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邪神さんの街への買い出し27

地母神の寺院の入り口に到着した一行

門から中を見ると、真っ直ぐ伸びる参道と、

その参道を真っ直ぐ行った先に建つ礼拝堂らしき石造りの建物、

そして参道から少し外れた場所にどっしりと構える

先程より見えていた大きな集合住宅のような木造の建物が見える。


礼拝堂は華美な装飾こそ無いもののしっかりとした石造りで

すぐ近くの宿舎と比べると小さく見えてしまうものの

それでも普通の住宅と比べれば遥かに大きい。

華美な装飾が無く質素に見える点にしても

建物単体で見ればそうだが、周囲の景色と一緒に見るとその印象はがらりと変わり

良く手入れの行き届いた緑溢れる庭の中にどっしりと建つその姿は

何処か穏やかな農村の風景の一枚の様でもあり

まさに自然や農業を権能とする女神の寺院といった

どこかほっとする様な懐かしい美しさがあった。


「さすが地母神の神殿なだけあって立派な庭だね」

「そうなんです?」

参道を歩きながら庭を眺めて感心するフィルに、

隣を歩くフラウは不思議そうに尋ねる。

「普通なお庭じゃないんです? 村の皆さんのお庭みたいです」

「ああ、元々自然に囲まれてるからフラウ達から見たらそうかもしれないね。でも街の中だとこれだけ緑が沢山ある所は、他にはなかなか無いんじゃないかな?」

「そういえば……町の中って緑の場所少ないですよね?」

「周囲を壁で囲っている所為で街の土地に限りがあるからね。どうしても住居とか建物の方が優先されて、こうした緑の場所は限られちゃうんだよ」

「なるほどですー。あ、それじゃあ、さっき途中にあった大きなお庭の寺院ってすごいんです?公園になってました」

「うん。信者が多くてお金が沢山あればああした贅沢も出来るのだろうね。地母神の寺院は実際の庭は広くないけど、その分、建物の距離とか木の見せ方を上手に配置して広く見える様に工夫しているしているみたいだね」

