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邪神さんの街への買い出し47

食品市場から道を挟んで向かいにある雑貨市場では

食料以外の様々な品物……調理器具に農具に家具といった日用品から

珍しい書物やアクセサリー、衣服、さらには子供の玩具までが

大小様々な露店や屋台で売られている。

売る者達も様々で、

遠くの産地から自慢の品を運んできた行商人や近場に住む農民、

職人の徒弟が小遣い稼ぎと腕試しを兼ねて

自分の作品を売っているなんて事も此処では珍しくは無かった。


「フィルさんフィルさん。あっちみてもいいです?」

「ああ、いいよ」

「あ、フィルさんフィルさん。あのお店かわいいです!」

「ははは、ちょっと見て行こうか?」

そんな雑貨市場の大通りをフィルとフラウの二人は手を繋いで歩いていた。

本来は何も無いただ広い空間だけがある広場だが

今はまるで大通りがあるかのように両脇に即席の店々が並んでいる。

その大通りには途中で幾つかの横道があって、

そこを曲がるとまるで裏通りの如く更に露店が並ぶ通りが続き……と、

市場は広場全体がちょっとした迷路の様になっている。

そんな場所を別々に歩いていたら、たちどころに互いを見失ってしまうので

互いに手を繋いで離れない様に気を付けているのだが

物珍しさに彼方此方へと忙しくお店を見て回るフラウに

フィルはその小さい手を振り回される様に彼方此方へ連れまわされていた。


「わぁ~。食器が凄い一杯ありますよー」

と嬉しそうに報告したかと思えば今度はすぐ隣の店を目にして、

「わぁ~。綺麗な布がいっぱいですー!」

と感動していたりする。

フィルはそんな少女の様子をにこにこと眺めながら、

途中の食器屋では最近増えた居候達の分の皿やボウルを購入したり、

布屋では特に買い物は無いものの、生地や織物の種類や蘊蓄を教えたりする。

その度にフラウは喜んだり感心したり、ころころ表情を変えていた。


「フィルさんフィルさん。あそこのお店! 包丁がうってるみたいです! みていっていいです?」

「ああ、いいよ」

そんな市場巡りの途中、今度は刃物を売っている露店を見つけた様で、

フィルの手を引っ張って訴える少女にフィルは「そうだね」と目を細めて頷いた。

フラウに手を引かれて向かった先の露店では

歳若い青年が包丁やナイフといった生活で使う刃物を売っていた。

食事や調理で使う刃物が中心らしく

鎌や鍬といった農作業で使う刃物は無い様だが、

料理で使う包丁や、食事時や日常使いに丁度良さげなナイフ。

それから護身用にも使える大きさのダガーなどが

台に敷かれた布の上に丁寧に並べて陳列されていた。

商店の様に品揃え豊富とまでは行かないが、それなりの種類が並んでいて、

色々な形の包丁やナイフをフラウは物珍しそうに眺めている。


「わぁ~。凄いですね!」

「そうだね。どうやらここは包丁やナイフを扱ってる様だね」

「わぁ~。これ大きいです。なんだか木を割るのみたいですけど、これも包丁なんです?」

幅広の鉈の様な包丁……包丁の所に置かれているのだからそうなのだろう

を指さして尋ねるフラウに、フィルはああと答える。

「それは多分クリーバー……肉切り包丁だね。厚い肉や柔らかい骨をぶつ切りにするのに便利なんだよ」

「わぁ~。これもお料理で使うんですねー。でもぜんぜん使ってるとこ見たことないです」

「まぁ肉屋とかじゃないと見ないだろうから知らないのも無理ないかな。便利ではあるけど普通のナイフや包丁でも出来ない事は無いし、場合によってはハンドアックスを使ってもいいしね」

