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邪神さんの街への買い出し58

「フィルさん。あれって……」

街道の先に馬に乗った男の後ろ姿が見えなくなった事を確認して、

すぐ後ろを歩くリラがフィルに尋ねた。

「ああ、たぶんそうだね」

リラの問いかけにフィルは足を止めて後ろを歩く少女達の方へと振り返った。

「釣れたと見て間違い無いと思う」

「ですよね」

フィルの返答に硬い表情で言葉少なに頷くリラ。

見れば他の少女達も先程までの楽しそうな様子から一転して

真剣な表情でフィルとリラの会話に耳を傾けている。

全員、緊張している様に見えるがそれも無理もない事だろう。


なにせ彼女達には冒険者としての経験が少ない。

特に実戦経験は前回のゴブリン狩りの一度だけで

それだってフィルが有利な状況を作っての、言ってみればお膳立てされた戦闘経験だ。

殺し合いで命を奪う事自体に慣れていないというのも勿論だが、

それより彼女達を不安にさせているのは

今回の相手がおそらく自分達と同じヒューマンだという事だ。

前回の様な自分達より小柄で非力なゴブリンと違い相手は自分達と同じ人間。

それもおそらくは男性で自分達より体格も大きく、リラより膂力がある者も居ることだろう。

そんなのを相手に殺し合いをするのだから、初戦よりも厳しい戦いになるのは間違いない。

そんな事を考えれば不安になろうというものだ。


とは言え報告を見る限り、推測される野盗達の脅威度は決して高いものでは無い。

全体で見ても二か三程度、個々の脅威度で言えばおそらく一以下だろう。

多少の筋力差なんて、十分な技術と経験、

そして適切な戦術があれば容易に覆えされてしまうもので

フィルの見立てでは彼女達の技量とチームワークがあれば十分勝てるだろうと思えるし、

なによりこの程度の相手、挑んで戦って戦利品を分捕る位で無ければ

冒険者として続けて行くのは難しいと言わざるを得ない。


行ってみれば対戦相手としては非常に好都合な相手であり

そんな相手との戦闘でフィルが過度に手助けをしてしまうと

彼女達の経験と成長にとって却ってマイナスになってしまう。

その為、今回フィルは駆け出し冒険者にとって致命的となりうる

スリープやチャームに対抗する為の装備を全員に一つずつ貸し出しはしたが、

あまり過保護は良くないと、それ以上の装備は貸さない事にしていた。

その為、他は全て彼女達自身の装備である。

あ……いや、ライトクロスボウだけは引き続きアニタに貸したままだったか。

あと、魔法の楽器もそういえばサリアにあげたのだったか……。

……とにかく、基本的には彼女達の装備は一般的な装備である。


そして今回からパーティの指揮についてもフィルではなく

本来のパーティのリーダーであるリラが指揮を執ることになっている。

フィルがまともに戦闘に参加してしまうとそれだけで戦闘が終わってしまい、

彼女達が経験を積む機会が無くなってしまうという事で、

フィルはあくまでパーティの一員として行動するが

フィルは基本的に呪文は使わず弓と剣で戦うのみで、

フィルが持つポーションやマジックアイテムは使わないという取り決めになった。


この場合、あくまでフィルが以前のパーティとして入手したアイテムが対象であり

リラ達が冒険の中で入手した物やパーティのお金で購入したアイテムを

フィルが使用するのは問題無い。

命を懸けた殺し合いをしようというのに、なんだか遊戯のルールを決めている様で

聊か不謹慎な気もするが、数秒の迷いが生死を分けるような戦場だからこそ

予めこうした取り決めをして行動を明確にする必要があるのだ。

それにこうしたやり取りは雇い人や依頼主を戦闘に参加させる場合等では良く有る事なので、

今のうちから慣れておくのも悪い事ではないはずだ。


そんな訳で今回の戦闘は彼女達新米パーティの冒険である。

まだ緊張の抜けていない少女達にフィルは何か言って不安を紛らわそうかとも考えたが、

それは余計なお世話かと思い直し、特に励ます事はせずに、

かつて自分が冒険していた時と同様に振る舞う事にした。

「まずは装備に着替えてからだね。それから簡単に作戦をおさらいしよう。後はリラ、頼んだよ」

「あっ……はいっ!」

多分これが最後の指示となるフィルの言葉で一行は街道沿いに手頃な茂みを見つけると

