邪神さんの街への買い出し52
「フィルさんフィルさん。ポテトどうぞですー。あーん」
フラウがそう言って自分のフォークに刺した揚げポテトをフィルの口元へ差し出すと
フィルは自分のサンドイッチを食べるのを中断して、
差し出された揚げポテトにパクリと食いついた。
屋台で買ってから時間も経って少しだけ冷めてしまってはいるものの、
まだまだホクホクと湯気を立てている揚げポテトは丁度良い塩加減で
ジャガイモ好きのフィルとしてはかなり高得点の味である。
ちなみに先程まで食べていたサンドイッチの方も見た目だけでなく、
歯ごたえのあるパンに香草が効いたたっぷりの肉と玉ねぎの組み合わせが何とも絶妙で
これは店の前に何人も客が並ぶのも納得の美味しさだった。
「うん。とても美味しいよ」
「えへへー。美味しいですよねっ。あ、フィルさんフィルさん。このキッシュもとってもおいしいですよー」
フィルがポテトを食べ終えるとすかさず
今度は自分のキッシュを少し切り分けて再びフィルの口元に差し出す。
一つの皿の盛られているのを二人で一緒に食べるポテトはともかく
キッシュはフラウの分を食べてしまう事になるので気が引けるのだが
まぁ、それは後で自分の分を分けてあげれば良いかと考えなおし、
再びフィルはパクリと差し出されたキッシュにパクリと喰い付く。
此方はほうれん草とキノコ、そして鶏肉だろうか?
具材がたっぷり入っていて食べ応えがある一品である。
「……ふむ。これもなかなか美味しいね。ホウレンソウやキノコがたっぷりでいい味をしている」
「はいですー。おにくもたっぷりなんです」
フィルが食べる様子を眺めながら嬉しそうに微笑むフラウ。
先程から世話を焼かれ通しでそれはそれで嬉しいのだが
このままではフラウが食べる時間が無くなってしまいそうだ。
「あはは、そうだね……そう言えば、そろそろフラウも自分の分を食べた方が良いよ? キッシュもさっき貰った分、僕のを分けてあげるからね」
「えへへー。はいですー!」
フィルがそう言って自分のキッシュを切り分けると
フラウは素直にキッシュの横に添えられていたキッシュをフォークで刺して
パクリとおいしそうに食べてからにっこりと微笑んだ。
その後もフラウは何かとフィルに料理を食べさせようとしてきた。
食べさせてもらう側であるフィルとしては嬉しくはあるのだが、
大の大人、しかも革鎧を着て武装した男が幼い少女に食べさせてもらうという姿は
周りの視線……特に目の前で楽しそうに此方を見ている
男二人の視線がかなり気になってしまう。
とはいえフラウがとても楽しそうな笑顔でこちらを見ているし、
ここは腹を括って開き直るしかないのかもしれない。
「なんか熊に餌付けしてるみたいだな」
そう言うダリウに、体格的には寧ろダリウの方が熊だろうにと内心思ったりはするのだが、
口にした所で、現在餌付けされているのはフィルで反論に意味が無い訳で、
言い返せないフィルはむぅと渋い顔になりつつも、
それでもやはり、フラウがフォークで料理を差し出すとパクリと食いつくのであった。
そんなこんなで程なく全ての料理を食べ終えた一行は
次の買い物に行く前に、先程購入した果物や荷物を置いていく為に
一旦宿屋に寄っていく事にした。
フィルの持つバッグ・オヴ・ホールディングは多くの荷物を収容する事が出来るアイテムだが
基本的に生物を入れるには適していない。
バッグの中は外界と遮断されている為に空気の出入りが無く、
袋を開けた時に十分な空気を入れてやれば暫くは生きていられるが、
それも十分ほど時間が経過すると、その空気も失われて窒息してしまうのだ。
無論、動物と違い植物、それも種子であれば酸素の消費は大したものでは無いし
半日ぐらい袋に入れておいても窒息する事は無さそうではあるが、
