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邪神さんと生贄さん 17

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「ああ、よく来てくれた。すまないな、呼び出したりして、おや、そちらのお嬢さんは?」

てっきりフィル一人で来ると思っていたのだろう。

フラウを見た男は少し驚いた様子でフィルに尋ねる。

「いえ、呼んでもらえるだけ幸せな身分ですからね僕は。こちらはフラウ、最近一緒に住むようになって、いろいろと世話をしてもらってるんです」

当たり障りの無い、社交辞令を返しながらフラウの紹介を済ませる。

当然、男の視線は自然とフラウへと向けられる。


突然話題を振られ、硬直するフラウ、

「あの」や「その」まで言い出すが何を言っていいのか分からず、

ついフィルの後ろに隠れてしまう。

「あはは、大丈夫だよ。すみません。この子は、今日初めて村を出て街に来たばかりなんで、あまりこういった場所には慣れていなくて」

そんな可愛らしい様子を少し楽しそうに見ながら、フィルがフォローする。

その言葉に、男の方もなるほどと納得し、先ほどまでの事務的な態度を崩す。


「ほう、それは、驚かせてすまなかったね、私はレクラムという。よろしくね」

子どもの扱いが上手いのだろうか

レクラムはフラウの目の高さまでしゃがむと

フィルがこれまで見たことがない、優しい声でフラウへと挨拶をする。

フラウの方もようやく勇気が出たのか

フィルの後ろに隠れたままだったが、

かろうじて、「はめまして」と挨拶を返す。

「うむ、なかなか、礼儀正しい子じゃないか。と、立ち話をさせてすまなかったな、そこのソファに座ってくれ」

レクラムに促されて、ソファに座る二人。

椅子に座った後も、緊張しているのかずっとうつむいたままのフラウ。

少女のそんな様子に、大の男二人は視線を交わして苦笑いする。


「おお、そうだ、お詫びにお嬢さん素敵なプレゼントしよう。最近、とても美味しいお菓子を街の職人が作るようになってね。今日も買いに行ってもらっていたのだ」

まだ緊張が取れていないフラウを見たレクラムは奥の手とばかりに

フラウへとそう言うと、鈴を鳴らしメイドを呼び出す。

やってきたメイドへと、例のお菓子を持ってくるよう伝えると、

礼儀正しく部屋を出ていくメイドを見送る。


ふと、フラウのほうを見ると、

フラウがぽうっとしているのが目に入る。

初めて本物のメイドを見たフラウは

その振る舞いにショックを受けたのか、何やら固まっていた。

「わぁ~」とか言葉にならないものが自然に声が漏れている。

「フィルさんフィルさん! メイドさんって素敵ですね! 綺麗な人ですね!」

「え、あ、ああ。そうだね。あ、いや、あまりそういうのを僕が言うのは憚れるというか……」

「はっはっは。まさか君がうろたえるのを見ることになるとはな! しかも女の子にとは!」

素直な少女の感動に、返答に困っているフィルに対しレクラムは声を上げて笑う。

「そうは言いますが、僕だって女の子には弱いんですよ」

レクラムに対して抗議をするフィルだが、

事が事なだけに威厳は微塵も感じられない。

「だからと言ってなぁ、この前、助けた娘達やメイド達にだってそんな様子は見せなかったじゃないか。というより、前回の君は悪魔か化け物のような威圧感だったぞ? それが今じゃ女の子にたじろいでいるとはな!」

「まぁ、それはそうなんですがね」

やれやれといった顔になるフィル、だが、その顔は満更でもないという表情だった。

「火竜の首を、放り投げてきた男とは思えない変わりようだな!」

なおも楽しそうにしているレクラムに対して、

フラウの方は不思議そうな顔をしていた。


「ええと……? 火竜を倒したのはフィルさんのお父さんではないのです?」

フラウの言葉にレクラムもまた不思議そうな顔をして答える。

「おや? 火竜を倒したのは紛れもなく彼だよ? もっとも、私は倒したという報告を受けてから、我が愚弟を捕らえるところまでの同行だから、実際に倒したのが誰かは見ていないがね」

説明し終わった後、フィルが少し気まずそうな顔をしているのと、

少女が少し困惑している顔をしているのに気づく。

「……何かあったのかね?」

「いや、実は村人達には、僕の親が火竜を倒したってことにしているんですよ」

どういうことかねと、フィルの方へと顔を向けたレクラムへと、

フィルはフラウを預かることになった経緯を話した。

聞き終えたレクラムがううむと低く唸る。


「なるほど……確かにいきなり生贄とは穏やかではないな……」

「これまで長い事、ドラゴンに生贄を捧げてきた村ですからね。心がどこか麻痺しているのでしょう」

「それで、これ以上頼られないようにか……それでもあそこに留まるつもりなのか?」

少し心配そうにフィルの方を見る。

必要以上に彼に頼ることで、

自立できない村になってしまうのを恐れての事だろう。

そうなればお互いにとっても良いことは無い。

「まぁ、頼られさえしなければ、静かで良い場所ですからね。彼らの中にも自立出来る人はいるでしょうし、そんな人達には手助けをしたいとは思うんです。それに時間が経てば落ち着くでしょうから……しばらくは様子をみようかと思います」

