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邪神さんの街への買い出し31

冒険者の店というのは大変な仕事だ。

とてもじゃないが堅気とは言えない無頼の輩である冒険者相手に

日々依頼の斡旋をするだけではなく、

依頼をする方も海千山千の者ばかり。

依頼金を値切ろうとする程度ならまだマシな方で

酷いのになると逆に冒険者を罠に陥れて儲けようと企む輩すら居たりする。


そんな者達を相手に冒険者の店の評判が落ちないようにするには

常日頃から多大な努力が必要となる。

依頼を誠実にこなせる信頼できる冒険者を少しでも多く常連にして

依頼人や依頼が本当に信頼できるものか日頃から情報を収集精査する。

そして双方が納得できる様に、依頼を平等で適正な契約として纏める。

本当に責任重大。大変な仕事である。



……そんな大変な仕事を日夜こなしてる受付のお姉さんから見て、

若い娘二人に両手を引かれてやってくるこの若い男はどう映るだろう?

(やっぱ印象最悪なんだろうなぁ……)

受付の向こうでドン引きの視線でこちらを見ているお姉さんの顔を見ればおおよそ察しはつく。

リラ達と同じ位の年頃だろうか?

若く可愛らしいので、もしかしたらこの酒場にもファンが居たりするのかもしれない。

そんな娘がこちらの方を冷たい視線で眺めているのだ。

正直、今すぐこの手を振り払って逃げ出したい気分だが

後ろに残したフラウ達の事を思うとそういう訳にも行かない。


まぁ、パーティの中に男は一人で、他は全員若い娘とか

そんなパーティ、碌なものじゃないなんて事はフィルだってそう考える。

フィル自身、過去にもそんなパーティを何度か見た事があったが、

大抵は長くて数年、早いと数か月もしない内に崩壊していくのが殆どだった。

特にそんなパーティで女の子を侍らせている様な男には屑の場合が多く、

女を働かせて金を貢がせていただとか

自分が危なくなったら女を見捨てただとか

パーティが消滅するだけならまだしも、

他にも問題を引き起こして周囲の関係者にまで迷惑を振り撒いてたりするのを

フィルは酒場の噂や店の店員の愚痴などから何度か見聞きしていた。


ちなみに男ばかりのパーティに可愛い女の子が一人という場合でも

破綻する事が良くあるらしい。

こちらは男が女の子の取り合いになって崩壊するそうで、

なかなか恐ろしい話である。


幸いにしてフィル達のパーティは全員男だったので

そういったパーティ内の色恋沙汰の絡んだ厄介なトラブルとは無縁だったが、

まぁ、それはそれで侘しい物で、

男ばかりで華やかさが無い、まるで枯れてる様だとは

常々冗談代わりに愚痴り合ってはいたものだった……。

冒険者を続けて二十余年。

冒険者を引退して静かに暮らそうと思った途端こうなろうとは

人生とはなんとも思い通りに行かないものである。


(少しでも誤解を解いておきたいのだけど……)

今更だが、やはりこのパーティ構成はまずいだろう。

勿論フィルとしてはそんなつもりは無いし、彼女達だってそうだろう。

だが流行りの服で可愛くお洒落した、見るからに街娘っぽい少女が四人に

レザーアーマーとロングソードのいかにも戦士崩れっぽい男が一人とか、

確かに冒険者になりたいと言われても質の悪い冗談か

下手したらこの男に世間知らずな娘達が騙されてるとか思われてるかもしれない。

説明して誤解を解きたいのは山々なのだが

フィルの口から幾ら言っても、この目の前の受付さんは素直に納得してはくれないだろう。

得てしてその手の男というのは口が上手いの常だ。

受付さんだってその位は理解しているだろうからフィルの言葉では警戒されて

交渉の難易度はかなり上がってしまうと見た方が良いだろう。



「すみません。パーティ登録をしたいのですけど」

受付所の前まで来たリラが代表して受付のお姉さんへと話しかける。

近くで見るとリラやトリスよりは少し年上みたいだが

とは言えまだまだ若く、リラ達とそう歳は違いなさそうに見える。

ここに来てようやくフィルはサリアとアニタから開放され、

手を放した二人の少女は先に受付の前に立っているリラとトリスに加わり

四人の少女が受付に集まった。

今時の服でめかし込んで武装もなにも身につけず。

依頼に来たのならまだしも、とても冒険者登録に来た様には見えない一向に、

受付のお姉さんは何か思う所がある様だったが、

直ぐに事務的な笑顔を作ると、話しかけてきたリラに尋ねた。


「ええと、こちらの方、全員の冒険者登録でよろしいですか?」

「はい。後ろの男の人も一緒で全部で五人でお願いします」

「男性一人、女性四人と……リーダーはどなたになります?」

「私です」

リラの言葉に受付のお姉さんはおや?と書き込んでいた書面から目を離しこちらを見つめた。

この手のハーレムパーティでは男がリーダーをする場合が多いので

あの男が騙して責任をこの娘に押し付けようとしていると考えたのかもしれない。

(大方そんな事を考えているんだろうなぁ……)