今回は大事な種が駄目にならない様にと念には念を入れてである。
宿に戻った一行は、ダリウが二階の自室に荷物を置きに行っている間、
店の前で彼が戻ってくるのを待つことにした。
食堂は丁度昼時のピークが過ぎ、これから落ち着き始める頃の様で、
外から見える店内には、ちらほら空いたテーブルも見えるが
それでも新しい客はやって来るし、まだまだ店員達は忙しそうに働いている。
座る場所があるからと食事もしないのに店内にお邪魔するのはさすがに気が引けた。
暫く待っているとダリウが宿から出てきたので改めて買い物を再開した一行は
まずは荷馬車を買いに行こうと、街の職人達が集まる職人街へと向かった。
荷馬車の購入には今フィルが居る規模の街の場合、
一般に馬車ギルドで相談したり、工房で直接購入する事が多い。
どちらも馬車の制作、修理に長けた職人を多く抱えた店舗兼工房になっており、
新車の購入から、修理、要らなくなった馬車の買取、中古車の販売まで
幅広く手掛けているのが一般的だ。
これが大都市となると工房と販売店が別れていたりする場合もあるのだが、
食品問屋で親切で工賃も良心的な工房があると聞いたフィル達は
まずはその評判の良い工房で馬車の相談をしてみようと向かったのだった。
「わぁ~。フィルさん。なんだか賑やかな場所ですねー」
大きな品を運ぶのにも都合が良さそうな広めの路地を歩きながら
その路地の左右を挟んで立ち並ぶ様々な工房から聞こえてくる槌や鋸の音に、
フラウは此方を見上げて楽しそうに言った。
フラウの言う通り、今フィル達が居るこの地区は、この街の職人街というだけあって、
周囲の工房から聞こえてくる職人達が物を作る様々な音で溢れていた。
叩く音、切る音、削る音……そんな音が四方から聞こえてきて賑やかな事この上ない。
通りを歩きながら解放されている窓や扉越しにちらりと中を見てみれば
どの建物でも音の生みの親である職人達が自らの作品を制作している姿が見てとれた。
「そうだねー。ここには職人と工房が集まっているんだよ」
「みなさんいろいろなのつくってるんですね! でもどうしてみなさんあつまっているんです?」
「ああそれはね、どこかの工房で部品を作成して、別の工房では組み立てて、さらに別の工房でそれに彫刻を施してって感じで、それぞれの工房で得意な作業を分担するのに都合が良いんだよ」
「わぁ~。すごいんですね!」
フィルの説明になるほどーと物珍しそうにあたりを見回すフラウにフィルは頷いて微笑んだ。
そんな職人街の通りを歩いていると、
この辺りの一般的な工房の倍はあろうかという一際大きな工房の建物が目に入る。
大きな馬車でも数台を一度に製作、整備が出来そうな大きさの工房の入り口は大きく開かれており、
そこでは数人の男達が今まさに馬車の組み立てを行っている最中だった。
「あのー。すみません」
「うん? ああ? どうかしたかね?」
ラスティが男達に声を掛けると、作業をしていた男達の中で年長の男がこちらにやって来た。
離れる前、他の男達に簡単な指示をしていた所を見るに、彼がリーダーなのかもしれない。
「はい。こちらで荷馬車を買えると聞いて来たんです。ロバで引ける手頃な大きさの馬車を探してるんですが」
改めて男にラスティが説明する。
こういった説明は口下手なダリウよりももっぱらラスティが受け持っている。
おそらく先程の市場での買い物も彼が中心に取引をしていたのだろう。
フィルも今回は、あくまで彼等の取引であるので一歩下がった後ろで見守るのみである。
ラスティの説明に男はなるほどと頷くと、
こっちに今ある売り物の馬車があるからと一行を店の裏手に案内してくれた。
店の裏手は広場になっており、そこには大きな倉庫の様な建物があり、
建物の下には四台の荷馬車が停められていた。
