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邪神さんの街への買い出し55

一足先に種苗店を出たフィルとフラウ。

店の外に出てみると、空は日差しが大分傾き、

遠く空には薄っすら夕刻の赤味掛かった光が建物の屋根に差してほんのり赤く染めている。

あともう間もなくもすれば日が沈み、辺りは暗くなるだろう。

見回してみると目の前の雑貨市場では既に多くの露店が今日の商売を終えようと

店じまいと撤収準備に追われていて、いかにも祭りの後といった雰囲気だ。

「もうお店も終わっちゃうんですよね」

すぐ隣でフラウそう呟くフラウは少し寂しげに見えた。


街にとって自由市は毎日行われているものだし、

珍しくも無いし終わることに寂しさも無い、日々の営みでしかないのだろうが、

普段山間の村で暮らす少女にとって、村のお祭りよりも賑やかなこの場所は

村で生活していたら味わえない、とても楽しい場所だったのだろう。

明日は村に帰るので尚更寂しく感じたのかもしれない。


フィルはそんなフラウの頭にポンポンと優しく手を置いて話しかけた。

「もうすぐ日も沈むからね。まぁ、また街に来た時に見て回ればいいさ。これからも街へは用事で来る事になるだろうからね。何なら今度は別の街に行ってみるのも良いかもしれないよ。それにほら」