この子を預かってもいますしねと、フラウ見やる。

「そうか……私としても君みたいな腕利きが近くにいてくれると心強いというのが本心だが、君には十分に助けてもらっている。無理はするなよ」


レクラムへと話し終え、フラウの方へと見やる。

「ははは……。フラウもごめんね。君にはいつかは伝えるつもりだったんだけど、こんな所で唐突に伝えることになっちゃって」

「あ、い、いえ、でも、そうなんですね。やっぱりフィルさんだったんですね……」

どこかほっとしたようなフラウ。

何となく感じていたのだけど、

本当のことが知れて良かったですと笑って答える少女に

ごめんねともう一度謝るフィル。


「あれ? でもフィルさん。どうして急に若返ったりしたのです?」

新たな疑問にフィルに尋ねるフラウ。レクラムもそういえばと不思議そうな顔をする。

「確かに、ウィザードの事だからと大して気にしてなかったが、不思議といえば不思議だな」

「あ、ああ、それはね、えーと、そうそう、ドラゴンの財宝の中に若返りの薬があってね。思わず飲んでしまったんだよ」

少しどもりながらも、慌てて言い訳を作るフィル。

ドラゴンの財宝ならと二人共、とりあえず納得し、

フィルは心の中で安堵の息をつく。

「まぁ、お互い隠し事が無くなって良かったじゃないか。おお、ちょうど菓子も来たようだ。これでも食べながら、要件を済ませてしまおう」


軽いノックの後に部屋に入ってくるメイドの姿に見惚れるフラウ。

だが、次の瞬間には差し入れたお菓子と紅茶に目を輝かせていた。

「フィルさん! フィルさん! すごくおいしそうです! 食べてもいいのです!?」

先ほど、食べた焼き菓子も美味しそうだったが

今度のお菓子は香りが違った。

焼きたての菓子パンのような、

甘く濃厚なバターと小麦が焼けた香りが漂う。

「ああ、いいよ。気にせずお食べ」

「えへへ、いただきます! わー! すごく甘くておいしいです!」

菓子を一口たべるやフラウの表情が崩れる。

「すごくしっとりしています! すごいですよ!」

瞬く間に一つを食べきると、二つ目に手を出す。

「あはは、それじゃあ、僕の分も食べるといいよ。黙っていたお詫びにね」

「いいのです? えへへ」

嬉しそうに菓子を頬張る少女にフィルは自分の分を譲る。

そして、少女が喜ぶ姿を見て自身も嬉しそうに笑う。


「はっはっは、口に合ったようで何よりだ。最近街にやってきた菓子職人が作る菓子でな、私も使いを出して偶に買うんだが、喜んでもらえて何よりだ」

このバターと砂糖の風味が絶品であろうと、

まるで娘を甘やかす父親のごとくレクラムの顔が崩れる。


「……あなたも、前の時とは雰囲気が大分変わってますよ……それで、要件とは何でしょうか?」

そんな親ばかの顔に先ほどのお返しとばかりにフィルが反撃する。

フィルの言葉に、本来の用事を思い出した領主は

コホンと、一つ咳ばらいをすると、事務机の引き出しから

蜜蝋で封をした羊皮紙を二つ取り出した。


「そうだったな、君に伝える件の一つ目なのだが、まずは、君の住んでいる屋敷の所有権の移譲が終わったので、権利証を預かっている。これがその権利証だ」

そう言うと、フィルの前に羊皮紙の筒を一つ置く。


「それと二つ目は、あの村の徴収権についてだが、これまでは火竜の支配を鑑みて徴収を見送っていたのだが貢納を徴収する権利を君に与えることにした」

それを聞いたフィルが少し慌てて質問をする。

「え、それは待ってください。徴収権って、じゃあ、あの村は誰が守るんですか?」

「もちろん、徴収権を持つ者……、君と君の村で行ってもらう」

「僕は騎士でも貴族でもないんですよ。軍隊だって無い。あの村を守るなんて出来ませんよ」

貴族や騎士といった者たちは、

自身の土地を持ち、その土地の税をもって収入としている。

ただし、貴族も主から土地の支配権を与えられる代わりに、

土地の治安維持の義務や、戦争になれば戦力を提供する義務を課せられており

税を徴収できるという事は、これらの義務を負うという事になる。

そのため、貴族や騎士はすべからく軍事力を持っている。

この街で言えば、街の兵士達がそうであり、

フィルは彼らがあの村の治安維持をすることを期待していた。


「うむ……正直なところ、我々にはあの土地の治安を維持できるほどの余裕はないのだよ。申し訳ないが君の手であの村を守ってもらえないだろうか」

フィルの訴えに、領主は重々しくかぶりを振る。

「この六年間、我々はあの村に、ほとんど手助けをしてやれなかった。そんな我々がいきなりあの村に介入したとしても、おそらく反発を招くだけだろう。それならば、人望がある君にお願いしたいのだよ」


フィル達のいる村一帯はドラゴンと、その配下のオークこそいなくなったが

その他にも盗賊やら、モンスターやらが現在も出没している地域だ。

残念ながら数的優位が向こうにある以上、

中途半端な編成で行ったところで襲われて全滅するのが関の山だ。

かといって、あの辺一帯にいるモンスターを一軍を率いて掃討できるかといえば

この街の軍の規模は小さすぎる。

それに街自体の護りを疎かにするわけにも行かぬ。

自軍による対処が絶望的な以上、ここは引かれぬという口調で返す。



どうかよろしく頼むと、頭を下げるレクラムに、

考えておきますとだけ返事をするフィル。


「すまないな、それと、これは用事ではないのだが、火竜が倒された噂が徐々に広まっているようだ。勢力の空白地帯を狙って、今いる盗賊やモンスターだけでなく、新参に狙われる可能性もある。十分も気を付けてくれ」



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