「今あるのはこの四台だな。二輪の荷馬車が金貨十五枚、四輪の荷馬車二台はどちらも金貨七十五枚、屋根付きの四輪馬車が金貨百枚だよ」
「なるほど……どうしようか?」
男の説明を聞いたラスティはダリウに尋ねた。
値段としては一般的な流通価格であり、品質も十分に良さそうだが、
尋ねられたダリウはどうしようかと悩んでいるように見えた。
「うーん……もう少し小さい四輪のは無いか? 家畜も載せたいんで四輪が良いんだが、ロバに引いてもらおうと思っているから、そこまで大きくない方が良いんだが」
軽くて小回りの利く二輪馬車はこれから買う予定の家畜を載せるには少し狭すぎた。
かと言って四輪馬車の方は少しばかりオーバースペックの様に見え、そして予算オーバーである。
「なるほど、あいにく今ある売り物だとなぁ……その大きさなら一応この前買い取った奴が有るには有るんだが、まだ整備も何もしてないからなぁ……」
「それは売ってもらうのは無理か?」
「売るのは構わんが、そうとうの修理が必要だぞ? 先方もそれが原因で売ったんだしな」
そう説明する男に案内されて向かった先は、広場の更に奥、資材置き場の様な場所だった。
先程と違って壁すら無い、屋根だけの建物の下に馬車の材料となる木材や
買い取って整備待ちとなっている中古の馬車なんかが雑然と置かれていた。
「これだよ。買い取った時に軽く見てみたんだが、相当整備しない駄目そうでな。いまはこうして置いているんだ」
男の説明通り、軽く見ただけでも、かなり傷んだ荷馬車だった。
大小の傷なんかはまだマシで、所々にひびが入ったり
車軸がずれているのか、車輪の位置が傾いてしまっている。
「サスペンションが駄目になってみたいでね。かなり大きく手を入れないと駄目そうな感じなんだよ」
「うわぁ……。確かにこれは厳しいね……」
ラスティが声を漏らす。確かにこれだけ傷んでいると
手作業で終了するのはかなり大変な作業となるだろう。
「ああ……なぁ、フィル、これって魔法で直せないか?」
「んー……まぁ、たぶんこれ位なら、メンディングじゃ無理だろうけどメイク・ホウルの呪文なら直せるんじゃないかな?」
パッと見て荷馬車はかなり傷んでいるが、そうは言っても小型の軽量型だ。
フィルの技量ならメイク・ホウルの呪文一回か二回で問題無く修理出来るだろう。
「メイク・ホウルなら一回分準備してあるから、試す事は可能だよ」
そして今日はこんな事もあろうかとメイク・ホウルの呪文を一回分用意してきている。
万が一、直しきれなければ明日改めて呪文を掛けても良いだろう。
フィルの言葉を聞いて、どうやらダリウは何事かを決めた様だった。
「ふむ……。これをこの状態で買うとしたら、幾らになるんだ?」
「なんだ、あんたら魔法使いに友達が居るのか? そうだなぁ……まぁこのまま買い取ると言うなら下取り価格に上乗せする程度だから金貨二十枚でいいよ。 本来ならこのクラスの荷馬車は修理して売れば金貨五十枚で売れるんだが……こちらとしてはそれでも全然かまわないがね」
おそらく材料費や修理の手間をかけて金貨五十枚で売るのも
現状渡しで金貨二十枚で売るのも、店の利益に大した違いは無いという事なのだろう。
「まぁ、損傷は芯まで進んでいるみたいだし魔法で直すにしても結構大変だと思うがね」
男の熟練の職人らしい見立てを聞いてダリウはふむと考え込んだ。
金貨二十枚といえば二輪馬車より若干値が張る程度、
修理が出来るのならばお得な買い物ではあるが……。
「んー……どうする?」
珍しく悩んでいる様子で、他の仲間に確認を取るダリウ。
最悪、金貨二十枚(それも村の大切な資金だ)が無駄になってしまうとあっては
ダリウが悩むのも致し方無いだろう。
「僕は買ってしまっても問題は無いと思うよ」
フィルの見立てとしては確かに損傷はかなり進んでいるようだし、
