邪神さんの街への買い出し44
「今日は本当にこっちで良かったの?」
「はいです!」
市場へと続く大通りの石畳を四人で歩きながら、
フィルがすぐ隣を一緒に歩くフラウに尋ねると
フラウはフィルを見上げてえへへとにっこりと微笑む。
今日もお気に入りの白い外着を着て肩にはポシェットをかけて
晴れた朝特有の涼やかなの陽ざしを浴びて街の大通りを気持ち良さそうに歩く様は
まさに散策中のお嬢さんといった雰囲気でなんとも可愛らしい。
宿での朝食を食べ終えたフィル達は
リラをリーダーとした新米冒険者班と、
ダリウをリーダーとした村の買い出し班の
二手に分かれてそれぞれが必要な品の買い出しに出ていた。
街での残り滞在期間はあと二日。
とはいえ明後日は早朝に街を発ち村に帰るので実質買い物できる日は今日一日のみ。
本来なら今日はリラ達もダリウ達の買い物に同行する予定だったのだが、
もう少し買い物をしたそうな少女達の雰囲気を汲んで
ダリウが二手に分かれて買いに行く事を提案したのだった。
まぁ、もとより今日の買い物では彼女達に荷物持ちをさせるつもりもなかったし
それなら無理に付き合わせる必要も無い訳で、この提案は当然と言えば当然とも言えた。
それに万が一に少女達が何か良い物を見つけた時、
ほぼ確実に男衆は荷物持ちにされてしまうので
それを避ける為にも堅実な選択であったとフィルは思っている。
今はすぐ前を歩くダリウとラスティ、
それから一緒に来ることになったフラウを加えた四人で
村で必要とする様々な品を買い揃える為に
前回街に来た時にお世話になった市場にある食品問屋へと向かっている所だった。
(……とはいえやはりフラウは女の子だし、リラ達について行った方が多分楽しいと思うのだけど……)
たぶん今頃、リラ達、新米冒険者班は
昨日に引き続き冒険の装備や道具を揃えに道具屋や武器屋へ向かっているはずだ。
その割には昨日は宿のマスターや店員に
美味しい食堂やアクセサリの店などの場所ばかり聞いていた様に見えたのは、
多分きっとフィルの気の所為だろう。
それを差し引いても、今日これからフィル達が向かう店は
食材店や種苗店、農具店や家畜を扱う牧場と、どれも地味なものばかりで
幼い女の子が楽しめそうな場所とはとても思えない。
フィルとしてはフラウついて来てくれるのはとても嬉しいのだが、
もしもフラウに気を使わせてしまっているのだとしたら、それはかなり申し訳ない事だと思う。
「それにしても、今日もいい天気になったね。この様子だと当分晴れの日が続きそうだね」
「ああ、これから更に日差しも強くなっていくだろうな。今年はトマトもナスも良く育ちそうだ」
ラスティが目を細めてのんびり空を見上げながら呟くと、それにダリウがのんびり応じる。
天気と野菜の話が多いのはいかにも農家らしく、なんとも微笑ましい。
水不足の不安が無くなった今は、この晴天は野菜を大きく育てる恵みである。
フィルとしてもこっそり夜中に雨を降らせた甲斐があると言うものである。
「雨が少ないのは困るけど、天気が良いのは良いよねー。野菜も良く育つし」
「ああ、けど、天気が良すぎても畑仕事はきつくなるんだよな……害虫駆除とか」
「あはは、僕らにとっちゃ贅沢な悩みだよねー」
「だな……」
そこまで言ったダリウが、何か思い出したようで後ろを振り向きながら言った。
「そういえばフィルはフラウに帽子を買ってあげた方が良いんじゃないか? これから夏になれば、もっと日差しがきつくなるぞ? まぁ農作業用でいいなら村でも作ってるが街なら女の子向けの可愛いのも売ってるんじゃないか?」
ダリウの言う通り、これから夏へ向けて日差しは更に強くなっていく。
強い日差しは時に体調を崩し悪ければ命すら奪ってしまい、
特に体力が低い子供や老人は注意が必要だと聞いたこともある。
夏の外歩きに日差し対策の帽子は確かに必需品といえよう。
「確かにそうだね。すっかり失念してたよ……」
そういえば帽子に日射病の防止の役目があるのだと、フィルは今更に思い出した。
以前はフィルも帽子を日常的に装備していたが、
実際に暑さを軽減させる効果を持つ別の装備のお陰で
帽子本来の役割である日差し対策については殆ど失念しており
あくまで付与されたエンチャントの性能でしか見ていなかった。
今にして思えばなんとも贅沢なことである。
「フィルは冒険者だからねー。帽子が無くても暑気あたりなんて耐えちゃうんじゃない?」
「いやいや、僕だって強い日差しの中を対策も無しに動けば体調を壊すしぶっ倒れもするさ。まぁそれが無くても普段から冒険中の装備として帽子を被っていたけどね」
「わぁ~。フィルさん。帽子被っていたんです?」
「ああ。魔法の帽子でね。戦闘でも重宝するから冒険中は殆どその帽子を被ってたんだ」
今のパーティでは戦力差が出過ぎてしまう為に装備していないが、
以前のパーティではフィルは魔法の帽子を頭に装備していた。
