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邪神さんの街への買い出し57

翌日、早朝の城門の前にはフィル達一行の姿があった。

夜明けと共に一行は宿を出ると、そのまま開門して間もない城門から街を出て、

門を出て直ぐの場所で待ち合わせていた馬車職人と牧場主と落ち合うと、

彼らに代金を渡して荷馬車と家畜の引き渡しを済ませる。

朝の仕事があるからと牧場に戻る牧場主と別れた一行は

さっそく出立の準備に取り掛かった。


「なぁ、ここの結びはこんなもんか?」

「ええっと、どれどれ……」

ダリウとラスティの二人はロバを荷馬車に繋げる作業に取り掛かった。

村に戻ればこのロバは村の共有財産となり、各家庭の畑仕事に尽力してもらう予定である。

もちろん二人も村に戻れば畑仕事等でロバの労働力を利用する予定なので、

ロバ達が村に馴染む前段階として、まずは二人に慣れてもらえる様に、

ロバの世話や荷馬車の準備は彼らの役割となっていた。


「……うん、大丈夫そうかな? すみません。ここってこんな感じでいいんですかね?」

ロバの輓具を自分で確認してみたものの、まだ不安の残るラスティは、

取引した後も一行が若者ばかりなのを見て大丈夫かと、

一緒に残って調整を手伝ってくれている馬車職人に尋ねた。

一応、村で荷馬車を扱った経験があるとはいえ、

あくまでそれは農作業で使う一頭立ての小さな二輪馬車で、

それも村のロバが全てオークに喰われて以降、ここ数年はすっかり御無沙汰となる。


「ん? なんだ馬車は初めてなのかい?」

「いやぁ、一頭立ての荷馬車ならあるんですけど、二頭立ての繋げ方は初めてでして」

「ああ、なるほど……ふむ。これなら問題無いな。ところであんた達、ロバの扱いは大丈夫なのかね?」

荷馬車の各所を確認して青年二人の仕事が大丈夫と判断した馬車職人は

確認ついでの世間話といった感じで二人に尋ねた。


一般にロバは知能が高く性格も馬と比べると大人し目で

信頼した相手に対しては従順で働き者という非常に役立つ動物なのだが、

その一方で馬と比べると社会性が低く頑固な性格をしており、

慣れない者が無理をさせてしまい機嫌を損ねたロバが

その場から一歩も動かなくなってしまったなんて事もしばしばあった。


二人とも農民らしい風体だし、牧畜や農耕に携わる者にとってはロバは身近な動物である。

多分大丈夫だと思うがと尋ねる馬車職人に

見慣れない顔ばかりで不安そうなロバの首を

慣れた手つきで撫でてやりながらダリウが答えた。

「ああ、以前は村でもロバを飼っていたから大体は問題無いと思う」

「ははは、そりゃなによりだ。慣れない奴だと、街を出ようとしたとたん一歩も動こうとしなくなって一日が無駄になった。なんて話も良く聞くからなぁ」

「あーロバは神経質な所がありますからねー。機嫌を損ねると大変なんですよね」

馬車職人の話に自分達の経験を思い出しながら相槌を打つラスティ。

「らしいねぇ。うちのお客でも馬と同じ感覚で扱って散々だったって愚痴をこぼす人が何人も居てねぇ」

そんな感じで荷馬車の準備をしながらも

何となくの流れでロバの世話についての雑談を始める三人。


ダリウ達の村でも数年前までは村の共有財産として牛やロバといった家畜が飼われており、

家畜の世話は当番制で村人が持ち回りで行っていたのだという。

勿論ダリウとラスティの二人も親が当番の日には手伝いの名目で家畜の世話を経験しており、

ロバの世話についてもある程度の心得があった。

なのでロバの性格や扱いについては不安は無いのだが、

問題は二頭立ての荷馬車の方で、慣れない馬車に下手な繋げ方をしてしまい

村の財産となる大事なロバを傷つけてしまうのは何としても避けたいところだ。


「僕らも子供の頃によく動かなくて困った事があったよね」

「ああ……、なんでか親が来ると途端に素直になるんだよな」

雑談をしながらも二人は馬車職人に教えを乞いながら丹念に各所の確認をしていく。

そんな感じでダリウとラスティの二人が慣れない荷馬車の準備をあれこれ進めて行くその向こうでは

フィルや少女達が荷馬車の荷台に荷物や子ヤギを乗せる作業をしていた。


