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邪神さんの街への買い出し35

多くの場合、冒険者の店では

依頼は店内にある掲示板に依頼書として貼り出されており、

冒険者達はこの依頼書を受付に提出して正式に依頼を受ける事になる。

実の所、店の掲示板に貼られている依頼はある程度の難度までで

更に高難度な依頼、それこそ国の命運に関わるような

ベテラン冒険者でも並の腕では達成できない様な案件は掲示板に貼り出される事は無い。


掲示板に貼られない理由としては、

そんな重大な脅威の噂が広まれば、まず間違いなく世間に不安と動揺が広まってしまう。

だから情報を制限して世間に余計な不安を与えない為……というのもあるが、

店としての一番の理由は

並の冒険者で成功できるかもどうか分からない(寧ろ失敗の可能性が圧倒的に高い)

冒険依頼を張り出したりなんかしたら、自信家の冒険者達の事だ、

自分達は大丈夫だ。危険を冒さずして何が冒険か!?などと言って

挑戦してしまう(そして当然の事ながら全滅する)若者が続出してしまうからだ。


そんな事で無駄に若い命を消費してしまう事を防ぐ為にも、

そうした依頼は店から名指しで信用できるパーティに声が掛かるのが

大抵の冒険者の店では一般的となっている。

よく「自分達なら大丈夫だ!なんで俺達に声を掛けない!?」と

店の者に抗議する若い冒険者がいたりするが

店から声が掛からないという事は、そういう事なので

諦めて素直に掲示板の依頼を受けるべきだと、常々フィルは思っている。

それにそもそも掲示板に貼られた依頼だって、本当に安全な依頼なんてほんの僅かで

殆どが危険な案件である事には違いないのだから。

まずはそういう依頼を確実にこなして実績と信用を得るべきなのに

努力を放棄して信用だけは頂こうなんてしたら、

その時点で信用を失ってしまう事に気付くべきなのだ。


「どんな依頼がお勧めですか? 出来ればすっごく稼げて危険はそこそこなのが良いです!」

にっこり可愛らしい笑顔で注文を入れるサリア。

少しでも生存性を求めるのは冒険者としてはとても大切な事である。

であるが、残念な事に依頼なんてものは大抵危険なものだ。

「危険を冒すから冒険なんだよ?」

時には危険と知っても飛び込む事も必要なのだと、

サリアの注文を笑顔で切り捨ててから、

フィルはまずは今ある依頼を確認しようと、改めて掲示板の方へと向き直った。

「フラウ、ちょっと掲示板の方に移動したいのだけど良いかな?」

「はいですー」

自分の腰にフラウが抱き付いたまま、フィルはフラウと一緒に掲示板の前へと移動する。

フラウもフィルの移動に合わせて、くっ付いたままひょこひょこと移動するのだが

二人で足を踏まない様にとか、歩幅をフラウに合わせたりとかしていると、

傍から見るとなんだか踊りの練習でもしているかの様に見える。

そんな事をしながらもフィルは掲示板の前に到着して貼られている依頼を確認した。


「これ全部冒険の依頼なんですよね? 依頼っていっぱいあるんですね」

フィルの腰を抱き抱えたまま掲示板を見上げるフラウ。

横幅が三メートルほどある大きな掲示板には、

街や街の周辺の様々な依頼が紙や羊皮紙で書かれた依頼書として張り出されていた。

依頼の種類も護衛に採集から討伐、調査等々……どうやらこの街にも冒険のネタは沢山の様で、

特に護衛依頼は流石は交易で栄えている街なだけあってか、かなり多い様に感じられる。


「そうだね。ここで依頼を探して、受けたい依頼が見つかったら、此処にある紙を持って受付で依頼を受けるんだよ」

「これって文字が読めなかったりする人はどうするんです?」

「うーん、そういう時は仲間の読める人に読んでもらったり、店の人に何かいい依頼が無いか聞いたりするかな。場合によっては魔法で翻訳して読んだりもするね」


