邪神さんの街への買い出し30
冒険者の店というのは冒険依頼を受けたり依頼したりする場所だが
見た目は酒場とあまり変わらない。
開け広げられている入り口をくぐり店内に入ると
並の酒場より大きな店内にはパーティ毎の利用を想定した大テーブルが幾つも並んでいる。
その内の幾つかテーブルにはまだ夕食には早いというこの時刻であっても
冒険者パーティらしいグループが集まり、酒と肴を並べてくだをまいている。
集まっている冒険者グループの構成は様々で、
まるでごろつきの様な集団も居れば
装備も種族も違う者達の集まった如何にも冒険者という感じのパーティも居る。
ここに居るパーティの事情や目的もきっと様々なのだろう。
仲間を探しているのかもしれないし、
冒険の成功を祝って打ち上げをしているのかもしれない。
あるいは単に集まって飲んだくれているだけなのかもしれない。
(懐かしいな……)
この街の冒険者の店に訪れるは初めてだが
それでも冒険者の店というのは共通した独特の雰囲気があり、
その同じ雰囲気を感じてフィルは思わず頬を緩める。
喧嘩は日常茶飯事だし、物騒な事も多いこの場所だが
それでも人生の半分以上利用してきた施設だ。
違う土地の物とはいえ懐かしさを感じるのは仕方ない事だろう。
「とりあえず、リラ達は先に冒険者登録を済ませてしまうといいよ。僕達はテーブルを確保して料理でも頼んで待ってるから」
そう言ってダリウやラスティ、フラウと共に空いてるテーブルへと向かおうとするフィルだったが
その腕をしっかりとサリアに掴まれてしまう。
「フィルさんは駄目です。こっちですよ?」
「む……う。ちょ、ちょっとまって」
どうやら誤魔化してリラ達のパーティ入りを避けようという試みは失敗らしい。
フィルは抵抗する事を早々に諦めると
有無を言わさない笑顔で奥の受付へと連れていかれそうになるのを宥め押し止め
空いている片方の手でポケットから金貨二枚を取り出してダリウに手渡す。
「これで何でもいいから適当に料理を注文して置いてもらえるかな?」
「わかった。予算以内なら何でも良いんだな?」
「ああ、よほど危ないものじゃなきゃ構わないよ」
「……そんなのあるのか?」
「あるんだよ……」
食堂に危ない物なんてあるのかと、普段厳つい顔が不思議そうにしかめるダリウだが、
こういう冒険者の店には大抵度胸試しのような料理があるのだ。
そう言うのは大抵名前からはどんな料理か分からない
興味をそそる様な不思議な料理名で書かれており
「大人気」とかわざとらしく煽っていたりするので注意が必要だ。
とは言え、そんな事を伝えている余裕は今のフィルには無く……。
「さぁ、行きますよ? 逃げちゃだめなんですからねー」
もう片方の手も応援に加わったアニタに掴まれ、
まるで捕らえられ連行されている盗賊の如く
店の奥にある受付へと少女二人に両腕を取られて引かれていく。
「……さすがにこれは恥ずかしいから放してもらえないかな?」
「駄目ですー。フィルさんってばすぐ逃げ出しちゃうじゃないですか」
フィルの訴えを楽し気な声で却下するサリア。
躾のなってない犬じゃあるまいし思うのだが
口で言ってもこの少女は面白がるだけで取り合ってはくれないだろう。
(にしても全く、流石にこれは恥ずかしい……)
今のフィルはレザーアーマーを着込んで
腰には街中だから封印しているとは言えロングソードを帯剣している。
専門のファイターには見えないまでも、ローグかレンジャーあたりには見えるだろう。
そんな男が、流行り物の服で着飾った少女二人に手を引かれて行く様は
滑稽というよりも、痴漢でもして衛兵に突き出されているかの様だ。
あるいは楽しげな少女二人に手を引かれる様子は
見方を変えると楽しそうにじゃれ合っている様に見えるのかもしれない。
むしろ周りからそちらに見えているのか、
ちらりと周りを見やってみれば、
そこかしこから冷ややかな視線が投げかけられているのが見て取れる。
それはそうだろう。フィルだった逆の立場なら同じ視線で見ているはずだ。
大抵はじきに興味を失くして仲間内での飲み会に戻っていくのだが
隅のテーブルを陣取っているゴロツキ風の冒険者達なんかは
飽きる事無くずっと顔が歪む勢いでこちらを睨んでいる。
あれは目の前で女の子と乳繰り合ってるこの男が不快で堪らないといった顔だ。
もしかしたら今フィルが恥ずかしいと思っているこの姿は、
彼らにとってはご褒美なのかもしれない。
(……これは後で因縁をつけてくるかな?)
ずっとこちらを睨んでくる彼らの様子に、この後の展開が容易に予想できて、
けれどそれはそれで楽しそうだとフィルは内心思う。
因縁を付けられて喧嘩を売られるなんて随分と久しい事だ。
そういったイベントは経験を積んで実力が付き、
冒険者として名が知られる様になると目に見えて減ってしまうもので
フィル達のパーティはここ十年以上はご無沙汰だった。
伝説級の冒険を幾つもこなすようなベテラン冒険者パーティに喧嘩を売ったとなれば
素手の喧嘩で手加減しても重症。
作法を無視して武器を抜こうものなら墓場逝きすら有りえる。
因縁をつけて小銭を稼ごうなんていう小悪党からすれば、
そんな危険な集団を相手にするのは割に合わないという事なのだろう。
だが今のフィルは新しい街で殆ど名も知られていないし
若返ったおかげで見てくれも以前ほどの迫力は感じられない。
これならきっと相手からすれば手頃なカモにしか見えず、因縁なんてつけられ放題だろう。
(そうなるといいなぁ……)
どうも力を得た所為か破壊衝動が強くなってしまっている気がする。
それとも若返った所為で冒険者の気質が再燃しているのか、
あるいはその両方なのか、どうにも久々の喧嘩が楽しみでしかたない。
客観的に今の自分を分析すれば
それは明らかに力に感情を操られており危機感を感じるべきなのだが、
それが分かっていてもなお、戦う事への期待が止められない。
まぁ喧嘩を売ってくる相手なんてこちらに悪意を持っているのが普通だ。
そんな悪意を暴力で打ち破るなんて実に冒険者らしいと言えるではないか。
それに破壊への渇望も溜まったモノが溢れて大惨事になるよりは
ほどほどにガス抜きをする事で結果として被害は少なく済むはず……。
そんな言い訳を幾つか思い浮かべながら
フィルは少女二人に引かれて店の奥にある受付へと到着した。