フィルが近くの厩舎で飼葉や荷台に敷く為の藁を調達していると、

外から子ヤギの面倒を見ているらしいリラ達のキャーキャーと楽しそうな声が聞こえてきた。

「わっ、この子ッ! ちょっ、ちょっと!」

「あわわ。だいじょうぶです? こうして前脚の方のお腹に手を入れて、それからおしりを支えてあげるんです」

「こっ、こうですか? わっ!」

フラウにコツを教えてもらいながら、どうにかばたつく子ヤギを抱きかかえるサリア。

今日はフラウだけでなく、冒険者であるサリアも夏らしい涼やかな服装で

こうして見ると子ヤギを抱きかかえて嬉しそうにフラウに見せている姿は

どこか避暑地に遊びに来たお嬢さんといった風に見える。

普段着なのはサリアだけでなく他の少女達も一緒で

全員、先日街で購入した服を着て、見るからに今時の町娘という雰囲気だ。

ついでに言えばフィルですら今日は普段着慣れた旅用ローブや革鎧ではなく、

町民が着るような服を着て装備も肩から掛けている鞄以外は

護身用と日常使いを兼ねたダガーが腰に一振り差してあるのみで、

最近はすっかり普段着を着なくなった所為か、

何のエンチャントも施されて無い衣服はなんとも頼りなくて落ち着かない。


フィルの提案した作戦は至って単純なもので、

町を出発する際に武装しない無防備な姿で人前に出て、

自分達が手頃な獲物だと見せるというものだった。

確実性の無い、ある意味行き当たりばったりの作戦ではあるが

これまでの報告では、護身に手を抜いている商人はかなりの高確率で襲われているという。

もし野盗が街を出る商人達を見張っているのだとしたら、

大した武装もしていない商人、しかも見目の良い年頃の少女が四人と、

食料に成りうる子ヤギを荷物を携えて無防備に街道を移動していると知れば、

野盗達はきっと見逃しはしないだろう。


「……ほんとにこんなので大丈夫なんです?」

敷き藁を抱えてやってきたフィルに気が付いたサリアが

慣れない手つきでどうにか子ヤギを抱きかかえながら疑わし気にフィルに尋ねるが、

フィルはサリアにどうだろうと肩を竦めて笑ってみせた。

「まぁ、やらないよりはましって所かな? でもこうして居ればきっと相手は僕らを手頃な獲物だと思うんじゃないかな?」

そう言って着慣れない自身の服の感触を改めて確認するフィル。

街を出て暫くの間はこの服を着たままでいるつもりだが、

勿論、後で着替えていつもの装備を戻す予定となっている。


「それにほら、重い荷物を持たなくても済むんだし、サリア達にとっても悪い話じゃないだろう?」

「それはまぁ……そうなんですけどね」

フィルの言葉に不承不承といった風で頷くサリア。

この作戦の為に彼女達の装備は一旦全員の装備をフィルが預かり

今はフィルの装備と合わせて自身の鞄の中に保管していた。

普段ならフィルのカバンを使わせてとねだるサリア達に

駆け出しの内は荷物の運搬での苦労も経験しておくべき。

パーティの運搬容量を超える戦利品の運搬を経験して、

荷物の整理に気を付けるようになってようやく一人前。

運搬を便利にする収納系のマジックアイテムである

バッグ・オヴ・ホールディングやハンディ・ハヴァサックは

自らの実力と幸運で手に入れなさいと

説教の長い中年親父が如く(実際、中身は中年の親父だ)常々窘めているフィルだが、

今回みたいな状況では、冒険者ではないフラウやダリウ達を巻き込んでしまっている負い目もあり、

フラウの安全を優先して妥協するのも止むを得ないとは考えている。


そのお陰で今の彼女達の手持ちの荷物といえば

小さなバッグやポーチを肩から下げている程度で武器すら身に付けていない。

ごく普通の街歩きを楽しむお嬢さんとしてはこれは正しい正装かもしれないし、

これなら隣町へちょっと足を伸ばして商売に行く商人の一団に見えなくもない。

囮としては非常に適切な選択をしているとフィルとしても納得せざるを得ないが、

フィルの駆け出し冒険者は荷物の重量配分に腐心すべきという古い?固定観念が邪魔して

どうしても先程から、なにやらムズムズするものがあるのも確かだ。

(……これならきっと何処かで獲物を探しているであろう野盗の目に留まるだろうし、真剣に取り組んでるだけだ……んだけど)

駆け出し冒険者なのにこれで良いのだろうか?