ハンドアックスは中々便利で

冒険に限らず長距離の移動中は野営時に狩りをする事も多いのだが

その時に仕留めた獲物を解体するのに

肉を断ち切ったり骨を割ったりと、よくお世話になったものだ。


「そうなんですねー」

「いらっしゃい。何か刃物をお探しですか?」

フィルの説明を聞いて感心しているフラウに

店番をしている青年から声が掛かった。

着ている服装から見るにおそらく職人の徒弟なのだろう。

人前だからか洗いたての服を着て身嗜みも身綺麗に整った青年だ。

声を掛けられたフラウは青年に嬉しそうに「はいです」と返事すると、

家で使う包丁を探しているのだと、これまた嬉しそうに青年に伝える。


「それでしたら、こっちの包丁が小振りでお嬢さんも扱いやすいかもしれないね」

「わぁ~」

青年に手渡された包丁を手に、

とんとんと軽く上下に腕を動かし使い心地を確かめると

フィルの方を見上げて包丁を差し出した。

「フィルさん、とってもつかいやすそうですよ。どうでしょう?」

「ふむ……どれどれ」

フラウから手渡された包丁を受け取り、フィルは改めて包丁の細部を確認してみる。

細部の造りに若干甘い所が見受けられるのは、やはり見習いの習作なのだろう。

とはいえ、抑えるべき所はきちんと作られており、

これなら使用中に壊れて使い物にならないなんて事は無さそうだ。

見習いとは言え市場で売り出すにはギルドによる審査と許可が必要になるのが普通だし

多分これらの品々も師匠の及第点を得られた物達なのだろう。

品質的に使うのに何ら不都合は無いだろうし、

大きさやバランスが良く考えられていて使い易そうに見えるし、

これなら購入しても問題無いだろうとフィルは判断した。


「うん、良いんじゃないかな? これは幾らになります?」

「はい、銀貨三枚になります」

フィルの問いに青年が答えた値段は、市販の包丁よりも若干安いものだった。

やはり見習いの習作なのだろう。

とは言えこの値段でこれだけの包丁が手に入るのなら十分掘り出し物と言えるだろう。


「ふむ。フラウはどうだい? 使い易そうで良い包丁に見えるけど?」

フィルが訪ねるとフラウも嬉し気にフィルを見上げて応える。

「はいです! わたしもこれがいいですー!」

「よし。それじゃこれにしようか。それと何人か一緒に料理したりするので、あともう二本ほど欲しいのですが、お勧めの包丁ってありますか? この子より年上の者も使うので、もう少し大きい物でもいいですけど」

「ありがとうごさいます! それでしたら此方の包丁はどうですか?」

自分が作った作品が客に喜ばれたのが嬉しいのか

明るい調子で次に青年がお勧めしたのはフィルの希望通り、

先ほどよりも僅かに刃渡りの長い包丁だった。

たしかにフラウには少し大きめかもしれないが、

こちらはサリア達が扱うに丁度良い大きさかもしれない。


フィルは青年から包丁を受け取り、軽く品定めをした。

包丁は先ほどの品と同様、細かい造りの甘さは見られるが十分実用的な包丁だった。

決して名刀、高品質武器といった類の物ではない、

冒険者としての目で見れば、数打ちの安物で済まされてしまう代物なのだろうが、

目の前の青年が技術を磨く為に作った習作と考えればそれはそれで味があると言えよう。

なに、別にこの包丁に命を懸ける訳では無いのだからそうした趣も悪くはない。

「ふむ。これも悪くないんじゃないか? フラウも持ってごらん」

「はいです! ……私も大丈夫そうですー」

包丁を手にしてにっこりと微笑む少女にフィルは優しく頷いて

青年にこれらの包丁を買う事を告げた。



「フィルさんフィルさん。こっちのもお料理で使うのです?」

青年に代金の金貨を渡し、お釣りの銀貨を受け取っているフィルに

売り物の台に真ん中に載っている短剣を指さしてフラウが尋ねた。

「うん? それはダガーじゃないかな? たぶん戦闘や護身用だと思うけど」

それはこの露店で売られている商品の中で一番大きい刃物だった。

これも見習いの習作らしく細部に造りの甘い所はあるが、

他と違いこの短剣のヒルトには装飾も施されており、

他の品よりもさらに気合を入れて造られているのが見て取れた。


おそらく彼が作らせてもらえる刃物の中で最も大きな物なのだろう。

陳列物の真ん中に誇らしげに置かれている事からもそれは伺える。

(それにこの刀身……)

