邪神さんの街への買い出し37
結局、フラウの留守番については
夜は食堂の宿に宿泊するとして
日中はダリウやラスティの農作業の手伝いをする事で落ち着いた。
ダリウ達にとっては村を離れている間、
村人達が代わりに畑の面倒を見てくれているとはいえ
三日も畑の世話から離れてしまっているので
フラウの手伝いは願っても無い助けとなるだろう。
「がんばってお手伝いします!」
「うんうん。でもあまり無理はしちゃダメだよ? 怪我したらダリウ達が困っちゃうからね」
「はいです!」
(念の為、ポーションでも持たせておいた方が良いかな?)
モデレートのキュア・ウーンズ・ポーションを幾らか持たせて、
万が一に備えて怪我以外にも病気と毒に効くポーションがあれば十分だろう。
ポーションなら何か事があった時にフラウでも使えるだろうし、
必要なら他の村人使ってやる事も出来る。
そんな事を考えていたフィルに
サリアが新しくやって来たミートパイを皆の分を切り分けながら、からかい半分で尋ねた。
「それにしてもお泊りなんてよく納得しましたよね? ホントは物凄く心配だったりするんじゃないんですか? 怪我したら大変だからポーション持たせようかとか?」
一瞬この少女は自分の心を見透かしているのかとも思ったが、
案外フィルの顔に出ていたのかもしれない。
「ま、まぁ……心配ではあるけど、自分の村の宿なら危険な事は無いと思うしダリウもラスティも見てくれるっていうし、大丈夫なんじゃないかな……」
フィルはサリアに平静を装って答える。
こうしてフィルをからかって来るサリアだが、
本当にサリアが村人達の事を不安に思っているのなら
寧ろサリアの方が絶対黙っていないだろうにとフィルは考えた。
この姉代わりの少女が自分の友人に何かあったら黙っていないというのは
先程のごろつきの件や初めて出会った時に見た通りだ。
だがそんな事言っても、倍になって言い返されるだけなのでこれ以上は黙っておく。
「あ、それじゃあ朝早くから村を出て、その日のうちに終えて日帰りで戻ってくるとか? 急げば間に合うんじゃないですか?」
リラの提案にフィルは肩をすくめて見せる。
「どうだろうね。 討伐だけならともかく、後始末の事も考えると日帰りで村に戻るのは難しいんじゃないかな?」
店の情報によれば、コボルドに襲われた場所はこれまで襲われた場所から
街からフィル達の村のある方角へ数時間ほどの場所にある
廃鉱か、その麓にある集落の廃墟に住み付いている可能性が高いらしい。
廃鉱はフィル達が街に来る際に利用した街道沿いに街側の山の麓にあり、
この街から行く分には山を越える必要は無いが
フラウ達の住む村から廃鉱山へ行くには
今回フィル達が利用した街道を使って山を越えていく必要がある。
その為、村から日帰りで討伐をしようとすると山越えを往復する必要があり
時間的制約もそうだが、体力的にもかなりシビアになってしまう。
(テレポートが使えれば楽なんだけどなぁ……)
テレポートの魔法を使えば問題は解決する訳だが、
テレポートは第五段階の呪文であり、
今のフィルは第三段階までしか使えないと村人やリラ達には伝えていた。
(こんな事なら第五段階まで使えるって言っておけば良かったかな……)
そんな事を思わない訳では無かったが、
駆け出し冒険者である彼女達を支援をし過ぎるのは成長を邪魔してしまうだけだ。
過度に魔法で助けるのは控えるべきだろう。
「コボルドの住処が本当にその場所かも確定じゃないし、それにどれだけの数が居るかも分からないからね。予定を立てるならその辺も考慮して余裕を持たせた方が良いと思うよ」
「たしかに。相手の場所も数も分からないとなると長期になる可能性も有りますもんね。襲撃された場所から辿るだけで結構時間かかるだろうし、数も長い事放置されてたみたいだからどれだけ増えている事やら……」
フィルの説明になるほどと納得しながらも、
これからかかる手間を想定してげんなりするリラ。
げんなりしながら、これおいしいですねーと
届いたばかりの揚げたての魚フライをぱくぱくと美味しそうに食べている。
「そうなると、村を出て討伐をしたら一旦街に寄って、そこで一晩泊まって行くのが良いんじゃないかしら?」
「街に戻った時についでに次の依頼を受けたりも出来ますしねー」
「山越えの手間もあるし、その方が良さそう。野営の準備も最低限で済みそうだし」
「それでも野営の準備は必要なんですよねー。場所を見つけるのに時間が掛かる可能性もありますし、数が多くて討伐しきれない可能性も有りますし」
「そうなんだよねー。まぁ二日以上になりそうなら、そのときも街に行って補給するで良いんじゃない?」
冒険の計画を楽しげに話し合う少女達。
こうして話し合いをしながら予定を決めていく様を眺めているのは