荷馬車を道の端に寄せて早速準備に取り掛かった。

フィルが鞄から預かっていた彼女達の装備を取り出して少女達に手渡し、

受け取った少女達は早速着替える為に荷馬車の陰に移動する。



「こっち見ちゃダメですからね!」

「ああ」「大丈夫だよ」「分かってるって」

荷馬車の向こうから釘を刺すサリアに返事して

後回しの男三人は荷馬車を挟んで反対側に移動し

素直に少女達が着替え終えるのを待つ事にした。

男三人、並んでぼおっと前だけを見ている姿というのはなんとも間抜けな感じなのだが、

下手に周囲を警戒すると背後の少女達というかサリアだけなのだがから

「フィルさん! こっちみちゃだめです!」

と即座に怒られてしまうので残念ながらそれは出来ない。

ちなみに現在の所、街道を確認しようとしたフィルが一アウトである。


背後からの子ヤギの鳴き声に混じって聞こえてくる

少女達の衣擦れの音やちょっとした囁きなんかに年甲斐もなくドキリとしてしまうが、

気になる背後を我慢して空しく目の前の麦畑の上に広がる青空を眺めるのみだ。


世の中にはこういう指示に従えない者が一定数居たりするが

アウトローとか自由人とか散々に呼ばれている冒険者となると

残念ながらその傾向は街や村で暮らす一般の人々よりも多いのが実情だ。

その点で言うとフィルは以前のパーティでも現在のパーティでも

そういった類の者が居なかったのは幸運といえるだろう。


だが駆け出しから中堅まではその割合も多い様に見えるものの

上位の冒険者となると、その数は極端に減っていくように思える。

その理由は複数あるのだが、要はそういった者は長生きできないか、

あるいはコミュニティやパーティに居られなくなるのだ。

場合によっては他の冒険者に討伐依頼が出された者なんてのも過去には居たりして

そういう意味で、二十年ほど冒険者を続けてきたフィルの結論としては

守って差し障り無い規則や約束であれば極力守るべき

というのがこれまでの人生で学び得た事である。


そんな役にも立たない事を考えながら素直に前だけをを向いて時間潰しをしていると

暇を持て余したのだろう、フ同様に前の麦畑を眺めながらダリウが尋ねてきた。

「……なぁ、なんか隠す道具とか魔法とか無かったのか?」

こんな場合でもリラ達の心配を出来るのだから、

やはり真面目な青年だとフィルは思う。

これまで村で彼の評判を直接聞いた事は無いが、

こうして村への買い出しを任されている位なのだし

村人達からも信頼されていると見て良いだろう。


「うーん。一応、テント用の布とかで隠すというのもあるけど、とにかく手間なんだよね……丁度良く布を張れる場所を探したり、その為だけにテントを設営するのもあれだし」

フィルの回答に、荷馬車を背に前にある麦畑の方を向きながらなるほどと頷くダリウ。

ちらりと横目に彼の顔を見てみても強面は表情は分かり辛く、

呆れているのか同情しているのかいまいち判別できないが、

たぶんおそらくその両方なのだろう。

「でも、男ばかりだったっていうフィルの前のパーティならともかく、今は女の子がいるんだし可哀想じゃない?」

こちらも同様に荷馬車を背に前方にある麦畑を見ながらラスティが疑問を口にした。

彼もやはり常識人であり、こちらは人当たりが柔らかい為に

間違いなく村での評判は良いだろうと推測できる。


「そうなんだけどねぇ……」

確かにラスティの言う通りで、フィルも年頃の女の子を

野外で着替えさせるのはどうしたものかとは思っている。

野外での着替えについては、

以前のパーティは男ばかりで若い時からさして気にしていなかったし、

中年になってからはなけなしの羞恥心は慣れによって完全に擦り切れ、

どうせ周囲の人もいないなら、木陰に入るのもの面倒といった感じで

その場で気にせず装備を身に着けていたりしたのだが、

年頃の娘さんに同じ事をさせるのは流石にまずいだろう。

もし自分が親御さんならそんな事をさせる奴が居たらぶん殴っているに違いない。


「うーん、やっぱりテント用の布を目隠しに張るとかかな……流石に魔法で目隠しや退避してとかは、これから戦闘があるという時に貴重なリソースを使うのは考えものだし」

魔法に関して言えば、特に駆け出しの時の第一段階や第二段階の呪文は

たとえ使用回数が少なくとも文字通り冒険での切り札や生命線となりうる。

