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邪神さんの街への買い出し56

すっかり日も落ち、街灯の明かりが照らす道を歩いて

フィルとフラウが宿に戻ると、宿の食堂は既に多くの人々で賑わっていた。

その中にはリラやダリウ達の姿もあって入り口近くの一角で

テーブルを繋げて六人で楽しそうに談笑しているのが見えた。

その中でリラが入り口の二人を目敏く見つけ、手を挙げて二人を呼び止めた。


「あ、フィルさーん。こっち、こっちー!」

片手をぶんぶんと振って場所を知らせるリラを目印に卓へ向かうと、

どうやらまだ夕食は頼んでないらしく、卓の上には飲み物だけが置かれている。

もしかしたらこれから肴が到着するのかとも一瞬思ったが、

ダリウの手元のジョッキの中身は既に半分ぐらいになっていて

どうやら彼等が席に着いてから、それなりに時間が経っているらしい。

それにしても今日一日、暑い中をずっと歩き回った後に飲むエールはさぞや旨いだろう。

夜になって若干涼しくなったとは言え、まだまだ空気は暑気を帯びていて、

正直フィルも喉は渇いており早く飲みたい気分である。


「おう。遅かったな?」

フラウと共に空いている席へと着いたフィルにテーブルを挟んで向かいに座るダリウが尋ねた。

「ああ、市場で屋台を見て回って来たんだ」

「なんだ、あっちに行ったのか?」

フィルの言葉に少し驚いた様子で尋るダリウ。

「この時間にあんな所にいったら余計腹が減って大変だろうに」

その声音には呆れが若干含まれている様にも感じられるが、

実際フィルもそう思うので苦笑いで返すぐらいしか出来ない。

そんなフィルとは対照的に、フラウは満面の笑顔で先程までの事をリラ達に報告する。

「えへへー。市場ってすっごくにぎやかで、暗くなってもとっても明るくて凄かったです! あと、みなさんで食べようとおもって、お菓子かってきたんですよ。ねっ?」

そう言って笑顔でフィルを見上げるので、

フィルは頷いて自分のカバンから籐のバスケットを取り出すと、

そのままテーブルには置かずに、まずはフラウに手渡した。

バスケットを受け取ったフラウがそれをテーブルの上に置くと、

「じゃーん」と言って被せてあった蓋代わりの布を皆の前で取り除いて見せた。


「「「「おおー!!」」」」

お菓子という言葉に敏感に反応しバスケットの中を覗き込んだ四人が声を重なる。

バスケットの中には綺麗な扇形に切られたケーキが八個。

格子模様で飾られた焼き菓子の表面は綺麗な飴色で、

その上にはアクセントにベリーが載っており、

バスケットの蓋が取られた事で、中から薄っすらと甘い香りが漂ってきた。

「ご飯を食べた後でみなさんでたべましょー」

「フラウちゃん偉い!」

「わぁー。美味しそう」

「チーズケーキですね! 食後の楽しみが出来ちゃいましたねー」

「ふふふ。晩御飯の食べ過ぎには気を付けないといけないわね」

どうやらこのお土産は皆に喜んでもらえたようで、

盛り上がっている少女達を眺めながら、フィルは顔には出さずに内心で満足気に頷く。


市場の屋台でチーズケーキが売られているのを見た時、

フラウが食べたそうにしていたので、

特に深くは考えずに選んだのだが、どうやら正解だったようだ。

ついでに言うとすぐ食べるようにカットした物だけでなく、ホールでも二つほど買ってあり、

此方はフラウが料理を習っている村のご婦人方へのお土産として、

腐敗を抑える効果もあるバッグ・オヴ・ホールディングの中に早々に仕舞い込んである。

今回買った家畜の山羊が順調に育ち増えれば、村で乳製品も手に入る様になるだろうし、

このケーキが村人に気に入ってもらえれば村でも作られるかもしれない。

そうなれば村での生活に楽しみが一つ増えるというものだ。


フラウの買って来たケーキは食後に食べるとして

二人が席に着いて全員が揃ったところで、一行はさっそく晩御飯を食べる事にした。

リラがここ数日ですっかり仲良くなったらしい給仕に声を掛けて、

軽い雑談をしつつ注文を済ませてから暫く待っていると、順番に店自慢の料理が出てくる。

すっかり馴染みの味となったを存分に楽しみ、

食後には先程のケーキと新たに注文した飲み物を楽しむ。

のんびりお茶を飲みながら今日は何処に行ったとか、

何を見ただとか、何を買っただとか、賑やかな会話が果てるともなく続くのは

彼女達が若い娘だからなのだろう。



「そう言えば明日の事なんですけど……明日って、やっぱり帰りは野盗が出ると思います?」

暫く他愛無い雑談が続いて、この話題を切り出したのはリーダーのリラだった。

唐突な質問にフィルがリラの方へと視線を向けると

その顔は先程までの楽しげな表情とはうって変わって真面目な顔で、

見ると他の少女達も真面目な表情で此方を見ている。

もしかしたら何時質問を投げようか、タイミングを見計らっていたのかもしれない。

そんな事を考えたフィルはふむと頷き、普段通りの口調で「そうだね」と答えた。

しょうもないツッコミを入れるより、ここは生徒達の相談に乗るのが一番だろう。

「他の隊商と一緒に行動すれば出ないと思うけど、僕達だけで移動するなら、多分出るんじゃないかな?」


現在、街の外の街道は様々な種族の野盗が出没する危険地帯となっているらしい。

特に目立つのはヒューマンばかりで構成された野党の集団で、冒険者の店で得た情報では

最近は護衛を付けなかったり、付けたとしても護衛の料金をケチって一人か二人しか付けない様な

不用心な行商人は確実にこの一団に襲われているらしい。

襲われる場所も引き返して街へと逃げるのが難しくなる丁度の距離で、

それなりの実力のありそうな冒険者の護衛を雇ったり隊商同士で協力して大きな一団で移動すると

今度は逆に野盗が近くで見張っている痕跡すら見かけないのだという。

おそらくは街から出る商人や旅人達を監視して、

自分達に都合の良い獲物を選んで襲っているのだろう。


前回街を出立した時は徒歩でしかも軽装だった為に対象から外れたようだが

今回は荷馬車に家畜や荷物を積んで、更には年頃の娘が四人も同行している。

これだけ目立てばほぼ確実に狙われると思った方が良いだろう。

一応リラ達は冒険者ではあるのだが、

見るからにベテランの風格が漂う強者的な容貌ならともかく、

年若くフィルの目で見ても可愛らしいと思える少女が四人、

武装にしても駆け出し同然でいかにも頼りない。

野盗が彼女達を見て驚異とは判断せずに、寧ろ戦利品として見るだろう事は容易に想像できた。


「やっぱそうですよねぇ……」

フィルの予想にリラはうーんと唸り声交じりに相槌を打つ。

自分達と同格の体格を持つ生物が相手では

前回のゴブリン戦にはあった体格的な優位は無いと見た方が良い。

(少女と成人男性の体格とでは寧ろこちらの方が不利と言える)