そして造りに見るべき所は殆ど無いが、その刀身には見るべき点があった。

通常の鋼と比べ、やや白みをを帯びた刀身はよく磨かれ鏡の様に光を反射している。

「……これは、錬金術銀のダガーかな?」

「良くお分かりですね! 一目で分かるなんて、武器にお詳しいんですか?」

呟いたフィルの独り言に、同じ趣味と思ったのか、

店番の青年はフィルが明るい声でそう尋ねた。


錬金術銀……冶金術と錬金術を組み合わせた複雑な手順で銀を鋼鉄に融合させた素材で、

これ金属で作られた武器は銀と同じ性質を持ち、

ワーウルフやワーラットといったライカンスロープ系のクリーチャーや

一部のアンデッドの様な銀を弱点とする相手に対して有効な武器となる。

実際、フィルも幾つか錬金術銀の武器を所持しており何度もその効果に助けられている。


「はい。錬金術銀の武器は何度か使った事もありますから。これも貴方が?」

「ええ、少し前に少しだけ素材が余ったんで作らせて貰ったんですよ。短剣を作るのがやっとの量だったんですけど」

まだ見習いなのでと照れ笑いを浮かべて青年は説明する。

だが特殊な素材の中では比較的安めとは言え、

錬金術銀の価格は鋼の倍以上と決して安くは無い素材だ。

それを余ったとは言え、使わせてもらえるのだから

彼が彼の師匠からかなり期待されている事が伺えた。


「へぇ、それは良い師匠ですね。錬金術銀は鍛錬するのに難しかったでしょう?」

「ええ、普通の鋼と大分勝手が違うんで結構戸惑いましたよ。って、鍛冶についても詳しいんですか?」

「ああいや、鍛冶屋によくお世話になっていたんでその時によく話に聞いたんですよ。錬金術銀で武器を作るのは普通の鋼より面倒だって」

「フィルさんフィルさん」

フィルと青年の話が盛り上がっているとフラウがフィルの手を引いた。

「れんきんじゅつ銀ってどんな武器なんです?」

躊躇いがちに、だが好奇心を止められないといった風で尋ねるフラウに

この少女をすっかり話から置いて行ってしまった事に気が付いたフィルは

おっとごめんねと一言謝ってから、フラウに錬金術銀の武器について説明をした。


「錬金術銀はその名の通り錬金術で銀と鋼を混ぜたものでね。鋼と同じ様に作れるけど銀と同じ効果を持っていて、ワーウルフやヴァンパイアなんかに対して有効な武器を作る事ができるんだよ。よく言う銀の武器と言うと大体はこの錬金術銀製の武器の事を指すんだ」

ちなみに少数派にはミスラルも銀の性質があるので銀の武器に分類されるが

こちらは更に素材が希少で、しかも武器より防具の方が恩恵が高いとあって

殆ど武器として目にする事は無い。

「わぁ~。すごいんですねっ!」

「あはは、こんなダガー一本じゃ流石に勝てないでしょうけどね。でも銀は御守りとしても人気があるから予備の武器としても良いと思いますよ」

「なるほどですー。わぁ~」

青年の説明を聞いてフラウはほわぁと改めてダガーを眺めた。

案外、銀の武器という神秘性に惹かれているのかもしれない。

(そう言えば自分の持つダガーは威力過剰で危ないとサリアに言われていたっけ……)

切れ味の良い武器は扱い易いものなのだが、

サリアが言うには慣れない者にとっては切れ味が良すぎても却って危ないのだという。

それならたった今、フラウが興味をもっているこの短剣は

切れ味は普通だし、普段使いで持たせるのに丁度良いのではないだろうか?


「……ふむ、ちなみにこれも売り物なんですか?」

「あ、はい。えっと金貨十五枚になります」

その様子が少しだけ遠慮がちなのは見習いの作品なのに

一般のダガーと比べても遥かに高価なその値段故だろうか?

だが、「一般」で言うなら店で買う場合、

ダガーは金貨二枚、錬金術銀製なら追加で金貨二十枚だ。

それを考えれば寧ろお得な買い物とすら言えるだろう。


「ふむ、ねぇフラウ? 山菜を採りに行く時のダガーに丁度良いと思うのだけどどうかな?」

「えーと、でも、これっておまもりじゃないんです?」

フィルの言葉を冗談と思ったのか、

「そんなもったいない事していいんです?」と尋ねるフラウにフィルは頷いて見せる。

「実用性が無い訳じゃ無いし、普段使いしているからって御守りである事には変わり無いさ」

摩耗とか耐久性の懸念は後でエンチャントして丈夫にすれば良いだろう。

そう言ってからフィルは自分の腰に差したロングソードを少し持ち上げて見せる。

魔法の剣とはいえ最も簡単な付呪しかされていない予備武器で

そもそも今は紐で封印されて、抜く事も出来ない長剣ではあったが、

それでもここ数日、フィルが命を預けてきた立派な御守りである。


「これだって僕にとっては御守りみたいなものだしね」

「あ……はいですっ! じゃあ、私もこれ欲しいです」

「うん。決まりだね。それじゃあ、これも売ってもらいたいのですが、いいですか?」

「あ、はい……あ、いやっ。毎度ありがとうございます!」

フィルとフラウのやり取りをぽかんと眺めていた青年だったが

すぐに我に返ると嬉しそうに短剣を鞘に納めてフィルに手渡し、

代わりにフィルから金貨を受け取る。


「この短剣は後で渡すね。今は街中だしあまり周りに見せても良い事は無いだろうからね」

「そうなんです?」

フィルが包丁と共に受け取ったダガーを自らの鞄に仕舞い込むと

直ぐに自分で持つと思っていたフラウが不思議そう小首を傾げた。

そんな少女の様子にフィルは肩を竦めて見せる。

「幼い女の子が立派な武器を身につけていたら目立つからね。こんな人の多い場所で無駄に目立つ事も無いさ」

「ふぁ~なるほどです?」

何となくだがフラウが納得した所で此処での用事が全て終わったと判断したフィルは

店員の青年に見送られて次の店へと向かった。

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