受付のお姉さんの視線が更に冷たくなった様な気がして

フィルは表情は出さずに内心で大きく溜息を吐いた。


受付のお姉さんは改めて五人を見渡して少し考えていたが

やがて、考えが纏まったのか事務的な顔に戻ると

先程まで書き込んでいた書面をこちらに向けて差し出した。

書面には「アドベンチャラーシート」とあり、

名前とクラス、備考を記入する欄が並んでいる。

「……それでは、こちらの紙に皆さんの名前とクラスをご記入ください。あとスペルキャスターの方は魔法の技量がどのくらいあるかを備考欄に一緒にお願いします」

受付のお姉さんの説明に促されて一人ずつ名前と自分のクラスを登録していく一行。

フィルもサリアから用紙を回されて、少女達の名前が書かれたリストの最後に

自分の名前と、クラス名を「ファイター」と記入する。



冒険者の店は一般に同業他店との横の繋がりが薄く、

他の冒険者の店に登録している冒険者の事情は把握していない場合が多い。

一応同じ街で営業していたり、隣接する街同士の店で集まり情報交換する場合もあるが

その頻度はまちまちで、とても十分な情報が共有されているとは言い難い。

その為、どんなにベテランで名前が売れている冒険者であっても

新しい冒険者に店にやって来て冒険者として活動する際には

その店で改めて冒険者登録を行い、そこで一から評価され直す必要があった。


一応、既に詩人が歌にする様な実績があり名前が売れたパーティなら、

見ただけでも装備や所作から漂う雰囲気で駆け出しで無い事ぐらい直ぐに分かるし、

名前を確認した時点で店側でもこのパーティが何者なのか見当が付くのだが

それでも有名人を騙った偽物である可能性もある為(稀によくあったりする)、

どんなパーティでも店に登録した時点では新人と同じ扱いを受けるのが慣習となっていた。


当然フィルもこの店では初めてなので登録用紙に名前を記入するのだが

登録し終えてパーティの名前とクラスを確認する受付のお姉さんの表情が僅かに動いた。

心なしか此方を見る視線が更に冷たくなった様な気がする。

「……」

紙から目を離し、フィルの顔をじっくり確認する受付のお姉さん。

(きっと今、行政から通知されている容姿と相違ないか確認しているのだろうな……)

先の地母神の寺院の件を見ても、

フィルの情報が街の各所に通達されている事は確実で

それはこの冒険者の店でも同様である可能性が高い。

フィルの名前を騙って初心な娘達を騙しているのではないか?

多分そんな事を疑っているのだろう。

悪い事はしてないのだが自分の事ながらなんだか切なくなってくる。


「失礼ですが幾つか確認させていただいてよろしいですか?」

「あ、はいっ」

改めて真面目な顔になった受付のお姉さんに尋ねられてリラがあわてて返事をする。

こういう時の対応に慣れていないのか、少し緊張しているようだ。

「皆さんはどちらからお越しですか?」

「フィード村です。こっちの三人が村出身で、こっちの二人は最近村にやってきたんです」

「……なるほど、あの村出身の……それであちらの方に冒険者になろうと誘われたんですか?」

そう言ってフィルの方を指差す。

「あ、いえ、もともと三人で冒険者になろうとしてて、あっちの子、サリアも冒険者をしているから一緒にやろうって話になったんです。フィルさんは最近村にやって来た元冒険者で戦い方を教えてもらったり暫くは私達のサポートをしてもらってるんです」

「そうですか……それではもう一つ。あちらの男性は魔法を使えるのではないですか? たしか魔法も使えると聞き及んでおりますが?」

「あ……ええっと、はい。たしかに魔法を使えるんですけど私達の冒険に付き合うとなると彼を基準に依頼を受けると危険すぎるからって、剣の腕だけ借りる事にしたんです。それでも私達が束になっても勝てないぐらい強いですし」