そう言ってフィルは大通りを挟んだ向こうにある食品広場を指さした。

指さす先、食品広場ではこの時間でも沢山の露店が出店していて、

心なしか日中よりも更に人の数が増えている様にも見える。


「向こうはまだまだ賑やかみたいだよ?」

「わぁ~。あっちはすごく賑やかなんですね!」

「ああ、きっとみんな晩御飯を食べに来たんだろうね。これから夜になったら、もっと賑やかになるんじゃないかな?」

今の時刻だと、おそらく集まっている人達は早くに仕事を終えた人々だろう。

これから夜にかけて仕事を終えた人や、

一度家に帰ってから家族や恋人や友人同士で繰り出す人、

そんな人達で広場はさらに賑やかになるはずだ。


「わぁ~」

フィルの説明を聞きながらフラウは興味津々といった風で向こうの食品市場を眺める。

「フィルさんフィルさん。わたしたちもあっちに行ってみません?」

「そうだなぁー。確かに行きたいんだけど、でもこれから宿に戻ったら御飯があるからなぁ……」

フィルの袖を引っ張って、行きたそうにうずうずしているフラウを眺めながら、

どうしたものかと思案するフィル。


フィルとしても夜の屋台飯には惹かれる物があるのだが、

宿ではリラ達四人の少女と晩御飯が待っている事を考えると、

ここで買い食いをしてお腹一杯になってしまうのは少々まずい気がする。

かといって折角ここまで来たのだし、あの賑やかな屋台を見て回って何も買わないというのは、

それはそれで拷問に近いものがある……とても悩ましい問題である。

そんな悩ましげなフィルにフラウがフィルの手を引っ張りながら言った。

「あ、じゃあじゃあ、やどにもって帰って、みなさんで食べるのはどうです? きっとみなさんよろこんでくれるです!」

フラウの提案にふむと考えるフィル。

その場で食べれないのは残念だが、

持ち帰って皆で食べるのであればサリア達に恨まれる事も無いだろうし。

少しばかり冷めてしまうかもしれないが宿でゆっくり食べるのもそれはそれで悪くはない。

「ああ、それは良いね。それじゃあ何か皆で摘まめる物とか、お菓子とか買って行こうか?」

「はいですー!」

善は急げとさっそくフィルの手を取って歩き出すフラウ。

そんな少女の小さな手に引かれるに身を任せ、フィルが市場の前に到着すると

遠くで見た時に感じた通り、広場は昼時以上に様々な人々で賑わいを見せていた。


広場の露店は食材を売る店が完全に姿を消して、今は料理を売る店ばかりとなり、

メインのおかずとしてシチューや煮込み料理を売る店や

前菜やおつまみと良さそうな野菜炒めやキッシュ、焼肉やフライなど

更にはデザートの果物やお菓子、勿論、酒や果実水といった飲み物も、

昼にも増して様々種類の料理を売る店が立ち並んで、

その美味しそうな見た目や香りで道行く客達を誘惑している。


「わぁ~いい匂いですね!」

あちこちの屋台から漂う香りに鼻をすんすんと動かしてうっとりするフラウ。

側の露店を見れば網の上で串焼きの肉を焼いていたり、

その隣では鉄板に肉や野菜を広げてじゅうと良い音と共に豪快に炒め物を作っていたりと

どれも晩御飯にぴったりそうな料理ばかりで、

その美味しそうな見た目と音の誘惑にフィルは思わず買い食いしてしまいそうになる。

魔法による魅惑や混乱といった心術に対する意志抵抗と違い、

こういった悪意の無い誘惑というのは、

経験を積んで我慢強くなった熟練の冒険者でも抗い難いものが有るのだ。

持ち帰るのだからと買い食いをぐっと我慢するのだが、晩御飯に支障のない程度……

串の一本ぐらいなら食べても良いのかもしれない……と心がどんどんぐらついていく。


「あ、フィルさんフィルさん。あれはなんです?」

フィルがそんな風に買い食いの魅力に悶々と抗って(屈しかけて)いる間、

フラウは何か気になる物を見つけたようで、

繋いでいるフィルの手を引っ張ってフィルの思考を現実に引き戻した。

フラウの指さす方を見てみると街の役人らしき男性が街灯の掛け金に

ランプらしき照明を吊るして回っているのが見える。

今はまだ日暮れ前で十分明るさが残っており、

人の顔も普通に確認できる程だが、

じきに暗くなる夜に向けての準備をしているのだろう。


ランプとは言ったものの、その照明器具は一寸変わった形状をしており、

良く磨かれた金属の傘に燃える紐が垂れ下がっているだけのシンプルな造りで、

オイルを入れる場所らしきものが見当たらない。

取り出した時点で既に紐に火が灯っている所を見るに

光源はおそらくコンティニュアル・フレイムによる魔法の炎なのだろう。

短めの紐の全体を炎が取り巻いており、

傘の下は殆ど炎なので取り扱う姿は、

炎を手掴みしたりして外から見ると酷く危なっかしく見えるが

直接燃える紐を手で掴んだりしても平然としているのは、

それが熱を持たない魔法の炎だからなのだろう。


「ああ、あれは魔法の炎で街灯を灯しているんだね。ここの広場は他の場所とは違って特別扱いなのかもね」

「とくべつなんです?」

「うん。この場所は毎日明かりを沢山使うだろうからね。油を補充する必要がある普通のランプよりずっと消えない魔法の明かりの方が安上がりだと考えたんじゃないかな」

オイル式のランプやライトの呪文では時間制限がある。

更に言えばオイル式のランプは煤の掃除が大変で、何より結構な量の燃料を消費する。

個人宅ならともかく、この広さを毎日長時間照らすには、