そんな事を考えながらフィルが何とも言えない思いでいると、

子ヤギ達ともすっかり慣れてたフラウが、

抱きかかえた子ヤギをフィルに見せようと此方にやって来た。


「フィルさんフィルさん。とっても可愛いですよー」

抱いた子ヤギをフィルに見せて無邪気に笑うフラウにつられて一緒に微笑むフィルだが、

フラウについてはリラ達とは別の悩みがあった。

実際の所、これからフィル達が行う事はこの幼い少女を野盗寄せの餌にしているも同然な訳で、

確かにこういった子供が一緒に居る方が相手が釣れる可能性は高いが

できればこの娘を戦闘に巻き込む様な事は避けたい……というか

この娘に殺し合いを見せたくない、と内心はかなり複雑な気分である。


フィルとしてはフラウの身の安全を保障する為、

可能な限り対策をするつもりではいるが、戦場には絶対と言うものが無い。

それを知っているからこそ、フィルの内心には不安がどうしても残ってしまう。

そして、いくら安全が保障されたとしても、

幼いごく普通の少女であるフラウに人を殺す場面を見せてしまっても良いのか?

その事で少女に悪い影響を与えてしまわないか、それがフィルには最大の懸念事項であった。

勿論、この世の中、血生臭い事などそこら中にあるし

フラウ位の年齢でさらに悲惨な場面を、悲惨な立場で目撃する様な子供は幾らでも居る。

だがだからと言って、それがこの娘を戦場に連れ出しても良いという事にはならない。


当のフラウはというと案外に乗り気で、昨日の話し合いでは、

フラウも同行する事が決まった時には「はいですっ」とやる気たっぷりに頷いて応えていたりする。

この年上の姉たちの役に立ちたいと思っているのだろう。

戦闘になった時の動きを説明した時も素直に聞いていたし、

非常に協力的でとても助かるのは確かだが、そんな素直な少女だからこそ尚更

本当に巻き込んでしまって良いのか、フィル自身、判断する事が出来ずにいた。



そうこうする内に全ての子ヤギを乗せ終え、荷馬車の準備も終えた一行は、

街を出発し、暫くの間はのんびりと街道に沿って進んでいた。

徒歩の時とは違いゴトゴトと鳴る車輪の音にロバの蹄が地面を蹴る音、

そして子ヤギたちの元気な鳴き声と随分と賑やかになった一行は

気持ちの良い初夏の青空の下、

街から出て暫く続く宿場街を抜けて、

金色に穂を実らせた麦畑の真ん中を更に進んで行く。


馬車があるとは言っても、その主な乗客は子ヤギ達で、

これから山越えをするロバ達の負担を少しでも軽減する為に

御者であるダリウ以外は全員徒歩での移動である。

それでも背負う荷物が無くなった事で少女達は上機嫌で、

今はまだ武装もしていないのだからと、

隊列も気にせずに全員で荷馬車を前を歩きながら

荷馬車からの音にも負けない賑やかさでお喋りをしている。

一応フィルは周囲の索敵の為に先頭を歩いているのだが

それが斥候というより引率の先生の様な感じになっており、どうにも緊張感が出ない。

すぐ隣を笑顔で歩くフラウはさしずめ優しい副担任といった所だろう。


暫くの間、そんな感じで一行が麦の耕作地帯歩いていると

男を乗せた馬が一頭、駆け足でフィル達の横を追い越して行った。

その乗り手の風体は見た感じ、何処にでも居そうなごく普通の旅人といった格好なのだが、

通り過ぎる際に男がフィル達の一団をじっくりと確認して追い越して行くのをフィルは見た。

そして男の顔に嫌らしい笑みが浮かぶのを確認して、フィルは野盗が釣れた事を確信した。

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