この街はヒューマンが主なので俗に共通語と呼ばれる言語が主流となる。

だが遠い異国だったり、ドワーフやエルフの国の様に異種族が治める国だと、

当然の事ながら使われる文字や言葉も違ってくる。

そして、習得してない言語は読む事も話す事も出来ない。

冒険者の中には言語学の技能を磨き、複数の言語を習得している者もいて

パーティにそういう者が居れば、通訳として文字を読んだり交渉の窓口になるのだが

そうした者がパーティに居なかったり、

もしくは居ても知らない言語に出くわした場合は

コンプリヘンド・ランゲージズの呪文で文字を読んだり

タンズの呪文で会話出来る様にする事で解決する。


魔法が使えないパーティはと言えば……残念ながらフィルは

彼らがどうやって言語の壁を乗り越えているかは聞き及んではいない。


「わぁ~。なるほどですー」

「とはいえあくまでもその場しのぎだからね、やっぱり生活するなら共通語だけでも覚えておいた方が便利だよ。生活で利用する言語は、ほぼ全て共通語で事足りるからね」

「はいです!」

フィルの説明を聞いて、もう一度、掲示板を眺めるフラウ。

自分でも読めるように頑張ってるフラウの頭を優しく撫でてから、

それからフィルは改めて張り出された依頼書の内容を確認した。

「結構色々な依頼があるみたいだね……へぇ、調査とかもあるんだ」

一通り、掲示板に張り出された依頼を見て回ったフィルは、掲示板の隅の一角に目を止めた。


掲示板の隅の方には数年は経っていそうな劣化具合の依頼書が固まって貼られていた。

おそらく誰も依頼を受けないから数年は放置され続けてきたのだろう。

「……結構時間の経った依頼なんかもあるね。んー、どれどれ……」

こういった何時までも残り続ける依頼には二種類があって

一つが困難な依頼で、それに対して報酬が見合わないと判断された依頼。

もう一つが、つまらない仕事の割に報酬が見合わなくて放置された依頼だ。

何れにしても報酬が見合わないと依頼が放置されるのは良くある事だった。

だが、中には困難な事に目を瞑れば実入りの良さそうな(勿論報酬では無く戦利品がだ)依頼も有ったりするので、一概に不人気だからと馬鹿には出来ない。


勿論そんな依頼は今のパーティでは荷が重すぎるという事は承知の上だが

この街の周辺でどんな厄介事があるかを知るには丁度良い情報だ。

依頼を受けるつもりは無くても、依頼内容を確認するのは自由なのだし

ただで手軽に手に入る情報なのだし知っておくに越した事は無いだろう。

(……あれ? あんまり大したのは無い……というか普通?)

残されているのはどんな面倒な依頼なのかと見てみると、

そこに書かれていたのは野盗の討伐やオークの山賊討伐といった、

さほど困難とは思えないし報酬も普通の依頼ばかりだった。

遭遇情報を見るとどれも同じような場所の様なので、

どうやらこれらは近い地域で活動しているらしい。


「……あー、これはドラゴンの縄張りに居る奴らか」

「どうしたんです?」

思わずフィルが呟いた独り言に気が付いたリラが

フィルの横から一緒になって古い依頼書を覗き込む。

「えーっと……依頼内容は普通な感じですよね? こういう残り物の依頼って、危険すぎたり報酬が少なくて割に合わなかったりするのだと思ってましたけど」

「普通はね。たぶんこの依頼も少し前までは危険だったんだと思うよ」

「あー、だからドラゴンって……」

そこまで言いかけて慌てて口を噤むリラ。

以前は危険でも今は危険ではないという事は……。

それなら敵も書かれている限りは特別強い訳では無さそうだし、

リラ達のパーティでもこなせそうな美味しい依頼の部類に入ってくる。

美味しい依頼なら騒いで注目を浴びるのは得策ではないと判断したのだろう。

「うん。案外この辺の依頼は狙い目かもしれないね。場所も丁度僕らの戻る方向だし。一度村に戻ってからでも十分なだけの期限がある。勿論、今はどうなっているか情報を集めてからだけどね」