それに何より、同じ人間同士の殺し合いを彼女達は未だ経験した事が無い。

いつか通る道とはいえ、同じ人間との戦闘は緊張もするだろう。

とはいえ、その緊張はあくまで相手に苦戦しそうだと思っている程度で

命の危険に怯える少女のそれには見えない。

そしてそれは他の面々にしても同じ様に見えた。


彼女達が野盗達を恐れていないのには理由があった。

冒険者の店で得た情報によると、野盗達は街の周辺を好き放題荒らし回っているが、

それが討伐されないのは、あくまでその場所がドラゴンの縄張り近くであり、

ドラゴンを刺激する事を恐れた衛兵や軍隊が手を出せないに過ぎない。

野盗達それにつけこんで好き勝手に暴れている訳だが

報告から推測できる彼らの戦力自体は決して高いものでは無い。


勿論、報告の情報は数少ない生き延びた者達の証言で限定的な情報でしかないのだが、

それだけでなく襲われた隊商と襲われなかった隊商の違いを比べてみたり、

隣町からこの街への行商人の情報なんかを確認すれば、

おのずと相手の力量と行動パターンは見えてくる。

それが分かったからこそ、彼女達は野盗を討伐しよう判断した訳だし、

フィルとしても彼女達の力量なら十分勝てるだろうと考えている。


「これだけ正確に襲われているという事は確実に待ち構えているでしょうね。もしかしたら仲間がこの街で見張っている可能性もありますよね?」

「だよねぇ。やっぱり報告と同じ場所での遭遇かなぁ……」

フィルと同じ予想を補足するサリアの言葉にリラは相槌を打つと、

そのまま茶の入ったカップを手にして、ちびりと口を付ける。

「奇襲とかじゃなくて予め道を塞いでいるみたいだし、相手の姿が予め見えるならそのまま距離を取って準備しても良いかも?」

「後ろから狙える場所に射手が潜んでいるみたいですし、その辺で止まったらそっちに狙われたりしません? あ、でも、先にそっちを倒しちゃうのも良いかもしれませんね」

「伏兵を倒そうとしてたら、待ち伏せしている本隊も襲ってくるかな?」

「多分来るのではないかしら? それでも後ろから矢で狙われるよりは危険は少ないかもしれないわね」

少しずつケーキを堪能していた手を止めてのアニタの意見に、

サリアの少しばかり絡め手な提案をして、たしかにと一同が頷くトリスの言葉。

こんな感じで皆で対策を話し合うのも随分懐かしい感じがする。

……あの頃飲んでいたのは茶では無く酒だったが、

それでもかつての自分達の姿が今の少女達に重なる。


「あとはウィザードが居るみたいだけど……クレリックも居るのかしら?」

「どうでしょうねー。報告だと襲われた時にプリーストが居たっていうのは無かったですけど、単純に呪文を唱える必要が無かったというだけの可能性もありますしねー」

「相手の呪文を封じるよりリラがチャームやスリープに掛からない様にした方がいいかな?」

「プロテクション・フロム・イーヴルを使う? でも私のは一分ほどしか持たないわよ?」

「じゃあ、やっぱり私がウィザードにスリープをかけるとか……」

「私のチャーム・パースンを試してみます? 距離に気を付ければこちらからも使えるでしょうし」

戦う相手の戦力を想定してあれやこれやと意見を交わす少女達。

こうして見ると、まだ未熟とはいえ十分に冒険者らしく見えて、

それがフィルには自分の駆け出しの頃を思い出して思わず微笑んでしまう。

そんなフィルの様子をサリアが目敏く見つけ、恨まし気にフィルに文句を言った。


「もー。フィルさんも何か意見言ってくださいよー。同じパーティなんですからね?」

頬を膨らませ咎めるサリアにフィルは苦笑いで応じる。

「ああ、ごめんごめん。みんなが頑張ってるから、あまり口出ししない方が良いかなと思ってね」

一から十まで全て教えてしまったのでは彼女達の成長に寧ろ邪魔になるだろうと考えていたフィルだが、頼られるのなら手を貸すのにやぶさかではない。