受付のお姉さんの質問に頑張って説明するリラを

フィルは顔には出さないが内心、全力で応援を送っていた。

これで受付の冷たい不審者を見る目が和らいでくれれば良いのだが……。

どう思われようと依頼を受ける事に支障はないかもしれないが、

これから利用し続けるかもしれない店なのだ。

どうせなら少しでも快適な環境であって欲しいのだ。


リラの説明を聞いた受付のお姉さんは、

しばらく登録された冒険者シートを見ながら考え事をしている様だった。

様だった、というより、十中八九フィルの扱いについて思案していたのだろう。

彼女の所属する冒険者の店側には

フィルがドラゴンを殺す実力を持ったウィザードだという情報が共有されているはずだ。

そんな人物がファイターとして、

しかも女の子ばかりのパーティにくっついて登録するのを良しとしたものか?

勿論、法律で禁止されているとか、そんな理由は無い。

無いがドラゴンスレイヤーと言えばかなり重要な戦力である。

そこに居ると知られるだけで周辺に影響を与える。そんな存在である。

そんな存在が居る事を隠してこんな風に遊ばせておいて良いものだろうか?

……おそらく考えているのはそんな所だろう。

そう考えるとなんだか変な責任を負わせてしまった様で

受付のお姉さんには申し訳なく思えてくる。


たっぷり一分近く考え込んだ後、やがて受付のお姉さんは溜息を付くと

先程リラ達が書き込んだ用紙に書き込みを加え、それから一行を見上げた。

「……なるほど、失礼しました。あちらの方が現在、貴方方の村に住まわれているという事は私どもも伺っておりましたので。もしかしたらと思い確認させて頂いたのです。気になさらないでください」

「はぁ……?」

あくまで事務的に説明する受付のお姉さんに首を傾げるリラ。

ここに来て受付のお姉さんはようやく微笑を浮かべる。

「いいですか? 冒険者を名乗る人達は善人ばかりではないんです。中には女の子を騙して利用しようとする人だっているんですよ?」

「ええと、はぁ……」

今一つ理解出来てないといったリラの様子に受付のお姉さんは

過去にこの店で起きた話をまるで妹に言い聞かせる姉の様にいくつか語りだした。


どうやらフィルが以前居た店と同様、

この店でも似た様な問題があったらしく、

受付の語るその内容はどれも話のネタとしては面白いが、

当事者としたらたまった物ではないだろうという話ばかりだった。

案の定、お姉さんの話は少女達の興味をがっちり掴み

その際どさに時々少女達からは、うわーとか笑いが漏れていたりする。

男のフィルとしては話に出てくる様な人物と一緒にされているのかと思うととても切ないが

これはフィルの事を黙っている代わりにという受付さんの仕返しなのかもしれない。


まぁ、世間の勉強という意味ではこの話は有用なのだろうと諦め

フィルも少女達の後ろで一緒に受付による話を黙って聞き続ける。

十分近くに及ぶ話が終わった所でようやく冒険者の店の使い方の説明が始まるが

店の使い方なんて掲示板の使い方と、後は受付や酒場の営業時間とか程度で

此方は一瞬で説明が終わってしまった。

実際、依頼毎に細かい条件なんかもありはするが

その時々によって全然違うのでここでは説明出来ないのだろう。

そんな訳で一瞬で冒険者の店の利用のしかたについての説明が終わり、

これでもう貴方達は冒険者ですよと受付のお姉さんに言われて

晴れて冒険者の仲間入りを果たす少女達。

その顔にはいまいち実感がわいてないようだが、まぁそんなものだろう。


実際、冒険者というのは職業としてはひどく曖昧なもので

冒険者の店に登録しているかどうか程度の意味合いでしか無い。

大切なのはその店で冒険者としての実績があるかどうかである。

勿論、英雄的な冒険をして広く有名な冒険者も数多くいるが

その他大勢の有名で無い冒険者が信頼を得るためには

信用ある冒険者の店の後ろ盾が重要になってくる。

その冒険者の店でどれぐらい実績を積んで信頼されているかを見て

世間はその冒険者がどれくらい信用できるかを判断しているのだ。


「冒険者というのは信用が非常に大切なものとなります。フィルさんは既に冒険者としての経験もあるようですからご存知かとおもいますが、くれぐれも普段の言動には節度を持った振る舞いを心がけてくださいね」

「「「「はーい」」」」

声を揃えて返事をする少女達。

ただ一人、フィルだけは声に出す事は無かった。

それは別に現実はそんな綺麗事じゃないとかいう捻くれた考えからという訳ではなく

単に女の子と一緒に返事をするのが恥ずかしかったから、というだけな訳だが。

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