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邪神さんの街への買い出し43

「フィルさんフィルさん。朝になりましたよー」

朝、ベッドの中のフィルは少女の声と小さな手で肩を揺すられて目を覚ました。

目を薄く開けて鎧戸が下りたままの薄暗い部屋の中へ目をやると

すき間から光が僅かに差し込むから外は既に日が出ている様だが

顔に当たる空気の冷たさから察するに、

おそらくまだ日が出たばかりの早朝なのだろう。


一応呪文の使用に支障無い位には睡眠を取れているが

率直な感想を言えばまだまだ暖かい布団に包まって寝ていたい。

できればもうもう少し……もう少しだけ……。

せめて外の気温が初夏の陽気にふさわしい暖かさになるまで待って欲しい……。

そんな事をささやかに願うフィルだが、

すぐ隣から聞こえてくるフィルを起こす幼い声は優しいながらも容赦無く

残念ながらフィルの願いは叶う事はなさそうだった。


(……そういえば、昨日はフラウと結局一緒に寝たんだったか)

昨日、あれから皆で一階の食堂で夜食を食べ終えた後、

部屋に戻り翌日の呪文の準備をしていた所で

寝間着に着替えたフラウの訪問を受けたのだった。

これが知らぬ娘なら丁重に断っている所だが

フラウとはここ最近はずっと一緒に過ごして来た事もあってか

今ではすっかり二人で一緒に居る事がごく自然な事に思える様になっている。

結果、こちらの部屋で寝たいと訴えるフラウにいいよと言って部屋に迎え入れ、

それから一緒のベッドがいいとの訴えにもいいよと言って布団を半分譲り、

今はこうして同じベッドで二人、朝を迎えていた。


一緒に朝を迎えたとはいえ、そこに男女の甘い色香の様な物はまるで無く、

二人そろってぐっすり寝る姿はまさに親子、川の字で寝るかの如しだ。

そういえば自分も幼い頃はこうして親と一緒に寝ていたっけと

生まれてから四十余年過ぎてすっかり薄れてしまった幼い頃をぼんやりと思い出しながら

そろそろ今も自分の使命ですと言わんばかりに頑張っている働き者のこの娘に

自分が目覚めた事を教えてあげるべきだろうと身をよじった。


「フィールさーん。あーさでーすよー」

未だに起きないフィルの肩を諦めずに揺する手の主へと目を向けると

同じ布団の中ですぐ隣でフラウが同じ様に寝たままの姿勢のまま、

フィルの肩に手を当て前後に揺すっているのが見える。

農家の娘であるフラウにとって早起きは常日頃の事。

今日も規則正しく日の出の時刻に目覚めては、

こうしてフィルの目を覚まさんと小さな手で奮戦をしてくれている。

それはとても有り難いし嬉しいのだが、

実際の所を言うと早起きをしてもやらねばならない事が特に有る訳では無い。

冒険中は兎も角、休める時にはきちんと休むがモットーのフィルとしては

まだ朝も早いしもう少し布団に包まって寝ていたいなぁと思わない事も無い。

とは言えそんな愚痴を少女に行っても、少女に悲しい顔をさせてしまうだけだ。

このまま素直に起きてしまうのが最善だろう。


「……ん、おはよう」

「あ、フィルさん。おはようございますっ」

フィルが目覚めた事を知り、少女はぱぁっと嬉しそうに微笑む。

まだ眠いとかもう少し寝ていたいとか思う所はあっても

こうして朝一番に笑顔で迎えて貰えるとやはり嬉しい物で

フィルもつられて(眠気の混じった苦笑いの様な不格好な笑みでだが)微笑み返して

お礼を兼ねて少女の頭を優しく撫でた。

「えへへー。あさですよ?」

たっぷり頭を撫でられてフィルの目が覚めたのを確認したフラウは

布団の中で体を此方に向けたまま、少しだけ体をフィルの方へと寄せて来た。

元々布団に寝ている今は頭の位置も同じ高さなので

普段立って会話しているよりも顔が近く、普段より会話し易い位なのだが

そこから更に二人の距離が近づいたのでフィルの視界は少女の笑顔で一杯になる。

