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邪神さんの街への買い出し26

森の女王の寺院でたっぷりと休憩を取ったフィル達は

女性店員(結局彼女が本当にドルイドの司祭だったのかは聞けずじまいだった)にお礼を告げて、

次の目的地である地母神の寺院へと向かった。

地母神の寺院はここからほど近い場所にある様で

話の通り、外に出て少し歩くと向こう側に質素だが大きな建物が見えてきた。


「わぁーあれが地母神様の寺院です? 凄くおっきいですね! 」

近づくにつれて次第に見えて来た建物に、

横でフィルの手を握って歩くフラウが尋ねてきた。

向こうに見える寺院との距離は森の女王の寺院で聞いた話とも一致するので

教えられた場所はあそこで間違いないだろう。

周囲にある寺院の建物と比べても大きな建物が建っているが

寺院というよりは年季の入った集合住宅と言った感じで

建物自体の造りも周囲の堂々としたいかにも教会や神殿といった趣の建物達と比べると

いささか……いやかなり質素な建築物に見える。


「ああ、たぶんあれは宿舎なんじゃないかな?」

「しゅくしゃです?」

少女にとっては聞き慣れない言葉に

フラウはこちらを見上げてこくんと小首を傾げる。

「うん。寺院に勤める人達が生活する場所でね。地母神の寺院の多くは孤児院が併設されているから、それで建物が大きいんだと思うよ」


「大いなる母」という別名を持つだけあって、

これまでフィルが見て来た地母神の寺院では、その多くで宿舎に孤児院が併設されており

特に街のような人口の多い場所ではああした大きな建物になっている事が多い。

他にも貧しい者に対して読み書きを教えたり、

近隣の農民達に農業の基礎を教えたり、農業専用の素晴らしい図書館を持つ寺院もあったり、

経済的、人材的に余裕がある寺院では貧しい人々を無償で癒す施療院を併設している所もある。

何れにせよ、こうした弱者を広く支える姿勢と大地を耕す者達に与える豊作の恩恵のおかげで

この世界において地母神は広く多くの信仰を集めており

中立にして善の神々の中でも特に力を持つ一柱であると言えた。


「こじいんです?」

再びの聞き慣れない言葉なのか、フラウは更に小首を傾げる。

流石にこれ以上は首が大変そうなので

フィルとしてはこれ以上少女が疑問に思わない事を願うばかりだ。


「うん。事故とか色々な理由で親の居ない子供達の面倒をみる施設なんだ。そこで生活するだけでなく、文字や計算を習ったりも出来るようだね」

「あ……」

フィルの説明にフラウは何か言おうとしていたが、

結局言う事は諦めたのか無言で向こうに建つ建物を眺める。

心なしかフィルの手を握る手も先程より力が込められているように思える。

「……気になるかい?」

「えっと……えへへ……」

問いかけるフィルにフラウは此方を見上げて曖昧な笑顔を浮かべる。

その笑顔は少し強張っていて、無理して作っている様にも見えた。

生贄として、ある意味親に見捨てられたフラウにとって

身寄りの無い孤児は思う所が有るのかもしれない。

それともリラ達三人の事を考えているのだろうか。


リラとトリスとアニタの三人は村に定着した冒険者の親を持っており

そしてドラゴンに村が支配された時に全員親を殺されている。

明るく振舞う彼女達のおかげで普段はあまり気にする事が無かったが、

何らかの傷が心に残っていてもおかしくは無い。


(ふむ……余計な事を言ってしまったか……)

とうとう俯いてしまったフラウに

少女の手を取り一緒に歩いているフィルはどうしたものかと思案する。

残念な事にフィル個人としては孤児院に暮らす子供達に対して憐れみの気持ちが殆ど湧かない。

むしろここ十数年は孤児院に保護されたのならまだ幸せな方だとすら考えていた。

現在のフィルは冒険者という職業柄、

人よりも多く悲惨な場面に立ち会い、

何度も不幸を見ている内に感覚が麻痺してしまったのか

家族同然と言えたパーティの仲間達でさえ

トゥルー・リザレクションが失敗し蘇生の可能性が無いと分かった時点で

彼らの生を望む気持ちを諦め気持ちの整理をつけてしまう程に死の喪失に慣れてしまっていた。

親を失うというのは確かに子供にとって大変つらい出来事だと思うが、

自身が五体満足で生きており衣食住の心配が無いのなら、それは運が良い方だろう。


とはいえ、横を歩くこの少女にこの世にはもっと悲惨な事が有る、

孤児院に住む子供達はまだマシだと言っても決して納得したりはしないだろう。

そもそもどちらがより不幸かなど、比較する事自体意味が無いのだ。


(うーん、なにか気の利いた事でも言えれば良いのだけど……)

少女の気を紛らわす事の出来る、何か気の利いた話題でも無いものか?

だがあまり見当違いな事を言っても

余計にフラウは孤児の事が気になってしまうかもしれない。

なにかこの話題で悩まなくなる様な良い案があれば良いのだが……。

あれこれ考えるがなかなか良い案は思い浮かばず

隣を歩くフラウ同様、フィルも無言であれやこれやと考えていると、

前を歩きながらフィル達の話を聞いていたリラが感心した口調で呟いた。


「孤児院かぁ。さすが大きな街だよねー。ちゃんとそう言う施設が有るんだもん」

やっぱ大きい街はいいよねーという呑気なリラの呟きにアニタが応じる。

「村だと普通に三人で一緒に暮らしてたもんね。やっぱりだれか大人にご飯作ってもらえるのかな?」

リラもアニタも普段通りの何気ない世間話といった感じだ。

「どうだろー? でも大人の人が毎日おいしいご飯を作ってくれるなら、ちょっと羨ましいかもね」

「それは貴方が料理の時に変な物を入れたがったからでしょう……」

「そういえばリラって一緒に暮らし始めたばかりの頃、料理の失敗ばかりしてたよね?」

「い、いいじゃない! ちゃんと食べれるのしか入れてないし、隠し味! 食べられないって程じゃなかったでしょ?」

「食べられなかった事もあったよね?」

「ええ、あったわね……結局、途中から私も一緒に作る様になったのよね?」

取り留めも無い御飯談義で盛り上がる三人の少女達。

フィル達の前を歩きながら楽しそうにお喋りをする彼女達に

後ろで会話を聞いているフラウの顔から陰りが消えていくのが見えて

どうやら大丈夫なようだフィルは内心ほっと安堵すると共に

前を歩くリラ達に心の中で感謝をする。


孤児の思い出なんて大抵は思い出したくない事だろうに

それでも話題にして楽しそうに笑っているのは

案外フラウの事を気遣っての事なのかもしれない。

フラウよりもお姉さんだからこそなのかもしれないが

彼女達とて、まだまだ少女と言って良い年頃である。

(彼女達の事ももう少ししっかり見ないといけないのだろうな……)

そんな事を考えているうちに一行は地母神の寺院の前へと到着していた。

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