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邪神さんの街への買い出し34

顔面を陥没させた男が仰向けに倒れこむのを見届け終える前に

フィルは即座に目標を加勢しようとこちらに向かって来る追加の男二人へ切り替える。

既に男達の足は止まっていて、どうやら戦意を喪失しているらしい。

たった今、目の前で起きた事に理解がついて行けてないのか、

男達は突っ立ったまま呆然とこちらを眺めながら

その手は腰のショートソードに手をかけようか逡巡している様だが

熟練の冒険者相手に街中でそんな事をすればどうなるか。

流石にその末路は彼等でも理解できたらしい。


つまらなそうに尋ねながら一歩踏み込むフィルに

加勢の男二人は身を強張らせて後ずさる。

既に酒場の中はしんと静まり返っており、

リラ達や受付のお姉さんだけでなく、

他にも少数いた他の冒険者達までもが

フィル達のやり取りに注視していた。


(普通なら酒場の喧嘩なんて野次や喝采が飛ぶものなんだがな……)

まだ夕刻前で、見物人には大して酒の入っていない者達が少数しか居ないのでは、

喧嘩の盛り上がりもこんなものなのだろうか。

(いや、一番の原因は相手が弱すぎる事だな)

ほんの数秒足らず、拳一発でダウンするとか、これでは喧嘩とすら言えない。

二、三ほど死線を乗り越え命のやり取りを学んだ者ならば

攻撃を受ける時には体がもう少し反応して、

避けようなり受け流すなり試みようとするものだ。

結果としてそれが体へのダメージを減らし

戦場で生きながらえる事に繋がるのだが、

それをぼーっと何もせずに正面から受けるという事は、

やはり此奴等はまともな戦闘経験の無い未熟者だという事だろう。

まったくつまらない喧嘩だったとばかりに

フィルは男達に向けて不機嫌そうに顔をしかめてみせる。


「お前達もやるのか?」

「い、いや……」

「なら、そこに転がってる二人つれてさっさと消えろ。それと、こいつらが目を覚ましたら二度とこの娘達にちょっかいをかけるなと伝えておけ。あとは……そうだな。次はもう少し持たせろ言っておけ」