「なるほどですー」


良く手入れされた庭の上を桟橋のように敷かれた参道を通り礼拝堂へと向かう一行。

参道の横に建つ大きな建物の傍まで来ると

建物の方から明るく賑やかな複数の子供らしき声が聞こえてきた。

やはりあの建物は孤児院も併設されているのだろうなと思いながら

隣を歩くフラウに目を向けると、フラウにも楽しそうな子供達の声が聞こたのだろう。

フィルに気付くとホッとした様な嬉しい様な表情でこちらを見上げて微笑みかける。

少女の不安が軽くなったのなら幸いと思いつつ

そのまま一行は礼拝堂の前に到着した。



「それじゃあ私はご挨拶してきますけど皆はどうします?」

礼拝堂の門の前でトリスが一行に尋ねた。

そんなトリスの恰好は他の四人と比べると控えめとは言え

今この街の娘達の間で流行っているという明るく可愛らしい服だ。

地母神の信仰するクレリックやドルイドの多くはどちらかと言うと質素な服装を好む。

一般の信者ならともかく、クレリックであるトリスがこんなお洒落をしていたのでは

寺院の人にクレリックである事を疑われないかとか

不真面目だとかで怒られたりしないだろうかとも一瞬不安に思いもしたが、

よくよく考えれば武器防具フル装備の男達が集団で訪問しても

地母神の神官から格好について文句を言われた事は一度も無かったのだから、

案外寛大なのかもかもしれない。

それにせっかく村からはるばる参拝しに来たのだ。

神様だって遠くからやって来た大切な信者が身嗜みに気を遣うのを嫌う様な事は無いと思いたい。


「あ、せっかくだし私もお参りしておこーっと」

「じゃあ、私もしておこうかな?」

「そうだな。俺達も行っておくか」

「そうだね。あ、寄進は幾ら位が良いかな?」

「私もお祈りしてきたいですー」

真っ先に答えたリラに続いてアニタ達もどんどんと決めていく。

結局全員が寺院に参拝する事に落ち着いたようだった。

地母神のご利益である豊作はダリウ達農民にとっては欠かせないものだし、

何より村人組は全員が地母神の信者なので、これはまぁ当然の事だろう。


残ったのはフィルとサリアで

フィルはともかくサリアも信仰する神格は異なる様で

村人組と一緒について行くか迷っているようだった。

「フィルさんはどうします?」

「んーそうだなぁ……」

サリアに尋ねられてフィルは考える。


この世界では大抵の人は自分が信仰する神格を一つ、定めて信仰する。

それは慣習だからといった曖昧なものでは無く

定めた信仰により死後に自分の魂がどの神格が治める領地へ行くのか決まるからだ。

とはいえ大抵の神格は善悪の属性が逆だったり仲の悪い神格へ祈りは例外として

同じ属性の他の神格に祈りを捧げても別に怒ったりはしないし

祈られた方も、例えば自分の属性と同じ者からの祈りであれば

自分以外の神を信仰する者から祈りを捧げられてもさほど迷惑に思わないものだった。

時にはそうした祈りが神格に聞き届けられた事例だって過去にはあったりして

信仰していない神格にお祈り捧げるのは普通にある事で、

問題にするような事でもない事ではあった。


とはいえ

「うーん。僕は信仰する神様が違うから建物の外で待っていようかな?」

フィルの場合は信仰する神格が違うというよりは、

信仰する神格が存在しない、

というか神に近しい力を持ってしまった今の状態で

自分が神に祈って大丈夫なのか?という懸念があった。


神格の事情や関係についてフィルはあまり詳しくは無いが

神格の権能や力の源が人々の信仰や祈りである以上

安易にフィルが祈りを捧げてしまうと、

自分だけでなく捧げられた神格の方も迷惑を被ってしまいそうでちょっと怖い。

そして下手に迷惑を掛けてしまい、恨まれでもしたらかなり怖い。


そんな懸念があるのだが、もちろんそんな事情を皆に説明できる訳も無く、

当たり障りのない言い訳で辞退するフィルに

サリアは特に疑う訳でも無くそうですかと頷く。


「そうです?それじゃあお邪魔になっちゃいそうですし私も一緒に待ってましょうか? 私も敬虔な信徒って訳じゃないですし」

「そう言えばサリアってなんの神様を信仰しているの?」

リラがサリアに尋ねる。

普通、わざわざ他人が何の神格を信仰しているかなど確認したりはしないが

これからパーティを組もうというのなら事情は少し変わり、確かに悪い判断では無いと言えた。

信仰によってはタブーがある場合も有り

それが集団行動では問題になる場合もあるからだ。

今の所、このパーティではサリア以外全員の信仰する神格が分かっている。

それならサリアの信仰する神格を知っておこうというの当然の流れだろう。

サリアもリラの意図を察したのか、特に気にする風でも無く答える。


「私のは月の乙女様です。あまりメジャーじゃないんですけどね」

そう言って照れ笑いを浮かべるサリア。

月の乙女はこの世界における中級神で、その主な権能はもちろん月。

他には星、探索、放浪、航海、そして悪ではないライカンスロープ。

混沌にして善の神格で、神格の中でも特に古くからいる神格として知られていて

確かに女性のソーサラーやバードといった、

女性の呪文の使い手に信奉者が多い神格らしいが

サリアの言う通り、バードが信仰する神格としては

あまりメジャーな部類では無いとフィルは記憶していた。


バードの信仰者が多い神格といえば幾つかあるが、

「詩歌の主」「幸運の女王」「炎の髪の女王」などが定番で、

他にも「喜びの聖母」などが有名だ。

それらの神格が「歌や詩」「幸運や冒険」「愛や慈悲」「踊りや自由や幸福」を権能としているのに対し、月の乙女の権能は「月や星や探索」と、バードよりも寧ろ探索者や航海者向きの権能と言える。