目隠しの目的で言うなら、一番簡単なサイレント・イメージという幻術が方法では第一段階の呪文、で壁の幻影を映して壁を作り目隠しにする事が可能だが、

今のアニタにとって第一段階の呪文は文字通り切り札であり、

文字通り生きるか死ぬかの戦闘の前に無駄なリソース消費は避けたい所だった。


「まぁ、場所によりけりなんじゃないの?」

フィルのぼやきに荷馬車の向こうからリラの声が飛んできた。

「ちゃんと身を隠せる場所があるなら私達もこれで良いと思いますよー」

リラに続いてトリスの優しい言葉の後に更にサリアが続く。

「ただし! 絶対覗いちゃダメですからね!」

ほっと安堵するフィルに、即座に釘を刺しにかかるサリア。

実際に覗いた事など一度も無いというのに、

どうにもこの娘はフィル達をからかって楽しんでいる様にも見える。

そんな荷馬車越しの微笑ましいやりとりをしながらも

少女達は全員着替えを済ませ、荷馬車の裏から出てきた。

まだリラとトリスの金属鎧は装着していない様だが、

こちらは多少人の目があったとしても然程気にならないからと言う少女達の言葉に甘えて、

フィル達男三人も荷馬車の裏に回り手早く着替え始めた。


今回、ダリウにはスタテッドレザーアーマーとロングソードとカイトシールドを

ラスティにはスタテッドレザーアーマーとヘヴィクロスボウを貸し出す事にした。

基本的にリラ達の援護と戦闘中の荷馬車の護衛に徹する方針の装備であり、

二人の役割はダリウがシールドで荷馬車と非戦闘員であるフラウを護りながら

ラスティがクロスボウで支援射撃を行うというものだった。

男が女に護られるという構成になってしまう事に

ダリウ達から不満が出るかもと少し考えたりしたが、

当のダリウ達はといえば、ふむと僅かに考えただけで

「わかった」と言葉短く承諾をしてくれた。

そんな補助役のダリウ達ではあるが、

ラスティに貸し与えたヘヴィクロスボウは今回の戦闘で言えば

間違いなく敵味方含めて最も威力の高い兵器であり、

場合によっては彼の戦果が戦闘の勝敗を決める可能性すらあった。


クロスボウは一射ごとに巻き上げに時間が掛かり

ロングボウやショートボウといった弓の様に連射が出来ないという欠点があるものの、

単純武器であり弓と比べて要求される技量がそれほど高くない為に、

一般人の民兵やウィザードといった軍用武器に習熟していない者達に人気の高い遠隔武器である。

その中でもヘヴィクロスボウはその重量故に持ち運びに不便な点こそあるものの

携帯できる遠隔武器の中ではトップクラスの威力と射程を誇る為

櫓や砦、船等で持ち運び可能なバリスタの代わりとして利用したり

大型のクリーチャーを狩る時に用いたり等、一部の界隈では非常に人気が高い。

ちなみに冒険者にはより軽いライトクロスボウの方が選ばれやすい。

嵩張り重量もグレートソードと同程度の重量があるヘヴィクロスボウは持ち運ぶのが大変で

戦闘訓練を積んでいない人間が持ち歩くには文字通り荷が重すぎるのだ。


貸し出したヘヴィクロスボウは無銘のマジックアイテムではあるものの、

エンチャントによる命中精度と威力の向上だけでなく

攻撃時に冷気と電気による追加ダメージを与え

更に相手が悪属性であれば追加で善属性のダメージも与えるという、

フィル達が傭兵に貸し出しす武器の中でも最も高威力の武器だった。

その辺をふらふらしているゴロツキ程度なら文字通り一射で殺せる威力であり

本来なら簡単に他人に貸与する類の武器ではなく、

よほど重要な場面でも無いと持ち出さない様な代物である。


明らかに今回の戦いでは過剰な威力である武器だが

そんな物を持ち出す理由は単純で

それらは偏にこの戦いでフラウに身の危険が及ばない様にする為である。

この戦い、リラ達に過度な手助けをするつもりは無いが、

かと言って彼女達が敗北してフラウに危険が及んだり、

それでなくても誰かが死んでフラウが悲しむ様な事態にするつもりは無い。

むしろフィルにとってはこちらが絶対条件と言っても良く、

その為のフィルなりの解決策がこれである。

十分に過保護である事はフィル自身うっすら自覚してはいるが

リラ達当人にしている訳では無いのだし、この位なら良いではないかと、

先程からずっと心中で言い訳を続けているのだった。



男達が革鎧に着替えて荷馬車の裏から出てくると、

丁度リラとトリスの金属鎧の着付けが終わる所だった。