怒るでもなく誇るでもなく、つまらなそうに淡々と言葉を続けるフィルに

加勢の男二人は身を竦ませたままコクコクと黙って頷く。

殴り飛ばした男は二人共、白目をむいて完全に気絶しているらしく

自力で置き上がってくる気配は無い。

どちらの顔も拳の跡が残る形でめり込んでいて、潰れた鼻から血が流れていたりするが

ポーションや癒やしの奇跡は戦闘経験の少ないものほど効果が高く表れるので

これだけ未熟な輩ならば安いポーションか、簡単な癒しの呪文でも十分回復するだろう。

もっとも、彼らの仲間にクレリックが居る様には見えないし

装備から見てポーションを買えそうな余裕は無さそうだが、

そんな事は自己責任。自分達でどうにかするのが冒険者だ。



男達が気絶した二人を回収して引きずりながら店から出て行くのを見送ったフィルは

ふんとつまらなそうに鼻を鳴らしてから、ようやく力を抜き戦闘状態の緊張を解いた。

「あんな短絡的な考え方じゃ、冒険者になっても長生き出来無いだろうに」


悪の街ならともかく、善や中立の街ではああいう問題行動は

自分の首を絞める事につながり、遠からず身を滅ぼす場合が多い。

冒険者はアウトロー。冒険は弱肉強食……というのはある意味正しいが、

ある意味では大きな間違いである。

法の及ばない弱肉強食の領域で活動するのなればこそ、

なおさら他者との協調や協力は重要な意味を持つ。

もちろんその結果として目先の利益が減る事は多いが、

それでも後々の結果としてそれが安い代償だったと思えた事は数多い。


強欲だが口先上手な輩がハッタリに成功して大きな財産を得たが

後々そのツケを支払わされて破滅するなんていう話は酒場の定番の話題で

酒場では毎月の様に新しい愚か者の名前が人々の噂に上っては消えていく。

そんな話を長年聞き続けていれば自然と自制しようと思う様になるものだ。

実際、美味い条件を提示して取引を持ち掛けるデビルを討伐したり、

税の横領で貯められた大量の金貨を国に返還したり、

決して自分達の事を善人だったり善のパーティと思ってはいないが

それでも冒険では目先の欲に走らずに誠実にこなしてきた。

おかげで信用出来る相手と良好な関係を築く事が出来、

それが二十余年にわたって冒険者を続ける事の出来た理由の一つだとフィルは考えている。



「彼らは仕事してるんですか? 見た所、実戦経験がまるで無い様に見えましたけど」

「彼らはここ数日、この店に居付く様になったんですよ。特に問題行動を起こした訳ではありませんでしたから、こちらとしては静観していたんです」

フィルの問いかけに受付のお姉さんが不満げに答えた。

彼女にしても彼等が酒場でたむろするのを見るのは気分良いものでは無かったのだろう。


実際には多くのルールやしがらみがあるかもしれないが、

表向きは冒険者の店というのは基本的には開かれた場所だ。

そこでは多くの出自や事情を持った人々が依頼を受けて仕事をしており、

中には遠い土地出身で変わった風習を持つ者や

あまり見かけない珍しい種族の者といった

共同体の中では往々にして異分子とみなされがちな者達も珍しくはない。


そんな者達でも誠実に依頼をこなし、店や他人に害を及ぼさない限りは、

彼らの習慣や事情は例え多少気に入らないとしても

最大限に考慮され、冒険者として歓迎されるのが普通だ。

今回の件にしても、問題が無かったので同様に目を瞑っていた。

というよりわざわざ構うの必要もないから放っておかれたというのが正解なのだろう。


「なるほど、ここ数日で冒険者になったばかりというなら世間知らずなのも仕方ない……か? にしても見た所ファイターやローグっぽいのばかりで随分バランス悪そうだったな」

「魔法職は女の子をナンパしてパーティに引き込もうとか、そんな事考えてたんじゃないですか?」

フィルの言葉を聞いてリラが不快気に言った。

先程までしつこく迫られていたので、実際、不快だったのだろう。

その表情は今でも少しだけ憮然としているように見えた。

「ああ、そうかもしれないね。それはそれとしてお疲れ様」

「まぁ、一応リーダーだし……ね。できれば追い払うとこまで出来たら良かったんだけど」

そう言って照れ笑いを浮かべるリラ。

どちらかというと活発でしっかり者の次女が

おっとりした長女や下の妹達を護ろうとしたという印象がしっくりくるのだが、

ここはリラの働きを素直に称える事をフィルは選択した。


「リーダーとして必要な事は十分こなしてたと思うよ。まぁ、冒険者の中にはああいうのも居るから気を付けてって事だね」

「念の為言っておきますけど、この店ではああいう人は殆どいませんからね? ここのお店の冒険者さんの殆どは信用できる人達なんですよ」

フィルの言葉に受付のお姉さんが横から補足を入れて来た。

初めて関わった冒険者がアレなので、

その言葉には些か信用が感じられないのだが

往々にしてああいう迷惑な輩はこちらが望まなくても向こうから寄って来るもので

尚且、こちらは若い娘が四人と色々な意味で目立つパーティだ。

以前のフィル達のような男ばかりのパーティと比べると

どうしても遭遇率が高くなってしまうのだろう。


「何はともあれ、今日のは社会勉強だと思ってさっさと忘れるのが一番だろうね」

「勉強なのに忘れたんじゃ意味無いですよ?」

すかさずつっこみを入れるサリアに、確かにとフィルは頷いてから笑って見せる。

ようやく少女達にも何時もの余裕が戻ってきた様で何よりだ。

「それもそうか。じゃあ覚えておく必要も無いだろうからさっさと忘れてしまおうか」

そろそろ料理が出来上がる頃だろうし、

この手の事は上手い料理を食べて忘れてしまうに限る。

なにせ冒険者の酒場ではこんな事は日常茶飯事なのだから。



「ってなに戻ってお酒飲もうとしてるんですか」

ダリウ達が待つテーブルへと戻ろうとするフィルの腕をすかさずサリアが掴んだ。

「お仕事を見に来たんですよ? 一仕事終えた気分で戻ろうとしても駄目ですよ?」

どうやら有耶無耶の内に酒を飲みに戻ろうというフィルの目論見は失敗らしい。

「フラウちゃん。フィルさんが逃げない様に捕まえておいてくださいねー」

「はいですー!」

更にはサリアに言われたフラウがフィルの腰に両腕を回してしっかりと押さえてしまう。

「えへへー。フィルさん凄かったです!」

「あはは、ありがとう」

しっかりとフィルの腰に抱き付いたフラウはフィルを見上げてにっこりと笑った。

レザーアーマーの上からでは少女のぬくもりを感じる事は出来なかったが

フィルにはあんな事が目の前で起きたばかりでも、

フラウが自分の事を怯えないでいてくれた事が何より嬉しかった。

フィルが少女の頭を優しく撫でてやると、少女は嬉しそうに目を細める。

こうなってしまうともうフラウを振りほどく訳にも行かず、

フィルもとうとう観念して戻る事を諦めたのだった。

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