見た目は旅の魔術師の帽子といった地味な見た目の実用品で、
元は精神集中を補助する程度のマジックアイテムだったが
入手した後もエンチャントを重ねて施し能力を追加して、
つい最近、それこそ村に居を構えた直後まで使い続けていた帽子だった。
そういえば最近は全然装備しておらず、フラウが知らないのも無理はない。
「へ~。それじゃ頭に被るのは他にもあるのかい? フラウちゃんに似合いそうなのとか」
「あ~いや、フラウに似合いそうな可愛らしいのは無いかな。頭装備自体あまり持ってないんだよね」
「そうなんだ? でもヘルメットとか鎧には付き物なんじゃ?」
不思議そうに尋ねるラスティにフィルは肩をすくめる。
「確かにプレートメイルとかにセットで付いてくるのは多いけど、あれって殆どがセット装備で、そういうのは単体にすると付与された魔法の効果が失われちゃうんだよ。だから単体でのヘルメットって案外少ないんだよ。あと帽子とかサークレットみたいな誰でも装備できて普段使いができるのは人気があってね。買う人も多いから手頃なのはすぐに売っちゃってたんだよ」
あまりに強力で高価なマジックアイテムはそもそも買い手が見つからず
売ることも現金化することも難しいのだが、
これが金貨千枚程度と比較的購入しやすくなると、逆に買い手は一気に増える。
買い手には貴族や裕福な商人や成功した冒険者だけでなく、
場合によっては国や寺院なんかが買い取ってくれる事もあり、
特に誰でも使えて服飾品としても使える帽子やアクセサリーの類は人気が高く良く売れるのだった。
それにこの手の帽子は傭兵に貸し与えて戦力アップに役立つと云う物でもないので
フィル達のパーティにとってもさほど重要でなく
価格が手頃で冒険に必要無いアイテムは優先して売り払い軍資金にして、
お陰でフィルの手元には貸せるような手頃な頭装備の手持ちは殆ど無かった。
「あーなるほど。現金化し易いアイテムって事なんだね」
歩きながら納得してウンウンと頷くラスティ。
「そういうこと。今有るのは冒険用に残してるヘルムが幾つかと旅用の帽子とか、あとはサークレットやクラウンぐらいか……」
「わっ、王冠もあるんです?」
王冠という単語に目を輝かせるフラウ。
そんなフラウの様子にフィルは少女がどんな物を想像しているのか分かった気がして
すぐ隣を歩く少女に対して優しい笑みを向ける。
「あはは、でも頭ばかり華やかになるのも考えものでね、フラウが被ってもきっと罰ゲームみたいになっちゃうよ?」
クラウンその物自体は決して悪い物で無い。
むしろ金や白金を組み合わせた見事な造りの素体に
宝石がふんだんに散りばめられたクラウンは確かに見栄えもするし、
込められた魔力も非常に強力な物である。
だが王族が城の中で身につけるのならばともかく、
一介の冒険者が装備するにはあまりにもデザインが派手すぎて、
実際に街中や酒場や戦場でかぶっていると、
無駄に豪華なクラウンはヘルム以上に周囲から浮いてしまうのだ。
街中でヘルムをかぶる戦士のような威圧効果も無いし、
その為フィルのパーティでは結局、これを装備する者は誰も居らず、
精々宴会で主役や犠牲者に無理矢理かぶらせて悪目立ちさせるのに使われるぐらいだ。
そんな不遇な扱いのクラウンだが
少女からすると煌びやかな王様や女王様の象徴に映るのかもしれない。
「あぅ~。……でもちょっとだけ被ってみたいかもです」
未だ名残惜しそうなフラウにフィルは笑いながらうんうんと頷く。
「あはは、それじゃ後で貸してあげるね」
「わぁ~。良いんです? やったー!」
フィルの言葉に無邪気に喜ぶフラウ。
喜びピョンピョンと飛び上がると、
それに合わせて少女のさらさらした栗色の髪が宙に踊る。
(この娘にはどんな帽子が似合うだろうか?)
無邪気に喜ぶフラウを暖かい眼差しで眺めながら
フィルは元の目的に戻り、どんな帽子が似合うだろうかと想像してみた。
夏の日差しを防ぐのが目的なのだから、
貴族の令嬢が外出時に身に着ける、装身具のような小型な物ではなく、
ある程度しっかりとしたつばを持つ、通気性の良い麦わら帽子が良いだろうか。
……いやフラウがこれが良いというのならば否やは無い。
いざとなったらエンチャントして暑さを軽減する魔法を付与しても良いのだし。
色は……少女の明るい髪にはきっと白い帽子がよく似合うことだろう。
……いや、淡く色づいた帽子も、案外そちらの方が白以外の服を着た時に似合うかもしれない。
「フィルさんフィルさん。どうしたんです?」
「……うん? ああいや、何でもないよ? うん、何でもないよ」
すっかり親馬鹿となって様々な帽子に手を当てて微笑むフラウの姿を想像していたフィルは
フラウの声に現実に戻されて気恥ずかしさにコホンと咳ばらいをする。
「それじゃあ、食材を買ったら市場で一緒に探してみようか?」
「はいです! えへへー」
嬉しそうに頷くフラウの笑顔を眺めながら、
今日は絶対帽子屋に寄ろうとフィルは固く決意した。