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邪神さんの街への買い出し41

一階の食堂は今が丁度最も賑わう時間帯の様で

ランプに照らされた数卓のテーブルには宿泊客だけでなく

家族連れや飲み仲間らしい近隣住民が楽しそうにお喋りしながら

宿自慢の酒や料理に舌鼓を打っているのが見て取れる。

夜の外食と言えば定番はやはり酒場だが

酒飲みだけでなく家族連れにも人気があるのは

やはりこの店の雰囲気が良いからなのだろう。


フィルはそんな活気ある店内の様子を楽し気に眺めながら

店内に併設されているバーカウンターへと向かった。

バーカウンターでは宿の主人がひっきりなしにやって来る

客からの酒や肴の注文を手慣れた様子で応対していた。

傍から見ると注文は引っ切り無しで結構忙しそうでかなり忙しそうに見え

店主なのだから店員に任せれば良いのにとも思うのだが

主人も楽しそうに応対している所を見るに

おそらくあの仕事は主人のお気に入りなのかもしれない。


丁度主人の手が空いた隙間を狙ってフィルが声を掛けると

店主はいつもの様に愛想よく応じてくれた。

「おや、飲んで行かれますか? あいにく満席なのでカウンターになってしまいますが」

「ああいえ、部屋に戻ってゆっくり飲もうと思ってまして、エールと焼いたソーセージをお願いできますか?」

「ええ、もちろんですとも。少々お待ちください」

暫しの間、店主が手際良くソーセージを焼き

樽からエールを注ぎ入れるのをカウンターに座ってのんびり眺める。

ソーセージが香ばしく焼き上がり、

エールジョッキが見事な泡で一杯になったのを見届けたフィルは

小銭入れから取り出した銀貨と引き換えに

エールのジョッキと焼きたてのソーセージが載った皿を受け取り

店主に御礼を言ってこれ以上邪魔にならない様、早々に二階の自室へと戻った。



宿の階段を上機嫌で上っていくフィル。

風呂上りの一杯が楽しみというのもあるが、

久々に一人で飲む酒に年甲斐も無く頬が緩んでしまう。

一人誰に気を使う事も無く気儘に酒と肴を味わうというのがフィルは好きだった。


勿論仲間同士で賑やかに飲む酒は美味いと思うが、

誰に気を使う事も無く、自分の為だけに飲む酒というのは一人侘しくも格別なものだった。

酒場で盛大に頼むのと比べて肴の品が少なく質素になりがちなのは玉に瑕だが。

(……ついでだし干し肉もつまみにするか)

自分の部屋に戻り、物入れの上に置いてあった革鎧を少しどかして、

そこにジョッキとソーセージの載った皿を置いたフィルは、

自分のバッグの中から革の小袋を取り出すと、

さらに小袋の中から干し肉を取り出した。


ポークジャーキー……一見何の変哲もない、

もちろん味も至って普通な塩味と香辛料の効いた

少し大ぶりな良くある干し肉だが実はマジックアイテムで

一欠片を食べきるとかなり深い傷でも癒す事の出来る回復アイテムだったりする。

そして取り出した小袋は中には通常五個の干し肉が入っており

食べても次の日には小袋の中の干し肉の数は五個に戻っているという代物だった。


以前いたパーティでマジックアイテム制作の際に実験として

ポーションの様な液体の代わりに干し肉をベースにして

尚且つバッグ・オヴ・トリックスを参考に

1日に使用できるチャージ数を持たせて出来上がったのがこのマジックアイテムだった。

一日五回使用できる回復用アイテムとしても勿論優秀だが

他にも治癒や解毒に使えるマジックアイテムが揃って来た最近では

もっぱら傷の治療よりも寧ろ野営や休憩中に小腹が空いた時そのまま食べたり

料理の味付けや具材としての方が重宝していた気がする。

フラウがやって来た時に作っていた粥もこれで出汁をとっていたが

理由はなんて事は無い、これが無尽蔵に手に入る手軽な食材だったからだ。


そんな何度も食べてきた干し肉だが

酒のつまみが無い時は決まって皆でこれを食べたものだった。

なにせその為に素体となる干し肉を決める際には

できるだけ旨くて大きな干し肉を探して

パーティ全員で街の市場や専門店、果ては干し肉作りで名人と有名な者を訪ねて入手して、

手に入れた干し肉をパーティ全員で食べ比べて決めたほどで

夕飯一食全てを一切れで賄うほどでは無いものの、

一切れでもかなり腹の足しになるという丁度良い大きさの干し肉は

塩味と僅かな香辛料が絶妙に効いていて

まさに冒険時の……というより酒飲みのつまみとして申し分のない一品なのだった。

おかげで非常食や酒のつまみとして一枚食べる分には非常に重宝するのだ。

逆に食事後すぐに戦闘があった時に使ったり

連続して二枚、三枚と使うのにはかなり厳しい物があるが

その時は素直にポーションや別の回復手段を用いれば良いだけの事だ。


(そういえば、今なら一人で幾ら食べても良いのか)

以前のパーティは五人だったので一人一切れ食べたら終わりだったが

今はその仲間達は居ない。何ならフィル一人で五切れを食べてしまっても良い。

そんな考えが頭をよぎるフィルだったが。

(……まぁ、二切れは多いよな)

日中食べた酒場の食事がまだ腹の中に残っているという事を差し引いても

なんだか自分だけで何枚も食べてしまう事には抵抗があった。

結局取り出した一欠片だけをソーセージの皿に置き、

残りの入った小袋はバッグに戻す。

(……これで良しと)

改めてエールのジョッキを手に取りジョッキに口を付けた。


ごくごく……

「……ふ~」

思わず息を漏らして、しばしエールの余韻を楽しむフィル。

やはり風呂上りに飲むエールというのは旨い。

柑橘の様なフルーティな香りとほのかな甘みが風呂で乾いた体に染みわたる。

それから塩気強めの焼いたソーセージをかじり肉汁と脂で口の中を一杯にして

それから更にその塩気と油気を洗い流さんとエールを口に流し込む。

「ふぅ~~」

口の中を洗い流し再び息を漏らして、しばしエールの余韻を楽しむフィル。


ランプの灯り一つだけの部屋で一人飲む姿はなんとも侘しいものだが

当人はそんな事はどうでも良いと思える位に満足だった。

(……それにしても誰にも煩わされずにこうしてのんびり寛げたのは何時ぶりだろう?)


そんな事を思い耽っていると、隣の部屋の扉が開き

ぱたぱたという軽い足音が此方へとやってくるのが聞こえ……

とんとん

フィルの部屋のドアを叩く軽い音が部屋に響いた。

(フラウが一人で来たのかな)

足音は一人分だったしドアを叩く位置は低め。

おそらくフラウが訪ねて来たで間違いないだろう。

とは言え第三者が音を再現してフィルの油断を誘おうとしている可能性は存在する。

一応ロングソードがベッドの側、すぐに手にできる位置にある事を確認するが

子供相手に何をしているのだと気が付き、心の中で苦笑いを浮かべる。

(まったく自分は何をやってるんだ……)

経験を積んでベテランと呼んで差し支え無い頃になると

暗殺者や誘い込んでの罠も何度か経験して不断の警戒が普段となってくる。

ましてや今は一人でかつてパーティの資産や妙に大きな力を手にした身だ。

必要以上に慎重になるのも仕方ない事だとは自分でも納得している。

(……けど、それでも自分が警戒した事をあの子に知られたくはないものだ)

「はーい」

努めて平静に、何気ない感じになる様に気を付けて

フィルは声を出して腰かけていたベッドから立ち上がり部屋の扉へと向かった。


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