邪神さんの街への買い出し54
牧場で子山羊の取引を終えた一行は
その足でロバを飼育しているという別の牧場へと向かった。
次の牧場でもやはりラスティ達と牧場主による交渉が行われ、
二人は牧場主に様々な質問をしていたのだが、
年齢やら血統やら病歴やらまではまだ素人のフィルでも理解できるが、
蹄の具合やら食事の好みやら気性の荒さやら他ロバとの相性やら
素人のフィルでは気にもしない様な様々な質問をしている。
これだけしっかり確認を取っているのなら
きっと数あるロバの内から丈夫で仲が良く若い二頭を選んでくれる事だろう。
そんな感じで村の男二人が牧場主との商談に精を出している間、
フィルとフラウの二人はというとここでも特に仕事も無いので
のんびりと牧場の動物達と戯れていた。
街から離れ、久しぶりの緑に囲まれて、
しばらくは柵の外から好奇心につられて近づいてきた馬やロバを眺めたり
手を差し伸べたりしている程度だったが、
暫くすると牧場の者が気を利かしてフラウをポニーに乗せてくれた。
つれてきたポニーは人懐っこく優しい性格の馬で、
騎乗に慣れないフラウが乗っても大人しく従い、
暫く乗馬を楽しんだ後、フラウがポニーから降りてからも
ポニーの首を撫でるフラウに鼻を寄せたりして少女を喜ばせた。
お陰でフラウは今日一番の御機嫌である。
「えへへー。おうまさんとっても可愛かったですね!」
家畜の取引所からの帰り道、
大満足の余韻がまだ冷めやらぬ様子のフラウにフィルも満足気に頷く。
「そうだね。……そういえば、魔法以外の生きた馬に触るのは随分久しいな」
「そうなんです? でも普通のおうまさんの方がずっといるし、べんりじゃないです?」
「うーん。生きてる馬だと冒険中に死なせてしまう可能性があるからね……」
「わぁ……」
フィルの答えに何ともいえない微妙な顔になるフラウ。
金銭的に言えば、生きた馬を購入する事自体は大した問題では無い。
馬の中で高価な部類のヘヴィ・ホースでも一頭あたりの相場はおよそ金貨三百枚であり、
一般人の金銭感覚ならともかく、
冒険者、それもフィル達の様なベテラン冒険者の金銭感覚からすると、
パーティの全員分揃えたとしても大した金額では無い。
だが、馬……というか動物は持った後が大変で、
日常の世話が必要なのは勿論、
ダンジョンや遺跡、敵の住処へ乗り込む際には
何処か安全な場所を探して待たせておく必要があったり、
旅の途中も餌の工面が必要だったり、
暑さ寒さの対策や病気になる可能性があったり、
旅先で街に入る時には通行税や厩代が余計に掛かったり
厩のある宿屋を探す必要があったり、
乗り潰す様な使い方をするのに躊躇われたりで、
身軽さが売りの冒険者にとっては地味に負担が大きかったりする。
自分の土地を持つ裕福な騎士や貴族ならば
自らの領地に厩舎を建て、馬の世話を専門に行う馬丁を雇ったりも出来るが、
根無し草の冒険者にそれはちょっと難しい相談だ。
その為フィル達パーティでは急がない普段の移動では
もっぱら徒歩や乗り合い馬車での移動が基本だったし、
急ぐ時は魔法で招来した馬を利用したり
ウィザードが高レベルになってからは、さらに急ぐ時はテレポートで移動したりもした。
特にフィル達のパーティにはフィルともう一人、ウィザードが二人居たので
魔法を使っての移動に関してはかなり融通が効いたのだった。
「そうなんですねー。そういえば前にきたときもまほうのおうまさんでした」
「馬での移動はやっぱ楽だしね。馬自体はよく利用するのだけど、世話の手間とか使い潰しても良い使い方になってしまう事を考えると、どうしても魔法の馬になっちゃうんだよね」
必要な時にすぐに呼び出せて、無理な扱いをしても最後まで従順に従い、
最悪失ってもフィル達には大した損害とならない魔法の馬は