受付のお姉さんに詳細を尋ねた所、

依頼書の討伐対象はやはりドラゴンが住み着いてからその縄張りの中に居付いた手合いらしい。

下手に手を出せば、血の臭いがドラゴンを刺激して

縄張りを荒らしに来た冒険者のみならず近隣の村々にも報復が及びかねない。

実際、そういう事件が起きたのだろう。

おかげで冒険者達は手出しする事が出来ずに、

悪党達もそれを分かって荒らしまわったおかげで

今現在、ドラゴンの縄張りの周辺は野盗やモンスター達が

小中のグループになって点在する危険な地域になっていたのだった。

ついでに言うとこの街の依頼に護衛依頼が多いのは、

どうしてもこの道を通らなければならない商隊などが

野盗除けとして武装した冒険者を必要としているからなのだという。


既にドラゴンは討伐されており、ドラゴンに報復される心配は無いのだが、

それでも実際にドラゴンが死んだところを見た者が居ないこともあり、

未だに誰も討伐に乗り出す事ができずにいるのだろう。

さらに言えばこれまで手が出せなかった分、

時を経て敵の規模が拡大している可能性もあり、

現在の敵の詳細な状況が不明な事も

今でもこの地域の討伐に手を出せずにいる理由の一つなのだという。


「どうします? 私としては、どうせなら簡単そうなのから受けてみたいんですけど。村の周辺を安全にするのは大事だと思うんです」

古い依頼書が張られた隅の一角に全員が集まり、サリアが言った。

「このまま放置したら街道だけじゃなくて村にも危険が及びかねないもんね」

「たしか街から村に戻る時の街道沿いもそうなんだよね?」

「あそこの三差路あたりでも出たみたいですね。今後も街に行くのなら安全にしておきたいですね」

他の娘達も皆、乗り気な様だ。

受付のお姉さん情報を聞く限りだが、

襲われて生き延びた者の話によると敵の強さは並、

他の同族と比べて特に恐ろしく強い集団だとかいう事では無いらしい。

勿論、一党を率いる頭目やその取り巻きはそれなりの腕ききだろうし

取り巻きの中には魔法を使える者が居るグループもあるようだが、

その辺の事情は他の討伐対象でも似た様なものだろう。


冒険者ならばどのみちいつかは討伐依頼を受けるだろうし、

それなら今までドラゴンの威を借り、ぬくぬくと悪事を働き肥え太ったこれらは、

まだ戦闘に慣れない少女達にとっては丁度良い討伐の獲物と言えるかもしれない。

(それに……)

それに、リラ達はあまり気にして無いようだが

これまでずっと安全に強奪や襲撃して来たのなら、

きっとその貯えも随分蓄え込んでいる事だろう。

原則、討伐で得た戦利品は冒険者達の物となる。

本来の持ち主を探し出して奪われた品を返還するのは一向に構わないし尊い行いではあるが

大抵の場合は持ち主は奪われた時点で死んでいるだろうから、

そのまま頂いてしまっても問題無いという理屈だ。


……要は依頼報酬以外にもそれなりの稼ぎが見込めそうだという事だ。

もっとも少女達はそこまで考える余裕は無い様で、

「今の私達で行けそうなのは……コボルド、野盗、オーク……、オーガはちょっと危ないですかね?」

「やっぱまずはコボルドかな? 強さはゴブリンと似たようなものらしいけど、これも数が多いんだよね?」

「あ、コボルドならスリープがよく効くから、集団で戦う事になってもちゃんと戦えば結構大丈夫かも。あ、でもやっぱりグリースとかの方がいいのかな?」

そう言ってどっちがいいんでしょう?とこちらを仰ぎ見るアニタ。

「そうだね、戦術次第だけど部屋に突入して乱戦ならスリープ、通路で向こうから集団で雪崩れ込んで来るならグリースかな? 巣穴に突入するなら、とりあえずスリープを二回とグリース一回分を用意しておくのがお勧めかな? もちろん他にも便利な呪文があるからそれらはスクロールにしておくと良いよ」

「なるほどー」

「それじゃあ、皆、このコボルド討伐を受けるでいい?」

「「「はーい」」」

リラの確認に声を揃える少女達。

こうして、パーティが初めて受ける冒険依頼は決まったのだった。

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