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邪神さんの街への買い出し36

「という訳で、初の依頼はコボルド退治となりました!」

「という訳でってな……」

席に戻って早々、そう宣言するリラに、

テーブルで酒と料理の番をしていたダリウが戸惑い半分、

呆れ半分で幼馴染に突っ込みを入れる。


既にテーブルには料理が並びはじめており、

テーブル中央には前菜代わりなのか、

一番に到着した揚げたてのコロッケが

大皿にこんもりと山盛りに盛られ湯気を立てていた。


どうやら店員の忠告は正しかった様で

コロッケ一つ一つはさほど大きく無い俵型で

フィルの口なら一口で頬張れる程度の大きさなのだが、

とにかくその数が多く、

四人分の注文のはずが普通の食堂なら八人分を超えるであろうかという

大量のコロッケが大皿にこんもりと山積みになっている。

これがもし八人分で頼んでいたら、これだけで全員満腹になっていたかもしれない。

もっとも少女達は量の多さに驚いているが、

フィルにとっては見慣れたもので、この量は至って普通。

エールと一緒に喋りながら食べ飲みするに丁度良い量なのであった。


「それじゃ、帰りは俺達だけで戻る事になるのか?」

目の前にこんなに美味しそうな料理があるというのに

料理には手も付けずにダリウが尋ねる。

それに対してフィルや他の少女達は席に戻って早々に

大皿から各自自分達の小皿にコロッケを取り分け

お酒と前菜を堪能しているのだから

その間ずっと留守番をしてくれていたダリウがなんだか不憫に思えてくる。

……いや、フィルだってエールをお預けにされ、掲示板まで連行されたのだし、

その間にダリウ達は乾物のみとは言え、酒と肴でのんびりしていたのだから

単純にそれほど空腹でも酒を飲みたい気分でも無いだけなのかもしれないが。


「ううん。依頼の期間はかなりあるし、一旦村に戻ってから、それから退治に向かうつもり。フラウちゃんに村で待っててもらう必要もあるしね」

言ってから自分の分のコロッケを頬張るリラに、ダリウはなるほどと頷く。

強面で表情の変化が分かり辛いが、何処か喜んでいる様にも見える。

「フラウちゃんは村でお留守番でいいんですよね?」

ダリウに言った後、リラは改めてフィルに尋ね、

尋ねられたフィルはリラに頷いて返す。

「そうだね。流石にフラウを戦場に連れて行く訳には行かないからね」


幾らフィルが様々な冒険や危険を経験した熟練の冒険者といえども

年端も行かぬ、技能も経験も無い幼い少女を冒険に同行させるのは、

あまりに危険で、とてもではないが許可出来ない事だった。

フィル達の以前のパーティでも過去には救出した幼子を連れてダンジョンを歩いた経験はあるが、

それはあくまで救助というやむを得ない状況に於いてであって

戦闘や探索の訓練を積んでいない一般人をわざわざ連れて冒険に臨むのは

当人を護りきれず死なせてしまう可能性が高いばかりか

経験を積んだフィル達ですら隙が生じて危機に陥りかねない、非常に危険な行為である。

さらに言えばリラ達は冒険者になったばかりで

今はまだ自分達の身を護る事すら精一杯のはずだ。

この状態でさらに護衛対象まで増えたのでは、

簡単な討伐すら成功できるか怪しくなってくる。


「問題はフラウを誰に預かってもらうかだけど……」

「? イグンおばあちゃんじゃダメなんです?」

フラウがコロッケを食べていた手を止めて、小首を傾げて尋ねた。

たっぷりの干し鱈が入ったコロッケをフラウは大層お気に召した様で

先程から上機嫌でコロッケを食べていた。

フラウの口では一口では食べきれない様で

ふーふーと息を吹きかけ冷ましてから二口に分けて食べる様子は

小動物が啄む姿の様で何とも微笑ましい。

フィルも一緒に一口にコロッケを頬張ってみると、

ほぐした干し鱈がたっぷり入ったコロッケには塩味と干し鱈の旨味、

それと僅かな香辛料が程良く効いていて、

これはエールに良く合う、酒の肴にぴったりの味だった。


「いや、駄目という訳じゃ無いけど、こう毎回だと流石に申し訳ないなって思ってね……イグンさんにも自分の用事とかあるだろうし。それに討伐が一日じゃ済まないかもしれないから、その時に寝る場所を確保しておかないとね」