フィル達冒険者にとっては都合の良い存在だった。
幸いマウントの呪文は呪文の中でも簡単な第一段階、
グループ呪文のリーガル・プロセッションでも第三段階と、さほど難しい呪文では無い。
このクラスの呪文であればワンドにする事が可能なので
資金に余裕の有る冒険者なら不測の事態に備えてワンドで準備していたりもする。
そうなるとますます生きた馬を使う事は無くなるし、
触れ合う機会が無くなるのも仕方の無い事だろう。
「なるほどですー。あ、じゃあ、ペットのどうぶつさんはどうなんです? きのうのおおかみさんみたいな」
「そうだね。一応、ウィザードなら使い物として動物を連れて歩けるのだけど、強い相手との戦いが増えてくると戦闘で死なせてしまうんだよね。昔は何度か連れて歩いていたのだけど、今は使い魔は連れて歩いていないなぁ」
ウィザードの使い魔は馬と比べると世話の手間もさほど掛からないし、
共感的リンクで危険を主人に伝えたり、
呪文を伝達して使い魔側で魔法を発動したり、
同種の動物とで会話をしてもらったりと何かと便利ではあるのだが、
それでも普通の小動物と同程度には世話が必要だし、
経験を積んで魔法の技量が上達し
主人との会話が出来る様になったりして愛着が湧いてくると
死なせてしまった時の喪失感も結構大きいものがあるのが難点といえば難点と言える。
特にウィザードの使い魔はレンジャーやドルイドの動物の相棒と違い
戦闘に向かない小型の動物である事が多い為、
冒険の難度が上がり、戦闘の激しさが増してくると
範囲魔法の巻き添えになる等、死んでしまう可能性も高くなってしまう。
実際に何度か使い魔を失って以来、
フィルは使い魔を持つのを控えるようになっていた。
「そうなんです? ざんねんなのです……」
「んー。まぁ、今はそこまでは激しい戦闘は無いだろうし、使い魔とするかはともかく、ペットを飼うのも良いかもしれないね」
「ほんとうですっ!?」
フィルの言葉に食いつく様に反応するフラウ。
「じゃあじゃあ、ペットを飼いたいです! 犬とか猫とか!」
「あはは。そうだね。良い子が居たら飼ってみようか?」
「はいです! わーい!」
嬉しさにぴょんぴょんと飛び跳ねるフラウ。
これだけ喜んでもらえるなら、本気で検討してみるのも良いかもしれない。
とはいえ、村ではペットを売っているとは思えないし、
子犬や子猫が生まれたら譲ってもらうとか、
次に街に来た時に買うとか、大分先の事になりそうではあるが。
二人がそんな事を話していると、前を歩くダリウがフィル達二人に声をかけて来た。
「これで必要な買い物は一通り終えたが、この後もう一度市場に行ってもいいか? なんなら別行動でもいいが」
「うん? 構わないけど、何か買い残したの?」
取引所からの帰り道、大通りを歩きながら提案するダリウにフィルは尋ねた。
時刻は夕刻に差し掛かろうかといった頃合い、
市場ではそろそろ店じまいをする店も出てくる頃だ。
「ああ、これから種や苗木を買いに行こうと思うんだ」
「あー、そういえばそんな事、言ってたね」
「市場に種苗店があるらしくて、そこはもう少し遅くまでやっているらしい」
そう言えば、果物を買った時に野菜の種も買いたいと言っていたっけ。
おそらく店舗ならもう少し遅くまで店が開いているだろうから、
この順番での買い物をしたのだろう。
「そうだなぁ……フラウはどうする? 種はともかく、まだ時間もあるしもう一度市場を見に行くのも悪くないと思うけど」
「えっと、じゃあ、いっしょにいきますー。あ、でも種も見てみてみたいです! おやさいを庭でそだてたらごはんにできるかもですよ」
「ははは。なるほどわかった。それじゃあ僕らも店まで一緒に行くよ」
「ああ、わかった」
一行は再び市場へと移動し、広場の周囲にある店舗の一つに目的の種苗店を見つけると