メイク・ホウルは良い時と悪い時で効果に結構ばらつきがある呪文ではあるが
ようやくこの呪文が使えるようになった程度の新米ならともかく、
十分な技量を持ったフィルならばこの程度の損傷は、
おそらく一、二回唱えれば全快できるだろうと言った見立てである。
そんな訳でフィルとしては別段悩む事も無いだろうという考えではあったが、
だが今回は珍しくラスティが難しい顔していた。
「うーん……買ってから直せなかった場合が怖いんだよね……。一旦魔法で直せるか、試させて貰いたいんだけど……」
ラスティもダリウと同じ事を考えているのだろう。
この辺は、冒険で何度も呪文を行使して、
どの程度の効果が得られるかの見積もりが立てられるフィルと
魔法に関わる事が殆ど無く、不慣れな村人との違いなのだろう。
「さすがにそれは無理だろ、これでも商品なんだから」
ダリウの言う通り、万が一にも無いとは思うが
馬車をさらに破損させてしまったりした場合、結局買い取る事になり
それは今購入するのとまったく同じ事だと言える。
「だよねぇ……そうなるとフィルの魔法を信じるかどうかか……」
「うんうん、信じる者は救われます」
えへんとワザとらしく重々しく言うフィルに、ラスティは苦笑いを浮かべた。
「まぁ、仕方ないか。駄目だったら後で皆で夜なべして修理しよう」
まだ信じ切れた訳では無いが方針には賛成という事らしい。
ある意味観念したといった風のラスティにダリウも肩を竦めてみせた。
「そうだな」
「いやいや、そんな悲観的になる事無いって」
「大丈夫。駄目だったら全力で夜なべして修理すればいいさ」
「ああ、その時はあいつ等にも手伝ってもらうか」
「えへへー。フィルさん。がんばですっ!」
全員の了解が得られたものの、一名以外フィルの呪文を信用していない感じもするが
まぁ、それは結果で理解してもらえば良いだけだ。
結局買う事に決めた一行は、代金を支払い、さっそくフィルによるメイク・ホウルの呪文を試した。
呪文をかけられた後、馬車はダリウ達が見ている前で独りでに傷が塞がっていき、
ずれた車軸が元の位置に戻り、たちまちのうちにかつての機能を取り戻しただけでは無く
新品同様の見栄えにまで戻った。どうやら今回は平均以上の結果が出たようである。
「わぁ~。すごいです!」
「はぁ、魔法ってのは便利なもんだな……修理は皆魔法に任せた方が良いんじゃないか?」
新品同様となった馬車を前にして、細部を確認しながら呆れた様子でぼやくダリウに
フィルが苦笑いを浮かべて答えた。
「ははは、けど他人に呪文の行使を依頼する場合だと、かなりの金額を請求されるよ?」
「そうなのか?」
「今の呪文も人に頼んだら最低でも金貨六十枚、僕が唱えたのと同じ位の威力で掛けてもらうなら最低でも金貨百枚は請求されるよ」
呪文をサービスとして依頼する場合、
その料金は呪文の難易度と術者の技量によって大きく値段が変わる。
メイク・ホウルは第二段階の呪文であり、依頼する場合も安い方ではあるが、
それでもこの値段である。
はっきり言って新品の場所を買う方がよほど安上がりだった。
「まじかぁ……そんなにするのか?」
フィルの説明にダリウはげんなりした顔で呟いた。
「まあね。高い金を払って魔法使いを雇っていたり、冒険者みたいに仲間にウィザードが居たりするならともかく、普通はお店で買った方が断然安く済むんだよ」
そう言うフィルに工房の男もそうそうと頷き、説明を引き継いでくれた。
「ま、そんな訳だから普通は魔法で馬車を直したりするってのは無いし、俺達の仕事が無くなる事も無い訳さ。今回だって店の利益には十分なってるしな」
工房の男の説明にダリウはなるほどと、深く頷いた。
その後、明日の朝、街の門の外で引き渡しをしてもらう手続きをしたフィル達は
次の目的地である家畜の売買所へと向かった。