イグン老にも自分の為の時間だって必要だろう。

おそらく彼女の事だから笑って了承してくれるのだろうが、

それでも、こう頻繁に頼み事をしていたのでは、さすがに申し訳ない。

ましてや一日お泊りさせてしまうなんて、もっての外だ。

そんなフィルの言葉にフラウは納得したとばかりに微笑んで言った。

「なるほどですー。確かにお婆ちゃんに頼りっぱなしなんです」

「そうなんだよ。でも僕達の家に一人で留守番っていうのは無しだし……」

フィル達が住んでいる家は山奥の寂しい場所にある。

他にも人が居れば良いが、一人で住むとなると日中でもかなり寂しい思いをする事になってしまう。

フラウと出会った初日に、この少女が家の廊下を歩くのも怯えていた事を思い返して

フィルはフラウが自宅で留守番する選択肢を捨てる。

第七段階の呪文メイジズ・マグニフィシャント・マンションの呪文で作った家で待機というのも同じ理由で却下だし

何よりリラ達には自分は第三段階の呪文までしか使えないと伝えている。



「食堂で待っていてもらうとか……」

「さすがにそんな長い間、食堂で待たせるのはどうかと思いますよ? 一応宿泊は出来るみたいですけど……」

フィルの呟きにサリアが呆れ顔で言った。

一応言い訳をさせてもらえるのならば、フィルもそんな気はしていた。

ただフィル達が時間を潰す時はこれが普通の方法だったのだ。

酒場で酒を飲みながらぐだぐだしていれば半日ぐらい余裕で時間を潰せてしまうのだが、

当たり前の事だが中年親父の普通が幼い少女にとっての普通であるとは限らないのだ。


「……まぁ、やっぱそうだよね……うーん」

だよなぁとフィルは溜息を吐いた。

こうも選択肢が少ないと、下手な討伐依頼なんかよりもよほど難問に思えてくる。

「フィルさん。フィルさん」

「うん? どうしたんだい?」

当事者であるフラウに呼ばれて、フィルはすぐ隣に座る少女を見やった。

「一度おうちにもどってもいいです? 畑仕事とか、三人になっちゃったから大変だと思うんです」

「フラウの実家かぁ……うーん……それは止めた方が良いと思うな」

フラウの実家に一旦戻らせる事も考えなかった訳では無かった。

確かに子供は実の親と一緒に居るのが一番なのかもしれない。

以前のゴブリン狩り時には父親も会いたがっていた様だし、

フラウも家族の事を恨んでいる様子はない。

きっと家族間の仲は今でも悪くないのだろう。

とはいえ……。

自分の娘を生贄に差し出した親に対して

フラウを家に戻す事に、フィルはどうしても納得がいかないのだった。


「でも……」

「家族の事が心配なのは分かるけど、今はお互いあまり会わないが良いと思うんだ。向こうにも自分達がした事がどういう事なのか、もう少し考える時間が必要だと思うんだ」

「う~でも……」

悲しげに顔を曇らせるフラウを見ていると、フィルも心がちくちくと痛むが、

自分も大人の一人として、たとえ歳が三十になろうが四十になろうが

たとえ言葉や外見でどんなに取り繕っても

人の精神がそう簡単に成熟出来るものではない事を、

その歳まで生きたフィルは実感として知っている。


本当に反省や贖罪が必要な過ちや犯罪行為というのは、

償いきちんとする前に許されてしまうとそれを楽な方法として覚えてしまい、

今後も同じ過ちを繰り返す可能性が高くなってしまう。

罪を犯すまでの経緯とか身分とか周りの状況とか、

事情が様々あってもこの事だけは殆ど変わる事がないというのが

フィルのこれまでの経験で学び得た事だった。

だからこそ娘を生贄に差し出す親に今フラウを返す訳にはいかない。

(いや……こんなの多分、僕の我儘なのだろうけど……)

色々と言い繕ったが、親に会わせたくないというこの気持は

多分、自分の我儘でしかないないのだろう。

だが、たとえ我儘でもフラウが微塵でも悲しい思いをする可能性があるのなら、

フィルは自分の我儘を自覚していても尚、それを容認する事は出来なかった。


「ごめんね。でも、もう少し待って欲しいんだ。お互いに気持ちの整理がきちんとついてからの方が良いと思うんだ。今戻ってもお互いの為にならない気がするんだよ」

「じゃあ、どうしたら会ってもいいんです?」

そう言ってフィルを見つめるフラウは酷く悲しげに見えた。

「そうだな……フラウが幸せになって、向こうも自分の娘が幸せに暮らしてるんだって安心できる様になったらかな?」

「でも私だけ幸せになっても……」

複雑な表情で見上げるフラウの頭をフィルは優しく撫でる。

「勿論、彼等が幸せになっちゃいけないなんて事は無いよ?」

「え?」

「僕はフラウに幸せになってもらいたいし、そうなってもらう様に頑張るつもりだけど、それは彼等が幸せになってはいけないって事にはならないでしょ?」

今一理解出来ずに首を傾げるフラウ。

「あの村の人達が自分達で頑張って幸せになるのは悪い事じゃないよ。そこにフラウのご両親が含まれていても良いだろう? 村の為の手伝いはある程度なら僕もするつもりだしね」

フィルの言葉を少しの間、咀嚼し飲み込むように考えたフラウは

それから嬉しそうに返事をする。

「はいです!」

少女の同意を得る事が出来たフィルはほっと安堵の息を吐くが、

とはいえ当初の問題であるフラウの居場所については何も解決していないのだった……。

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