さっそく店内へと入った。
店内は入り口近くの客が歩く空間に苗や苗木、肥料や農具といった品々が陳列されていて
カウンターの奥にある箪笥状の棚には
様々な野菜や果物の種の名前が書かれた名札が張られている。
名札が張られた棚はどことなく魔術師や錬金術師、薬師の研究室や
薬草や魔術道具を販売する店の試薬棚を彷彿とさせるが
魔術の構成要素や薬草の中には種もあったりするし、
案外同じ扱いなのかもしれない。
時間も時間だからとさっそく店員に話しかけて商談するラスティ達を横目に
特にする事も無いフィルは何気なくカウンター奥の棚を見まわしてみた。
棚にはそれぞれ種の種類が書かれた名札が張られていて、
そこには見慣れた野菜や果物の名前もあれば、全然知らない名前もある。
ちなみに野菜や果物のすぐ横には品種らしき名称が書かれているのだが、
此方は専門外のフィルには全然知らない名前ばかりである。
「わぁ~たくさんの種があるんですねー」
「ほんとに沢山あるねー。僕らもなにか買ってみようか? フラウは何か食べてみたいものはある?」
「えーっと、そうですねー……ん……」
フラウはじいっと棚の名前を見てみるが、
まだ文字を勉強中のフラウには全てを読み取る事が出来ず、
口にして名札を読んでみても、どうしても途切れ途切れとなってしまう。
「あぅ……やっぱりむずかしいです……」
「はは、すぐに読めるようになるよ。まだ習って数日でそれだけ読めてるんだしね」
残念そうにしているフラウの頭を優しく撫でて微笑むフィルに、フラウもはいですと頷く。
「えへへ……はいですっ。あ、フィルさんフィルさん。クランベリーとかブルーベリーの種がほしいです! そのまま食べたりジャムにしたり、お菓子作りも使えるのです!」
「ふむ、じゃあその辺を探してみようか。なんなら店の人に聞いてみても良いしね」
「はいです!」
とりあえず店の奥にある種が入っている棚を一通り眺めたフィルは
棚の名札にあるベリーと付いた種の幾つかに目星を付けると、
ダリウ達と交渉している店員とは別の店員に声を掛けて
それらの種を購入したい旨を伝えた。
「こちらの種ですね。数は幾つになさいますか?」
「うーん、とりあえず、各々十個でお願いします」
「はい。それですと七種の種がそれぞれ十個ですから、合計で銀貨七枚ですね」
以前街に来た時、イチゴやラズベリーの種を購入した時も
種十個で銀貨一枚だったので、おそらくそう言う相場なのだろう。
案外一般的な種は種一粒で銅貨一枚の統一価格にしているのかもしれない。
それなら特に値段交渉する必要は無いだろうと、
フィルは財布から金貨を一枚取り出して店員に手渡した。
「それじゃあ、これでお願いします」
「はい。それではこちらが商品とお釣りになります」
渡した代金の代わりに商品とお釣りの銀貨を受け取り、
ここでの買い物はこんなものかとダリウ達の方を見てみると、
彼方はまだ商談中の様で
今は秋冬に育てられる作物の相談をしているらしい。
朝の気温がとか霜対策がほんとに困るんだとかで店員も一緒に話が盛り上がっていて
フィルから見ると三人で趣味の話をしている様にしか見えない。
(ふむ。これはもう少し時間が掛かりそうか……)
「ねぇフラウ」
「はいです?」
「ダリウ達はまだ時間が掛かりそうだし、僕らはちょっと市場を見に行こうか?」
「ええっと……はいです!」
フラウはちらりと商談中の男二人を見てみるが、
彼らが楽しそうにしていて、まだまだ時間が掛かりそうだと察すると
こくりと頷いてフィルの意見に賛成した。
「よし。じゃあ僕らは先に行ってるから、宿で合流しよう」
「ああ、分かった」
ダリウ達に声を掛け、二人も返事をするのを確認したフィルとフラウは
店を出て目の前の広場で今もまだ開催されている自由市へと向かった。