「ふむ、確かに女性バードには月の乙女の信徒が居ると聞いたけど、ちょっと意外だね。てっきり赤の髪の女王か幸運の女王を信仰してるのだと……後は喜びの聖母とか」

「ほほぉ……ぅ、それはどういう意図でなんでございます?」

月の満ち欠けの如く感情にムラが有るらしいが

一般に月の乙女は穏やかで優しい女神だと言われている。

勿論、実際に会った事が有る訳で無いので本当かどうかは分からないが。

だが月の乙女に仕える女性クレリックには何度か会った事が有り、

彼女達の多くが穏やかでお淑やかな人格者だったのはフィルの経験が知っていた。


「え? そりゃ月の乙女の信者と言えばなんかお淑やかなわわわ……」

言い終わらない内にフィルの両頬がサリアの両手でむにっと抑え込まれる。

会話には困らないが結構、いやかなり喋り辛い。

「フィルさん。信者がどの神様を信仰するかは自由なんですよ? わかります?」

笑顔で優しく、語り掛けるようにして言い含めるサリア。

こんな可愛い女の子が間近で、しかも上目づかいで迫られたら

普通の男ならドキドキするのだろうが

容赦なく頬を上下左右にぐりぐりするこの状況では残念ながら効果は半減以下だ。


(聖職者と信者で異なるんだろうな。うん。確かに実に当たり前の話だ)

「……分かったよ。そうだよね。わかったから。そろそろ手を離してもらえないかな?」

「そしてそんな女神様を信仰する私ももちろんお淑やかな女性なんです。分かりましたね?」

「いや、それは流石に無理ががが……」

サリアは今度は円を描くようにぐいぐいと頬を引っ張りしだした。

残念ながらフィルの頬はそれほど弾力が無いので大して伸びず、ただただフィルの頬が痛いのみだ。

やはりこの奔放さは「気まぐれ」とか「勝利」なんか権能に持つ

赤の髪の女王や幸運の女王の方が似合っていると思うのだが……。

口にすれば更に強く揉み込まれるのはフィルでもわかる。

それから暫くフィルのほっぺたで存分に遊んで気が済んだのか、

ようやくフィルの頬から手を離してサリアは尋ねた。



「そう言うフィルさんこそ、どの神様を信仰しているんです?」

「うん? あー……。今は特に信仰している神様は居ないんだ」

「なんの神様も信仰して無いんですか? え、それって大丈夫なんです?」

努めて何気なく答えたつもりだが、フィルの言葉に驚くサリア。

サリアが心配するのも無理はない。

この世界では死後、それぞれの信仰する神格が治める領地へと行くことになっているのだが

ここでどの神格も信仰していない場合は、

死の神の宮殿の壁に塗りこめられて永遠の憂鬱を過ごすことになるのだ。

神格も死後の世界も魂も、そして生き返りすらもが実在するこの世界では

無神論者というのは愚かな行為であり、周囲が心配するのも無理のない事かもしれない。

(いかんな……冒険者を続けていると、どうも他人の事情に無関心になる)


とはいえ、仮に今のフィルが何処かの神格を信仰していると公言したとして

事情を知る者の耳に入れば、それだけで大問題になりかねないし

更にはその事を利用して悪さを企む者が出てくる可能性もある。

実際の所、神々の力関係は辛うじて均衡している様に見えてるだけの危うい関係であり

善悪問わず野心を持つ神格は常に己の権力の拡大を狙っている。

そして善悪の神々の関係もこれまた悪く、

常に相手を滅ぼさんと、互いに張り合っているのが現実だった。

フィルとしてはそうした面倒事に自分を含めてサリア達を巻き込みたくない

という思いからの言葉だったのだが

さすがに少女達にそこまで伝える訳には行かない。


少しの間、なにか考えていたサリアだったが

「うーん……よし! やっぱり私もお参りに行きますから。フィルさんも一緒に行きましょう!」

「ああ、いや、僕は別にいいよ。ここで……」

「良いじゃないですか、地母神様は寛大ですから、信仰無しでもきっと迎え入れてくれますって!」

そう言って、強引にフィルの手を取り入り口へと歩き出すサリア。

「どうせなら、ここで地母神様に入信しちゃうのもいいですし! そうすればフラウちゃんと一緒になりますよ?」

「い、いや流石に今すぐは止めておきたいなぁ……」

こちらにだって事情が有るのだから、無理強いは良くない。

少しぐらいそういった相手を察する事もして欲しいものだが

この少女はフィルに関してはそういった優しさが足りない気がする。

いや、これは事情を察した上での事なのかもしれないが。

「いいから、ほら! いきますよー」

いつの間にかもう片方の手はフラウが手に取って引っ張っている。

リラやダリウ達、周りも誰も止める者はおらず、

少女二人に引かれて、フィルは一行と共に寺院の中へと入って行った。


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