その所為か年甲斐も無く自分の顔が赤くなるのを感じてしまうが

その事に気が付いたのか、フラウは満足気に悪戯っぽく笑っている。


「まだちょっと早いかもですけど、そろそろ起きます?」

「うーん、そうだね……」

顔を近づけたままのフラウに尋ねられて、暫し考えるフィル。

早朝でまだ空気はひんやりしてるとはいえ、既に日は登り始めて外は明るくなっている。

きっと街の人達の多くは既に起き出して身支度や朝食の準備に取り掛かっている事だろう。

だが街の住人でないフィル達にとっては朝食は宿の食堂で食べるので支度をする必要は無い。

そしてその食堂は建物内の様子からして住み込みの店員らしき人達が活動し出した程度で

食堂が開くまでにはまだ少し時間がかかりそうだった。

身支度するにしてもフィルは兎も角として……。

冒険で培った知覚を研ぎ澄まして周囲の様子を確認したフィルは

まだ起きて活動するのは早いだろうと判断した。

せっかく起こしてもらったフラウの頑張りを無駄にする様で心苦しいが

ここは一つ、二度寝をするのが良いのではないだろうか?


「ふむ……まだ、隣の皆はまだ寝てるのかな?」

耳を澄ませてリラ達が借りている部屋へと神経を集中してみると隣の部屋は静かな物で

借り主であるリラ達が起き出して身支度をしている様子は聞き取れない。

「たぶんそうだとおもいます。起きてからずっと静かでした」

話し終えてえへへと楽し気にしているのは、

こうして二人で間近で会話するのが楽しいようだ。

たしかに内緒話をしている様で、二人で悪巧みをしている様な気がしてくる。

にこにこと上機嫌な少女の笑顔にフィルもつられて笑いながら、

さてこれからどうしたものかと思案する。

「フラウの服は隣の部屋に置いたままなんだよね。みんなを起こしに行く?」

元々フラウはリラ達の部屋で寝る予定だったので

今日着る予定の着替えは全てリラ達の部屋に置いたままだ。

身支度や着替えとなれば鍵のかかった部屋に入らねばならず

そうなれば必然的に彼女達をドア越しから叩き起こさねばならない。


「うーん……皆さん昨日はいっぱい歩きましたし今日もいっぱい歩きますし、いまはたっぷり休ませてあげたいです」

尋ねらたフラウは、んーと少しだけ考えてからそう答えた。

フラウの場合はフィルから借り受けた魔法のブーツのおかげで

一日歩いた程度では殆ど疲労を感じないが、

マジックアイテムの補助が無い彼女達はそうはいかない。

休める時にきちんと回復させておくべきだと思ったのだろう。

とは言え少女達の昨日の元気な様子を見るに彼女達の若さと体力をもってすれば大した事では無く、

今日も元気一杯に街を巡って楽しむであろう事は容易に想像できる。

だがそんな事を言ってもこの優しい少女はやっぱり同じ様に姉達の心配をするのだろう。

……できたら自分も同じように眠させて貰えたらなと、

早朝に起こされたフィルはほんのちょっとだけ思った。


「うんうん。それじゃあ皆が起きるまでの間は、僕らもここでゆっくりしようか」

「はいですっ」

フィルの提案をあっさりと了承してくれたフラウに、フィルは内心でほっと安堵の息を吐いた。

リラ達を人質にした様でちょっとずるい気もするが、

彼女達に何か迷惑が掛かる訳では無いし、これで自分ももう一度寝る事が出来る。

そんな事を思いながら布団の中で満足気に微笑む少女の頭をたっぷりと撫でて、

二人は隣の部屋が賑やかになるまでの暫くの間、

暖かい布団にもぐって二度寝に入ったのだった。


「あ、フィルさんフィルさん。今日なんですけどね?」

布団に入った後もひっきりなしに話しかけてくるフラウ。

……そう言えば「ゆっくりする」は、「寝る」とは違う意味だった。

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