なんだかグループ課題をこなす生徒達を眺めている様でなんとも微笑ましいものだった。
フィルはそんな生徒たちのやる気に水を差さない様、余計な口出ししない様に気を付けながら
自分は焼きたてのラムチョプにかぶりつく。
嚙む度にスパイスの効いた香ばしい肉の味が
ジューシーな肉汁と共に口の中に広がるのを十分に楽しんだ所で
今度はエールを流し込むように飲んで口の中をすっきりさせる。
場所は違えど懐かしい酒場飯に満足しながら隣を見ると
フラウも今はコロッケから焼きたてのラムチョップに標的を変更して美味しそうに頬張っている。
少女の満足気な顔に一安心といった心地で
フィルはもう一度エールのジョッキに口を付けた。
「あ、そういえばコボルドって何か気を付ける点ってあるんですか? ゴブリンと大して強さは違わないって聞いてますけど」
少女達は一通りの予定を立て終えたらしく、
リラに尋ねられたフィルは飲んでいたエールのジョッキから口を離す。
見守ると心に決めて口を出さない様にしていたが、
教える立場なら尋ねられたら応じない訳には行くまい。
……実の所は口出ししたくてうずうずしていたりもする。
「確かにコボルドはゴブリンとそう違いない強さだね」
コボルドは小柄で臆病だが残酷な人型生物だ。
犬に似た頭部でキャンキャンと吠えて襲ってくるが
鱗を持ち、血筋としては竜族に近く、
その所為かドラゴンに奴隷として使えている者も多い。
「同じ小型で膂力や素早さはゴブリンよりも若干低いから、直接戦闘するなら寧ろゴブリンより戦い易い相手かもしれないんだけど、もちろん気をつけなきゃならない点もある」
「どんな点なんです?」
尋ねるリラ。その表情は真剣というよりは好奇心が勝っているという感じで
なんだか子供に物語を聴かせる老爺の気分になってくる。
「うん、コボルドはその弱さ故にトラップを多用するんだ。彼らの住処には侵入者を撃退する為のトラップがそこら中に仕掛けられる可能性が高いんだよ」
「トラップかぁ……陰険ですね」
「殆どが機械式のトラップで、見つけたり解除するのはさほど難しくないのだけど、とにかく数が多くて嫌らしい場所に設置されているんだ。コボルド退治をする時は寧ろそっちを気を付ける事が重要になってくるんだよ」
「それって私達でも何とか出来るんですか?」
「見つけるのも解除もそう難しくは無いから多分大丈夫だと思うけど、解除しようと足止めした所にスリングで攻撃してきたり、トラップを確認しようと不用意に部屋に入ったら閉じ込めてガスを流したりという感じで、トラップを利用した嫌らしい戦術も使ってくるから、ただトラップを解除する事だけに気を取られずに、周囲や相手が何をしようとしているのかっていう事に注意すると良いと思うよ」
「なるほど……知らないと結構危ないですね。それ」
「まぁ、コボルドからすれば、自分達より圧倒的に強い侵略者から身を護る為の手段なんだろうけどね。なにせ単体なら余程の事が無い限り負ける事はまず無いだろうし」
「そう考えると、同情の余地あり?」
尋ねるアニタにフィルは肩をすくめ首を振ってみせる。
「いや、殺人や強盗で生きてる奴らに同情する必要は無いよ。この依頼だって元はと言えばコボルドが旅人や隊商を襲って、そして実際に被害が出ているからだしね」
たとえ個々が多少弱いとしても、それならば数を揃えれば良いだけの事で
現にコボルドの盗賊団は殆どの場合、その数に物を言わせて集団で襲ってくる。
そして襲われた者達は殺されるか奴隷にされるかの何れかとなっているのだ。
個々が弱いからといって、決して侮って良い相手では無い。
「確かにそうですね。……うーん、やっぱり悪には同情の余地なしなんです?」
「まぁ、色々な形があるからその辺はなんとも言えないかな。悪人でも結果として周りと上手くやっている者もいるし、善人でも暴走した挙句に討伐された者もいる。善悪は判断する時の材料の一つでしかないのだと僕は思うな」
「むぅ……難しいですね」
難しい顔でさらに考えるリラにフィルは笑って見せる。
無知の博愛主義というのは結果として大きな悲劇につながる事が多いが
何も考えずにただ殺すだけというのもやはり大きな悲劇につながる事が多い。
その意味でも彼女達がこういう事にを気にしてくれるのはフィルには嬉しい事だった。
だから、こういう事にならフィルもこれまで自分が知り身につけた知見を
惜しみなく伝えるつもりだし、助言をするつもりだった。
「まぁ、その辺は追々分かると思うよ。否応なくね。今は目の前の依頼であるコボルド退治に集中するのがいいよ。少なくともコボルドについては全滅させるという方針で良いと思う。住処を実際に見ればわかると思うけど、奴等は人を殺す事を悪い事だとは思わないし寧ろその事を楽しんでいる。まぁ、悪の属性は皆そういう性向なんだけど、そんなのをそのまま置いておけば被害が更に広がるだろうからね」