それに同じパーティの仲間なのだと言われたら手を貸さない訳には行かないだろう。


「そうだなぁ……報告を見る限り、敵の戦力はサリア達でも十分倒せる範囲だとは思うよ」

冒険者の店の情報ではあるが、報告にある敵の戦術はそう高度なものでは無く、

気を付けるのはウィザードの呪文と、背後からくるという伏兵による矢ぐらいで

呪文にしても報告で使われているのはチャームやスリープぐらいで大した技量では無い。

楽勝とは言えないだろうが、リラ達の実力でもきちんと対応を考えて動けば

十分に倒せる範囲の脅威度だろう。


「とはいえ、呪文と伏兵の対策はしないとだね。チャームとスリープについては僕の手持ちに耐性アイテムがあるからそれを使うといいよ。背後から撃ってくるという射手については確かに先に潰すのが良いのだけど問題はどう見つけるかだね。報告だと大体同じ地域で襲っているみたいだから、問題の場所に近づいたら周囲の警戒を怠らないようにするのと、野盗の本隊が遠目に見えたらそこから周辺を捜索するのが良いんじゃないかな? こっちは僕も索敵するつもりだし、何なら僕がこっちの相手するでもいいよ」

報告では背後から矢で射られたとあるが、

矢が届く範囲というのは案外限られるものだ。

場所がある程度限定されるならば、並の野盗が隠密技能で身を隠した所で

今のフィルの知覚なら容易に発見できるだろう。


「先に伏兵を倒して、スリープやチャームの対策が出来ていれば、後は正面から戦うだけだけど、まぁ、ある程度強そうな冒険者だと避けている所を見るに、相手の実力も大した物じゃなさそうだし、何とかなるんじゃないかな?」

これまで野盗達が討伐されなかったのは、

あくまでドラゴンの縄張りを刺激するのを恐れての事であり

彼ら自身が強かったから、というものでは無い。

むしろ何人か獲物を取り逃がしているのは、その程度の実力の相手だと言える。

もしかしたら、敢えて弱く見せる為に被害者を街まで帰らせて、

自分達の実力を低く報告させている可能性も有るには有るが、

正直、ドラゴンの威を借りて美味しい所を頂いているような輩が

そこまで作戦を考えているとは思えないし、

それならもう少し実力のある冒険者が襲われたという記録があっても良いはずだ。


「そうですねー。でも数次第だと正面の相手だけでも大変じゃないですか。そういう時になんか良い方法って無いんですか?」

サリアの疑問に、少女達の期待の眼差しが一斉にフィルの方へ向く。

視線を受けてどうしたものかとフラウの方へと視線を逸らすと、

フラウもまたフィルを期待の眼差しでフィルを見つめている。

(あまり手を貸すのも良くないのだろうけど……まぁ、他人から助力を得るのも冒険者の実力のうちか……)

手持ちのマジックアイテムを貸したり索敵役を引き受けるつもりだったりと、

もう十分手を貸すつもりなのに何を今更言っているのだと、

自分自身にやれやれと溜息を吐いたフィルは、コホンと一つ咳払いをする。

「んー……まぁ、そうだね。報告を見る限りは多くても十人程度みたいだし、それぐらいなら正攻法で行くのが一番良いと思うよ? リラの防御を固めて、トリスのブレスやサリアの鼓舞、アニタのスリープをきちんと使えばそう苦労せずに勝てるんじゃないかな?」

「そうなんですか? うーん……」

フィルの言葉はあくまで基本戦術で、聞いても納得しきれていない様子のサリア。

確かに基本的な戦術だが、今のリラ達パーティにとってはこれが最も効果的なのも確かだ。

この辺は実際に戦ってみて肌で覚えるのが一番なのだが、

それを今の彼女達に言っても仕方の無い事だろう。


「ふむ……そうだね。じゃあ、戦術じゃないけど、もう少し勝てる確率を上げる案もあるにはあるけど……いいかな?」

そう言って苦笑いを浮かべるフィルに、一同は興味深げにフィルの話に耳を傾けた。

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