれたものである。

(やはり、少し時間を稼いでおくか……)


簡単に方針を決めたフィルは、

再び飛んできた野盗達の矢を僅かな動きで身軽に避けながら、

今度は十分狙いを定める時間を取って五射目の矢を放った。

矢は野盗達には当たらず、その奥の雑木林の奥へと消えていく。

その様子をきちんと確認し、さらには続く六射射目を射る事はせずに、

相手が再び射ってくるのを待ってからもう一射応戦するが、

これまた野盗を外れて雑木林の奥へ消えていく。


「もー! フィルさーん! 何外してるんですかー!?」

後ろで見ていたサリアからの叱咤が飛んできて、

それを一先ず無視する事に決め込むフィルだったが

その声で遠く離れた野盗達が色めきだっているのに

なんとも言えない不快感が胸中をよぎる。

(……もう一人殺すか……これで大体十秒といった所だし、本隊が到着する頃には一人か二人が残っていれば良いだろうし……)

この辺でそろそろ人数を削ろうとフィルは再度矢筒から矢を一本取り出し、

最初の攻撃と比べたらたっぷり時間をかけて狙いを定めて矢を放ち、

それをサリア達に向けて下卑たことを叫んでいた野盗の頭に命中させる。


急所に深々と矢を突き立てて野盗が崩れ落ちるその横で

残った仲間の野盗二人が「お、おいっ!」とか「あんなの偶然だ!」だとか

喚いているのを聞きながらこれ以上は本隊が到着するまで控えようと

再び矢を一本ずつ矢筒から引き抜いては野盗に外すを繰り返していく。

野盗達も「時間さえ稼げばこっちのものだ」とか「下手糞が外してやがらぁ」とか

罵声とも動揺を隠すような言い訳ともつかない叫び声を上げながらこちらに矢を放ってくるが

残念ながら彼等の矢がフィルに命中する事は結局最後まで一度も無かった。

それにしても、これだけ射れば命中する見込みが無いと気づきそうなものだが

それでも逃げずに矢を射続けてくるのはおそらく

あの伏兵達は本隊が到着さえすれば、あんな射手一人、どうとでもなると考えているのだろう。


それと非常によく似た事をフィルも考えていた。

野盗達が逃げずにここまで来てくれさえすれば、

ここからならたとえ相手が逃げ出しても漏らさず倒せるだろうと。

別に神の力を得たからの慢心という訳では無く、

力を得る前のフィルが一人で戦った場合での肌感覚での予想である。

昔と比べて装備の性能は低いが、

マジックアイテムで減衰させているとはいえ、

向上した身体能力は武器の性能を十二分に補っているし、

それに本気を出して動ける今ならば、

この程度の野盗相手、まるで負ける気がしない。

(とはいえ、役目はあくまで伏兵の排除だし、メインはリラ達にやらせてあげないとなぁ……出来れば自分がやりたいけど……)

命のやり取りだというのに甚だ不謹慎な事だと自覚しつつそんな事を考えていると

じきに野盗達の本隊が到着し、

雑木林で目隠しされた街道の先から数人の野盗達が姿を現した。

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