毎日相当な量の燃料が必要となる事だろう。

もちろんこの街なら近隣で生産したり交易で購入する事は可能だろうが、

そうすると今度は街で流通するはずの、住人が利用する油の価格に影響が出てしまう可能性がある。

そのため継続しての照明の利用を考えメンテナンスや燃料が要らず永続的に使う事の出来る

魔法の炎が結果的にお得と判断したのだろう。


フィルの説明を聞いたフラウは何となくな理解の様だったがそれでもコクリと頷いた。

「なるほどです~。そういえば、なんだかかわった形のランプですよね? ひもがぶらさがってるだけなのです」

「ああ、多分専用に拵えたんだろうね。魔法の炎だから油を入れる場所も必要無いし、あんな形にしてもランプが燃える心配が無いしね」

「まほうのほのおって、フィルさんが作った、ランプとかたいまつといっしょですよね?」

フィルを見上げて尋ねるフラウ。

フィルは以前、自宅の照明にコンティニュアル・フレイムを灯したランプを幾つか作り、

その時に余った素材で消えずの松明を作った事があった。

消えずの松明はその後、ゴブリン狩りの際に村人に貸し出したりもしている。


「そうだね。コンティニュアル・フレイムって言うんだけど、あの炎は熱くないし油を補充する必要が無いから、ああいう形にしても大丈夫なんだよ」

「なるほどですー。村でもあんなランプがあったらきっとべんりですね!」

「そうだねー。とはいえランプを数揃えるのはちょっと大変かなぁ……」

夜も明るい村を想像して嬉しそうに言うフラウ。

だがフィルの方はあまり乗り気ではない様子でフラウに言葉を返した。

「そうなんです? じゃあじゃあ、もえるひもだけ作っておいて、あとでランプをつくるとかはどうです?」

「ふむ……。ランプ自体もそうなんだけど、コンティニュアル・フレイムの呪文は物質構成要素が必要で、結構お金がかかるんだよ。前回は自分の為だから自分の手持ちのルビーを使ったけど、村の為にタダで作ってあげるというのはちょっと出来ないかな……」

ちなみに一回分のコンティニュアル・フレイムには金貨五十枚相当のルビーの粉末が必要で、

既製品の消えずの松明の市場での流通価格は金貨百十枚となる。

普通の松明が一本あたり銅貨一枚、

ランタンやランプの一時間分の燃料である

一パイント分の油の値段が銀貨一枚で買えることを考えると、かなりの高級品である。

そんな高価な品を何の理由も無く幾つも無償で与えるのは

フィルの財布への直接被害というだけの話ではなく、

与えられた相手にとっても良い結果にはならないであろう事は容易に予想できる。


「そうなんです?」

「ああ、あの紐がコンティニュアル・フレイムによる消えずの松明と同等の品だとする、一つで金貨百枚はするんじゃないかな?」

「わぁ……そんなにするんです?」

フィルの説明を聞いてフラウは改めて街灯の準備作業をしている男を眺めた。

一見、さほど丁寧に扱っている様には見えないが、

それでも箱から取り出すときは慎重に取り出しており、

壊さない様、注意を払っているようにも見える。

「そんなにたかいのに、あんなにたくさんあるなんて、すごいんですねー」

「ああ、これだけの数の灯りを用意できるも凄いけど、公共の場でこうして堂々と使える事も凄いね。たぶんこの広場は衛兵も多いから、盗まれる可能性が低いと考えてなんだろうね」

よく観察すると、該当から少し離れたところでは衛兵が立っており、

衛兵は作業している男性や周辺を警戒していた。

さらに注意してみると衛兵は一人二人というだけでなく、

複数の場所で互いが確認できる位置で警戒しているのが分かる。


「わぁ~。たかい物だからみはってないとダメなんですね。村におくのは大変そうかもですね」

フィルの説明を聞いたフラウは、納得した様子ではあったが、

見るからに残念そうな顔をしていた。

フィルはそんな少女の様子にすこし微笑んで見せると

少女の目線になる様に腰を下ろした。


「……まぁ、僕のお金や道具を当てにするのは駄目だけど、村の人達達が自分達で頑張るのなら、それを手伝うの位なら良いかなと思ってるよ」

「そうなのです?」

「ああ。今だって、その為にこうして街に来ているのだしね。僕から何かを貰うだけじゃなくて、彼ら自身で村を良くする事が出来る様になるのが一番大切な事だと思うんだよ。そうやって積み重ねていけば、いつか村を明るくするなんて事も出来るんじゃないかな?」

「なるほどですけど、とってもたいへんそうです……」

「まぁ、それはそうなんだよね。でも彼らならきっと大丈夫だよ。今日だって僕の力なんて無くても十分出来ていたしね」

「……はいですっ」

ようやく普段のフラウに戻ったのを確認して

フィルはにっこりと少女に微笑むと再び立ち上がった。

「……さて、灯りの話はこれぐらいにして、宿へのお土産を探そうか? あの娘達が喜びそうなものがあれば良いのだけどね」

「はいです! それならやっぱり甘いお菓子が良いと思いますー!」

「ははは。たしかにそれが良さそうだね。それじゃあお菓子やデザートを見て回ろうか?」

「はいです!」


それから暫くの間二人は屋台を回り、

美味しそうな匂いに散々惑わされて、空腹も頂点になろうかという所で、

ようやく二人はこれだ!と思う美味しそうな焼き菓子を売る店を見つけて

宿へのお土産を入手したのだった。


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