ファイターのリラはロングソードとショートボウにスケイルメイルにカイトシールド。

クレリックのトリスはメイスにチェインメイルにカイトシールド。

バードのサリアはレイピアとショートボウにレザーアーマー。

ウィザードのアニタはライトクロスボウにローブ。

全員各々の装備の上にフィルから借りた同じ魔法の外套を羽織り、

久しぶりの装備の具合や重さを確かめている姿は

こうして見ると先程の街娘から一転、立派に冒険者パーティである。


「よし。みんな準備は出来たようだね。じゃあ後はフラウの装備だね」

「はいですっ!」

頑張りますといわんばかりに気合十分なフラウにフィルは自分の鞄の中から、

首飾りと指輪、それと明らかに戦闘用の物と思える籠手を取り出すと、

それらを少女の小さな手に手渡した。

どれも大人が装備する様な大きさの品々だが、

ある程度以上のマジックアイテムになると

大抵の物にはサイズを自動的に調整する能力も備わっているもので、

これらの装備も例に漏れず調整機能が備わっていた。

フラウが明らかに自分の腕の何倍も大きな腕甲に腕を通すと

身に付けようとした所でその形がみるみるうちに収縮し、

数秒と掛からずに少女の細腕にピッタリの形状へと変化する。

「わぁ~。ぴったりですね!」

以前もブーツで同じ体験をしているだけあって驚く事は無かったが、

それでもフラウは物珍し気に腕甲を付けたり外したりして具合を確かめている。


「これらの装備はそれぞれ力場の装甲を得たり、皮膚を硬化したり、着ている物を鎧の様に強化したりするアイテムなんだ。フラウはこれを装備してダリウ達の後ろで待っているんだよ」

「わぁ……はいですーっ」

フィルの説明を聞いても今一つ理解していないようだが、それでも元気よく返事するフラウ。

少女の華奢な腕に変化したおかげで見た感じは

普段着の少女が腕にアクセサリを付けているだけにも見えるが

全てを装備した今のフラウはフルプレートメイルを遥かに超える重装甲である。

とはいえ、だからと言ってこれでフラウに戦闘させるつもりは毛頭ない。

あくまで矢が飛んで来た時の、もしもの備えである。


「おー、いいですねー。それだけあれば戦闘になっても安心ですね」

「そうなんです?」

「ええ。たぶん、首飾りはアミュレット・オヴ・ナチュラル・アーマーで指輪はリング・オヴ・プロテクション、籠手はブレイサーズ・オヴ・アーマーじゃないですか?」

バードとしての知識の中に思い当たる物があったのか、

サリアはフラウの手や首元を覗き込んで身に付けていた装備のアイテム名を言うと、

どうですか?と答え合わせとばかりにフィルの方へと向き直った。

「うん。正解だよ。もっと強い相手だと、単純にアーマークラスだけあれば良いという訳には行かないだろうけど、野盗程度ならこれで十分効果的だろうしね」


ちなみにサリアには説明しないが、

正しくはそれぞれアミュレット・オヴ・ナチュラル・アーマー+5、

リング・オヴ・プロテクション+5、ブレイサーズ・オヴ・アーマー+8と呼ばれるアイテムで

フィルが所持する防御系のアイテムの中では最も高位の品々だった。

おそらく今回の様な野盗相手ならこれらの内のどれか一つをリラが装備するだけで

文字通り無双する事も可能だろう。

そんなアイテムではあったが非戦闘員のフラウが万が一でも傷つかない為には、

これでもまだ不安が残る。

万が一、敵のウィザードが必中のマジックミサイルを撃ってきたらとか

範囲攻撃呪文を唱えてきたらとか、考えれば切りが無い。

とはいえ、フラウはあくまで護衛対象である。

これ以上、マジックアイテムを持たせても大して意味が無い事はフィル自身十分承知している。

リラ達が野盗を倒す事を信じて、手出しをするのは此処までにすべきなのだろう。


「……あと、この指輪もつけておくと良いよ。呪文抵抗の指輪だよ」

「はいですっ」

やはり不安要素はなるべく少ない方が良い。

過保護と言われようが、要はリラ達が頑張って戦えれば良いのであって

フラウが危険な目にあう可能性を潰すのは別の話である。

その証拠にリラ達にフィルの手持ちの強力な武器や鎧は見せていないし、

それらは今後も見せるつもりは無い。

だからまぁ……過保護になってしまうのは仕方の無い事なのだ。

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